“スキ”と“キライじゃない”の狭間における近似値について
 

押しても引いても動じぬ相手に、
言葉が走り過ぎて、あるいは何かしら まだるっこしい想いに焦れて、
時々、喧嘩になる。
「ゾロなんか嫌いだっ!」
ぶつけるような勢いで言っても、剣豪殿は大人だから、
「ああ、ああ、そうかい。」
なんて冷然と言い返して来れたりするくらい、平気な顔でいる。
けど、そういう喧嘩は原因さえ曖昧で、
気がつくと…うっかり忘れてこちらから話しかけていたりして、
あっと言う間にシチュエーションごと吹っ飛んでいて、
2日と続いた試しがないのだが。
………こういうの"独り相撲"って言うんだって。


          ◇


 事例 その1>
  俺がどんなに"頭に来たぞ"って怒っても、
  いつだって平気でいるくせに、
  俺へと降りかかってくるものには本気で怒って見せる。
  敵の振り下ろす蛮刀、吹っ飛んで来た岩の破片、
  喰いつこうと躍りかかって来た獣。
  届く限りをぶった切り、弾き飛ばし、
  真剣本気の鋭い眼光で相手を睨(ねめ)つける。
  …なあ、これって不公平じゃないか?

「………。」
「何だよ、お前まで怒ってんのか? ナミ。」
「…呆れてんのよ。」
 組んだ足の膝頭へ肘を乗っけて頬杖をつき、何をのろけに来たんだか…と小さな声で呟いて、
「なあ、何でだ? 何で俺だとゾロを怒らせられないんだ?」
 また変なことにこだわるんだから、この子は〜っと思いつつ、それでも一応は言葉を尽くして相手をしてやる。
"そのうち、この部屋に『よいこの相談室』なんていう看板が下がる日も近いかもね。"
 ナミさん、ナミさん、話を戻して。(汗)
「怒らせてどうすんのよ。文字通りの"リーサル・ウェポン"なのに、
おいおい それが不機嫌になられたら鬱陶しいったらありゃしないわ。大人しくしててくれた方が安泰でしょうが。」
 御説、ごもっとも。だが、我らが船長さんにはそれではご不満があるらしい。口唇を尖んがらせて、
「だって、怒るってのは本気だってことだろ? 本気同士でなきゃ"喧嘩"とは言えないじゃないか。」
 人間、暇になるとろくなことを考えない。これを『小人閑居して不善を為す』という。小人かどうかはともかく、このところ戦闘もなく至って平穏なればこそ、こんな詰まらんことをぐりぐりと思い詰めているルフィなのだろう。
「怒るばっかが本気とは限らないわよ。それに…ちょっと待ってよ、あんた結構ゾロのこと怒らせてない?」
「…そうだっけか?」
 首を傾げるルフィだが、
「ふらふらと危ないことばっかり選んだり、無茶したりして、結構しょっちゅう怒鳴られてるじゃないよ。」
「あ、そういえば。」
 ぽんっと手のひらに拳を打ち付けて…こらこら、思い当たってる場合かい。とはいえ、事細かに言われて思い出したくらいだ。そっちはあまりにも日常茶飯化している事なので、本気がどうのという次元とは少しばかり趣きを異にするのだろう。それに、
「でも、ゾロは怒鳴るだけで本気で怒ったことないぞ。」
 だそうだ。そんなルフィの言に、
"そうかしらね。"
 化け物たち?の基準は一般人??には判らないしなぁと、ナミとしては半信半疑だ。そういや公的にも?一度だけありましたよね。あわや殺し合いになるかという"二大怪獣大戦争"ばりの大喧嘩。(in ウィスキーピーク)あれを素手で制止したナミさんの、一体どこが“一般人”なのかはよそ様のサイトでも既に諸説紛々、あれやこれやと取り沙汰されているから、ウチでは敢えて触れないことにして、
こらこら
「まあ、喧嘩するほど仲が良いって言うし、相手が本気じゃないことへこだわりたくなるのは判らなくもないけど。」
 小手先であしらわれているようで、なんだか歯痒い。ルフィが感じているむず痒さの正体は、とどのつまりはそれだろうと"ナミせんせー"は目串を刺した。
"お子様なんだか、成長期真っ只中なんだか。"
 一方で、
「喧嘩するほど仲が良い? 変じゃないか? それ。」
 新しい疑問を抱えたらしいルフィへ、ナミは肩をすくめて見せた。
「前にも言ったでしょ? 本気で本音を言えば場合によっては喧嘩にもなる。でも、それって何も遠慮しないで相手に裏表のない自分を見せてるって事だから、気の置けない間柄、つまりは仲が良くなきゃ出来ないことでもある。そういう意味よ。あんただって…ゾロが嫌いなわけじゃないんでしょ?」
 最後のフレーズはちょいと引っ掛け気味な間の取り方をして、何でもない付け足しのように聞いたのだが、
「うん。」
 間髪を入れずに頷いたものだから、
"…即答したわね、こいつ。"
 その呆気なさについ吹き出したくなったが何とか耐えて、
「喧嘩は喧嘩。好きか嫌いか、とは、別問題なのよ。」
「それはそうなんだろうけどさ。」
 煮え切らない声を出す彼に、ああ、もう…っと付き合い切れなくなったナミは、だが、ぷっつり切れる直前に、
"…!"
 ふと、何か思いついたらしく、
「じゃあ、試しに頼んでご覧なさい。」
 とある企みを吹き込むことにした。
「何を?」
「嘘っこで良いから"お前なんか嫌いだよ"って言ってみてくれって。」
「…え?」
 キョトンとするルフィへ、殊更やわらかく"にぃ〜っこり"と微笑って見せる。
「そうしたら、多分色んなことが判るわ。そう…色んなことがね。」

  ………小悪魔でんなぁ、ナミさんてば。


          ◇


 さて、その日の夜の甲板である。蒼い月光が辺りを静かに染めていて、波も至って穏やかで。潮風までもがゆるくて甘い、そんなシチュエーションへ船長からこっそりと呼び出されたロロノア=ゾロ氏だったが………。

「なんでそんなこと言わなきゃなんねぇんだよ。」
 そこはやっぱりそうそう簡単に承知する筈がなく、日頃以上の深い皺を眉間に寄せて切れ長の目を眇
(すが)めると、怒るというよりは訳が判らんという顔になる剣豪殿だ。そんな彼と真っ向から向かい合った船長さんは、
「良いからっ。嫌いだって言えよ。」
「嫌だね。思ってもないことを言う義理はない。」
 確かにそれぞれの主張を譲らず言い争ってはいる。だが、傍から見ている分にも随分と変な喧嘩で、本来なら…相手から罵られてムカッとするところを“自分を罵れ”なんていってる訳で。一方の片やは頼まれなくたってもっともっと罵るものな筈が、それを嫌がっているのだからして…これって"喧嘩"かぁ? あ、これが かの有名な"痴話喧嘩"か。
おいおい
「言ってくれなきゃ絶交だかんな。」
「あのな…。」
 なんかもう理屈が無茶苦茶で、だが、そんなにも焦れている彼なのかと思えば、いっそかわいい駄々でもあろう。思い詰めたように"むむぅ〜っ"と睨みつけてくるに至って、彼にだけは何につけ甘いという下馬評に応えてか、それでも…意に染まぬことなんだぞと言いたげな、大仰なため息を一つつくと、

 「…お前なんか嫌いだ。」

 それは良く響く声で、ぼそっと言ってみた。すると、

 「………。」

「だ〜〜〜っ、泣くなっ!」
「え?」
 本人にも自覚がなかったらしい突発的な雫が、大きな眸の縁に盛り上がっていて。そして、当人がそれに気づかなかったのは、
「…ここが痛い。」
 苦しそうに息をつき、両手で胸を押さえるルフィだったから。それを見て、
「だから"嘘"だろーが。お前が言えっていうから言っただけだ。嫌いなんかじゃねぇよ。だから…もう泣くなって。」
 こちらも…大きな図体でありながら、どう対処して良いやらとたちまちあたふたと困ったような顔になるから、剣豪さんもある意味では…朴念仁というか場慣れしていないという点では、船長さんの幼さといい勝負なのかも…。
「だっ…て、痛………のが、止まっ、止まんなくって…。」
 引きつけるようなせぐり上げが止まらず、ぽたぽたと涙が溢れるまま泣きやまないでいる彼を、
「…ほら、こっち来い。」
 横へ座れと甲板をつなぐ階段のところまで、半ば抱えるようにして引っ張ってゆく。腰を下ろした拍子に、麦ワラ帽子が傍らの足元へ落ちたのを拾い上げてくれながら、肩から背中から包み込むように、広い胸元へ掻い込んでくれるゾロだ。
「…はふ。」
 温ったかい匂いにしがみついたら少しは落ち着けたルフィへ、
「何だ? 何か確かめてみたかったのか?」
 さっきよりも低くて深い声が、ゆっくりとした語調でやわらかく訊く。それが胸にポツンと灯って、
「…そうかも知んない。」
 ぐすぐすと啜り上げながら答えている。
「ゾロが、あんまり優しいから。あんまり大人だから、ムキになってほしかったんだ、俺。」
 余裕の姿勢でただ見守っているだけでなく、腰を上げて追いかけて来てほしかっただけ。喧嘩になれば自分と同じボルテージでかっかと怒り、拗ねてそっぽを向けば宥めてほしい。いつも自分だけを見ていて、それだけの熱意のある執着を、判りやすく示してほしかっただけ。落ち着いたからこそ自分でもそれと判った"正直なところ"をこぼすと、途端に頭の上で息をつく気配がした。大きな手が髪を梳いてくれる。小声で"馬鹿だなぁ"と囁かれて、こくんと頷いている。いつだって傍に居てくれるのに、それをどうして歯痒いなどと思ったのだろうか。貪欲が過ぎてみっともない駄々をこねた自分だのに、それでもゾロは傍に居てくれる。こうしていたわってくれる。
"………。"
 触れてくれるだけ痛みが少しずつ薄れてゆくようで、こちらからも頼もしい胸板へ頬を擦りつけた。
「嫌いって言われるの、こんな痛いって知らなかった。」
「だろうが。」
 だから、そうと判っていたから、嫌だねと拒んでいたゾロだったのだろう。痛いと判っている刃を、選りにも選ってルフィに向ける彼であろう筈がない。宵の静寂の中、波の音のこちら側だから聞こえるくらいの囁きで、
「どうでもいい奴からなら、何言われても平気なんだけどな。」
 そんな風に呟くゾロで。だとしたら…? はっと気づいて顔を上げるルフィだ。
「俺もしょっちゅう言ってたぞ。痛くなかったのか?」
 膝から乗り上がるようにしてじっと見上げると、緑の眸が悪戯っぽく微笑った。
「…痛くても平気な顔が出来るのが大人なんだよ。」
「そっか。…でも、ごめんな。今まで一杯言ってたよな。ずっと痛かったんだ。」
「そうだぞ。結構デリケートなんだぞ、俺。」

 ついつい"あはは…"と笑ったら、ゾロもやわらかく笑ってくれて。それから大っきな両手を使って顔を包み込むようにして、親指の腹で涙の残りを拭ってくれて。それから…やさしい吐息が頬と口唇とへ、そっと降って来たのだった。


   「…なあ、ゾロ。」
   「ん?」
   「ガキは嫌いか?」
   「どうだろな。…ルフィって名前のガキは嫌いじゃないかな。」


       〜Fine〜    01.8.20.UP

   カウンター777番 キリ番リクエスト
                           如月弥生サマ 『喧嘩しちゃうゾロル』


 *………さあ、みんなで石でも何でも投げてやりましょう。
  これの一体どの辺が"喧嘩ネタ"なんだろうか?
  またぞろ"やってなさい"ってオチになってしまったぞ?
  ウチのサイトが甘いと言われるのは、
  こういう話がこれでもかこれでもかとあふれてるからなんでしょうねぇ。(猛省)
  でも、幸せな二人が好きなんだもん♪ やっぱやめられないかも…。
  (それはそれとして、
   "るひーさん"が"誰だ、お前?"になってくのは何とかせんとなぁ。)


  如月弥生様、こんなの“喧嘩”じゃないですか?
  よ、宜しかったら、お持ち下さいませ。(こんなの、いりませんか?)


back.gif