Kindness 
Vol.2



         1


 スタンダードな海賊。いつだったかナミが口にした台詞だ。確か、キャプテン・クロとの戦いで決着がついた直後に、奴らの方が海賊としてはスタンダードだと、そう言った。金銀財宝というお宝やあるいは名声を巡って、仲間でさえ、利用し、裏切り、見捨てる、極悪な人種。弱い者には容赦なく付け込んで笠に着て、いくらでも蹂躙する、最低な輩たち。人の命なぞ物以下で、利用価値を見いだせないとなれば、平気で手にかけ、殺戮する悪魔たち。

 ちょっとした戦闘があった。乗り込んで来た勢いはたいそうなものだったが、船長と双璧のたった三人にちょいと撫でられただけで恐れ入ったらしく、引き際もある意味見事で、所謂"竜頭蛇尾"な相手だった。バロックワークス関係かも知れないからと、ビビ皇女は女部屋に籠もらせてあったが、とんだ見当違いだった訳で。
「せめて甲板の後片付けくらい、してってほしいわよね。」
 船端やマスト、甲板の床に傷が増え、樽や箱などの備品が少なからず壊される。うんざり顔でそれらを見回すナミに、
「けど、貰うもんは貰ったんだろ?」
 戦闘後は"営繕担当"と化すウソップが訊いたのは、退却しかかった賊の幹部らしき男を無理から引き留めていた彼女だったことに気づいていたからで、
「当然でしょう? 備品代に資材費に食費にと、運営費はいくらあったって足りないくらいなんだから、気を緩める訳にはいかないわ。」
 それらを捻出するべく、かちあった海賊たちには漏れなくナミの"ファイトマネー請求"が申請され、その回収率はほぼ100%に近いというから、これはなかなか侮れない。
「さて、デザートの仕込みの途中だったってのにな。」
 手から埃をはたき落としてキッチンへ向かうサンジを見送り、こちらは鞘へとしまった刀を三本とも腰から外して脇へ置き、上甲板の定位置へ腰を下ろす剣豪の傍らへぱたぱた…と駆け寄ったルフィだ。
「なあ、ゾロ。」
「ん?」
 最初からさほど意気揚がって構えていた訳でなし…ということか、中途半端な相手であったが、だからと言って物足りないとか持て余しとか、そういう未消化な"空振った覇気の余剰物"もなさそうな、平生の顔でいる。冷静沈着な碧の、切れ長の鋭い目が、船長のちょっと舌っ足らずな声に心なしか和んだ色を帯びる。
「さっき、俺んコト庇ったろ。」
「…ああ、そうだったかな。」
 大したことのない相手だったとはいえ、たった3人でお相手したのだ。どの輩にどんな攻勢を加えたかまで、事細かには覚えていない。
「なんだ? 不満だってのか?」
「そこまでは言わないけどサ…。」
 戦闘隊長…ときっちり配置が決められている訳ではないが、それでも"剣士"である以上、戦闘場面専門の要員ということにもなろう。海賊狩りとして鳴らした経験
(キャリア)は伊達ではなく、たった一人で一個師団を易々と撃破出来る破壊力を持ち、打たれ強く、体力・回復力もずば抜けている。そんな彼としては、仲間の身が危険にさらされていれば、ついつい剣先がそちらへも伸びるというもので。
「けどサ。」
 小さな船長はすぐ傍へぺたんと座り込むと、ゾロへの言葉を紡いだ。
「前にも言ったろ? ゾロは俺を守ってもらうための仲間にって誘ったんじゃないって。」
「ああ。」
「だから、んと、何か、庇われてると俺だって強くなれねぇし、えと…。」
 どう言えば良いのかと胸の裡
うちを爪繰りながら言葉を探す彼に、ついつい微笑がこぼれる。
「気にすんな。って言うより、悔しいなら俺が手ぇ出すまでもない余裕で戦えるようになればいい。…だろ?」
「そだな。頑張る。」
 こちらの言葉足らずな言いように、どこまで判っているのやら、けれど素直に頷く顔は、あれほどの死闘をこなして来た奴だとは到底思えない無邪気なもの。…そう。この彼は、並の人間では束になってかかっても倒せないだろう連中を、幾人も幾匹も素手で倒して来た、途轍もない男でもあるのだ。だから、日頃の世話焼きはともかく、戦いに関しては…三刀流のロロノア=ゾロであれ、立場も交わす言葉も対等である。
「ゾロって余裕あるんだなぁ。」
「? そっか?」
「ん。だってさ、相手を撫で斬りだけで片付けちまってるじゃん。あれって"寸止め"ってやつだろ?」
「う〜ん、ちょっと違うと思うが。」
 確かに、ゾロはよほどの手練れや強敵でもない限り、軽く撫で斬ったり、急所は外した斬り方をしたりという対処を通している。もっと極端に実力が違う相手には…刀の刃ではなく峰を返しての"峰打ち"で片付けているほど。どれも平常心がなければ出来ない"手加減"であり、強い者が弱い者へ下せる選択で、言ってみれば"余裕"でもあろう。
「殺すのはイヤなのか?」
 物騒な台詞を事もなげに口にする。ここいら辺りが、見かけに惑わされているととんでもないことになる、彼の"本性"の一端で、伊達に"海賊王になる"と公言している彼ではないというところ。
「まあな。」
 あまり気の無さそうな返事をするゾロへ、ルフィは畳み掛けるように訊いた。
「どんな悪い奴でもか?」
「ああ。死んじまったらやり直しが利かねぇだろが。悪いことした奴らを、そんなあっさり逝かせてたまるかよ。」
 ああ、成程。考えてんだなという感心したような顔になるルフィだと気づいて、だが、剣豪殿は小さく息をついて付け足した。
「別に相手のことなんざ考えちゃいねぇよ。手ぇかけた奴が死ぬってのは、あんまり気分の良いこっちゃねぇからな。まして"弱い者いじめ"の結果で、なんてのは寝覚めも悪い。そんだけのことだ。」
 さりげなく尊大なことを言っているが、彼ほどの腕ならそれも許されるような気がする。ルフィは"ふ〜ん"と感心すると、そのまま目を伏せた剣豪の傍ら、自分も船端に凭れて昼寝をすることにした。

            ◇

 まだ腕が未熟だった頃は、加減が判らず、何人かは息の根を止めたこともあった。その場で即死させたような立ち会いもあった。殺らねば殺られる…というような、生死を分けるような立ち会いならまだしも、言い掛かりをつけられた些細な喧嘩が発展しての斬り合いも少なくはなかった。最初に殺してしまったのは、名も知らぬチンピラだった。親分だか兄貴だかを叩き伏せて海軍へ突き出したゾロを逆恨みしていた男で、問答無用で斬りつけて来た刃を避けたその拍子、身体が勝手に動いていて、気がつけば見事な袈裟がけに斬っていた。匕首
あいくちの持ち方も知らないような、勢いだけの弱っちい奴で、それでも懸賞金が僅かながら掛かっていて、殺人だの傷害だのに問われることはなかったが。そういう世界だ、よくあることだ、そんな修羅場だと判っていて飛び込んだのだろうがと、何度も自分に言い聞かせたが、2、3日は物が食えず、眠れば悪夢に魘うなされた。この世界の"そういうこと"へ割り切れるまで半年かかった。腕が上がれば殺さなくて済むと、そう気づけたからだったが。

 徒らに殺さずに済むようになった頃、不意に"海賊狩り"という異名が、自分へも聞こえ始めた。血に飢えた野獣だと、皆が恐れた。遠巻きにして、後ろ指を差す。人斬りには妥当な待遇だと、心を鍛えるには丁度いいと思った。幸い、遠くに"目標"があったから、近場で道に迷ってもさほどの逼迫はなかった。倒した賊に震え上がっていた人々からさえ、感謝もされず怖がられ、人に非ざる存在のような扱いを受けた。人としての絆だの縁
えにしだの信頼だのを一切持たず、孤独の中、自分ほど非生産的な存在もないかもなという冷たい苦笑が絶えなかった。

 −−−いっそ人でなくなった方が楽かも知れない。

 幾多の苦境を掻いくぐり、修羅の道を乗り越えて、いつしか…眸は厳しく尖がり、口唇は頑なに結ばれ、感情さえ忘れた血まみれの野獣は、少しずつ"鬼"になりかけていた。触れたものを片端から滅ぼす鬼。壊し、殺し、何も守れない、死神の眷属。

 −−−オマエ、オレノ仲間ニ ナラナイカ?

 海賊みたいな外道にわざわざ成り下がる奴の気が知れないと断れば、

 −−−いいじゃん、どうせお前、悪い賞金稼ぎって呼ばれてんだぜ?

 口の減らねぇ奴だ。海賊王? 正気か?

 −−−ほら、お前の宝だ。受け取るよな? そしたら、お前は海軍に逆らう悪党だ。

 悪魔の息子か、こいつはよ。無茶苦茶を言い、目茶苦茶をする。それも、あっけらかんとだ。何につけ飄々としてやがるが………おい、ルフィ、危ないっ!


        2

「………。」
 腹が重くて目が覚めた。重い筈で、上のハンモックからの"来客"が、腹の上に跨がるようになって乗っかっている。
「…ルフィ〜っ。」
「起きたか。」
「"起きたか"じゃねぇよっ。」
 どういう体勢で大威張りな言いようをするかな、お前はよ…っと、夜陰を透かして相手を睨むと、
「だって、ゾロ、うなされてたぞ?」
「?」
「汗かいて苦しそうだった。」
 そう言って腕を伸ばしてくると、こちらの頭を固定して、額と額を有無をも言わせずくっつける。間近になった童顔の、大きな眸が臥せられて、どこか神妙な顔をする。
「………よし、これで良い。」
「何がだ。」
「おまじないだよ。悪い夢や怖い夢を見たら、こうすんだ。そしたら夢は、どっちの頭か迷って、結局どっか行っちまうんだ。」
 ニカッと笑って自分の寝床へ戻ってゆく。
"おまじない、ねぇ。"
 子供じみた言いようだったが、深い吐息を長くつき、瞼を閉じるとあっと言う間に眠り込めた。


 煩いくらい纏わりついてくる。だが、それが不快ではない。慣れたから…というのも勿論あろうが、冷え切ってささくれ立ってた心に、覇気と余裕という温みを与えてくれる存在だと気がついた。詰まらないことでさんざん振り回されて、だが、やれやれと息をつく時、それ以外の逼迫まで払拭されていることに気づく。抜けたことをしでかして、最低最悪から始めなきゃならないシチュエーションを引っ張って来てくれたりもするが、生まれつきの負けず嫌いから、むしろやる気が沸いてくる。そういった、彼との連携の根底にあるのは、

 −−−俺は海賊王になる男だっ!

 馬鹿か、こいつは…と正直思った一言だったが、こうまで破天荒な野望を胸を張って言ってのける豪胆さに、いつしか惹かれている自分だと気がつく。見果てぬ夢はお互い様だと夢の漁場を見つけるためについて来たらしいコックや、元から夢のような事ばかり言っていたその上へ、嘘みたいなホントの冒険を重ねて海の勇者になるんだとついて来た狙撃手。地獄から救い出してくれた仲間たちと一緒に、自分の目で見た世界を地図にするんだと、男勝りな夢を着々と敢行中の女航海士。誰も彼もが、彼の野望に負けないくらい現実離れした夢を、元から心ひそかに抱いていた。周囲の反応に迎合してか、口にも出さず、ともすれば絵空事だと自身へ言い聞かせてさえいたろう"夢"だのに、彼との出会いがそれらへ生気を吹き込んだ。あまりの鮮烈さは瞬きさえも許してくれない。まるでカフェ・オレでも入れるかのように、高々と両手に掲げた2つのポットから同時に勢いよく注ぎ込まれる活力と奇跡。それらの夢が実は現実と地続きなんだよと、そうと信じていいんだよと、体言して見せてくれた彼から離れられなくなる不思議。


 自分は勿論のこと、相手もまた徒らに殺さないために鍛えて来たようなものだった。強ければ強いほど可能なこと。あのジェラキュール=ミホークが、自分を紙一重で生かしおいてくれたように。だが、今は、少しばかり変わって来たのかも。
「…ゾロ〜っ!」
 何処にいても見慣れた童顔は屈託なく笑って寄って来る。初見から怖がりもせずにいたし、今と同じく屈託なく纏わりついて来たよな、そう言えば。しがみついてくる温かな腕。頼もしいからと凭れて来ては、真っ直ぐ向けられる何とも無防備な眸。愛しいと思うまでにさほど時間は掛からなかった。
"…ただのチビガキなんだがな。"
 まじっと見やると、
「? なんだよ。睨めっこか?」
 言うことまでしっかり"ガキ"で、
「違げぇよ。」
 わざと乱暴に麦ワラ帽子のつばを引き降ろしてやると、
「あ、やったなぁっ!」
 途端にしゃにむにしがみついてくる困った癖が抜けないお子様。だというのに、昔とは正反対な、なんとも愉快そうな気色の滲む"苦笑"が絶えなくなったゾロだった。


 守りたいものが出来た。守りたいとする対象は、時に相手から付け込まれる弱点となるから、本来なら剣士は抱えてはならないのが原則ではある。だが、ならば敢えて抱えてやろうじゃないかと、意固地に構えてでも手放したくはないものだった。たとえ遠く離れて互いは見えなくても、つないだ手と手を離さないでいたかった。

 −−−お前、俺の仲間にならないか?

 自分へと伸べられた腕。それが始まり。そして、それが"鬼"を封じ、人としての永遠へ約束を誓わせた。一生かけても終わりは来ないだろう"約束"は、まだ続いている…。


   〜Fine〜 01.9.4.〜9.5.

  1600番HIT リクエスト
       Jeaneサマ 『やさしい腕』



 *あああ"、何がなんだかよく判りません。
  Vol.1のマイペースな書きようと趣向を変えたかったんですよう。
  こういう散文ぽいのは苦手だと、
  判っていたのになんでやってみるかな、自分。
  ただ、一回だけ、
  ゾロさんのちょっと荒れてたろう海賊狩り時代の
  胸の裡
うちネタを書いてみたかったんです。
  ルフィと出会って"人"に戻れたと。
  (でも、相手はほとんど"人に非ざる"奴ですが…。)
わはは
  キリリクでやることじゃないですね。
  ごめんなさい、Jeaneさん。
  


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