朝 睦み
 

 透明な潮の下に真砂がまんま透いて見えるほど浅い浅い波打ち際に、体の半分を沈めて浮かせて横たわっている。ゆるく打ち寄せては引いてゆく波に、髪も、シャツも、身体も、ゆらゆらと小さく揺すぶられている。囁くような潮騒だけがしていたが、

  ………………………。

 何かに呼ばれたような気がして、ふっと

「………。」
 目が覚めた。朝の冴えた気配を肌に感じる。かなりの早朝ならしく、朝日の陽射しはまだない。曇天の午後のような仄明るさが、丸い船窓から霧のように侵入していて、室内をぼんやりとした夢幻の白で満たしている。
"………。"
 すぐ傍らに温もりがある。昨夜は夜陰の中、二人分の汗でどちらの匂いなのだか判然としないまま眠りについた筈だのに、今は相手のくっきりと雄々しい香りが頼もしくて、自然、頬を擦り寄せる。ゆるい輪を作っている両の腕に、そっと取り巻かれるように抱かれている。深い懐ろのそのまた深み。頼もしくて温かな胸へ擦りついて、微睡
まどろみの余韻にゆるゆると浸っていたが、
"………。"
 すぐ目の前にあるねじれた傷痕が、どうしても視野へと飛び込んでくる。鋼
はがねのように鍛え上げられた胸板なればこそ、ほぼ真っ直ぐなまま左肩から右脇腹へ一直線に走り降りている、ためらいのない刀創。醜いと思う訳ではない。闘う男である証し。これだけのものを受けてなお、挫けずに怯まずに前進を続ける彼を、その不屈さを、我がことのように誇りに思う。ただ、
「…ルフィ?」
 目を覚ましていたらしい男の声がした。どこか物問いたげな語調だ。猫の仔のように擦りついていた愛らしい仕草が、急に凍りついたので気になったのだろう。お気に入りらしい少年の黒髪をさわさわと梳
きながら、
「どうした?」
「…ん〜ん。」
 言えば結局ゾロを困らせる。うまく言えないが、自分がこだわっている部分はゾロのせいじゃないのに。とはいえ…彼の側でも何となく判っているらしく、ルフィがくっついているのと反対側へ腕を身を伸ばし、床からシャツを拾い上げようとするから、
「ダメ。」
 その胸元へとしがみつく。
「嫌いなんだろ?」
「違う。」
「怖いのか?」
「違う…違う。」
「じゃあ…。」
「ゾロ…っ。」
 呼べば目顔で応じてくれる。そう…ちょっと怪訝そうに眸を張って。日頃の鋭角的な棘を消した穏やかな顔。やさしい和んだ色になる眸。深い響きの声。誰も…もしかしたら彼自身でさえ知らないことまで、自分だけは一杯知っている。無骨な手は、だが、その重みが温かくてやさしくて。広い背中も逞しい腕も、何も言わない彼本人に似て無口だが、途轍もなく頼もしくて。

 …だのに。

 どうすればいい? ここだけ奪られた気がして歯痒く口惜しい。まるで鎖か何かで封をかけられてでもいるようで、消えない刻印がひどく憎い。あいつのこと、いやでも思い出す。ゾロが目指している男。いつか再び逢ったその時こそ、倒すことを目指している大剣豪。そんな形であっても、誰かに囚われている彼であることが時々無性に苛立たしくなる。それをまざまざと示す傷痕を、許せる筈がない。
「…ルフィ?」
 唇を這わせる。長い傷痕に、丁寧にキスを連ねてゆく。埋めるように口づけを並べてもダメなのかな。
「…っ。」
 途中で顎へと大きな手が潜り込んで来て、顔を上げさせられる。歯痒そうな顔をすると、身を起こしたゾロもまた"困ったなぁ"という顔になる。

            ◇

 朝一番の光が射るように差して来て、透明な蝶の翅が少しずつ張りを帯びて開いてゆくように、部屋のあちこちを蜜のような金色で塗り潰してゆく。船窓からの目映い光を浴びて、輪郭が透けたように滲んでいるシルエット。まるで…この世のものではない神秘的な生き物を相手にしているような錯覚にさえ襲われて。
「………。」
 それでも、手を伸ばすと現実のものである小さな肩に触れ、引き寄せる。言わねばならないことがあるから。何となく判ってもらうのではなく、宣言せねばならないこと。そうでなければ意味のないこと。普段なら面映ゆくて言えないが、この現実離れした…黎明の青と暁光の金の入り混じる中でなら、夢幻の一部となってくれそうにも思えて。

 「もう既
とうに全部お前のなんだよ。」

 見上げてくる幼い顔。何か問いたげな、何か言いたげな、むずがりかけた口唇をそっと攫って繰り返す。

 「俺は全部、お前のもんだ。」

 小さな口許が切ない想いに歪むたび、口づけを一つ。そんなものでは到底納得出来はしないのだろうが、今の自分にはそれ以上の何も出来ないから…。


     〜Fine〜
  01.9.11.

 カウンター1700HIT キリ番リクエスト
           カエル様 「ゾロの胸について考えるルフィ」



  *既にUPしてある『刻印』みたいな内容になってしまいましたね。
   それに…しまった、ちょっと危ないめのカラーかも。
   加えて短い。これってSSじゃないか?
   キリリク最短記録な作品となってしまってないか?
   (でも、これ以上を書くとヤバめな展開になってしまいそうで…。)
   ちょっと今朝方、
   とある艶っぽいサイト様に
   ふらふらっと惹き寄せられていたMorlin,でして。
   朝っぱらから不埒な奴だった
まったくだ、その余韻が出たようです。
   清純なカエル様にはこういうの向いてませんでしたか?
   ご、ごめんなさいっ!
   (タイトルは Morlin.が勝手に作った言葉ですので、
    季語集とかを探してもありませんよ? 悪しからず。)
  


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