子供じゃないっ


 それはいつもと何ら変わらぬ朝を発端とする。
「おい、ルフィ。クソ剣士はどうしたよ。」
「あれぇ? そういやまだ見てねぇぞ。」
 朝食にとキッチンへ集まった顔触れの中に、緑頭の剣豪の姿がない。オーブンの前、フライパンを片手に構えたままの、長身痩躯なシェフ殿に聞かれて、小首を傾げる船長だったが、
「あれだろ。昨夜は海流が定まらない…とかで、奴は張り番だったから。」
 教えてくれたウソップへ、ルフィは大きな眸をなお見開いてキョトンとする。
「…え?」
 そんな段取り、少しも聞いていなかった彼で。記憶が欠落したのかなとますます首を傾げる傍ら、
「お前とチョッパーはもう寝てたからな。遅くなってからナミが気がついて、そいで急にそう運んだんだ。最初は俺様で、次がゾロだったってワケ。」
 働き者だろうと言わんばかり、鼻高々に"えっへん"と胸を張る狙撃手だったが、ナミがからかうような声で付け足した。
「あんたたち、相変わらずジャンケン弱いから。」
 …なんだ、そういうことかい。
「じゃあ、まだ寝てるのかな?」
「そうかもな。だが、朝飯は待っちゃくれんのだ。船長責任で起こして来いっ。」
「おうっっ!」
 金髪碧眼のコック殿に言われて、ぴょこっと椅子から立つと素直に飛び出してく辺り、船長さんとしての威厳とか何とかいうものは…、
「ないな、今んとこ。」
「そだな。」
「先々にも芽生えそうにないわよね。」
「まったくだ。」
 あははは、あんたらがそれを言うかい。
「あの、それはちょっとあんまりでは…。」
 ビビちゃん、顔が笑ってるって。


 船倉へのハシゴを降りて、てってこてこ…と男部屋へ向かいかけたルフィは、だが、洗面所の戸口前を通り過ぎかけて、数歩進んでから後戻り。
「…あ、ゾロ。」
 洗面台に向かっていた大きな背中に気がついたからで、通路から見ると横向きになっていた背の高い剣豪は、壁に据えられた鏡を見ながら少しばかり前へと屈んでいて、
「………?」
 無言のまま"とことこ"とすぐ傍らまで足を運んだルフィに、
「………?」
 こちらも気づいて、怪訝そうな顔をする。
「どした?」
「…ゾロ。もしかして、お前、ヒゲ剃ってんのか?」
「? ああ。そうだが?」
 それがどうかしたかと、泡の残る顎へと滑らせていたカミソリを片手にこちらを向く。表情が固まったままだったルフィは、はっと我に返ると、


「え〜〜〜〜〜っっ!」


 思わずフォントサイズを変えちゃうほどの
おいおい大声で叫んだものだから、
「な、何だ?」「どうしたの?」「何なに何?」「何事だっ?!」「どうしたんですか?」
 他の面子たちが一気に駆けつけた。
「…おい。」
 無論、一番間近にいたゾロにも訳が分からない。さすがは沈着冷静で、飛び上がってまでは驚かなかったが、一体何事だという顔で見やった船長はといえば、

「ゾロって、ヒゲ生えんのか?」
「…あのな。」

 何事かと思えば…。集まった面々も同様な想いがしたのだろう。緊張感を一気に弛緩させたが、
「だって、オレ、知らなかったもん。ヒゲがあんのってサンジだけだと思ってたのに。」
「おいおい。」
 まくし立てるルフィに呆れたサンジの傍ら、
「俺だって、3日に一遍くらいはカミソリであたってるぜ。」
 ウソップまでもが追い打ちをかけるように言い出して、
「えっ?」
 ルフィはますます眸を見開く。
「じゃあ、じゃあ…皆か?」
 ますます呆然とする船長殿に、
「あら、あたしは生えてないわよ?」
 こらこら、ナミさん。
「あの、私も…。」
 ビビちゃんまで。
「俺は生えてるぞ。」
「っていうか、お前の場合、どこからが体毛でどこからがヒゲなんだ?」
「何だとー、トナカイを馬鹿にすんなっ!」
 だから、話をややこしくしない。
(笑)
「なんだよ。俺だけ生えてなかったのか?」
 しかも、本人だけが気づいてなかったというのがまた衝撃だったらしい。どこか呆然としかかっていた船長殿の頭を、麦ワラ帽子越しにポンポンと軽く叩いて、
「しょうがなかろう。お前、まだガキなんだよ。」
 大きな手の持ち主がそうと言った途端、


「…バカっっ!」



「………え?」
 今の"バカっっ!"はもしかして私のことでしょうか?と、載せてた頭が持ち主ごと駆け去ったために宙に浮いていた手で自分を指さす剣豪へ、
「そうねぇ、お馬鹿よねぇ。」
と、航海士は毎度のことながら遠慮がない。
「だって、いつも…お前らだって子供扱いしてるだろうがよ。」
 そして、いちいち怒ったりしないルフィでもあって。だから気安く言っただけだのに、馬鹿はなかろうと困惑気味な表情を見せる。
「だから。あんたが言ったから腹が立ったんじゃないの? ルフィはあんただけは同類項だって思ってたのかも知れない。」
「同類項?」
「それで判らなきゃ“連れ”とかね。そう思ってた人間が、実は対岸から自分を眺める側の人だったりしたら、そこはやっぱり傷つくわよ。」
「???」
 ナミさん、剣豪殿にはちょっと難しいようですぜ?



 キッチンへ戻ると、そこにもルフィはいなかったが、
「…あんの野郎、しっかり全部食ってきやがった。」
 まだ誰も手をつけてはいなかった筈の、全員分の皿がきれいに空だ。行き掛けの駄賃に船長殿が攫って行ったのだろう。通りすがりに結構な量の食事を平らげられるとは、相変わらずに“やかんづる”のようなお人である。
(笑) ………で、開け放たれてあった扉から見えた羊の頭に、見慣れた小さな背中が乗っかっている。
「…で、なんで俺が執り成しに行かにゃならんのだ。」
「だって、怒らせた張本人でしょうが。このままあんな陰気で不景気な顔してる奴を舳先に乗せてたら、特大クラスの低気圧を招きかねないわ。」
 ナミさんたら斟酌なしですのね。
「事の発端もお前だったしな。」
 仏頂面のまま再びオーブンの前へ立ったサンジも、きっぱりと背中で言ってのける。
「お前に関することだのに知らなかったっていうのも、結構ショックだったんじゃねぇのかな。」
「お前らなぁ。」
 妙な邪推はよせと言いたげに眉を顰
しかめるゾロだったが、
「でも、今のルフィさんって、Mr.ブシドーの言うことにしか耳を傾けないかも知れません。」
 ビビの真摯な言葉には、さしもの剣豪殿も、
「う…。」
 言葉に詰まったから…さすがは皇女。人心操作や掌握はお手のものってか?
こらこら
「…判ったよ。」
 どこかで何かが釈然としないままではあるが、ヘソを曲げられたままでいると困るのは確かなのだし。それに…大っぴらにつつかれると"邪推だ"と無駄な抵抗を見せるものの、やはり、その、そこはやっぱり、アレだったりするし。
"…なんだよっ、アレってっ!"
 いやいや、何でもありませんがな。
うふふのふ☆





「ルフィ。」
「………。」
「危ないから降りろ。」
「やだ。」
「降りて、その…話を聞けよ。」
「やだよ。」
「ルーフィー。」
「どーせ、オレはガキだからな。駄々だって捏ねるし、拗ねてむくれるし、大人の言うこと、素直には聞かないんだよーだ。」
「良いから降りろ。」
「やだっ!」
 これでは埒があかないからと、業を煮やした剣豪は、両腕を差し伸べて胴を掴むと、無理から引き摺り降ろすことにする。さすがは力自慢で、正面からの取っ組み合いなら判らないが、案外とすんなり抱き降ろしてしまったゾロであり、そんな彼へ、
「力づくする奴なんか嫌いだっ!」
 それこそ子供じみた言いようをするルフィだったが、
「ああ、嫌いでも構わん。」
「…っ。」
 そうそうは甘くもないところが剣士殿。真顔であんまりにもきっぱり言い切られたものだから、こちらもようやっとむうっとむくれつつも大人しくなった。そんな船長が他へ逃げ出されぬよう、向かい合うように膝へと抱えたまま、甲板の板張りへと腰を下ろしたゾロは、おもむろに口火を切った。
「あのな。子供だガキだってのはいつも言われてることだろうが。」
 改めて訊く。
「何でまた、今日に限ってあんな怒った?」
「だって…。」
 膨れたままにちらっと顔を見やってから、
「ゾロが…。」
「んん?」
「ゾロに言われんのは嫌だ。」
「?」
 真っ赤な顔が見上げてくる。
「オレがガキだから、ゾロは何しても怒んないのか? ガキだからやさしいのか? ガキだから構ってくれるのか? ガキだから…ガキだから、こんな風に抱っこしたりするのか?」
「…ルフィ。」
「そんなだったら、オレ、オレ、何か嫌だ。」
 真剣そうに思い詰めた顔が見上げてくる。サンジの言いようとは少々趣きが違うものの、言った相手がゾロだったから過敏に反応したのであり、だからこそ…激発したルフィであったらしいのだ。ガキ扱いから出ているものだったら嫌だ。拙いから、至らないから、幼いから…という理由から、守られ、優しく構われているのなら、嫌だ。そうではなくて。他でもない、この自分だから構ってくれてるんでなきゃ嫌だと、そう言いたい彼であるらしく、依然として"うう…"と唸っている彼へ、


「馬鹿。」
 剣豪が小さく呟いた。


「な…。」
 何か言い返しかけたルフィだったが、それは叶わず。言葉は声ごとやさしく封じられ、解放されても…引き寄せられたまま"ポソン"と相手の胸元に顔を埋めてしまう。シャツ越しの体温と匂いが間近になって、頼もしい肉置きの胸板の質感に触れて、ますます頬が赤く染まった幼い船長殿で。


「ガキだったら、デコ止まりだ。」
「うっと…。」


 無粋ながら解説するなら、ガキじゃないからおデコへではなく口許へキスしたんだぞ、と。そうと言われて、もうもう熟れたように顔中が真っ赤になる。
「…ガキだからじゃない?」
「ああ。文句あんのか?」
「………ない。」
 な、なんか、どっかで聞いたことがあるようなやり取りだが。くすぐったげに、だが、全開で"にっぱーっ"と笑ったルフィであり、
「気が済んだか?」
「うんっ。」
 存外お手軽な辺り、これってやはり…思春期のお子様よりずっとガキである。
(笑) それはともかく。やっと落ち着いて、腕の中から手を伸ばしてくると、剣豪殿の顎へと触れるルフィであり、
「でもなぁ、気がつかなかったのは、やっぱ悔しいよな。」
 他でもない“顔”の話だ。それはそれで引っ掛かってもいるらしく、とはいえ、
「別にこそこそ隠しちゃあいなかったぞ?」
 それはそうだろう。第一、隠す理由がない。
「う…ん。」
 唸ってしまうルフィを見下ろして、
「お前の方こそ、俺なんてどうでも良いんじゃねぇのか?」
「…え?」
「多少腕が立って、抱えてくれるほど力持ちなら、別に俺でなくてもいんじゃねぇのか? チョッパーなんてのは、あれで変形したら頼もしいしなぁ。」
 おいおい。最近いつも抱っこしている間柄の二人を、実はこっそり妬いてたのか、あんた。今度は剣豪の方が斜に構えてしまい、
「んなことないぞっ!」
「どうだかなぁ。ヒゲが生えてるかどうかも気がつかないでいたんだものなぁ。」
「ゾロぉ…。」



   ***


「…何をやっとるんだ、あいつら。」
 相変わらずの"いちゃいちゃ振り"で関係修復したかと思いきや、今度は何だか剣豪がそっぽを向いているような。とりあえず、ギャラリーがいることが判っているとは到底思えぬ、相変わらずなお二人であるらしい。ああ、今日も空は青くて良い天気の航海日和になりそうだ。

「………こら、筆者。」
 は? 何か?



  〜Fine〜 02.1.27.〜1.28.

  *カウンター14500HIT リクエスト
    一條隆也サマ『剣豪から子供扱いされてスネまくる船長』


  *定番ではありますが、発端のネタを探すのに少々手間取りました。
   ちょっと無理があるかもしれませんね。(汗)
   ところで、ウチはアニメベースのサイトですので、
   当分はビビちゃんとカルーも出続ける予定です。
   それはともかく。
   こんな出来でいかがでしょうか? 一條サマ。


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