Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
子戻り唄 
 


       




〈作っても良いが、どういう訳だか子供に返っちまった。大鍋を抱えたりデカイ魚をさばいたりするには、こいつらの手も借りなきゃ一人じゃ到底無理だ。〉
 そんな風に掛け合って、ナミとウソップも牢から出され、3人の子供たちは階上の厨房へと引き出された。何しろ料理には結構危ないものも使う。ナイフに包丁、炎に熱湯に揚げ油。妙な気は起こすなと一応クギを刺されたが、もともとそんなその場しのぎに頼るつもりはなく、仲間たちの手と踏み台の力を借りて、小さなコック殿は厨房をパタパタと駆け回って腕を奮い、
「よし、これで出来上がりっと。」
 そうして出来上がったのは、本格的なシーフード料理の数々。備蓄されてあった食材も豊富なら器具も調味料の品揃えも先程の突貫調理より数段まともで、やはり昔の住人の忘れ物だろう結構ゴージャスな食器やカトラリーが揃っていたので、盛り付けまでもが何ランクも上がって、銀器たちが煌き、香辛料の香りも芳しい、まるで大都会の高級レストランのような趣きになってしまった。
「ほほぉ。こんな腕があったのか。なら、おめぇだけは売り飛ばさずにここでこき使ってやるかな。」
 席に着いたヤギ髭の頭目から、高笑いをしながら言いたい放題をされて、即座に"かっち〜ん"と来た怒りの血管浮きマークも後頭部に何とか押し隠し、
「さぁさ、どうぞ、召し上がれ。」
 やはり半分引き吊ったものながら"愛想笑い"をどうにか絞り出す。中央の真白き大皿には、こんがりカリカリと衣が香ばしそうに仕上がったメインディッシュのムニエルが、プチトマトやサニーレタスをあしらわれて鎮座している。随分と大きなアイナメで、こうまで大きな魚に焦がさず中まで火を通すのは素人には難しい。シェフからボーイへとバージョン・チェンジしたサンジは、取り分け用の大きなフォークで身をほぐし、ほんわり湯気の上がるジューシーで柔らかそうな白身を頭目殿の皿へたっぷりと盛ったのだった。



          ◇



 ――さて、お待ち遠さま。
   城の足元、波打ち際の岩礁に辿り着いていた別動隊のお二人へ、
   カメラさん戻って下さいな。

「間違いねぇ。これはサンジの"魚の空揚げ"の匂いだっ!」
 何か…とっても重要なこと、真剣に対峙しなければならないことの追及でもあるかのように、殊更真顔になって言いつのるルフィであり、
「そ、そうなのか?」
 ゾロとしては相手の切迫した勢いについ呑まれて"こんな時に何を馬鹿げたことを…っ"と一蹴出来ずにいる。怒るより呆れるより困惑顔になっているのがその証拠で、言われてみれば…何かを調理しているらしい香ばしい匂いが微かにしないでもないが、四方を囲む海からの磯の香・潮の香が吹きつける波打ち際で、鼻のよく利く犬でもあるまいに、そんな細かいところまで嗅ぎ分けられるものではない…筈なのだが、ルフィにはその場所までもが辿れるらしく、
「あそこだっ! 行くぞ、ゾロっっ!」
「あ、おい! 待て、ルフィっっ!」
 頭上を見上げたままのルフィから、有無をも言わさずがっしと二の腕を掴まれて、
「ゴムゴムの、ロケットォ…っっ!」
「待てと言うとろうが…っ、こらぁっ!」
 いつもの事ながら、ご愁傷様である。


 パッシャーン…っという派手な音と共に窓ガラスが一枚割られて、突然外から飛び込んで来た塊りが二つほど。粉になったガラスの破片を頭からもろに浴びた格好で、
「てめぇ…せめてガラスの嵌まってない窓を狙えっっ!」
 強引な空中滑空に巻き込まれるのはもう諦めたとして
あっはっはっ、けどでも何かをせめて抗議したかったらしい剣豪さんのお怒りのお言葉に、だが糾弾された当の本人はと言えば、
「悪りぃ、悪りぃ♪」
 …本気で反省しとらんな、こいつ。
「ルフィっ! ゾロっっ! よくここが判ったなっ!」
 事の順序が今一つ判らず、単純に驚いているのはウソップだが、こちらは…仲間の唐突な乱入にも慌てず騒がず、いたってのんびりとズボンの裾やらシャツの袖やら、最後にぴしっと襟元とネクタイを直し終えたサンジはにやりと笑って、
「ほぅらな。近場にいたならこの方法で一発で呼び寄せられるんだよ、こいつは。」
 まるで当てずっぽうな調味が"ごく旨"の大成功を収めたかのように、事態の流れがぴたりと嵌まった事へご満悦な表情を見せる。
「何も応援が要った訳じゃあないが、方向音痴二人を迷子のまんまにしとくのは忍びなくってな。」
「何だとこら、もう一遍言ってみなっ!」
 余計なことを言うから、迷子コンビの片割れが早々とムッカリ来てますが。一方で、
「う、う〜ん。さすがというか…。」
 すぐさまは服の手直しが間に合わなかったらしく、事前にサンジに手渡されていたのだろうダブルの上着を肩から羽織っているナミは、サンジの"近場にいたなら"の一言へ、もしかしたら物凄く"行き当たりばったり"な作戦だったのでは…と、その点へ少々頭痛顔になって見せた。
「うわあぁっ! メシだぁっっ!」
「おっと、食わねぇ方が良いぞ、ルフィ。」
「あ?」
 そうそう。あんたたちが元に戻れたのはどうしてだね? 言われてみれば…盛大にクシャミを連発している奴がいる。頭目の苦しげな様子に、
「て、てめぇっ!」
「一体何をしやがったっ!」
 すっかり元の青年たちに戻っている『ルフィ海賊団』の面々へ威嚇的な罵声を浴びせる手下たちだが、どこかうろたえ半分な声には怯えの気配がくっきり滲んでいて、これはもう形勢は決しているのかも。
「けど…けど、毒や何かを入れてはなかった筈だ。」
 彼らを地下牢から呼び立てた男が一番納得が行かないらしく、わななくような声を出す。
「俺がそばでしっかり見てたんだ。自分でも味見をしてやがったし…。」
 そもそも持ち込ませた何かは使わせなかった。ここの厨房に元からあったものしか使ってはいない筈。だのに、この様子はどうだ。合点が行かず混乱している彼らを前に、けろっとした顔でポケットからつまみ出した紙巻き煙草を口にくわえ、慣れた仕草で火を点け、ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、
「"子戻り唄"とやら、歌えるもんなら歌ってみなよ。」
 こちらはまた随分と余裕の表情のサンジで、
「他の調味料で誤間化してあるが、飛び切り刺激の強い香辛料を入れてあってな。油で加熱すると刺激が増すってタイプの代物だから、クシャミだけじゃねぇ、喉が干上がってしばらくは声が出ねぇぜ。」
「…っ!」
 おおお、専門職・特殊攻撃っ!
なんだそりゃ
「…サンジって怒らすと怖ぇえのな。」
 いや、あんたたちの場合、それはどの誰も良い勝負だと思うんだが。ところで、後日になってナミが思い出したように持ち出したのが、
『でも…どうしてサンジくんの料理の腕前って能力は子供のレベルに戻らなかったのかしら?』
という疑問だったが、それには仕掛け人の筆者が言い訳もどきの解説を。確かに、包丁さばきだのテクニック的なものは何回も何年も繰り返すことで体で覚えて身につける職人芸。よって、今回の調理は、あれでも思うようにコツに乗っての作業が利かなかったりして、きっと苛々しながらの調理になっていたことと思われる。だが、料理に限らぬどんな職種や技術にも、メモを取った訳でもないのに身につく"知識"というものがある。(例えば、材料に火が通っているかどうかは竹串を差して肉汁の色で判断する…とか。)かつての師匠・赫足のゼフから、蹴飛ばされながら…文字通り"叩き込まれて"身につけたそれらを総動員しての大作戦だったらしくて、いやはやその道の達人
エキスパートはやっぱり違うねぇ。



 こうなれば畳んでしまうのはもはや"お片付け"レベルの単なる手間仕事。叩きのめした他の輩たちを頭目とまとめて縛り上げ、
「2、3日もすりゃあ声は出るようになる。そしたら十八番の"子戻り唄"で子供に戻ってロープを緩めりゃいいさ。」
 所詮は小者、大した被害は受けなかったからという割と温情のこもった対処であり、
「さあ、帰るかな。」
「匂いだけ嗅いだもんだから余計に腹が減っちまった。サンジ、飯作ってくれよ。」
「ああ。食材も結構いただいたし、久し振りに肉食わせてやれるぞ。」
 船に戻っていざ出航。船内に芳しい匂いが立ち込め出す中、ナミはちゃっかり頂戴した"お宝"の整理に余念がなく、ウソップは何故だかバッグの中身の整理なぞ始めた。そして…今夜の結構な晩餐には、よく冷えたオレンジババロア・シャルロット風がついたのは言うまでもないことだった。






              〜Fine〜  01.6.11.


 *おかしい…。
  なんで途中からサンジくんが主役のような話になってしまったんだろう。
  このくらいの話とネタは、
   もうとっくにどなたかが形にしてらっしゃるかも知れませんね。
  原作もアニメも既にグランドライン篇に入って久しいというのに、
  その前らしき時期の話になっているのは、
  微妙にレギュラーな客人が参入している彼らの『番外編』が、
  まだまだ未熟な筆者には難しいためです、悪しからず。
  其の二は"パンニャのランプ"をお届け出来たらいいなぁ…と。
おいおい

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

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