背丈と首ったけ


 金に飽かせた華麗な装備が売り物な、富豪向けの長距離就航型豪華客船ならいざ知らず、我らが"ゴーイングメリー号"の船室や船倉は、そもそも小型船なその上、後からの手直しもあって、効率優先の作りとなっている。よって、さして天井も高くはない。高くはないが、
「…お、油が切れかかってやがる。」
 パッケージに書かれたラベルの細かい文字が急に見えなくなったのは、天井から吊るされていたランプが、不意にふっとその灯火を細らせたためだと気がついて、長い腕が自然な動作で頭上へと伸びている。
「ほら、ルフィ。ウソップに言って、油を足してもらって来い。」
「あ、うん。」
 ランプの天辺、吊具の輪をつまんで天井のフックから外し、すいっと鼻先へ差し出されたのを受け取って、だが、
「………。」
「…どした?」
 ほんの僅かに。呼吸の一つ分ほど、間合いがあったことに剣豪が小首を傾げる。普段から…機敏というのとはまた違うが、動き惜しみをしないで駆け回る元気な彼には珍しい、どこかに鈍
トロさを思わせるような反応であり、
「うっと、何でもねぇ。」
 プルプルと首を横に振って、やっとパタパタと草履を鳴らしつつ倉庫から飛び出してゆくルフィではあったが、
「???」
 乏しい明かりでもなくなると真っ暗になる。そんな中、剣豪殿は船長の小さな背中が出て行った戸口の輪郭の残像を、どこか怪訝そうな顔のままでしばし眺めていた。



 ここ数日の航海は順調で、数日振りに全員で敢行した"物資の点検&破損箇所チェック"は、午前中だけで無事に終了。
「食材は、まあ…どっかの大食い船長が度を越さなければ、一週間は保ちますよ。鍋や食器の方も、在庫が充分だから補充の必要はまだありません。」
「燃料も資材も足りてるぞ。」
「薬や包帯、絆創膏もOKだぞ。」
「シーツや毛布、タオルに晒し布も万全です。」
「雑貨も定数は確保されてる。備品は、デッキブラシの予備がないのと寝室用の枕時計が足りねぇだけだ。」
「あれってサンジが蹴って壊したんだよな。」
「うるせぇな。目覚ましかけてた張本人がなかなか起きねぇで、いつまでもベルを止めなかったからだろが。」
「ほらほら、脱線しないの。」
 全員が集まったキッチンのテーブルにて、大蔵省が一斉棚卸し
おいおいの全容を日誌にまとめ、
「うん、物資は全て充分足りてるって事ね。ご苦労様。」
 とはいえ、出し入れに際して誰某
だれそれのチェックを通すとか許可が要るなどなどといった、きっちりとした管理はなされていないも同様なので、油断していると今日の明日でいきなり食材が底を尽くなんて事もざら。この、クルーたちの気儘な"自主性"ばかりが堂々闊歩する船に於いて、統制を意味する"管理"だの"監督"だのといった言葉には立場なんて無いと見た方がいい。おいおい まあ、言ってみれば、在庫確認を兼ねた大掃除をしたようなものだろう。
「じゃあ遅くなりましたが、今から昼飯作りますね。」
 シェフ殿の言葉遣いが丁寧なのは、同席しているナミやビビというレディたちへ向けての言いようだから。女性陣が"じゃあよろしくね"と退出して行ったのを、手を胸元へ伏せた、騎士のような優雅な会釈で見送って、
「え〜〜〜。」
「今から作んのかぁ?」
 ブーイングを鳴らすお子様たちへは、途端に眉を吊り上げて見せる。
「しょうがねぇだろが。数量チェックの最中に材料をいじるとややこしくなるし、キッチンもそんな広かねぇんだ。調味料からワインから、鍋釜やフォークまで、全部をチェックするのに場所も要ったんでな。」
 その作業にあたっていたため、もう既に上着は脱いでる腕まくり姿。その上へ手早くエプロンを羽織って、背後にきゅっと腰紐を結わえながら、
「おらおら、とっとと外へ出た出た。今日は何にも手ぇつけてねぇからな。今から一気に、片付けながら晩飯までの下ごしらえにかかる。邪魔なんだよ。」
 自分なりの手際というのがあるのだろう。手伝いさえ要らないと言外に含んだ言いようをして、金髪碧眼のコックさんは、チョッパーを抱えたルフィを追い立てる。
「なあサンジ、何かすぐ出来ないのか?」
「さっさと作ってほしけりゃ尚のこと、邪魔すんじゃねぇよ。」
 真理ですな、そりゃ。すかさずの応じに"むうっ"と膨れつつ、とはいえ理屈は判るから、大人しくキッチンから出ていつもの場所へ移動することとする。麦ワラ帽子といい、胸元深くチョッパーを抱えたままなところといい、何だか拗ねた子供がお気に入りの縫いぐるみを抱き締めて気を紛らわせているのと同じようにも見えて。そんな姿についつい苦笑したコック殿は、主甲板へと降り立ったルフィに、
「おいっ!」
 背後から声をかけた。
「?」
 振り返る顔へと、
「腹ふさぎに、これでも食ってな。」
 ぽ〜いっとゆるやかに放られたのは2つのリンゴ。器用にも片手で2つを放ったサンジだったが、そんなせいか、宙へと描かれた放物線のコースが少しばかり上へと外れた。
「…あ。」
 こちらは両腕で抱えていた小さなトナカイドクターに手が塞がっている。しかも…ゴムゴムで腕を伸ばすには近すぎて、されど、上げた手の先を擦り抜けて、床へ直行しそうな微妙な位置だと判って、
「あ、えと…。」
 先にも述べたが、言語への理解や反応はともかく
(笑) 行動という点では決して鈍臭トロくさい方ではない彼だ。むしろ、素早く距離やら高さやらを判断出来たからこそ、間が悪いな、ああ、こりゃあ甲板に落ちたのを拾うかと諦めかけた。ところが、
「おっと。」
 大きな手が横合いから伸びて来て、その2つを空中からもぎ取るようにパシパシと見事にキャッチしたのだ。そして、
「ほれ。」
 チョッパーとルフィと、お子様二人の顔が縦に並んだすぐ前へ、さあお取りと差し出された赤い果実。
「ありがとーだぞvv」
 チョッパーは素直に一個、手に取ったが、
「…ルフィ?」
 船長の方が、妙に真顔、表情を浮かばせぬ顔でいるのに気がついたゾロだ。この顔付きには覚えがある。楽しいとか可笑しいとか理屈抜きにあふれる笑顔以外の、何かしらへ感じ入ったり考え込んだ時の顔だと。
「…何でもねぇ。」
「何でもねぇってことないだろよ。」
 何か考え込んだり、見入ったり。そういう時の、二つ以上の感情を同居させられない時の顔だとよく知っている。チョッパーからそっと手を離して降ろしてやって、パタパタと先に上甲板へ向かう足音を聞きながら、
「………。」
 無言のままリンゴを受け取ったルフィは、ちろっと剣豪殿の顔を見上げる。野趣にあふれた、粗削りで鋭角的な男臭い面差しに、長身に見合うかっちりとした肩幅と、撓やかな筋肉が程よく隆起した胸板がシャツ越しでも良く判る、それは見栄えの良い立派な体躯。すねの長い腰高で、その腰に差した三本の刀の鍔辺りに片手を乗せた、すらりとした立ち姿もさりげに凛々しい彼であり、
「やっぱ、変だぞ、お前。」
 熱でも出たかと自然な動作で伸びて来た手。それを、
「熱なんかねぇ。」
 ややムキになって、額にかざしたリンゴで躱して、
「あ、こら。」
 相手の手に反射的に果実を掴ませたその隙、こちらもパタパタとチョッパーの後を追うように上甲板の方へと向かってしまった彼だった。
「???」
 剣豪の手に残された、リンゴは何にも言わないけれど…。
(古っ)



 空の青も潮騒の音もそれは穏やかな、昼下がりの陽溜まりの中にほてんと座って、小さな両の蹄で抱えたリンゴを、嬉しそうに美味しそうにしゃくしゃくと齧っている小さなトナカイドクターを、
「………。」
 見るともなく見つめる。視線に気づいて、
「んん? どしたんだ? ルフィ。」
「…うん。」
 頭身で言うなら三頭身。投げ出された小さな足といい、ちょこなんとした体型が、いかにもデフォルメされた縫いぐるみのようで愛らしいトナカイさんだが、
「チョッパーもデカくなればデカいんだよな。」
 傍らにしゃがみ込んでそんなことを言い出す船長さんだ。妙に言葉の省略された、子供じみた言い回しだったが、そこはそれこそ慣れもある。
「おお、デカくなればデカいぞ。」
 相手にはちゃんと通じていて、自慢げに胸を張ってむんと構えると、途端にむくむくと大きく筋肉質の逞しい体型に変化するチョッパーであり、
「ルフィを抱っこだって出来るぞ。」
 高さの対比が逆転した相手を、腰へと腕を回すようにしてひょいっと抱えてしまう。
「わわっ。凄げぇな、こりゃ♪」
 大人から"高い高い"をされた子供のように、はしゃぐルフィの声が終わらぬうちに、
「…こらこら。」
 後方からの声がかかって、ごっつくなったトナカイ男の後頭部に手が添えられ、ぐいっと押さえ込まれた。すると、
「あやや?」
 チョッパーはふしゅんと縮んで元の愛らしい体型へと戻ってしまう。こういうコツを体得している人物はといえば、
「ゾロ?」
 昼間の上甲板でのお子様たちのお守り役を、いつのまにやら課せられている剣豪殿であったりする。(何せ"お父さん"ですから/笑)
「嵩(かさ)を取るから無駄に大きくなんなって。」
 当然のことながら、抱えられていたルフィは宙空で唐突に支えを失った格好になったが、そこはそれ、抜かりのないゾロだ。甲板へと叩きつけられかかったすんでのところ、
「わっ?!」
 シャツの後ろ襟を大きな手でがっしと掴まれて宙に浮いていたりするから、相変わらず途轍もない力持ちさんであることよ。それはそれとして、
「大きくなったらいけないのか? ゾロ。」
 今ひとつ、何故に戻されたのかが判らなくてチョッパーがつぶらな瞳で見上げて来るのへ、宙ぶらりんになった船長殿をそっと床へと降ろしてやりながら、
「いけなかねぇけどな。」
 緑頭の剣豪殿は、彼が小さな両手で抱えていた、齧りかけのリンゴを指差した。
「デカくなったら、そんな小さなリンゴ一個じゃあ足りなくなるだろ? 腹具合。」
「あ、そっか。そだな。」
 あっさりと納得し、
「ゾロ、凄いな。頭良いぞ♪」
 舌っ足らずなお声で言って"にっこにこ♪"と笑うお顔がまた、何とも言えず愛らしい。先程の雄々しいお兄さん体型とのギャップが物凄いが、これも馴れれば…馴れてしまえるあんたたちって…と、ドえらい感覚へ別な意味での感心を覚えてしまった Morlin.ですが、それはさておき。
「コックが呼んでたぞ、チョッパー。」
「え? 俺をか?」
「ああ。じゅーそーとかいう薬を分けてほしいんだと。焦げた鍋が出て来たからとか何とか言ってたが。」
 *おばあちゃんの知恵袋みたいなネタですが。
  焦がしちゃった鍋は、重曹を溶かし込んだ水を沸騰させると
  こびりついた焦げが浮いて来るといいます。
「判った。行ってくる。」
 あと少しだったリンゴを慌てて頬張り、ぱたぱた足音も可愛いトナカイドクターは主甲板へと降りてゆく。そんな彼を見送って………で。
「…くぉら、ルフィ。」
 抜き足差し足。いかにも"そろぉっ"とした足運びで、気づかれぬ内に羊頭へ向かおうとしかけた船長殿を、お背中と後頭部でしっかり呼び止める剣豪だったりする。ピタッと立ち止まり、
「何だよっ。」
 何故だか大仰に胸を張って振り向いた彼へ、
"今頃虚勢を張っても遅いって"
と、どこか呆れながらこちらも彼の方を向き、さっき握らされたリンゴを、スナップも軽く、手元の宙へ放っては受け止めながら、
「お前に誤魔化しやポーカーフェイスは出来ねぇよ。こないだもコックに言われてたろうが。」
「うう…。」
 つまみ食いをしたことを、白々しくも"俺じゃねぇ"と誤魔化そうとしたのだが、嘘をつけない彼には無理な相談で、それはあっさり見破られていたっけ。
「どうしたよ。朝からこっち、なんか機嫌が悪くねぇか?」
 傍で聞く分には、そんなこと、いちいち問い質
ただしてどうすんのと感じるような事柄だ。もうしっかりと個々の主義なりポリシーなりの既に立ち上がった者たちの集まり、そうそう干渉し合うのもいかがなものか…と思われもするところだが、より密な理解の前には会話も大事だからして…って、何をたいそうな理屈を捏ねているんでしょうかね。(笑) どう考えても自分へ向けて、なんだか不機嫌ですという空気を孕んだ視線や態度を向けて来る船長であり、これはなんだかこそばゆい"ムズムズ"がして落ち着けない。そもそもそんな些細な機微に気づいたのも、この剣豪殿が…大きな"形なり"にも関わらず船長へ ――― だったからこそなのだし。
"何だ、その伏せ字は。"
 良いんですか? 公開して。些細な機微が"些細ではない"間柄についてを。
「…とにかく、そこへ座れ。」
 あ、逃げたな。
(笑) 向かい合ったまま立ち尽くしているのも何だからと、自分も座り込みながら足元を指さしたゾロであり、
「………。」
 何とも答えないままに、ルフィも素直にしたがった。向かい合って胡座をかいて座り込む二人の膝同士がこつんとぶつかって。そんな彼の手元へとリンゴを突き出して、
「どうしたよ。」
 あらためて訊いてみた。避けられているというのではない。むしろ、視線はいつもより意識したそれを向けて来るのを感じるかも。そのくせ、目が合うとどこか…物問いたげな、むずがりたげな気配を含んだ、さっきの"真顔"になってしまう。そして、そんなような顔つきをされることよりも、その顔の意味するところが把握出来ないことが何より焦れったい剣豪でもあるのだから…奥が深い。
こらこら
「………。」
 こういう対座に運ぶと、ちゃんと答えるまでいつまでも解放してはくれない相手であると、ルフィの側でも重々判っていて、
「俺、人よりいっぱい食ってんのに大きくなれねぇなって思ってさ。」
 口許を尖らせて、いかにも不服そうに洩らした。
「そういや…太んねぇよな、全然。」
 ゴムの体なのを良いことに
、詰め込めるだけ詰め込むという恐ろしい食べ方をしても、数時間でこなれてしまう体であり、悪魔の実の能力を発動させるために新陳代謝が違うんですかね。だとしたら、なんて燃費の悪い身体なんでしょか。おいおい
「体格だけじゃなくてさ、タッパも欲しいんだ。ゾロくらい背があったらかっくいいじゃん。」
 高いところに悠々と届く手。小さき者たちを余裕で見下ろして、庇護する者の顔をする彼が、なんだか羨ましくなった。いかにも大人で男らしい、包容力にあふれた雰囲気と気配。自分もまとってみたいなと思った。そんなものに固執すること自体、子供っぽい憧れという感覚の現れなのだが、
「…要らねぇだろ、それは。」
「んん? 何でだ?」
「お前、ゴムゴムの何とかでどこにだって手ぇ届くし。」
 そうでした。この船の中で一番空に近いメインマストの見張り台にだって、易々と手が届くお便利体質。そんななのだから、本体?のタッパは関係ないというものだろう。
(笑)
「あのな。」
 当然、そういう意味じゃなくって…とばかり、からかわれたと察して"むむう"とむくれるルフィを前に、くつくつと愉しげに小さく笑う剣豪だったが、
「それに…。」
 おやや? まだあるんでしょうか?
「それに?」


  「デカくなると抱えにくいしよ。」
   ……………はい?


 先程、大きくなってたチョッパーを無理から押さえつけて元の大きさに縮めたのも、実を言えば、自分以外の誰ぞに抱えられて(しかも楽しそうにはしゃいで)いる船長という図にムカッとしたかららしくって。沈着冷静、判断力も一際あり、奥深い人物なようで…実は分かりやすい人であることよ。
(笑) いやはや、わざわざ此処で暴露せずとも、ウチのお話に慣れてるお歴々には"…ははぁ〜ん?"と含み笑いと共に既に察しがついていなさったのでは?こらこら
「………。」
 それこそ言葉少なにそれだけ言って、あとはただ視線を投げて来るだけの剣豪へ、
「………。」
 両手でコロコロともてあそんでいたリンゴをふと止めて、大きな眸をぱちりと瞬かせ、
「………そっか。それはちょっとイヤかもな。」
 そんな返事を返すルフィであり、
「だろ?」
「うん。」



  ………やってなさい。



  〜Fine〜  02.2.17.〜2.18.

  *カウンター16500HIT リクエスト
     一條隆也サマ 『身長差』



  *オチの予想は皆さんもついてたことと思います。
   どうせね、芸のないサイトですし。(おいおい、拗ねるな。)
   余談ながらの説明を少し。
   タイトルに掲げた"首ったけ"は、
   誰かへの想いという海だか池だかに、首の高さにまで、
   つまりは溺れる寸前の深みへと浸かっている状態なのだという意味だそうです。
   もしかして久々の"船上もの"かな?
   一條サマ、こんな出来でいかがでしょうか。


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