Moonlight-snow


丘の上には細長く背の高い、
葉脈だけ残して枯れた葉っぱのような、
お揃いのシルエット並べた、銀色の樹々。
風も吹かず、月光が青く照らすだけな雪原は、
まるで真白な砂丘のように無表情に素っ気ない。
雪が覆って何もなく、
くぼみの陰と高みの白と、
墨絵のように色もなく、
公演がはねた後のステージのように、
空っぽな闇の中にきんと冴えた沈黙をたたえてて。
けれど、耳を澄ましていると、
どこかからどこかへと流れてく、
まるで"時間"のような、
目には見えないものの音がかすかに聞こえる。



 ザクザクと、きゅこきゅきゅと、足が深々と沈むごと音がするのが面白いらしくて。いつもならパタパタと、こんな殺風景な場所とっとと通り過ぎるような奴が、ゆっくりゆっくり、一歩一歩遊びながら歩いている。
「ル〜フィ、いい加減にしとけよ。」
「だってよぉ♪ なんか面白くねぇ?」
「面白くねぇ。」
 今朝方、さんざ雪だるま作っただけでは飽き足らないのだろうか。第一、寒くはないのだろうか。上着こそ、無理からコートを着せたものの、足元は相変わらずの草履ばきなのだ。前にドラム島で彼との雪原横断を試みた先達であるサンジが言うには、あれは彼の譲れない"ポリシー"なのだそうで、
「良いじゃんよ。迷子にはならねぇんだし。」
「…まあな。」
 広い雪原には点々と足跡が続いていて、彼らはそれを辿るように歩いている身だ。本当ならもう二人ほど同行者がいた。雪に強いトナカイドクターのチョッパーと、買い物の品定めを任されたサンジの二人で、
『だぁ〜〜〜っ! 手前ぇらのペースに付き合ってたら、この寒さでもって氷柱
ツララか樹氷になっちまうぜっ!』
 いざという時は我慢強いが、それ以外の時はその分をチャラにしたいらしいほどに気が短いサンジが真っ先にキレて、
『幸いにして月が出てるし、こんな夜中にこんな雪原を徘徊する酔狂な通行人は他にない。俺らの足跡を拾ってくれば迷子にはなりようがないだろから、お前ら好きなだけてれてれ歩いて帰って来いっ!』
 そうと言い残すと、チョッパーを促して先に行ってしまったのだ。荷物を全部引き受けてくれたのは助かったが、
「…ル〜フィ。」
「だってよぉ、」
「面白くねぇぞ…って、何遍言わすんだ、お前はよ。」
 思わずながら剣豪がこぼした溜息が、月光に白く浮かび上がって、夜陰の中にたちまち溶けた。


 ドラム以来の冬島は、我らが船長の瞳をキラキラの星で満たした。特に用向きはなかったが、逆に急ぐ理由の方もなくて。
『ログは半日もあれば溜まるんだけど…。』
 小さな小さな島は、気候と大きさのためか、人もあんまり住んではおらず、随分と内地に小さな村が1つあるだけ。
『そうね。燃料がほしいところだから、それを揃えて来てもらおうかしら。』
 航海士は一生懸命"一番不足している物資"を考えてくれて。それで補給にと雪原横断に出発したのが昼下がりのこと。辿り着いた小さな村で炭を仕入れ、帰り道で薪になりそうな落ちた枝を拾いながらぼつぼつと帰って来たのだが、たいがい"腹が減ったぞ"と大騒ぎする筈の船長が飯より雪が好きだったらしいと判明し、このゆっくりな道行きとなっている。
「…ったくよ。」
 足元近くまでしっかりと丈のあるコートを着ている自分はともかく、ルフィをこれ以上冷やすのは…と思った。振り返ると傍まで歩み寄り、
「わ、やだって。」
「聞かねぇよ。」
 脇に手を入れ、有無をも言わせず肩の上へ担ぎ上げ、大股にわしわしと歩き出す。
「降ろせよ、ゾロ。」
「やだね。」
 抱えた体は相変わらずに軽い。多少暴れられても支障はなかろうと踏んでいたが、
「………。」
 すぐにもうんともすんとも言わなくなって、
「?」
 それが却って気になった剣豪だったりするから、相変わらずに"過保護"である。
「どうしたよ。」
 立ち止まって肩から胸元へ引くようにして滑り降ろさせて。足をひとまとめに抱えて、所謂"子供抱き"という格好。すると、バックスキンのミトンに包まれた両手が伸びて来てこちらの頬をぱふっと包んだ。
「ゾロは雪は嫌いなのか?」
 真顔に近い表情に、単調な声。どうやらゾロがとうとう腹を立てたと思ったらしい。
"…なんだ。"
 正直、ほっとした。実はゾロの方でも"怒らせたかな?"と思ったからだ。それはともかく…もしもサンジ辺りが居たならば、
『埋まった奴に訊くんじゃねぇよ』
 そんな風に混ぜっ返したろうが、
あはは
「どうだろな。寒いのが苦手って訳でもないが、動きにくいのは確かだよな。」
 あまりにも静かなせいもあって、身動きのたびにダウンコートのごわごわした表面ががさごそ擦れてうるさい。律義にも三本の刀を帯びている彼だが、その先の鐺
こじりはここまで歩いて来た雪の表面に埋まった証拠としての溝を掘っていて、成程これはちょっと動きにくかろう。
「そだな。分厚いコートとか着なきゃいけないのは面倒だもんな。」
 ルフィは素直に納得したらしく、それから、
「………っ!」
 不意にがばっと身を伸ばして来ると、ぎゅうぅっと首ったまに力いっぱいしがみついて来た。
「こ、こら。ルフィ。」
 麦ワラ帽子の縁がどこかに当たって足元へ落ちる。すぐ目の前にぱさぱさの黒髪とおとがいの深み。髪からだろうか、冴えた空気の中に子供っぽい甘い匂いがかすかにした。
"………。"
 分厚いコート同士。手にはやはり厚手の手袋。これでは相手の温もりも何も、何だか遠くて、伝わって来なくて分からない。ルフィもそうと思ったのだろう。
「…ゾロの匂いする。」
 どこかほっとしたような声で呟く。確かめたいと思ったからしがみついて来た、その素直な直裁さが愛惜しい。
「好き。」
「そうか?」
「うん。」
 頷いた仕草が伝わって来て、
「匂いも手が大っきくて温
ぬくいのも、声も顔も腕も脚も胸も背中も、考えてることも、全部大好きだ。」
 それって…本人が好きだと言った方が早いのでは。これもまた率直で直截な、彼らしい訴えであり、それをこんなにも間近から降りそそがれた立場としては、
「………。」
 何と応じて良いのやら。
「………そっか。」
 これでも何とか頑張って、気力を振り絞っての短い返事。それへと、
「うん。」
 これまた律義に応じが返って来たから、
「ありがとな。」
 やはり律義に返したら、
「うんっ。」
 そのまま、しがみついたままでぐりぐりと頬擦りしてくる。その勢いに、
「…おっとと。」
 ついつい腰がふらついて転びそうになるゾロだが…人間離れした力で、途轍もない重さのものを抱えられる彼のこと。気持ちの上でのぐらつきだな、こりゃあ。
"うっせぇよっ!"
 あっはっは♪ 落ちた帽子を拾ってやり、
「ほら。」
 くっついた身体の間に挟み込んでやると、少しだけ腕を緩めて、こちらの顔を覗き込んで来る。その、大きな黒い眸に、ふわりとよぎる何か白いものが映って。

  「あ…降って来た。」

 見上げた夜空には雲ひとつないのに、小さな雪がはらはらと、かすかにかすかに舞い飛んでいるのだ。
「こりゃあ"風花"だな。」
「かざはな?」
「ああ。どっかで降ってる雪が風に乗ってここらまで飛んで来たんだ。そのうち雪雲ごとここにもやって来るぞ。」
「ふ〜ん………。」
 夜陰の中で月光を浴びて、きらきらと光る小さな雪の欠片(かけら)たち。白い吐息に触れただけで消えてしまう、小さな小さな来訪者たち。
「まるで月の欠片みたいだな。」
 少年の、吐息の白をまとったそんな呟きに、ふと、剣豪殿は眸を細めてやわらかく微笑って見せた。

 …………………。

 抱えたままで歩き始める、その振動にやさしく揺られながら、
「………。」
 小さな船長は熟れたりんごのように真っ赤な頬を頼もしい胸元へくっつけた。
「足跡、消えてないか?」
「大丈夫だ。このくらいの雪じゃあ消えないし、もう船も見えて来てる。」
 果たして彼らの進路の先。夜陰の果てまで続いていそうに思えた雪原の向こうに、甲板にランプを灯してあるのだろう、懐かしい船影が浮かんで見えた。



それでも…雪雲がこの島にもやって来れば、
自分たちがつけた足跡もしっかり消してしまうに違いない。
真っ白な雪がなかったことにしてしまう。
今、此処に居ることも。
それから…小さなキスをしたことも。
知っているのは自分たちと頭上の月だけ………。



  〜Fine〜  01.12.21.〜12.22.


  *BBSカウンター100HIT リクエスト
     SAMI様 『夜に降る雪を、雪原で見上げるゾロル』


  *なんだか"お揃いな想い"のお返しになってしまったみたいですが。
   気が合う人たちってのは得てしてこういうもんじゃないのかなと。
   SAMI様、宜しかったらお持ち下さいませvv


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