もう幾つ寝ると…


 ハロウィンが済んで、剣豪の誕生日が過ぎれば、次にやってくるのは七五三…じゃなくって、お酉さまでもなくって(幾つだ、自分)、12月25日のクリスマス。一ヶ月以上も先の話ではあるが、年末の暦はなぜだか日頃の倍くらい早く過ぎゆくから油断は禁物。分刻みの慌ただしい毎日を送る我々と一緒にしてはいけないのかも知れないが、それにしたって"ローマは一日にして成らず"という言葉があるように、セーターは一日では編めないし、シクラメンだって一日では花も咲かない。それに、日程に余裕があればあるだけ幾らでも手の込んだものへの検討は出来る。そう、千里の道も一歩から。(…ちょっと違うぞ、自分。)


「ねぇルフィ、あんた何か欲しいものない?」
 小春日和の穏やかな陽射しに満遍なく照らされて、ほこほこと暖かないつもの上甲板に、今日は珍しい顔がいる。波のうねりに合わせてゆったりと上下する、定位置の羊頭の上に座っていたのはいつも通りに若船長のルフィだったが、その彼に声をかけて来たのは我らが天才航海士のナミだった。厳格な決まり事があるでなし、別にどこにいたって構いはしないのだが、暇な時間は読書か新聞のチェックをしているのが常な彼女は、いつもならゆったり出来るデッキチェアを広げられる後甲板に居る。オマケに質問も唐突だったので、ルフィは長めの額髪の隙間から大きな眸を尚のこと見開いた、どこかキョトンとした顔を向けて来た。
「んん? なんでだ?」
「ほら、近々"クリスマス"ってのが来るじゃない。」
 にっこり微笑うナミだったが、ルフィは途端に目許を眇めて、
「クリスマスって言ったら、悪い子を連れてく怖い怖いサンタが来るんだぞ?」
「…あんた、どういう土地で育ったのよ。」
 いつもの筆者お得意の冗談みたいに聞こえるかも知れないが、サンタクロースの起源には本当にこういう説もあるのだよ、お客さん。
こらこら 日本の"なまはげ"みたいに、親の言うことを聞かなかった悪い子は連れてくぞ〜っと脅す怖い存在。それが聖ニコラスさんの善行と合体して、いい子にプレゼントを下さるという形に変わったんですな。それはともかく、
「クリスマスにはプレゼント、でしょ? あんたんトコはともかく、ここいらのサンタさんはプレゼントを下さるタイプのらしいから、何かあったら言ってご覧なさいな。」
 相手のとっぴんしゃんな言いようにいちいち反応・対応していては埒があかない。再びの笑顔を作って訊いたナミへ、
「何でナミに言うんだ?」
 これまた素朴な疑問を投げかけるルフィだったが、
「あたしは毎日のように新聞読んでるでしょ? サンタさんが何か合図を新聞に載せたら、それって勢いで、お願いのお手紙を書くなり何なり出来るじゃない。」
 な、なんか凄まじい理屈というか、こじつけというか…頭の回転が早い人はやっぱりどこか違うのね。それで納得したのかどうか、ルフィは眉をちょいと寄せ、鼻の頭にしわを寄せると、額の上辺りの宙を睨みつけ、何とか考えようとして見せる。
「う〜ん…と、に…。」
 皆まで言わせず、
「肉やお菓子ってのは無しよ? ちゃんとサンジくんがお料理の準備するんだから。」
「うう…。」
 さすがさすが、慣れてらっさることよ。びしっと指まで差されて"ふみみ…"と思わず顔だけ後ずさりしたルフィは、
「ナミは?」
 つい訊いてみた。
「あたし? あたしはだってもう子供じゃないし。」
 さも可笑しそうに笑った彼女だったが、
「何言ってんだ。俺と1個しか違わないじゃんか。」
「それはそうだけど。」
と言いつつ、実は"そういやそうだったんだわ、この子ったら"と…少なくはない驚きをもって、改めて思い出していたりするナミだったのだが、今はそれはさておいて。
「…そうね、宝の有りかを書いた地図とか、秘密の海図が浮かび上がる水晶珠とか。お宝に繋がるものなら何でも、かな。」
 そう簡単には入手出来そうにない、ややコアなものをスラスラと並べる彼女に、
「…難しいもんばっかなんだな。」
 ルフィはただただ感嘆するばかり。ナミは"さもありなん"と胸を張り、
「そ。だからサンタさんにお願いするのはとっくに諦めてんのよ。」
 確かに、いくらサンタクロースでも無理かもしんないけれど…そういう理屈もありなのだろうか。
「で? あんたはどうなのよ。」
 繰り返し訊かれて、だが、ルフィはといえば、初めて見た難解な暗号を直
ただちに解けとでも言われたかのように、困ったように小首を傾げ、
「う〜ん。急に言われても判んねぇ。」
 大して考えもせずに放り出し、そんな風にあっさりと答えたのであった。

            ◇

 一ヶ月以上も先の話ではあるが、ここは海の上で、いつ、どういう物資補給が出来るかは今のところまだ未定。クリスマスまでにどこかしらまともな隠れ島の港町へでも寄港出来れば、はたまた実り豊かな島にでも立ち寄ることが出来ればいいが、それが適
かなわなかったなら手持ちの材料と知恵で何とかするしかない。(その前にアラバスタに着いてしまうのでは? という突っ込みは、このお話に限ってはナシね?あはは)奇しくも、クルーたちはほぼ全員が船長へ何かしらの贈り物をと考えているらしいと判明し、それなら…と代表ということでそれとなく探りを入れたナミであったのだが、
「やっぱりあれね、何であれ目の前にぶら下がって初めて、カッコいいとかこれ欲しいとかって順番になるのよ、あいつの場合は。」
 結局のところ、日頃から常に"欲しいもの"をリストアップしてはいない彼だということが判っただけであった。
「そっか。リサーチ作戦は通用しないか。」
 唸ってしまったのがウソップで、誕生日に作ってやったアーティスティックな釣竿とは違うもの…というプランしか立っていないため、少々困っている様子。手作りタイプには時間がいくらでも欲しいところだから、早いとこ"何を"というポイントを押さえたいのだろう。一方で、
「ルフィって欲がないのか?」
 妙な訊き方をするチョッパーに、
「そうなのかも知れないわね。というか、食べ物に偏り過ぎてて他へまで関心が向かないってとこかしら。」
 ナミが苦笑する。ここはキッチン兼食堂で、ルフィ以外の全員が集まっており、流しの前に立ったサンジが時折肩越しに背後の窓を見やっている。ルフィが怪訝に思ってここへやって来るようならばすぐに判るようにとだ。
「でも、逆に何にでも喜んでくれますよね。」
 そうと言い出したのはビビ皇女で、
「この前も、外れてしまった髪飾りのガラス玉を何だか気に入ってたみたいで。あげたらものすごく喜んでくれましたし。」
 喜んでもらえたのが彼女の側でも嬉しかったらしく、目を細めて微笑って見せる。
「あら、そんなことがあったの?」
 これは初耳だとナミもまた小さく微笑った。きっとキラキラ光るところに子供のような無邪気さで魅せられたのだろう。だが、だからといって"じゃあ宝石がほしいのか?"と問えば"興味ねぇ"と答えるに決まっている。そして、そういう彼だということは、この場に集まった全員が判ってもいる。
「本人に訊くのが一番手っ取り早くて間違いがないと思ったんだけどなぁ。」
 誰よりも単純な彼だから、ややこしい手管を巡らさずここはストレートに…と当たってみたのに、それが見事に空振ったワケで。テーブルに頬杖を突き、考えごとをする時の癖でテーブルの上をこつこつと指先で突々いていたナミはふと顔を上げた。そして…部屋の片隅の壁に凭れて目を閉じたまま座り込んでいる、この時間帯にここにいるということ自体が珍しい人物へ、
「何だったらあんたが訊いてくれない?」
 声をかける。三本の刀を肩に凭れさせるようにして抱え、黙って座っていた剣豪は、だが、
「一緒だったよ。俺が訊いてもな。」
 にべもない答えを返してくるから、
「…あら。」
 おやおや既にリサーチ済みと?
「でも、あんたの聞き方ってのもアテにならないのよね。」
 妙な言い方をするナミに、
「どういうこったよ。」
 片方だけ瞼を挙げてそちらを見やると、彼女はにまにまと意味深に笑った。
「んふふ、だ・か・ら。ルフィにしてみれば、あんたがいるだけで良いってそう思ってたら、何にも要らないとしか答えられないでしょうが。」
「…う。」
 これってなんだか『ハッピー・ハニー・カウントダウン』の逆バージョンみたいですが。今から『蜜月まで何マイル?・番外編』というサブタイトルつけるのは遅いですかね?
おいおい

「…ところで、ナミさん。」
「? なあに?」
「やっぱプレゼントは、お宝への地図じゃないとダメなんですか?」
「…あ、あははは。そうね、だったら一番嬉しいかな。」
 ほ、本気だったのね。

            ◇

 冬島だったドラムから離れれば離れるほどに気候はずんずんと暖かくなる。彼らの目指すアラバスタは砂漠と灼熱の夏島なのだそうで、なれば、この辺りは丁度その中間点にでもあたるのか、このところずっと寒くもなく暑くもなくという過ごしやすい日々が続いている。雪が大好きな船長には少々残念な"温暖化
おいおい"でもあるのだろうが、それでも…穏やかな朝日に始まり、雄大で荘厳な夕陽、神秘的で静謐な星空といった、大自然の美しき天蓋を、心地よい潮風になぶられながらのんびり満喫出来る余裕まであるのはありがたい。

 気の早い"クリスマスにルフィを驚かしてやろう相談会"は実りのないままお開きとなり、皆いつもの日常へと戻って昼下がりを過ごした。剣豪も例に漏れずで、上甲板の船端に凭れて昼寝と洒落込み、辺りの空気が夕暮れに向けてかすかに冴えを帯びて来た気配にくすぐられて、今さっき目を覚ましたばかり。長い息を一つつき、手枕の上で頭を巡らせて舳先を見やれば、そこでちょこんと胡座をかいた、麦ワラ帽子つきの見慣れた小さな背中が、ひたひたと染みて来た夕映えの中でシルエットになりかかっている。
「…なあ、ルフィ。」
 ゾロは身を起こすと立ち上がり、改めての声をかけた。何度訊いてもそうそう答えは変わるまいが、それでも一応…もう一度確かめておくかと思ったらしい。
「んん?」
「お前…。」
 言いかけて、だが、
「ん?」
 ぴょいっと羊頭から飛び降りて来て"つつ…っ"とわざわざ擦り寄って来たのは、そうと訊くゾロの声が波の音に紛れてしまいそうなほど、いつになく小さいものだったからだろう。そうして胸元から見上げて来た、一片の曇りもない無垢な大きな眸を見ていたら、
"…何を持ってきたって敵わないなこりゃ。"
 なんだかそんな気分になった。欲求がない訳ではなかろうが、子供のように無邪気なものだったり、その場での思いつきのようなものであったり。きっとそういう…刹那に浮かんでは消えたり変わったりするような他愛のないものばかりに違いなく、それらはつまり、引っ繰り返せば"特にどうしても欲しているもの"ではないということになる。
「何だよ。」
 言い淀んだ彼へ、怪訝そうな顔をする。
「いや…。」
 らしくもなく言葉を濁すと、ルフィはますます眉を寄せ、
「変だぞ? ゾロもそうだけど、ナミも急に"何が欲しいか"なんて訊いてくるしよ。」
「う…ん。」
「俺が欲しいのは"ワン・ピース"だけだ。」
「…そうだったよな。」
 何もそんな遠いものを胸張って言わなくても。名月を取ってくれろと泣く子かなってか?
「あとは、そだな。」
 お?
「音楽家。」
 …そういや言ってたね、ずっと前から。こちらのすぐ胸元から見上げて来て、大威張りで胸を張るルフィに、ゾロは少しばかり困ったように、だが、それにしては愉快そうに口許を小さくほころばせる。彼が笑わせようとおどけた訳でないことは解っている。むしろ、判り切ったことを改めて訊いた自分たちの方こそが、ちょっぴり可笑しかったのだ。そんなゾロの笑みの意味にまで気づけたのかどうか。ルフィは"ふんっ"と鼻息をついて、
「大体、今の俺には何でも揃ってるからな。」
 嬉しそうにますます居丈高になり、
「仲間の中にコックも航海士も船医もいるし、珍しい話も聞けて、おもちゃも釣竿も沢山作ってもらって、それに…。」
「ん?」
 言いかけて間を置いたことに気づいてゾロが小首を傾げると、ルフィはさも嬉しそうに誇らしげに、だが…少しばかり含羞
はにかむように微笑って、
「へへっ、未来の大剣豪もいるしな。」
 そうと付け足したものだから、
「…う。」
 言われた側は思わず…リアクションに窮した。ナミからああ言われて言葉に詰まったほどには、彼から向けられているだろう思い入れに関して…少しくらいは自惚れて…いなかったと言えば少しは嘘になったが(おいおい、ややこしいぞ、どっちなの)、それでも本人から、しかも面と向かって言われるのはやはりインパクトが大きい。言葉を区切って言い分けた辺り、他の仲間たちと別にした"特別扱い"にされているのは明らかで。日頃からも"ルフィを守るため"ではなく、自身の"世界一の大剣豪への野望"を叶えるためにこそ戦ってくれと言われつけている。剣士だというのに、この海賊団のために…を二の次にしても良いという奇妙な特別扱いを彼に与え、その戦いぶりをワクワクして見守っている変わり者な頭目殿。
"………。"
 これは丁度…自分が日頃"彼さえいてくれれば"と感じているのと、同じ感覚なのだろうか。
「…何だよ。」
 どう応じて良いのやらと答えに窮し、ただ見つめ返すばかりになったゾロからの視線に、悪びれることなく…ちょっぴり照れながらも目を背けないでいる。そんなルフィへ、
「いや…その。」
 頭をがりがりと掻きながら、やはり言葉が告げずにいる不器用者。自分が望まれることが嬉しいのは確かだし、この、すぐ目の前にいる彼こそが、今の自分にとっての掛け替えのない大切な人物だ。キャプテンだから…とか言うのではなく、何にも置き換えることの出来ない愛しい存在。だが、そんな彼のこの温みが、いつもいつまでもこんな傍にあるとは限らない。いつだって…大変なことであればあるほど誰かに頼るということをしない彼だから、そして自分の夢を真っ直ぐに見据えている彼だから。何事かが起これば、この腕を擦り抜けるようにそれは易々と駆け出して行ってしまう。陣営の中央に腰を据えて"結果"を待っていてくれれば良いのに、先頭に立って飛び出しては、端から端までに尽力しようとする彼だから、こちらとしては気が気ではない。
"それに…。"
 やがては…自分が絶対だと掲げた夢や野望に真っ向から相対する天秤に乗ってしまって、どちらかだけを選ばねばならなくなる対象になってしまうのかもしれない。大剣豪になるか、海賊王の片腕でいるか。その二つが同じ一本の道だとは限らない。でも、そう…だから。どんな明日が唐突にやって来ても後悔のないように、今を大事にしたいと思うようになったゾロだ。
「…ゾロ?」
 キョトンとしたルフィの、帽子ごと小さな頭を片手で掴むとこっちを向かせ、こちらも少しばかり屈み込む。

 「……………。」

 そっと離れた小さな顔から、甘やかなため息が微かに洩れて。仄かに頬を赤らめたのは、二人ごと照らしている夕陽のせいだけではないようだったが、
「…なあ、ゾロ。」
「ん?」
「クリスマスはまだずっと先なんだぞ?」
「そうだったな。じゃあ今のは予約だ。」
「…ふ〜ん。」

            ***

  「よ〜し、こうなったらゾロに大っきなリボンかけてプレゼントにしちゃおう!」
  「リボン…って。」
  「ナミさん、それはちょっと…。」
   そ、それはまた、別な意味で問題が生じるような気が…。


  〜Fine〜 01.11.8.〜11.12.

 *カウンター8000HIT リクエスト
       らみる様 『ゾロルのクリスマス〜予約編』
           (こらこら、勝手に変えるな、自分。)



 *よくよく考えてみれば
 "クリスマス"のお話をこんな早くにUPするのも
  何だか訝
おかしいので、こういう仕立てのものにしました。
  とはいえ、ちょっとでも油断すると
  『ハッピー・ハニー・カウントダウン』の逆バージョンになりそうで、
  案外と難しかったです。
  ………らみる様、予約編ではおイヤですか?

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