モンスターズ・アワー

  ~the  moonlight  lullaby 2
 


        2


 暗幕だろう、戸口に内側から掛かっていた真っ黒な布。入場料を受け取った若い衆がそれをめくりあげると、すぐまた別の若い衆が立っていて、丁度二人のすぐ前に入ったカップルが右と左へ離されていた。
「ええ〜? 一緒に入れないの?」
 女性の方が不安げな声を上げると、
「へへへ、何せ10万ベリーがかかってますからねぇ。男衆にはちょこっとレベルを上げさせて貰ってるんですよ。」
 そんな風に説明している。どうやら中へは、男性と女性や小さい子供とがバラバラに入るようになっているらしい。銭湯じゃあるまいに、普通なら…例えば怖がる彼女に良いトコ見せようなんていう男性客の心をくすぐるためにもそんな仕儀にはなっていないものだが、彼が言うように10万ベリーもの賞金、そう易々と差し上げる訳にはいかないということだろう。
"はは〜ん。ってことは。"
 ゾロが少々目許を眇める。表に張り出されてあった“最短記録”とやらも怪しいものだ。何せ、クリア出来た者へではなく、最短記録でゴール出来た者への賞金なだけに、たとえ今日新しい記録が出たとしても、翌日の貼り紙には"それより数秒ほどもっと短い記録が出た"と書けば良い。それが本当かどうかは確かめようがない。まさかここの営業が終わる
(はねる)まで居続けるような暇人は居なかろう。当地の人間であればそれも可能かも知れないが、それならそれで…恐持てのする面子を何人か集めて、ちょいと脅し文句の2、3も頭から浴びせてやれば已無く引き下がること請け合いだ。
"こいつはちょっと…面倒な騒ぎを起こすことになるやも知れんかな?"
 悪さをする輩との遭遇というだけなら、知らん顔でやり過ごし、関わらないでいただろう。自分たちは所謂“正義の味方”ではないのだし、要らぬ騒動はアラバスタに着くまではご法度。触らぬ神に祟りなし…を通した方が良い。こういう構え方は、ルフィとウソップ以外の3人の、世慣れたクルーたちに共通している心掛けでもある。ちょっと正道からは外れた、所謂“要領の良い”若しくは“合理的な”方針で、言い方を変えると“大人ってやーねぇ”な考え方や対し方でもある。
こらこら だが、今日の場合は何といっても目的がある。10万ベリーの方はこの際どうでも良いが、あの貧相なオルゴールだけはどうあっても手に入れたいのだ。よって、本来なら避けて通りたい悶着も、わざわざ起こすことになるやも知れないなと、密かにそう危惧したゾロだった。
「はい、お次。…えっと、こちらの坊ちゃんはお幾つで?」
 薄暗がりの中では、童顔なこともあってルフィの年齢が見分けられなかったらしい。明るいところでも下手をすれば14、5歳に見られる彼で、
「俺は17だぞ?」
「あ、こりゃあお兄さんでしたか、こいつは失礼しました。ではこちらへ、お二人でどうぞ。」
 男性用の入り口とやらへ促された。まるきり何も見えない訳ではないが異様に明かりが乏しい。そう狭くはない、二人ずつ並んだままでは擦れ違えないくらいかなという幅の通路へと出ると、
「………っ!」
 いきなり頭上から何か降って来た気配があって、ゾロの手が反射的に刀の柄を掴んでいる。ルフィの麦ワラ帽子の十数センチほど上空で刃に何かが当たって、だが、和同一文字の切れ味には逆らえず、バターのように抵抗なく切り離されたそれは、彼らの足元へ落ちて“カラカラン…”という乾いた音を立てた。
「な…っ!」
 声を立てたのは相手の方だ。勢いをつけて振り下ろした尺棒が急に短くなって空を切ったのだ。殴りつけたつもりでいたその身へ、当たっていれば返って来た筈の反動の衝撃を伝えてこなかったがために、その体ごとたたらを踏んで前のめりに転びかける。すぐ間際で“おっととと…”とバランスを崩した男が飛び出して来たものだから、
「何だ、なんだ?」
 ルフィはやや頓狂な声を上げた。そんな彼へまたもや、今度はかなり太い棍棒が振り下ろされる。
「ルフィっ!」
 そちらへも再び、切り落として弾き飛ばすために刀を差し出したかったところだが、自分への攻撃が同時に降って来ていた。
“…チッ。”
 ザッと踏み出し、青眼よりやや上方、水平に切っ先を旋回させる。ゾロ自身はたいそう静かにただそうと動いただけだったが、次の瞬間には、
「ぐあっ!」「だ…っ!」「はが…っ!」
 二人へ襲いかからんとしていたらしい男どもが"ばたばたばた…っ"と周囲に数人ほど倒れていた。
「何なんだ、こりゃあ。」
 よくよく見れば、どの男も…着ぐるみを着ていたり、顔に流血のメイクをしていたり。
「ゾロが斬ったのか?」
「いや。こんな危ねぇとこを切ったら死んじまうだろうが。」
 いきなりの多数攻撃には、咄嗟の判断ながら刃を返しての峰打ちで留めた。随分と怪しいが一応は子供も入れる遊興施設内だ。恐らくは海賊どもとそうそう違わない格の野郎たちだろうが、何かの間違いだったなら、殺してしまっては洒落にならない。それに…せっかく"羽根伸ばし&骨休め"という休暇モードで遊びに来ている自分たちだ。この町に入ってからずっと、ご機嫌でいる船長さんでもある。そんなルフィの前に血生臭いものを転がす訳には行かないというのが前提になって、当たり前の判断でそうと対応したまでのこと。
「なりふり構ってねぇな、こいつら。」
 そんなにも10万ベリーを渡したくはないということか。刀を鞘へと収めたゾロがため息混じりにそう呟く傍らで、
「お化け屋敷って、なんか面白いなぁ♪」
 ルフィは妙にワクワクした声を出していて、
“…違うぞ、これって。”
 そう突っ込みたいところだったが、じゃあ本物はと説明するのがうざったい。おいおい、良いのか? 訂正しないで。
「とりあえず終着点のゴールへ急ごう。早けりゃ文句は言わさねぇであのオルゴールを貰ってやれるからよ。」
 ちょこっと…解釈に何かしらの"含み"が伺えるような言い方をするゾロだったが、ルフィはそういうところまで気が回らなかったのか、
「おうっ!」
 実に素直に応じて通路を走りだす。幸い二人とも多少なら夜目が利く。薄暗い通路も何のその、途中途中で飛び出してくる暴漢モンスターたちを、ゴムゴムの技と抜き打ちの峰打ちとで片付けながら、どんどん進軍してゆく彼らではあったが、
「これが男向けと女向けの“レベル”の差だってか?」
 彼らだからこそ難無く対処出来てもいるが、一般の人々ならあっさり伸されていることだろう。それもかなりの怪我を負ってだ。棍棒だの尺棒だのといった“武器”を手にした輩たちを軽々と薙ぎ倒しながら、
“いくらこういう稼業だからって、場慣れし過ぎてねぇか、こいつら。”
 例えば、土地々々の地回りとの悶着だとか、恐持てのする相手との対峙も少なくはない稼業だ。肝の座った面子が居ても不思議はないが、その一方で客商売でもある。上っ面だけのもので良いから愛想や何やも必要だろうし、その辺りの切り替えが出来て初めて成り立つのがこの手の"的屋
てきや商売"な筈。だというのに、出て来る連中の全員がどいつもこいつも殺気ばかりが満ちているようで気になった。商売よりも脅しすかしや鉄火場での乱闘の方を専門にしている人間の匂いがぷんぷんする。
“俺らの正体に気づいてのことか?”
 だが、それにしては…武器がお粗末だ。抜けば人死にさえ出る“真剣”を携えているというのは、どこから見たって判ることだろうし、正体を知っているのなら尚のこと、この程度の武装と頭数で何とかなると思われているというのは、自惚れ抜きに間尺に合わない。そんなこんなとちょろっと考えを巡らせているゾロの傍ら、ルフィはといえば、
「こんくらい軽い軽い♪」
 …そういう問題ではないのだが。元気全開な彼であり、魔物を倒せというイベントだと思い込んで張り切っているから、
“ま、いっか。”
 これなら、あのオルゴールを"行き掛けの駄賃"ということで『正当な賞品』としてではない奪い方をしてもちょっとくらいは許されるのではなかろうか。非情・冷血・クールに悪ぶっていても、どこか古風で融通の利かない律義な性格から、時折途轍もなく不器用な剣豪殿。そういう理由が欲しかったところなだけに、ゾロとしてもルフィの構え方に異論はないし、訂正をするつもりもないらしい。どのくらい続いている迷路なのだか、そろそろゴールが見えて来ても良さそうなもんだが…と、そうと思い始めた頃合い、
「てぇあーっ!」
 鉄パイプを大きく振りかぶってピッチャー第一球…じゃなくって。
おいおい 鉄パイプを大きく振りかぶって突進して来た男を、さっと鮮やかに左右に分かれて避けた二人。男が突っ込んだ板壁には大きな穴が空き、
「あ〜あ。」
 これは自分たちが出した損害ではないぞと、まったくの他人事のように見やる。ばっきり折れた板材に身を折って突っ込んだままな男は、脳震盪でも起こしたのか意識がないようだったが、
「お願い助けてっ! 私をウチへ帰して下さい。」
 そこから女の子が飛び出して来たのにはちょっとビックリ。新手の趣向か? と、ゾロが身構えた一方で、
「何だ? 迷子か?」
「ルフィっ!」
 船長の呑気な対応についつい怒鳴っている剣豪だ。男どもがぶつかる“正攻法”では埒が明かないからと、まさか殴り倒しはすまいと女性を繰り出して来たのだろうか。だとしたらちょっと甘い。この二人、悪人なら女性でも容赦なく殴り飛ばした経歴の持ち主だ。(ゾロさんの場合は、ウィスキーピークでの殺し屋相手だから、仕方がないっちゃ仕方がないんだが。)そこへ、
「…っ!」
 ざわざわバタバタという数人分の人の気配を壁の向こうに感じたゾロは、ルフィと彼女とを引っ張ると、傍らの墓場のディスプレイの縁に並べて立てられた竹木立ちの陰に彼らを押し込み、自分が一番外側になって身を隠した。
「なんだ? こいつぁ向こうの担当じゃなかったか?」
 板壁を突き抜けて気絶している男衆に気づいたらしい声がした。
「何でも野郎のコースにとんでもなく強ぇえ二人組が入ってるらしいんすよ。ああまで速く通り抜けられちゃあ不味いってんで"お出迎え"出したんですが、何か皆やられてるみたいで。」
 どうやらルフィとゾロのことであるらしい。
"お出迎えねぇ。"
 この言いようでは、自分たちの正体を知られた訳ではないらしい。
「それより、女だ。ったく、ドジ踏みやがってよ。」
 ごつんという音がしたところをみると、その“ドジ”をやらかした奴が殴られたらしい。
「すんません。」
「ともかく探せ。まだそう遠くまで行ってねぇ筈だ。木戸ももう閉めろ。今夜はケチがついていけねぇや。」
 追っ手らしい男たちの声をやりすごしてから、思わずの息をついたゾロは、
「奴らが言ってた“女”ってのがあんたらしいな。」
 振り返って少女を見やる。何と言っても薄暗いため、姿や顔立ちは正確には把握出来ない。だが、小柄で小顔で先程聞いた声も細くて高く、どうやらルフィとそう違わない年頃の女の子であるらしい。彼女はこくりと頷くと、
「助けて下さい。ここは、ただの“お化け屋敷”なんかじゃない。誘拐団の一味が隠れ蓑にしている、悪の温床なんです。」
 そんな風に切り出したのだ。


 意外な展開なのでついCMタイムを挟んでしまったが、
こらこら
「誘拐団?」
「はい。」
 少女は切羽詰まった表情で頷く。
「あちこちの島で興業をし、目をつけた女子供を中で昏倒させて攫ってはよそへ売り飛ばしているんです。」
 彼女の言葉に、思い当たるものがある。
「それで男女を分けて入れてたんだな。」
 オマケにルフィの年齢を聞いていた。年端の行かない、行動力に制限のある子供も、誘拐する対象になっていたからであろう。
「子供を騙して攫って行くなんて、やっぱゾロが言ってた通りだな。」
 プンプンと怒っているルフィであり、
「はあ?」
「ここんコト、子供騙しって言ってたじゃんか。」
 …それをここまで引っ張るかい。話を進めよう。
「お前の他には?」
「男の子が2人と女の人が3人いました。私はおトイレに行きたいって騒いで出された隙に逃げて来たんです。」
「行かなくて良いのか?」
「はい?」
「トイレ。」
 こらこら。緊張感が…。話が進まないので“それはともかく”として、
「どうするよ。俺たちは別に“正義の味方”じゃねぇぜ?」
「う〜ん。」
 さっきも処世術めいた理屈として挙げたが、自分たちはこの世の悪を撲滅して回っている、どこやらの“ちりめん問屋のご隠居”ではない。
おいおい なんたって“海賊”なのだから、むしろ…どっちかというと“悪”の側に振り分けられちゃう立場でもある。
「警察とかに知らせりゃ良いんじゃねぇのか?」
 ルフィにしてはやや消極的な見解が出たが、それへは少女が首をぶんぶんと、風を切る音がしそうなほど横に振って見せた。
「ダメです。昨夜、町長がここのボスと会っていました。」
「はは〜ん、癒着してんのか。」
「それと、町民には手を出さないためです。通りすがりの旅行者が行方不明になっただけなら、そうそう騒がれません。」
 その確認のため、彼女ら被害者たちの前に姿を現したのだろう。
「とんでもない町長だな。」
 まったくだ。正義の味方でなくとも反吐が出そうで、だが、
「でも、ゴールまで行かないと、オルゴール、もらえなくなるなぁ。」
 どうやらそれが悩みのタネとなって困っているらしい。口をへの字にひん曲げて“どうしたもんか”と決断しかねているルフィへ、
「勝手に貰ってって良いんじゃねぇのか。悪い奴らなんだしよ。」
 こらこら、ゾロさん。そんな楽しそうに笑って何を焚きつけてますか。


           ◇

「…何だか大騒ぎが起きてない?」
「そうですね。」
 繁華街の街路から少しばかり外れた小さな広場の一角。チラシにあった地図を頼りに、息抜きがてら賞金ゲットを目指して、件
くだんのお化け屋敷までやって来たのはナミとビビの二人連れ。…とはいえ、ビビの方は“何事も経験よ”とナミに引っ張られてやって来たクチなのだが。人だかりは目的のお化け屋敷を取り巻いていて、それをやや強引に掻き分けて前へ出ると、
「ちょ…あんたたち、何してんのよっ!」
 選りにも選って、見慣れた連中が暴れているではないか。
「ああ、ナミか。」
 抜いた刀は相変わらず刃を返しての、見事な大殺陣回りを披露しているのは、自分たちのよくよく知っている剣豪だし、正体がバレちゃあマズイからなとゾロから言われてゴムゴムの技は控えめに…そんでも充分に大活躍しているのは、これまたやはり自分たちの船の若船長ではないか。簡単なプレハブだった建物は既に半壊状態。乱暴者揃い…だったらしい団員たちも、そこいらであらかた伸びている。大した連中ではなかったらしく、ゾロもルフィも怪我どころか息切れさえしてはいない。
「で、団長ってのはどいつだ?」
「あ、あの男ですっ!」
 少女が指を差して示したのは、木戸番だった男だ。
「チッ!」
 指名を受けたことが向こうでも判ったのだろう。売上金やら小ぶりな荷物やらを掻き抱くようにして、慌てて逃げ出そうとしていたその足元。台の上から例のオルゴールが弾みで転げ落ち、しかも彼がご丁寧に全体重をかけて無残にも踏みつけたため、
「あ〜〜〜〜〜っ!!」
 大声で怒鳴ったルフィの怒りは最頂点へ。その事情を唯一知るゾロが、
「…あ〜あ。」
 苦笑とも同情とも取れそうな、何とも言えない顔になった。…ご愁傷様である。



        3

 ある意味で"素人"に使ったのは初めてかも知れない、ルフィの放った"ゴムゴムのバズーカ"で鳧がつき、乱闘の方の騒ぎにもそれで終止符が打たれた。野次馬たちの輪から外れて、ゾロから全ての事情を聴いたナミは、
「そんな一味だったとはね…。でも、町長がここのボスと結託しているなら、向こうの方が有利なんじゃあないかしら。」
 ましてやこちらは賞金首だ。警察がどちらの証言を取り上げるかは目に見えている。今のところは野次馬による人だかりが、どこか恐る恐ると言った体
(てい)で取り巻いている情況だが、
「ここから早く逃げた方が良いのかもよ? この町に常駐してる海軍の警察が駆けつける前に。でないと…。」
 そう、いつ通報を受けた公安関係が駆けつけるやら。破格の賞金が掛かった麦ワラのルフィとその一味が相手と判れば、まずは無事に解放されまい。ところが、
「それなら大丈夫。」
 そんな声が割り込んで来て、振り向けばさっき助けた少女が笑っている。
「あれ? なんで逃げてねぇんだ? お前。」
 他の被害者たちを騒ぎに乗じて逃がす役目を負っていた彼女であり、そのまま本人も逃げたと思っていた。月の光の下、それでもやはり幼げな屈託のない笑みを浮かべていた口許を、不意にきゅっと引き締めると、
「私は海軍治安課の係官です。噂を聞いて潜入捜査をしておりました。ここの警察も、あなた方ではなくこっちの連中を捕らえに来る手筈になっています。」
 そうと言ってビシッと敬礼して見せるから、
「…はい?」
 言ってることの意味が"理解"という把握へ転換消化されるのに、少々時間が必要だった。だが、彼女が上着の内ポケットから取り出して、サッと広げて見せたバッヂ入りのパスケースは、
「やだ、本物よ、これ。」
 ナミが言うなら間違いあるまい。大方、ルフィ以上の童顔を買われての抜擢なのだろう。
「どの島や町でもここのように実力者と結託していて、どうしても尻尾が掴めなかったので、確たる証拠がほしくての潜入捜査だったんですが…。」
「で、捕まっとったんかい。」
 ゾロから突っ込まれると、途端に語調が萎えてしまう。
「…あの、それは御内密に。その代わり、あなた方のこと、通報しませんので。」
「う。」
 ナミが息を引き、ゾロが愉快そうに口許を上げて笑って見せる。
「何だ、知ってたのか。」
 こくんと頷く彼女で…いやぁ、ちゃっかりしてはる。

            ◇

 彼女との取引は成立し、じゃあとりあえずここからは撤退しておこうということになった。だが、
"おっと…。"
 ひょいと見やれば、たいそう残念そうに肩を落としているルフィに気づいて、ゾロは"やれやれ"という苦笑を見せるとビビに何やら耳打ちをする。キョトンとしていたビビは、花の蕾が徐々に開いてゆくように、その表情をゆっくりと含羞
(はにか)み混じりの笑みに染めると、自分を見下ろすゾロへ小さく頷いて見せ、まるで蝶々が飛んで行ってしまうのを恐れるかのように、驚かさないようにとそっとルフィに歩み寄る。
「ルフィさん。」
「ん?」
 返事こそしたが、足元に見下ろしているのはあのオルゴールの残骸だ。彼にしてみれば、誘拐団にも何にも興味はなかった。このオルゴールが欲しかっただけだのに。それがこんなにも粉々になってしまって、そのまま消え入ってしまいそうなほどがっかりとしょげている彼であるのだ。そんな事情があったのだとゾロから聞いたビビであるらしく、
「あの歌ならいくらでも唄ってあげますよ。だから、そんな顔しないで。」
「ホントか?」
 途端にたいそう嬉しそうに顔を上げるルフィへ、ビビもまたそれに負けないくらいの笑顔を見せる。誰かから"あなたをこそ"と、才能や存在、働きを求められること。これ以上の至福はない。
「なら良いや。」
 降りそそぐ月光に負けないくらいの明るい笑顔でにっぱーと笑う。それを見て、ゾロもナミも思わず笑った。お日様には満月だって敵う筈はないのだ。


 騒ぎの内に夜は更にその化粧を濃くしていて、頭上には粉砂糖を振るったような沢山の星々が美しい。駆けつけるであろう警察とかち合わないように、潜入捜査官の彼女が教えてくれた裏道から港へと戻る一行。街路を避けるルートなせいで、辺りには人家もなく少々物寂しいが、ビビから唄う約束を貰ったことでルフィはたいそうご機嫌そうだ。それを見やる剣豪殿まで、どこか微笑まずにはおれないらしい顔でいる。………と、
「でもな、俺、もっと好きな歌があるんだ。」
 ルフィはこっそりと、すぐ傍にいたゾロへ囁いた。
「へぇ。」
 なんて歌だ? と促すような顔を向ける彼へ、へへっと嬉しそうに笑って、
「こないだゾロが歌ってくれた子守歌。」
「///っ、何言い出すんだよ、お前は。」
 途端、ゾロはこの夜陰の中でもそれと判るほど、耳まで真っ赤になってしまう。
「もう寝てたと思ったろう? 寝なきゃ歌ってやんないなんて言うから寝た振りしたんだ。」
 ビビの歌が聞けないことへルフィがちょっとへこんでいたため、そういうやり取りをした覚えは確かにある。甲板に座り込んで夜空を見上げていたルフィを、膝に抱えて寝かしつけたその時、何か唄ってくれと言われて、
〈寝たら唄ってやる。〉
〈え〜〜〜? それじゃあ意味ないじゃん。〉
〈うるせぇよ。俺が知ってる子守歌は、寝てる奴に唄ってやる歌なんだ。〉
 そんな妙な理屈を言い張ったことも覚えている。ルフィは"しししっ"と笑って、
「寝た振りはしたけど“やっぱダメかな”とも思ってたんだ。そしたら、ちょっと自信なさそうに、掠れた声で歌い出してくれた。」
 やたら嬉しそうなルフィで、
「凄んげぇドキドキした。」
 その時を思い出したかのような、ワクワクとした表情を隠しもしない。
「ゾロって約束は破らないもんな。」
 そう、唄わず誤間化せもしたろうに、そこは約束を守って唄ってやったらしい。
「…お前、ホンっトに妙な知恵がついて来たなぁ。」
 そんな赤くなって凄んでも効果ないって、ゾロさん。ナミから"早くおいで"と呼ばれた方へパタパタ駆けてゆく小さな背中を見送って、小さな小さな吐息を甘くつく剣豪だ。いやはやごちそうさまであることよ。何はともあれ、一件落着。めでたし、めでたし♪

           〜Fine〜  01.8.23.〜8.24.(加筆 8.27.)

   カウンター500番 キリ番リクエスト
               大和サマ 『お化け屋敷に行くゾロル』



 *私が書くとどうしても荒くたい話になってしまいます。
  もっとほのぼのとした展開がご希望だったのではないでしょうか。
  夏祭りの夜、せがまれて出掛けた縁日。
  一騒ぎがあるにはあっても微々たるもので、
  それらを"ま・いっか"とうやむやにするよな、
  きれいな打ち上げ花火を見上げてジ・エンド…とかいう風に。
  でも、あの連中が
  お化け屋敷で普通の楽しみ方をするとは到底思えなかったんですよね。
  (いえ、その設定で素晴らしいお話を書かれている方も
  沢山いらっしゃいますが。)
  そういう作り物ではない現実の世界で、
  もっと怖い目に遭っても嗤
わらって掻いくぐって来た人たちだし、
  自分たちこそ化け物なんだし。(おいおい)
  甘くなる調味料として"子守歌"というのを振りかけた訳ですが、
  いかがなもんでしょうか?
  宜しかったらお持ち下さい、大和様。
   


back.gif