エマージェンシー・スクランブル? A
 


        



「なあ、ゾロ。いいかげん、事情
わけくらい話せよ、おい。」
 広い歩幅ですたすたと、脇目も振らずにどんどん歩いてゆく剣豪を追って、ほとんど小走りになっているビビとウソップであり、
「目的地があんのか? お前、いつだってとんでもない方向へ突っ走るだろううがよ。」
 息が上がり始めたウソップが半ばヤケになってそんな声をかけると、
「………。」
 やおら…立ち止まったゾロだったので、
「…あ?」
 ウソップは小首を傾げ、ビビは思わず肩を小さく縮めた。方向音痴だということを揶揄されて、てっきりゾロが怒ったと思ったのだ。戦闘時などはどこか小心者なこの狙撃手。だというのにも関わらず、何とも大胆というか向こう見ずというか、恐持て揃いな仲間たちには信じられないほど強心臓で、ゾロやサンジを全く恐れもしないで対等な口を利き、時にはさんざん怒らせてもいる。どうしてこの双璧が平気で他の雑魚は怖いのか、その定規がビビには未だによく判らないのだが…それはともかく。
「一本道だからな。迷いっこねぇよ。」
 低い声でそう言うと、再び、歩み始める剣豪であり、だが、今度は…ちらっと肩越しに返り見たこちらにビビがいることを見て取ったか、先程よりはゆっくりな歩調に変わっている。
"………。"
 そう。この"元・海賊狩り"の剣豪は、さりげなくやさしい。ルフィのお守り役を破綻なくこなせているのも、計算しない生来の面倒見の良さや、弱い者小さな者を助け守るために骨惜しみをしない性格があってのことだ。一見斜
はすに構えているように見えもするし、世の中ってのはそういうもんだというあれやこれやにも一応は通じている。だのに、ルフィの子供っぽいまでの正道主義に引き摺り回されている…風を装って、実は彼自身も全く同じに重なる想いを持っていて、
〈しょうがねぇなぁ。〉
 キャプテンがそう決めたのなら仕方がないと、口ではそう言いながら、実のところは…これ幸いとばかりに望んでいた行動を取っているような気さえするのだ。
「…一本道?」
 彼の言いように首を傾げたウソップへ、ビビがフォローを囁いた。
「ほら、港への道ですよ。」
 そういえば、広場からこの道を選ぶと、港までは街路沿いに店屋や家々がぴっしりと並んでいて枝道もなく、来た方向へと戻らない限り迷いようがない。ということは、ルフィとああまで言い争いはしたものの、決別しちゃるとまでの思い詰めはなかったらしい。
"でも、だからってゴーイングメリー号に戻るとは限らないかも…。"
 観光客が多い町。船だって、客船から貨物船、商船に個人の物までと、色々沢山停留していたのを思い出す。ここから自分たちとは袂を分かって、別の船へ用心棒か何かとなって乗り込もうと考えていないとも限らない。
"………。"
 心配を始めれば限
きりがない。すたすたと歩き続ける大きな背中。ああそういえば、自分の正体が暴露され、Mr.5とミス・バレンタインに追われた最初の危機に、割って入って助けてくれたのもあの大きな頼もしい背中だった。短く刈られた淡い緑髪。左の耳には三連のピアスが揺れている。いつだって真っ直ぐで、いつだって頼もしい、余裕に満ちたその背中が、だが…何となく、何か物足りなくも見えて。
"…ああ、そうだわ。"
 いつもなら、すぐ前や傍らに、少しばかり小さな赤いシャツの背中が重なっていた。そんな彼との身長差から、時に…顔の高さを合わせるように屈み気味になるせいで少し丸くなることもある背中が、何となくほのぼのとして見えてビビはこっそり好きだった。そう、やっぱり彼の傍らにはあの存在がなくてはしっくり来ない。見ているだけで安心出来た背中が、今はただただ孤高な強さが強調されているばかりで、ちっとも幸せそうには見えないのだ。
"こんな訳の判らない詰まらないことで、別れ別れにさせる訳には行かないわ。"
 そのためにもどうにかして取り付く島を探さねばと、決意も新たに、白くて小さな拳をキュッと握り締めたビビであった。

            ◇

「おい、ルフィ。どこまで行くつもりだ、お前。」
 たったかたったかと、こちらもまた足早に脇目も振らずに歩き続ける。剣豪が方向音痴ならこちらの船長の得意技は"迷子になること"だ。どこから持って来たものかは知らねども、いつだって自信たっぷりに歩き出し走り出し、あっと言う間に自分がいる場所を見失う。にぎわっている街ではあるが、何かしらの祭りなみに人出がある訳ではなし、数歩分ほど後から追うという形でルフィに付いているサンジは、そういう前科を山ほど持っている彼が、だが、最近唯一はぐれなくなったあのゾロと、まるで袂を分かつように別な道行きをわざと選んだことが、やはり気になってはいた。
「一体何が気に入らねぇで、あのクソ剣士と怒鳴り合いなんかおっ始めたんだ?」
 言われてみれば、もしくは良く良く思い出してみれば、何も始終べったりくっつき合っている訳でもないのに、片やを見つけたければ片やを探せば良いというような認識が、いつの間にか皆へ刷り込まれている相棒同士。それを自然と周囲へ浸透させるほどに、傍で見ている者が馬鹿々々しくなるくらい、仲が良くってツーカーで。ビビがああまでの不安を感じたほどに、この二人が険悪そうな言い争いをする図というのは、確かにどこかで間尺に合わない代物ではある。………と、
「…ゾロってさ。」
 麦ワラ帽子のその向こう。聞き間違えることのない、耳に馴染んだいつもの声が、だが、少しばかり単調に、言葉を紡ぎ始めた。
「ごっつくて強くてなんかカッコイイじゃん。」
「…はあ?」
 いきなり何を言い出すやら。
「性格だってサ。キリッと引き締まってて、冷たそうだけどホントは優しいしさ。乱暴そうな口の利き方するけど、行儀っていうか礼儀っていうかもちゃんと知ってるし。」
 口調こそ淡々としているが、語っている内容がちょっと意外で、
"………。"
 サンジは口唇に咥えたままでいた煙草を指先へ移すと、口先を尖らせるようにして紫煙を細く細く吹き出した。そうやって何かしら考えていた彼だったが、
「そうかぁ? ただ怖そうな朴念仁の兄ちゃんってだけに見えっけどな。」
 どこか挑発的に否定するような言いようを並べて見せる。すると、
「違うって。かっこいいんだって。」
 やっぱり、何故だか"褒める"言葉を並べるルフィであり、
「だったらなんで、そんな"かっこいい"奴と、あんな…喧嘩なんかしたんだよ。」
 それも、ふいっと視線を背け合ったそのまま全く逆の道を選び合うほどの。
「………。」
 ふと、ルフィが立ち止まる。
「だってさ。あんまり判んねぇこと言い張って、凄げぇ強情なもんだから…。」
 言葉が途切れ、
「………。」
 根気よく待っててやると、麦ワラ帽子がついっと上がって、
「あ…っ。」
 不意にタタッと駆け出した。見失うとやばいからと、サンジもすぐさま後に続いたが、
"…あれ?"
 ずっとルフィの背中ばかり見ていて気づかなかったが、
"この道って、もしかして一本道じゃねぇのか?"
 無理して探せば、建物同士の間に細い細い通り抜けがあることはあるが、枝道や路地は見当たらず、これなら迷子にはまずなるまい。なかなか親切な整備がなされている街だよなと思っていたところへ、
「ほら。」
 先を駆けていたルフィが立ち止まり、まるで自分が用意したそれのように、前方に広がる風景をサンジへと示した。丁度、街路の突き当たりがそのままT字路になっていて、ゆるやかな坂道は海を横手に見ながら港へと真っ直ぐ下っている。やや古めかしい感のあった町屋の連なりから、突然ぱっと開けた開放的な風景はなかなか鮮やかで圧巻で、
「お前、この町を知ってたのか?」
「ん〜ん。さっきの広場に掲示板があったんだ。そいで、俺やゾロでも迷わずに港へ帰れるような街だよなって思ってサ。」
 …自覚はあるのね、一応。


        3

 港の突堤はゆるやかな細波に洗われていて、小さなキャラベルは港の隅の方でかすかにその船体を揺らしている。
「…あ。」
「お…。」
 どういう奇遇か、はたまたやっぱりそれだけ相性がいい二人であるのか。ゴーイングメリー号の停留場所へ、右と左からほぼ同時に辿り着いていた彼らであり、
「えっと…。」
 まだ、どうしてあんな言い争いをしていたのかという発端や原因を聞き出せてはいないビビがひやっと首をすくめ、こちらもまた以下同文な(おいおい)サンジが苦々しげに眉を寄せた。そんな同行者たちの様子をよそに、
「…なんだ、同着かよ。」
 やや低い声で呟くゾロであり、
「けど、俺らは途中で少し休んだんだぜ?」
「こっちも立ち止まって休みはしたさ。」
 …はい?
「じゃ、やっぱり同んなじだったんだ。」
「そうみたいだな。」
「な〜んだ。」
 ぷくーっと膨れる真似をしてから、それでもすぐに吹き出してしまったルフィであり、こちらもくすくすと和んだ顔をして笑っているゾロだったりする。………えっと。な、何の話かな?

  「???」「おい?」「えっとぉ〜?」

 それぞれの付け馬をやってた3人がキョトンとしているその頭上、
「あら、皆。買い物はもう済んだみたいね。さっき色々と配達されて来たわよ?」
 ナミの声が降って来た。それへと応じたのがルフィで、
「ああ。だから迎えに来たんだ。ナミも用は済んだろう?」
 はい?
「ええ、ちょっと待っててね。あ、ビビ。支度なさい、着替えとか要るから。」
「あ、えと、はい。」
 何が何だか、ここまでのお話はどこへ吹き飛んでしまったの? 登場人物たちのうちの約半分が、キツネにつままれたような顔をしていて。船端へと縄ばしごを上がってゆくビビを見送りながら、
「そっか、風呂に入るんだから着替えが要るのか。」
 ルフィが思い出したような声を出した。
「それもあるが、お前は浮輪も要るんじゃないのか?」
 海ではないが水に浸かる訳だから、もしかして溺れるんじゃないかとからかうように言うゾロへ、
「どうだろな。俺、ずっとシャワーしか使ったことないから、真水でも溺れるのかどうか、判んねぇんだ。」
 鹿爪らしい顔になり、結構真面目に返事を返す彼なものだから、
「…心配すんな。」
 剣豪殿の目許口許がふっと和んだものになる。
「溺れないよう、何なら抱えて入ってやるよ。」
「ホントか?」
 …おいおい。なんか妙にほのぼの甘い、ウチのいつものモードの会話に突入してないか? お二人さん。そこへ、
「お前ら。」
「あん?」
「ちょーっと聞きたいことがあるんだがな。」
 サンジとウソップが、日頃勝てた試しのないこの最強ペアへ、今日は勝てそうだよなという気迫をもって声を掛けたのは言うまでもないことであった。

           ◇

「ま、ビビちゃんじゃなくたって、あの、天下無敵の方向音痴と迷子んなる天才児がそんな話をしていようなんざ、思いもつかないのが普通だからな。」
 街の少ぉし高台に、豪勢な敷地を占有して広がるスパガーデン。その中の広大な温水プールのプールサイドに並んだテーブルの一つで、水着に着替えたサンジとウソップがどこかげんなりとした顔で少し上方に張り出したテラスを見上げている。そこは別の施設になっていて、さっきから低めの柵の間に見慣れた童顔が見えている。辺りを物珍しげに眺めているらしく、
「こら、ルフィ。あんまり乗り出すと落ちるぞ。背中流してやるから来い。」
「おう。」
 呼ばれて引っ込んだその呼吸の合い方といい、どの辺が袂を分かつかも知れないほどの危機にあった二人やら。
〈だからさ、広場の掲示板を見てて、港までは一本道だからこれなら迷子にもなんないでゴーイングメリー号まで戻れるよなって話になったんだ。〉
 事の始まりからの説明を請うた彼らに、まずはルフィがそんな風に口火を切った。
〈で、コースが2本あって、どっちが近いかっていうので意見が分かれちまってさ。〉
〈それで、ならそれぞれが支持してるコースを実際に歩いてみて、どっちが近いのか証明し合おうってことになった訳だ。〉
 何と言うのか…それくらいのことで、ああまで激しい語勢で言い争うか? 普通。
「だから俺は言ったろう? たまにゃあ虫の居所が悪いってことだってあろうから、放っておけってよ。」
 ウソップの言いようへ、俺だって散々止めたんだがな…と言い返したかったが、そこはぐっと堪
こらえたサンジだ。誰でもない、麗しく心優しい王女のためだ。
「御託はいくらでも聞いてやるがな、ウソップよ。ビビちゃんの前でそれを蒸し返したら、その自慢の長っ鼻、三枚に下ろして一夜干しにして明日の朝飯に出すぞ。」
 おおお、そりゃまた乱暴なことを。そして、
「…んだと、こら。」
 相変わらずどういう訳だかこの狂暴コックさんをまるきり怖がらないウソップは、一応凄み返しはしたものの、
「判ってるってそんくらい。」
 打って変わってにやっと笑って見せる。
「俺たちのことへあんだけ本気で心配してくれたのは嬉しいこったしな。だってそうだろうが。ただ、アラバスタまでの船だから面倒を起こされたかないってだけの気の入れようじゃあなかったぜ?」
 その辺り、さすがは気の良い男でちゃんと心得ていたらしい。
「それに、だ。一番問題なのは、やっぱりあの二人の方なんだしな。」
「そういうこった。」
 腕を組んで目を伏せ、感慨深げに"うんうん"と頷くサンジの肩先、
「何が"そういうこと"なの?」
 華やいだ声がして。
「あ、いえいえ、何でも…。」
 振り返りながら"ありませんよ…"と続く筈だった声がふうっと宙に掻き消える。パイル地のパーカータイプの上着を羽織ってこそいるが、それぞれにスレンダーグラマーなプロポーションの映える水着を着た、ナミとビビが着替えを終えてやって来ていて、
「うわぁ〜、素敵だ二人とも♪」
「ありがと、サンジくん。」
 はにかむ天使と余裕ある女神の微笑みにあっては、ややこしいことに振り回された苦労も一遍に吹っ飛んだ様子。船長が引き起こす人騒がせも相変わらずだが、
"こいつのこういうとこも相変わらずだよな。"
 内心でこっそりと呟いた狙撃手だったりするのである。相変わらずな彼らの相変わらずな道中は、今後どんな"相変わらず"を招くことやら。またの騒動をご披露するその日まで、今日のところはとりあえず、この辺で幕を引かさせていただきとうございます。あらあらかしこ♪


   〜Fine〜  01.9.26.〜9.27.

 カウンター 3273 & 3333HIT キリ番リクエスト
  有沢ともきサマ
  『大喧嘩を心配した周囲が結果的には馬鹿を見る、
             はた迷惑な友情厚き人たちのお話』



  *まず第一に、
   上記のようなはしょり方で良いのでしょうか、
   今回のリクエストの主旨。
   難しかったです〜。
   いかに甘い話ばっかり偏って書いてるかを、
   まざまざと思い知らされました。
   これも修行ですね、うんうん。
   何か、書く前に弱音吐いたりして、
   ご心配をおかけしてしまいました。
   有沢さん、こんなんでも良ろしいでしょうか?(ドキドキドキ…)


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