嘘でもいいの ~ Please   tell  a  lie . A

   

 ………嘘。
 自己保身、虚栄、若しくは相手を傷つけたくない場合に繰り出されるもの。
 嘘はあくまでもウソだから、褒められることはまずはないのに、
 その場しのぎと判っていても、人はついつい嘘をつく。
 不器用な正直者の方が良いに決まっているけれど、
 やさしい嘘つきの逸話は何故だか絶えない。
 手痛い真実を自分一人で飲み込み切れる許容があるのなら、
 嘘もいつかはホントになる…のかも知れない。
 それはきっと"完全犯罪"。
 秘密を嘘で塗り固め、平気な顔して棘を踏む。
 背後に裂けてる大きな淵を、何ともないよな顔で隠し通す。
 そうやって得られるものって何だろうね?


「おら、おやつだぞ。」
「…あ、うん。」
 昼下がりのデザートをわざわざ運んでくれたダークスーツ姿のシェフ殿の声に、麦ワラ帽子を頭に押さえて、特等席の舳先からぴょいっと身軽に飛び降りて来たルフィであったが、
「ゾロはどうした? こっちに一緒に移ったんじゃなかったのか?」
 そう思って二人分…正確にはルフィの分が最初から二人分なので"三人分"を持って来たのに、この時間なら此処で寝こけている筈の剣豪の姿がない。怪訝そうに辺りを見回したサンジへ、ルフィはプルプルと首を横に振ると、
「ん〜ん、ゾロなら後ろだぞ?」
 後甲板だと言いたいらしい。だが、
"それはまた珍しいことだよな。"
 あの剣豪は大概は上甲板にいる。この船長が危なっかしい羊頭を特等席にしているからだ。万が一にも落ちたならすぐさま飛び込めるようにという姿勢・態勢・気構えがありありとしていて、何とも判りやすいと、時に揶揄の対象にさえなる。相変わらずの保護者意識から出ているものだろうが、だが、それを一種の安全装置というか命綱のように捉えている自分たちでもあり、居ないと不審がってしまう辺り、どっちもどっちというところか。
"けど、待てよ。"
 そういえば…先程も先にゾロが後甲板にいたから、ルフィが追うようにそちらへ足を運んだという感があった。
「…ふ〜ん。」
 何事か考え込むような顔になり、サンジはプラムプディング with 生クリームの載ったトレイをまんまルフィに手渡して、
「食ってな。」
 そうとだけ言い置くと後甲板へと向かうことにした。

            ◇

 陽当たりの良い後甲板の一郭。手枕に頭を載せ、船端に凭れかかって目を閉じている。逞しい腕、がっちりした肩、頼もしい胸板。投げ出すように伸ばされた長々とした脚。それらが満遍なく照らし出されている同じフレームの中、短く刈られた淡い緑色の髪が陽射しに暖められていて、何とも温
ぬくとそうな光景の一部として収まっている。その顔あたりに陰を落とすように傍らに立ちはだかって、
「おい。」
 声をかけると、
「…ん?」
 すぐに片目を開けた。まだ熟睡には至っていなかったらしい。
「良いのかよ、見張ってなくってよ。」
 訊くと、口許を渋くほころばせ、
「たまにはお前らで見張っててくんないかな。」
「抜かせ。あいつに関してはお前の管轄だろうがよ。」
 主語が抜けていても話が通っているところが凄まじい。
「どした。喧嘩でもした…ようじゃあなかったみたいだが。」
 咥え煙草というのは、これで結構"表情"を誤間化せるアイテムで、怒っても心配してもいないという淡々とした顔が保たれているサンジだが、そんな無表情なままで訊いているというのに、
「気ィ遣わせたか。相変わらず細かいこったな。」
 ゾロは口の端で小さく笑って見せた。
「………。」
 途端に"かっち〜ん"と来たが、ここで怒っては相手のツボにはまったことになる。日頃は、不器用で無骨で朴念仁なくせをして…と高をくくって相手にする男だのに、コトがあの船長の問題となると、逆に余裕ではぐらかされたり勝ち誇られたりしてしまう。それだけの仲の良さや信頼、絆に関しては、今更本人から言われんでも重々判ってはいるのだが、心配くらいしたっていいじゃないかと健気なことを思う自分がどこかに居て、結局は…他人ごとなのに放っておけない、珍しくも"干渉"なんて事までしてしまうサンジなのである。
「………。」
 我慢強く沈黙という名の凝視を続けると、
「…ナミが、今日は晴れてるがそろそろ天候が崩れるって言ってたろ。」
「あ、ああ。」
 何でまた急に日和の話になるんだか。
「洗濯は今日中に済ませとけって、今朝言ってたのを聞いて、ああそうかって思ったんだよ。」
「…何だよ、それ。」
 はぐらかされていると思った。ナミの名前を出せば気を逸らせるとでも? さっきは押さえたが、今度こそ"むかっ"とキレそうになりかかったそのタイミングへ、
「脚がな、少し重いんだ。」
 ゾロは呟いた。
「気圧の変化で古傷が痛むってのはよくあるが、まだ古傷にも至ってねぇからな。」
 長々と投げ出された脚。
"…あ。"
 そうだった。早くも人間離れしたレベルの鍛練に精を出してたりするものだから、相当に昔のものとして片付けられつつあったことだが、彼の脚にはそれは痛々しくも深い傷がある。自慢の名刀で、自分で斬りつけた傷。船医がいない船だから…という訳でもないが、自分で治療したらしく、その後はすぐにも平生の生活に戻ってしまった彼であったが、
「…痛むのか?」
「いや、そこまではな。ただ…やっぱ心配すんだよ、あいつ。」
 まだそれとは判らないくらいの微々たる変化だろうに、湿気と気圧下降のせいでか、時折ひりひりと痺れるような軽い痛みやむず痒さが走る。つい洩らした吐息ひとつでも不審がるかも知れないと思うと何だか気後れしてしまい、いっそ傍にいない方が良いだろうと構えて、ここに陣取っていた彼であるらしい。
「こういう形の嘘なら、案外とつけるもんだよな。」
 苦笑ってそう言う。
"………。"
 何かを隠して何も言わないというのも一種の嘘。不器用で言葉足らずな自分にでもつける嘘だと言う彼だが、その嘘で誰をどう守りたいのかがあまりに判り易すぎて、
「…判ったよ。今日だけ見張っといてやる。」
 こちらから譲歩してやる。頼むなら引き受けてやらんこともないと、そんなつもりでいたのだが、ルフィにさえ黙っていることを話してくれたのが、少しばかり…くすぐったい程度に嬉しかった。ゾロにしてみれば、ルフィのお守りを代わってもらうために、それこそ"仕方なく"なのだろうが。
「今日だけか? 面倒がられたもんだな。」
 くつくつと小さく笑うゾロへ、こちらもにやりと笑い返して、
「馬〜鹿、そうじゃねぇよ。それ以上となると話は違って来るってこった。遠慮なく貰い受けっちまうから覚悟しとけってな。」
「…おいこら。」
 さすがにそこまでは譲れないのだろう。威嚇半分な低い声を出した剣豪だったものの、サンジは振り返りもせず、背中を向けたまま頭の上で手をひらひらと振って見せただけだった。

            ◇

 上甲板へ戻ると、柵に乗っけられたトレイには、手をつけられていないプディングが一つ残っていて。
「???」
 全部は食うなとクギを刺さなかったから、てっきり全部食べたかと思っていたので、ちょっと意外だった。
「どうした? まさか不味かったっていうんじゃねぇだろな。」
 舳先に戻っていたルフィは、訊かれて振り返ると首を横に振る。
「ん〜ん、旨かった。けど、それはゾロの分だ。沢山食べないと治りが遅いからな。」
"…お?"
 意外な言葉に不意を突かれて目を見張る。そんなサンジだというのが何か伝えてか、
「サンジも気がついてたのか。けど、きっと俺は気づいてないって思ってんだろな。俺、そんなに鈍
トロ臭いかな。」
「いや、そんなことはないと思うが。」
 他のことなら判らんがコトはあの剣豪に関することだしなと、サンジとしてはこれもまた…揚げ足とりだの皮肉だのという"言葉遊び"が好きな彼にはめずらしく、正直なところをすかさずというタイミングで口にしていた。そんな評価への礼のつもりか"にやっ"と笑って見せると、すぐに口唇の先を尖らせて、
「いつもより眉の間の皺が深けぇもん。判るさ、簡単に。」
 それって…凄い微妙でないかい?
「ゾロってあんまり嘘はつかねぇんだけどさ、その代わり、肝心なことを言わなかったり、訊かれないのを良いことにずっと黙ってたりするんだよな。」
 船長としては見過ごせない由々しきことだと言いたげに、鹿爪らしい顔をするルフィであったが、
「嘘でもついてくれた方がマシだよな。何にも言わねぇんじゃあ、察しようがねぇもんな。」
 そのすぐ後に洩らされた吐息は…単に"心配だ"という力ない色でだけ塗り込められていた。
「…これ、食っちまえ。」
 差し出されたトレイに、
「だから…。」
 言いかけたルフィだったが、それを遮って、
「ゾロには傷に良く効きそうな飯を特別に考えてやる。だから、これはお前が食え。」
 サンジはくっきりと言い放った。
「ホントか?」
「ああ、任しとけ。」
 誇りにかけてとでも言い出しそうな毅然とした顔になるサンジであり、ルフィは殊更に上等の笑顔を見せると、桜色をしたプディングの飾られた器を手に取った。


 まったく、どいつもこいつも、あ、俺もか。そんな風に呟いて、苦笑混じりに甲板を後にする。手には空になった器が3つ載ったトレイ。不器用な正直者の方が得をする。ゴーイングメリー号は、どうやらそういう船であるようだ。


    〜Fine〜  01.8.25.〜8.26.

     カウンター888番 キリ番リクエスト
              Jeane様 『嘘』


    *時間考証的にちょこっとムリがある話ですが、
     まま大目に見て下さい。(おいおい)
     あんまり甘い話にはなりませんでしたね。
     いや…同じような話ばっかでも困るんですがね。
     ナミさんに言わせてますが、頭のいい人にしかつき通せないのが嘘。
     けど、なんか哀しいですよね、そんなもので守られてる何かって。
     お馬鹿な人間の負け惜しみですかね、これって。
     こういうことを言ってるから、
     心の綾が絡まり合うよな、
     切ない体験とか出来ない自分なんだろうな、うんうん。
     変な作りのお話になりましたが、Jeane様へ。
   


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