涙の理由わけは…?


 我らがゴーイングメリー号ほどの小さな船の上にあっては"プライバシー"というものがない。どうしても一人になりたかったら、甲板から人気の去る夜を待つか、船倉に幾つかある倉庫に潜り込むしかなく、それだとて聞き耳を立てられれば筒抜けかもしれないほどのおそまつな隔離性しかない。まあ…それ以前に、人目を忍ぶような"秘密"を抱えるほど、繊細だったりナーバスだったりするようなクルーはいないのだが。
おいおい

「…どうしたよ。」
 欠伸混じりに足を運んだのは、いつもの上甲板。青々とした空と海とを背景に、いつものようにそこに居たいつもの背中が、何故だか微妙に震えていることに気がついた。
「なんでも、ねぇ、よっ。」
 応じた声が不自然に撓
たわんでいて、それが自分でも判ってか、ますますむきになってそっぽを向く。相変わらずの強情さにため息をつくと、
「訊かねぇから…ほら。」
 まずは、脇に手を差し入れて、不安定な羊頭から後ろ様なまま抱き降ろした。平生でも危ないのに、こんな状態で座っていては危険極まりない。それから…甲板の上へ胡座をかいた膝の上へ座らせて、俯いた頭を、そこに載っかっている麦ワラ帽子ごと胸板へと抱え込む。幸い…というのもおかしなものだが、コックはそろそろ午後のおやつの仕込みを始めている頃合いで。ナミは何やら新しい海図を書くのに没頭していて、ビビは後甲板にてカルーの羽根の手入れ中。ウソップとチョッパーはいつものことで『研究室』(別名:格納庫)に籠もっていた。誰の目もないことを幸いと思うような"疚しいこと"ではないのだが、そこはやはり…多少は照れも出ること。一応、キッチンの窓に背を向けてしまえば、向こうからは俺の背中しか見えない筈だ。
「うく………うぅ…。」
 胸に押しつけた小さな身が、我慢仕切れず嗚咽を洩らす。間の悪いことには、俺はついさっき起きたばかりのようなもので、事情というものにまるきり心当たりがない。昨夜というより未明に近い夜中に招かれざる客があって、片手に収まる程度の少人数だったので一人で軽く片付けた…までは良かったのだが、騒ぎを聞きつけて起き出した来た"大蔵省"が、相手にいつものごとく"ファイトマネー"を請求し、それの取り立てやら何やらに"恐持てのする後見役"として付き合わされた余禄のせいで寝不足だったのだ。
「…ひ…く………。」
 声を堪
こらえるからなかなか止まらないんだぞと言ってやりたかったが、まさかに大声で泣いて皆を呼び立てる運びとなっては恥ずかしいことだろう。大体、それが出来るなら、最初からあんなややこしい場所で、海を向いて…船内へは背中を向けて泣いてなんかいなかった筈だ。くぐもった声でせぐり上げるごとに、見下ろした腕の中で肩が震える。そんな様子が随分と幼い子供のようで、何だか愛惜しく思える。
"………。"
 愛惜しく思っているのは今に始まったことではない。こんな風に弱々しいところを見た訳でもないうちから、時折覚束無いところを見せる彼の助けになれればと思っても来たし、そもそもは、颯爽とした、もしくはあっけらかんとした言動の小気味の良さにこそ惚れたのでもある。だからこそ、こんな痛々しい様子は…実を言うと身に染みて響く。時折、温みにしがみつくように頬を胸板へと擦りつけられると、そこからこちらの動揺を嗅ぎ取られはしないかと、ますます胸の鼓動に弾みがつくような気がするし、
"…訊かねぇなんて言うんじゃなかったな。"
 何より気になるのは泣いてる理由だ。腹が減っただの他愛のないことなら良いが、体の不調だの何か思い出して切ないだのという理由なら、こうしているだけではいけないのではなかろうか。
"下らないことほど手放しで泣く奴だしな。"
 滅多に泣いたりしない彼だが、反面、どうでもいいことで泣くこともあるややこしい奴だ。先だっても、新聞の連載小説のクライマックスシーンとやらをウソップが朗読し、ウソップとサンジとルフィという"三馬鹿トリオ(命名者・ナミ)"が揃っておいおいと泣いていた。よほどの悲劇だったらしいが、
『自分たちの生い立ち話の方がよほどドラマチックだろうに、何でまた、あのくらいのフィクションで泣くかしらね。』
 呆れたように肩をすくめながらナミがこぼした一言の方こそ、俺には同感だったほど。だが、

 『何とか出来るかも知れないことだからな。』

 何かの折に本人から訊いた。
『小説とかは書いた人にしかどうすることも出来ねぇだろ? それがなんか悔しいから泣いちまうんだよな。けど、実際に会った人とか目の前にいる奴が辛いの悲しいのっていうのはさ、今からでも頑張れば何とか出来ることかもしれないし、それへ手ぇ貸してやれるかもしれない。だから、一緒に泣いてやるんじゃなくて、猛烈に腹立てて立ち向かう方が先じゃん。』

 それから…こんな話も付け足してくれた。
『だから、あん時は凄っげぇ悔しくてつい涙が出たんだ。』
『…あん時?』
 慌てて自分の口を自分の両手で塞いだのを、二日ほどかけて追い回して食い下がると、
『…ゾロがあいつに斬られた時だ。』
 渋々白状してくれた。
『俺自身が負かされたような気がして、悔しくて悔しくて頭ん中が真っ白になった。』
『あ、ああ、そりゃあ済まなかったな。』
 とんだ薮蛇。だから言いたくなかったルフィだったらしくて。それはともかく…つまりは"口惜しい"と泣く彼であるらしい。

 そういえば、ナミの言う"どんなフィクションにだって負けない半生"な筈の、誰の過去の話も聞こうとはしないルフィであり、勿論、自分の話も聞いた分しか答えてはくれない。今更聞いたところでどうなるものでもないことだし、今現在の本人の言動から知ったことや感じたもので充分だ…と、そう思っているからだろう。ある意味、極めつけにドライで現実的な奴なようにも受け取れるが、
"………。"
 それもまた彼なりの優しさだと思えるのは勘ぐり過ぎだろうか? 過去にどんな重荷やハンデがあるのかは知らない。今の頑張りとか見据えてる先とかにしか興味はない。それらこそが本人の意思でのみ構築されてゆく"これからの姿"であり、自分はそれにこそ付き合ってゆくのだから、過去にどんな横槍や障害があったかなんて聞いたって意味がない。そう。誰にも何にも…自分の過去にさえ縛られない、本当の"自由"というものの意味を知っている彼だからなのかもしれない。

             ◇

 しばらくぐずぐずと泣き続けたものの、小半時もすると引き付けるようだった嗚咽が収まって来た小さな船長さんは、ややあって…言葉という形にするのは苦手だろうに、少しずつ紡ぐように、涙の理由を語ってくれる。
「あのな、――で、そいで――だったから…。」
「そっか。そりゃあ悔しいな。」
 一つ一つに相槌を打ってやりつつ、とりあえず…他愛のない理由で良かったと胸を撫で下ろした。聞いてもらって気持ちの整理もついたらしく、
「気が済んだか?」
 訊くと、大きく頷いて見せる。
「うんっ。ありがとな。」
「俺は何にもしとらんぞ。」
 目許を指の腹で拭ってやると、そんでもだと押っ付けるように言う。それから、
「なんか腹減ったぞ。」
「そーか、そーか。」
 やっとこぼれた笑みに釣られて笑ったら、ちょっと見咎めたように頬を膨らませかけ、だが、自分からもくすくすと笑って見せるものだから、
"…おっと☆"
 人の笑顔を見てドキドキしたのは久し振りで、
「んん? どした? ゾロ。」
「何でもねぇよ。」
 今度はこちらが慌ててそっぽを向く羽目になった。まったく、泣いたり笑ったり忙しい奴で、それに付き合っていちいちドキドキそわそわするこっちの身にもなってほしい………と、感じた剣豪殿である。


            ◆◇◆

「相変わらずルフィには甘いわよね、あいつ。」
 おおっ、こちらさんたちは一体。いつの間にやら、上甲板に一番近い主砲操作室に全員集合なさってたクルーの皆さんである。確かにキッチンの窓からは、ゾロの頼もしい大きな背中しか見えなかった。ただ、それしか見当たらないとなると、

 ―― あれあれ? いつも定位置にいる筈のもう一人は何処
いずこへ?

と運ぶものだ…という理屈にまでは気が回らなかった剣豪殿であるらしい。
「あれが理由だなんて、他の人間なら見向きもしないか殴ってるとこなんじゃないの?」
「はは…、そうでしょうね、多分。」
 けど、気になって窺いに来る辺り、彼らもまた馬鹿馬鹿しいことだと思っていなかった証拠では? あ、涙の理由云々ではなくて、それがあの船長さんだったからか。な〜るほど。
「でも、ルフィさんも Mr.ブシドーが相手じゃなきゃ、絶対話し出さなかったでしょうね。」
「だろうよな。第一、倉庫に籠もんないであそこにいたってのはよ、奴を待ってたようなもんじゃねぇか。」
 何とも微笑ましいことだと、出来るだけ声をひそめてくすくす微笑う皆であり、
「さって、じゃあ大急ぎでおやつを作っちまいますよ。」
「ふふ。あたしたちは知らん顔してなくちゃね。」
「そうですね♪」
「ルフィ、病気じゃないんだな?」
「そうだよ、チョッパー。心配要らないぜ。まったく人騒がせな奴だよな、ホントによぉ。」


 さて、ここで問題です。
 ルフィが泣いていた理由は次のうちのどれだったのでしょうか。

  @お昼ご飯が足りなかったから。
  Aビビから聞いたおとぎ話が悲しいのだったから。
  Bナミに叱られたから。
おいおい
  C怖い夢を見たので、
   さんざん声をかけたのにゾロが起きてくれなかったから。
  Dその他(   )


「こらこら、3番は聞き捨てならないわよ。」
「さては、筆者め。肝心なそこんトコを考えてねぇな。」
 あら、そんなことはありませんことよ? 例えば、

Dその他の一例、
「ほら、チョッパーに薬塗ってもらおうな?
 お前のことだから、どうせ平気だとか言い張ってたんだろ?
 右手の爪は詰みにくいから、俺がやってやるっていつも言ってたのによ。」
「………うん。」


「………で?」

  ………………………………………ではでは。

  〜Fine〜  01.11.6.

  カウンター1500HIT キリ番リクエスト
            ゆうひかく様 『ゾロルで"涙"』



 *すいません。
   ほんのついこの間、パラレルで泣かせたばかりなもんですから、
  泣く理由というのがどうしても思いつけませんで、
  そうかと言って、原作様の過去のあれこれを引っ張ってくるのは
  何だか恐れ多くて…。
  結果、どこか曖昧な話になってしまいました。

 *泣くと言えば、Morlin.も最近泣きました。
  チョッパーのあの可憐な声で
  ちょこっと甘えるように"ドクター"って囁くのを聞くだけで
  今でも泣きたくなってしまいます。
  『名探偵コナン』の光彦くんも同じ声優さんなので困っております。
  年寄りは涙腺がゆるいので大変です。
おいおい

 *(話が逸れたぞ。)
  こんなになってしまいましたが、ゆうひかく様、お持ち下さいませ…って、
  これってテーマをクリアしてるのかしら?
  えとえっと、返品も可ですので…。(泣)
    


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