裏通り

 気配を消すのが上手いのか、これほどの男がどういう訳だか人目につかない。小山のような…だとか、天をも貫く…というほどの巨漢ではないが、それでも随分と上背はあって、がっちりした体躯とのバランスもいい。上半身はどこにも凝ったところのない白いTシャツ一枚という、何とも簡素な服装でいるのにも関わらず、いや、だからこそだろうか。分厚い胸板や逞しい肩、二の腕の隆々とした肉付きが際立ち、されど撓やかに引き締まったシャープな冴えを、そのぴんと張った背条に感じる男で。この若さでこれほどきっちり鍛えている"無頼者"は珍しいから、その凛然と伸びた…自信にあふれた背条と相俟あいまって、素人からはせいぜい"どこやらの正統なる流派を習得した渡り剣士"くらいに判断されるのだろう。

  ………だが。

 やはり堅く引き締まっているのだろう腰には、3本もの名のある名刀が和国の歌舞伎の"車曳"梅王丸もかくやとばかりに偉そうに収まっていて、それが"その筋"での彼の肩書きを語る看板代わりでもあった。

   ――― 三刀流の海賊狩り・ロロノア=ゾロ。

 元は平穏な海域"イーストブルー"にて名を知らしめていたその男が、今や"魔の海"グランドラインでまで、その名を少しずつ…途轍もないというその実力への評判と共に広く轟かせ始めている。あの世界最強の剣士・ジェラキュール=ミホークに『我を越えてみろ』と名指しで言わしめた男。

 日々、名のある賊たちとの連戦錬磨に身を投じ、それらを喰
んで来た成果が屈強な血肉となって、さぞや腕前のほども随分と練れていように、その横顔は意外なほどに若々しい。短く刈った淡緑の髪に、耳元には三連の棒ピアスと、ちょっとばかし"しゃれ者"めかしているものの、眼光鋭く、彫りの深い面差しも男臭くて、わざわざ凄ませなくとも厳いかめしくて怖い。だのに、あっけらかんと笑ったならば年相応に可愛いのよとは、彼が立ち寄った飲み屋の女給たちの口から必ず聞かれる決まり文句でもあるから、これまた不思議である。………話が逸れたな、えとえっと。(笑)

 ここは荒くれ海賊たちの住まう世界であって、卑怯結構な世界だと重々判っていながらも、相手がどれほどの卑劣な下衆であれ、毅然と胸を反らしてあくまでも正攻法で挑みかかる正統派だという。時に世を拗ねたアウトローを気取って、斜
はすに構えた態度も取るが、そこには狡猾そうな匂いはなく、むしろ律義なほどに義に厚い。実際の話、理想通りには回っていないと、現世の仕組みというもの、肌身で重々知ってる筈だのに、懸命な者の拙さや無垢な心持ちをさりげなく支えてやろうとする"馬鹿"なところが、ほんの…多々。実は彼がまだ十代であることをふと思い出させるのは、例えばそういうところを時折垣間見せるからなのかもしれない。

 だが。ひとたび箍
たがが外れたならば、鬼神もかくやという容赦のない魔獣ぶりを披露出来る、底知らずの体力男。彼を御せるのはこの世にたった一人しかおらず、逆に言うなら、その男の制御を離れたならどんな魔神として目覚めることやら。………そう。何でも今は、ちょいとふざけた"麦ワラのルフィ"というお子様海賊の右腕だとかで。今は自分がかつて"狩っていた"側にいるというから、何ともかんとも皮肉なもんだ。この船長とやらも、実際に手合わせしなければ実力のほどが判らないという何とも不可思議な男であるらしい。だがまあ、いくら凄腕でもまだ十代だというそんなお子様に懸けられた懸賞金が破格の1億ベリーというのは尋常ではなさすぎて、もしかすると海軍が何か弱みでも握られての金額なんじゃないのだろうかというのが、今のところの有力な下馬評だ。何かしら知ってる彼の存在ごと抹消する"口封じ"のため。世の中はいつだってこうさ。馬鹿は所詮"馬鹿"だ。利口な者には鼻を明かされる。油断をするから足元を掬われるのであって、人を疑いもしないで騙された方が結句悪いのだ。


            ◇


「よお、あんたが"三刀流"のロロノア=ゾロだな。」
 頭上を見やれば、逆さまに渓谷を覗き込んでいるかのような錯覚を覚える。高い空を遥か彼方に細く流れ行く渓流に見立てられるほどまで遮って、道の両側に蒼然と迫る古びたアパートの群れ。それらに挟まれた雑然と薄暗い裏通りは、そういう時間帯なのか人通りは絶えていて。だが、あちらこちらから遠く近く、食器使いの音やらラジオの声、親だろう大人の叱責を思わせる語調の後に子供が泣き出す様子等々、生活の物音はかすかながらも響いてくるのが、活気があるやらないやらで。そんな場所で馴れ馴れしく声を掛けて来たのは、どこかうらぶれた路地裏には相応しいほどに、着ているものも本人もくたびれた風体の、何とも貧相な中年男だった。船乗りにしては足元が危なくて、よたよたと頼りない。安い酒の飲み過ぎでだろうか、鼻の頭を真っ赤に腫らしていて。そんな顔が若い剣豪に、ついつい某バラバラの船長を思い起こさせてしまい、陽に灼けた鋭角的な男前の片頬へ苦笑を誘ったが、その小さな笑みが…不敵そうな、挑戦的なものに見えたのだろう。
「勘違いしねぇでくれ。あ、いや。うん。どう言えば良いんだかな。俺は"伝言役"なんだよ。」
 寄らば斬るぞと片っ端から刃の露にするような、揮発性の高い、物騒な男だったらかなわないと、体の前へ延ばした両手を慌てて振って見せ、
「あんた、今は海賊なんだろ? 確か、麦ワラのルフィとかいう海賊の傘下にいる。」
「ああ。それがどうかしたか。」
 その"麦ワラ海賊団"のキャラベルは、今朝ほどこの島の港へと着いたばかり。海軍の駐留所もないほど小さな島だからか、港の側でもよほど派手派手しくも荒っぽい連中ででもない限りは捕り方で囲むこともなく、沖合いでの臨検で一通り見回した顔触れの、妙に呑気で屈託のない若々しさと頭数の少なさに安堵したのだろう。港の一番端っこながら、堂々とした係留を許しているほど。そんなのんびりした入港を果たした船の側も、実はさほど逼迫して補給する予定もないとのことで。手伝うこともなく手持ち無沙汰だったため、暇を持て余して、一人"町歩き"を楽しんでいた彼であるといったところか。…もっとも、こんな裏路地をわざわざ選ぶほど奥深い風流をたしなむ男ではない筈だから、恐らくはいつも通りの"あれ"なのだろうが。
(笑) これもまた…事情を知らない者には"用心深くて隙がない"というよな風情に見えるらしく、そんな素振りもまた彼ほどの"いぶし銀"には相応しいとばかり、剣豪伝説にまた一つ、あることないことの"ないこと"が一つ、しっかり上塗りされることだろうて。(笑止) まま、それはともかくも。酒焼けにて真っ赤に爛ただれた鼻をしたその中年男は、キョロキョロと辺りを窺ってから、わざとらしくも口許へ手をかざし、声を潜めてこう告げたのだ。

  「あんたんとこの船長を、
   麦ワラのルフィを預かってるって言伝てを頼まれたんだ。」

 実際に接してみると、まあ確かに体格は良いし、まだ十九だという実際の年頃には到底見えないほどの、厚みというのか存在感というのか、風格もある。だがだが、
「………。」
 こんな一言で表情を硬くし、言葉もなく黙りこくるとは、やっぱり小童
こわっぱには違いねぇなと感じた赤鼻だった。まま、いきなり頭を沸騰させて刀を抜くような短絡的な若造に比べれば、落ち着いているというのか。妙に静かなところは"冷静沈着"という手合いなのかも知れないが。
「俺は単なる伝言屋だ。あんたの答えを持って帰らにゃなんねぇ。おっと、俺に手をぇかけたり尾けて来たらば、船長は問答無用でこの世からおさらばだぜぇ? 覚えておきなよな。」
 へっへっと笑っての上目使い。息子ほどにも若い相手に恥も外聞もなくそんな態度が取れるとは、この男、やはり誇りより金を取るタイプであるらしく、その額もかなりの底値にまで落ちぶれ果てているらしい。
「船長さんを預かってんのは、ここいらじゃあ結構名の売れた裏組織でな。あんたの腕を見込んで頼み事があるんだってよ。どうするね。受けるかい?」
 いきなり"金"や"条件"を提示・要求するのは底の浅いまずい手だ。何段か奥行きがあるように見せかけた方がいい。そう、一種の"保険"ってやつだ。直接人質を取っているのも、取引したがっているのも"自分"ではないと。自分を責めても無駄だぞ。それどころか唯一の手掛かりだ。丁重に扱わねば大切な人質が何処にいるのか分からなくなるんだぞと、そういう防衛線をまずは張る。常套手段だ。慣れたもんだ。
「どうするね。あちらさんは答えを待ってるんだがな。」
 赤鼻男は相も変わらぬ下卑た顔付きで、若き剣豪殿の表情を窺い見ていたが、

  「…ふ〜ん。」

 ふと。剣豪の側からそんな声を出して、何事かに気づいたような表情になる。目許、口許辺りからじわじわと無表情が溶けてゆき、その下から不敵そうな余裕のムードを載せた顔付きが現れて来たものだから、
「ど、どうしたよ。」
 何だ、こいつ? その腕っ節だけを頼りにされて、頭目に良いように御されてる狂犬なんだろに、船長の危機と聞いてそんな余裕の顔なんかしやがって。さては…付け込む隙を狙ってた、実は反目分子だったってのかよ。だとすると"作戦"を少々修正しないとまずいかもなと、内心で冷や汗をかきつつもまだどこかしら余裕はあった赤鼻男へ、
「………。」
 肘を引っ掛けるようにして載せていた刀の柄を、折り曲げた指の節でコツコツとこづきつつ、緑髪の青年剣士は…こんな言葉を返して来た。
「わざわざご親切に"伝言"をありがとよ。」
 口調だけはどこか楽しそうな、それでいて…全く和んではいない、かなりがところ強い視線を向けながら、だ。そして、
「だがまあ、自分で何とかすんじゃねぇのかな、ウチの船長なら。」
 こんな一言を付け足した。欠片ほども慌てない、至って落ち着いたままな態度であり、


  「そういつもいつも"おんば日傘"で守っちゃいねぇ。
   自分の身くらいは守るだろうさ。
   見かけは餓鬼でも一応は、
   この俺の上ん立って頭
カシラ張ってる"船長"なんでな。」


  おんば日傘 【onba-higasa】

  おんばというのは"乳母
うば"のこと。乳母よ日傘よと、何不自由のないよう、気を配り、守り奉って、子供をそれはそれは大事に育てることである。ところで筆者は、ずっと"おんぶ日傘"だと勘違いしていた。おんぶし続け地に置かず、日傘で庇って陽にも当てずという、過保護のことだと思っていた訳で、半分ハズレであったことは…ここだけの秘密である。おいおい


 至って余裕をかましてやがる。何だ? こいつ。こんな若造のクセしやがってよ。こいつも実は、あれほどの賞金を懸けざるを得なかった海軍みてぇに、奴に弱み握られて仕方なく手下んなってるクチなんか?
「な、何を言ってやがんだよ。こっちが預かってんのはお前んとこの船長なんだぞ? どうなっても良いのか?」
 だとすると、かなり抜本的に作戦を立て直さにゃならねぇな、全く今時の連中と来たら、自分のことしか考えてねぇから、勝手が分かりにくくて敵
かなわんぜ。そんなこんなを胸の中、ぶつぶつと呟いていた赤鼻へ、
「じゃあ一つ訊くけどな。」
 若い剣士はにやにやと薄笑いのまま、こんなことを訊いて来た。
「ウチの船長殿は何か言ってたか? 助けに来てほしいとか、誰某
だれそれにこう伝えれば必ず言うことを聞いてくれる、とかよ。」

  「…え?」

「あんた、俺を俺と知ってて声かけて来たんだ、そういう段取り踏んでるからこそなんだろ?」
 成程、そりゃあ道理である。一見しただけでは"海賊"になんて到底見えない小童
こわっぱを彼らの船長だと知った上で捕まえて、その仲間だと間違いのない目串を刺した上で初対面の彼へ声を掛けて来たのなら、何かしら…本人からの伝言なり命令・指示なりを持って来てもいよう。ましてや"船長"と"部下"なら尚のこと…と思いが及んで、だが待てよと、赤鼻は思い止どまった。
"この野郎、さっき…別に助ける義理はねぇってな言い方してやがったよな。"

  『だがまあ、自分で何とかすんじゃねぇのかな、ウチの船長なら。』

 どこで捕まえているのかだとか、条件があるならさっさと言えとか。そういう方向へはまるきり意識が向かなかった言いようをした彼である。今も今で余裕の笑みを見せているばかりだし。これはちょっとばかし捻
ひねった方が良いのだろうか。
「伝言ってほどのもんは聞いてねぇな。そういやあの坊主、いやにケロッとしてたしな。だが、どうにも八方塞がりなのには変わりねぇ。実んトコいえば、捕まえた組織の頭
かしらにしても、用向きがあんのは奴へじゃなくてあんたの方にだ。」
 ここでククッと笑って見せて、
「どうだ。いっそのこと、こっちの親方の配下に下るってのはよ。ああまで頼りにならねぇ餓鬼なんざ、とっとと見切った方があんたにとっても何かと得だ。そうした方が利口ってもんだぜ。」
 上手いこと段取りの修正がいったぜと、内心で安堵のため息をつきつつ言い切ったその拍子。
「……………、?」
 不意に。剣士のまとっていた雰囲気が変わったような気がして。んん?と傾げた首が戻りかかったタイミングへ、


  「あんた"口八丁のビンネ"だろう。」
  「…っ☆」


 青年からの意外な一言へ、赤鼻がギョッとする。
「ななななな…何の話かな。」
「有名人だ、知ってるさ。賞金稼ぎの間じゃあ、あんたと手を組むような奴はもういねぇそうじゃねぇか。剣も銃も使えず、悪知恵だって大した手持ちが出せる訳じゃあねぇ。だが、美味い話には敏感で、それは巧みに弁舌を奮い、はたまた言い逃れをし、一番楽なポジションをせしめ、大した働きもしないくせして分け前はきっちりもぎ取る。詐欺や騙りに職を変えた方が良いんじゃねぇかってのが、前の島で聞いた評判だったがな。」
 片方だけ眉を上げて見せつつ"くすん"と笑い、
「グランドラインじゃあ知らない者はいねぇってくらい有名だってんだから、どうかすりゃあ大先輩、大したもんだぜ。」
 ともすれば愉快そうにも聞こえるくらいに、さほどネチネチとした口調ではないものの、眇められた鋭い目許にはどこへも逃すまいぞという靭
つよい光。そして、その光にまんまと射竦められている自分だと分かる。いつもと同じで"まずった、感づかれた"と察知したなら、その途端、自慢の反射で身を翻して"逃げろっ"と運べばいいものだのに、
"…う、く。"
 どういう訳だか足が動かないのだ。何が悪かったのだか、小物相手にかなりがところ怒っている彼であるらしく、
"騙したことか? 馴れ馴れしかったことか? それとも…盾に取ったものか?"
 口許を上げて一見笑ってはいるが、眸にたたえられた光の冷たさはどうだろう。罠を仕掛けた筈が逆に追い込まれかかっている混乱の中、
「大体の魂胆は見え見えだからな。」
 若き剣豪からの容赦のない追及は続いた。
「この島のログは半日もあれば溜まる。俺がぶらぶらしているところを見て、補給に忙しい訳でなし、すぐにも船へ戻ってとっとと出てくつもりと踏んだのは大正解だ。俺が血相変えて船長の安否を確かめに行くのを尾ければ、俺らが船だか宿だがどこで息抜きしているのかは簡単に判る。他の面子もさして船から離れたところには行ってなかろうから、あわよくばそこで一網打尽。近場の海域を航行中の海軍に密告すりゃあ、結構な"お足"が貰えるんだろう?」
「う…。」
「それとも…船長を盾に俺を引き擦り回して、あわよくば…かなりのお宝が転がり込むよな"人斬り"の仕事でもさせようとでも思ってたのか? ああ"?」
「…ひいぃぃっ!」
 本物はあいにくと聞いたことがないが、肉食獣の唸り声ってのはこういう響きなのではなかろうかと、赤っ鼻は咄嗟にそう感じた。腹の底から地の底へと共鳴し、辺りの空気を包んでびりびりと震わす、恐ろしい声。しかも、

  ぎらっと。

 光なぞ通らないほど淀んで久しい、歪みにくすみ切った目の奥底へまで鋭く貫いて。濡れ濡れと妖しい銀色の閃光が顔の真ん前で閃いたものだから、
「ぎゃっっ!」
 赤鼻男は何に押されてか後方へ勢いよく飛ばされ、擦り切れた石畳の上、ずでんどう…とばかり3回ほど転がってから尻餅をつく。しかも、
「あああ…痛いっ! 痛てぇよぉ!」
 顔の真ん中、鼻の頭が火がついたようにジンジンとヒリヒリと痛くて痛くて堪らない。そこを、押さえればもっと痛むが放ってもおかれずで、あああどうしよう…とばかりにのたうつ様を足元へ見下ろして、
「大仰な奴だな。」
 既
とうに刀を鞘へと収めていた剣豪は、肩をすくめて呆れて見せた。
「縫うまでもないよな小さな傷だ。ただし、金創だからな、傷痕
あとは残るぜ。」
 この騒ぎようでは到底聞こえてはいないかもなと思いつつ、それでも説明してやって、
「今度から詰まらん嘘をつく時は鏡を見てからにしな。それが割の合う嘘なのかどうか、考える足しにはなると思うぜ?」
 息をつくよに止
とどめの一言。そのまま踵を返して立ち去る彼であった。


            ◇


 迫力のこもった啖呵を切り、ご丁寧に捨て台詞までくれてやりはしたものの、本人の感慨へはさして残すものもなく。いつまでも呻きながら地べたへ顔を擦り付けている男を見切って、まるで何もなかったかのごとく、平然と歩みを運ぶ。くすんだ石畳はやがてにぎやかな雑踏へと彼を運び、行き交う荷車、喧噪と活気の中、ずっと視界に入れたままだった海に直接触れられる港の通りに出て、やっと息をつくゾロだったりするから………もしかして、また迷子になりかかってたんかね。
(笑)
「…っ。
(怒っ)
 さすがに刀を抜いたほどには頭に来ただけあって、先程のお怒り、幾らかは余燼もあるようだけれど。へへ〜んだ。怖くないも〜んだ、そんな顔しても。
(笑)
"餓鬼か、あんたは。"
(あはは)
 …と、そこへ、
「お〜い、ゾロぉ〜〜〜っ。」
 倉庫前を抜けて町屋の方からパタパタと走って来た人影に気づいて、立ち止まって待っててやる。
「今帰りか?」
「まぁな。」
 背中のリュックをパンパンに膨らませて追いついたのは、仲間内の…狙撃手にして発明家、ラウドスピーカー・高鼻・ウソップ。
こらこら 港近くの装備屋を見て回って来た彼であるらしく、
「随分と収穫はあったようだな。」
「ま〜な。」
 ほくほくと嬉しそうな顔をにやつかせ、
「お前こそ、町でチョッパーが探してたが、なんだ、ちゃんと戻って来れてんじゃねぇかよ。」
 彼にしてみれば"良かったな"という意味合いの、お返しのつもりの一言だったらしいが、
「うっせぇな、人を"出掛ける端から迷子になり倒す"って決めつけてんじゃねぇよ。」
「…そこまでは言ってねぇって。」
 珍しく気難しいのね。それと言うのも、ホンマに迷子になりかかってたからかもしれないが。
(笑)
"………っ!
(怒っ)"
 鯉口切ったって無駄だよん♪ いつものごちゃごちゃを見せつつ、港の端に係留された愛船へと足を運びつつあった彼らだが。

  「…うお〜〜〜いっっ!」

 どこからともなく…遠くから徐々に近づきつつある音に付き物な"ドップラー効果"を利かせもっての声がして来たのに気づいて、
「「?」」
 その方向へと顔を上げた二人は、
「う…っ。」
「どひゃ〜っ!」
 音声に僅かに遅れて、彼方からばびゅーんっと吹っ飛んで来た"もの"に気づくと、双方ともに"げっ!"という顔になったが、
「だは〜〜〜っ!」
 咄嗟に頭を抱え、がばちょと地べたに伏したウソップと違い、ゾロの方は突っ立ったまま。そして、
「おっ帰り、ゾロっ!」
「っ、おう。」
 どーんっと力強くタックルを仕掛けて来た相手に、1ミリだって圧し負かされぬまま、きっちりと胸板で受け止めてやっている。それを見届けてから、
「ル〜フィ〜っ! 一体どっから飛んで来んだよ、お前はよっ!」
 こちらは、ぶつかっていたなら間違いなく町の外れまで吹っ飛ばされていたろうウソップがキャンキャンと抗議の声を上げたものの、
「どっからって、見張り台から…あれ? ウソップも居たのか?」
 背後の自分が飛んで来た方向、まだかなりの距離がある筈のゴーイングメリー号を指さしかかったルフィは、だが、途中からそんなトンチンカンなことを言い出すものだから、
「ええ、ええ、どうせ。お前の目には入ってなかったんだろうけどもさ。」
 若き発明王の目からあふれる涙、滂沱
ぼうだたり。…まあ、この組み合わせじゃあねぇ。誰が一緒でもゾロ以外は目に入ってないって。(苦笑) だがだが、今回はちゃんと理由があるらしく、
「だってよ、ナミが探してた。洗面台が落ちかかってるの、直してくれってあれほど言ったのにって。」
 そんな彼が呑気に船から降りて出掛けていたとは思わなかったルフィなのだろう。そして、
「あ、そうだった。」
 これはやば…っとばかり、先に行くぜと足早になって駆けてゆく気のいい狙撃手を見送って、
「降りねぇのか?」
 改めて訊くと、
「おう♪」
 それはそれは元気の良いお返事。陽射しに温められて気持ちの良い、しがみつき甲斐のある屈強頑丈な肩や胸。その胴回りには腹巻きの上から両脚をぐるんと回して巻き付けてというノリで、手足使い切って抱き着いたルフィであり、このまま運べとの意向なのだろう。面白い遊びだろうがと、ご機嫌さんでいる船長殿へ、こちらも"くつくつ"と笑って見せて。そのまま余裕で歩き出すところが相変わらずに怪力無双な剣豪殿だったが、
「………。」
 ピアスが下がっていない方の肩に頬を載せ、鼻歌交じりに抱っこされたままでいたルフィが、ふと、
「んん?」
 その肩の上で顔を上げたから、
「どうした?」
 足を止めて声を掛けると、
「ん、なんか血の匂いがするぞ?」
 そんな声が返って来た。辺りに自然と立ち込めている、船金具の鉄にも似た、打ち寄せる潮にも似た、そういう匂いである筈なのに。しかもしかもほんの微量な、こちらに移っていたとは本人さえ気づかなかったほどのものである筈なのに、彼の鼻にはあっさりと嗅ぎ分けられたらしくって。しかも、
「………。」
 そのまま黙りこくってしまったルフィであるのが、ちょっとばかり気になった。こちらから"何でもない"とか"気のせいだ"とか、咄嗟に誤魔化せなかったのは、

  『どうだ。いっそのこと、こっちの親方の配下に下るってのはよ。』

 あの一言にカチンと来た、ついつい感情的になった自分だと思い出したからだ。
『ああまで頼りにならねぇ餓鬼なんざ、とっとと見切った方があんたにとっても何かと得だ。そうした方が利口ってもんだぜ。』
 馬鹿で悪かったな、俺が自分で見込んで一緒に居るんだ、放っとけよと、妙にムッとした。どうせ口先だけの小物、適当にあしらって相手にしないでおこうと思ったものが、ついつい脅すような真似をし、揚げ句には…ちょろっと撫でてやっただけだとはいえ、刀まで抜いてしまったのも、自分の判断や評価を腐されたような気がしたからだ。野望の大きさへの馬鹿呼ばわりなら、自分だって同じくらいの大馬鹿者だと囃し立てられるだろう似た者同士。けれどちゃんと判っているし、向こうからもまた…そうでありたいという形で理解されているのが、何だか小気味良いから。そこを他人に…何も知らない身で偉そうにズケズケと腐されたのがカチンと来た。餓鬼だ、青いなと、言いたきゃどうぞだ。文句あっか、馬鹿野郎…とばかりにカッカして、とてもではないが余裕で聞き流せなかったフレーズだったのだ。
"…修行が足りねぇよな。"
 ややもすれば大人げなかったし、こうしてルフィに感づかれ、心配させている始末。内心で苦笑しつつ、
「…いやか?」
 訊いてみたのは短く一言。すると………小さな声が返って来た。


   「…ゾロが無事なんなら別にいい。」


 そのまま"きゅう"としがみついて来て。それがまるで、肌目の間から互いに溶け込み合いたいのだと、その身をぎゅうぎゅう押し付けて来ているようで。
"おいおい、海賊王さんよ。"
 今度はホントに苦笑が浮かんで。甘ったれな小さな背中を、無骨な手で撫でてやりつつ、再び歩みを進め出す。例えば今の彼のように、何も言わない相手に焦れて、いっそ一つになりたいと思う時もあるのだけれど。自分たちは別々な人間。目指す先も違えば、体温だって許容の幅や深さだって、恐らくは大きく違うはず。そういう風に別々だから、相手が自分とは違って"彼らしい"から、理解できれば嬉しいし、時には侭ならないこともあったりすれば、それが癪で、堪らなく欲しくなって………魅了される。
"………。"
 腕の中にすっぽり収まる小さな背中。このまま閉じ込めてしまいたくなるほどに愛しい彼だが、それでは恐らくダメなのだと知っているから、
"とんでもねぇ我慢比べだよな。"
 例えば自由気儘に翔び立っていっても、それを止める術は自分にはない。それどころか、その踏み台になってやる自分だろうというのが何となく予想出来て、そこまで骨抜きかと我ながら呆れてしまうほど。そんなこんなと、取り留めのない想いを胸の内にて転がしていると、
「…ゾロ。」
「んん?」
 腕を緩めて、こちらの顔を覗き込んでくる彼であり、
「どした。」
 足を止めると、大きな黒い眸が射抜くように真っ直ぐ見据えてくる。
「どっか行くなよな。」
「………あ"?」
「ゾロ、すぐに迷子んなるからな。勝手にどっか行っちまうなよな。」
 憮然とした顔もどこか幼いが、
「………。」
「何だよっ。」
「あ、いや…。」
 ちょうど思っていたこと、それをわざわざ言われたようで。


   "………こういうのも《以心伝心》っていうのかな?"


  さあね。のろけだったらどっか他所行ってやってくんな。
(笑)



  〜Fine〜  02.7.23.〜7.29.

  *カウンター36000HIT リクエスト
    藍沢美琉サマ『単品で、かっこいいゾロ』


  *最近、何かしらのシリーズがらみのお話ばかり書いておりましたので、
   単品の…というのはなかなか難しい条件でございました。
   しかも"かっこいいゾロ"!!
   どうしましょうかと右往左往した結果がこれでございます。
   いえ何、ルフィに振り回されず、
   だけれどルフィの危機っぽいものを絡ませれば、
   何とか様になってくれるんじゃないかと思いまして。
   なのになのに、帰着するのは…やはし船長殿の愛しさへなのが、
   自分でも何だか口惜しいです。
おいおい
   藍沢サマ、
   企画ものなどでお待たせした揚げ句にこんな甘いのになってしまって
   本当に申し訳ありません。
   筆者、これから修行の旅へと出掛けます。
こらこら


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