月下星群
 〜孤高の昴

         其の十一 上ヲ向イテ歩コウ


       



 そこが生まれ育った土地だという訳ではないが、曹長という階級と共に配属されて随分になる島であり海域だったから、愛着や思い入れは大層あった。それらを振り切れた"思い切り"が自分にあったとはと、そこへと少ぅし…外海に出てから感動した。そうまでしてしまうほどに自分を衝き動かした人物がいて、しかもそれが海賊だというのは癪だったが、それもまた自分の裡(うち)なる"正義感"が働いてのことと、自分で自分を納得させた矢先に、

   『あなた、その彼と宿命的な何かでつながっているのではない?』

 そんな突拍子もないことを仰有って下さったのは、アラバスタで久し振りにお会いした、本部所属のヒナ大佐。
『宿命のライバルだとか、そういう因縁よ。だってあなた、その剣士と直接言葉を交わす機会が、幾度もあったのでしょう?』
 邪推とかなさった訳ではないだろうし、それは私にも分かっていて。けれど、あのような人物とどういう形ででも縁があるだなんて思うのはとんでもないこと。やめてくださいと憤慨したら、
『失言だったようね、ごめんなさい。ヒナ、反省。』
 仄かに悪戯っぽい微笑い方ながらも、にっこり微笑って訂正して下さったけれど。大体、あんな、元は海賊たちを狩っては海軍へ引き渡していた"賞金稼ぎ"だったものが、急にその海賊の側へ寝返ったようないい加減な男。しかも、会うたび毎
ごとに私の顔を非難ばかりして。

   『その顔をやめろっ!』

 あまりこういう言い方は好きではないけれど、顔をどうのこうの言うなんてあんまり失礼だと思いませんか? 同じ年頃の女性たちに比べるとそんなに構ってはいませんが、それでもこの顔は生まれもっての私のもので、あんな男に指差されもって非難される筋合いはありませんっっ!


   ………………あ。

 ご、ごめんなさい。自己紹介がまだでした。私は、世界政府直轄、海洋防衛軍本部所属曹長。イーストブルー大艦隊、ローグタウン海域支部、海兵隊隊長のたしぎと申します。


         ◇


   「……………。」

 単調な潮騒の調べと、もうすっかり嗅ぎ慣れた磯の香りの乗った潮風と。乾いた陽射しの射し込む自室の窓辺に据えた書き物机は、使い慣れた品だからと、あの大慌てだった出港の最中、どうしてもという我儘を通して海兵たちに積み込んでもらった逸品だ。ローグタウンの骨董屋で一目惚れしたのを"お取り置き"しておいてもらい、初めてもらった給料で買ったもので、これと愛刀"時雨"だけは、どんなことがあっても手放したくはないと思っている彼女であり、一途ではあるが…方向的にちょっと変わった乙女心だったりすると思う者は配下の海兵の中にも少なくない。
(笑) ただ、刀を操る時の凛と気高い清冽な美しさと、何者をも黙らせてしまうほどのすこぶるつきに冴えた強さが、彼女の今居る地位を誰へでも納得させるほど並外れて秀でているため、密かにも公然にも曹長へのファンは多い。おいおい オマケに…日常では天然の拙さからどこか覚束無いところが、誰彼構わず"守ってあげたい"と思わせるフェロモンを振り撒いているらしく。それもまた人気の秘密なのはここだけの話である。こらこら
「………。」
 そんな彼女が、今朝方から机に向かったまま、されど手の中にペンを持て余すばかりで何も書き始められずにいる。行動と同じくらい気性気概も真っ直ぐで、ためらうということは滅多にない人物だのに。こうと思ったら一直線の、白黒はっきりが信条で、およそ"躊躇"とか"ためらい"とかいう言葉には無縁の。そんな彼女が、何故だろう、自分で用意した用箋を前に、羽根ペンをくるくると指先で回しては、いつにない"逡巡"を示しているものだから、
「…曹長?」
 お茶を運んで来た下士官が怪訝そうな顔をする。そして、ふと…気づくことがあって一言。
「僭越ながら上申致します。曹長殿のおメガネでしたら、頭の上にございますが。」
 …姿勢を正して言うことだろうか。いやその前に。そんな、三流コントのようなことが原因で筆が進まない女曹長殿な筈が…。

「あ、そっか。ここに有ったのね。」


   ………おいおい。



 冗談はさておいて。うら若き曹長殿が、この年齢で、しかも女だてらに結構高い地位にいるのは、海軍が"実力本位"なところだからで。幹部たちが背中に背負った"正義"の名に恥じぬ、素晴らしい組織だと常々感じていた彼女だったのだが。
"………。"
 どうもなんだか、しっくり来ないものがある。疑うことなく信じて来たものに、自分の気づかなかった破綻した部分を見たような。それへと幻滅するのは、年端の行かない小娘の、融通の利かない狭量が故の屁理屈なのだろうか。海軍とて、大組織としての矛盾とか屈託とかいうもの、そこはやはり抱えていて当然で、だが、全ては蔓延する諸悪を一掃するための、余剰
あそびというか緊急避難的行為とでもいうか、所謂"必要悪"というものなのか。
"………。"
 清廉潔白の身には一口に飲み込むには辛いほどの、大きさだったり苦さだったりするのだけれど、幾莫かの犠牲や汚辱も、この大きな世界を平和と平等で均すためには必要なのだと、そう納得して飲み込みかかったところへ思い出したのが、

   『上の者から言われりゃあ、
    どんなことだって姿勢を正して"はい"と飲むんだろうよな。』

   "………。"

 言い方がおかしいかも知れないが、軍人には打ってつけかもしれないほどに、折り目正しく、だが、それがために理詰めに弱い、典型的な"大組織適応型"優等生。直接の上司である大佐から、そんな風に皮肉っぽく評されたことのある彼女だったものが、このところ少々変わりかけてもいるような。その切っ掛けは、

   "…麦ワラの一味。"

 あの、どこか不可思議な海賊団である。


            ◇


 杓子定規に"善と悪"を断じて、海賊たちをその肩書きだけを理由として捕らえて来た。そんな"これまでの自分"は、果たして正しかったのだろうか。


   『これは命令です!!! 今…あの一味に手を出す事は、私が許しません!!!!』


 あの、狂乱の渦中にあったアラバスタで。海軍より世界政府よりいち早く事態の真相に気づき、陰の世界の権勢者の手によって、何年もかけて準備された周到且つ巨大な陰謀を、あんな僅かな頭数で打ち砕いた彼ら。…それに引き換え。直接の嵐の中にあってさえ、自分たちは何の能力も発揮出来はしなかった。そこはさすがに、あの混乱の中で軍の権限を振りかざしてどうにかなるとは思っていなかったが、それでも…まるで一般市民と大差無くあしらわれたことが口惜しくて。
『なぜですか?! 全員揃って…今!! 格好の餌食なんですよ?!』
 そんな自分たちに比して。あの"海賊"たちは、自分たちの意志で行動し、自分たちの実力で悪の根源を粉砕し、見事に反乱を治めてしまったから。
『限られたチャンスです。奴らが意識を取り戻しては、我々の力では…。』
 軍曹の心情が判らないではなかったが、それと同時に、自分で言っていることの意味が分かっているのだろうかと、それもまた少し以前の自分自身に重なって聞こえて情けなくなった。全力を使い切り、さしもの彼らでさえ疲労困憊して倒れ込んでいたところを、何の働きも出来なかった自分たちが手にかけて良いものかと。そんな行為を職務だと判断すること自体、何だか恥ずかしい気さえする。そう、この時感じた"羞恥心"に虚飾はない。獅子奮迅の働きをし、自分たち数千人よりよほど物の役に立っていた彼らを、動けなくなっている隙に捕まえようですって? 白と黒と、はっきり断じなければならないとしたなら、軍曹のその言葉にこそ烈火のごとく怒り"恥を知りなさい"と怒鳴っていたところかも知れない。例えそれが、海軍の人間には間違った判断であってもだ。
"………あ。"
 そして、それは…大佐の断じ方に似てはいないかと、ふと、気がついた。






       



「どうせ真っ当には処理されないと判っていて、それでも書類なんてもんを作っているとはな。律義なもんだ。」

 海賊が嫌いで正義感は人一倍。部下への指導力も風格もあって。けれど組織には向かない人だなと、最近になってやっと気がついた。海軍本部大佐・白猟のモーガン。グランドラインへの入り口にあたる"ローグタウン"を若くして任されたということは、その実力を上層部からも買われた人物であるということだ。ただし、現場にて発揮される腕力や統括能力。すなわち"即戦力"という意味合いでの"実力"だったらしいが。がっちりとした鬼神を思わせる風貌・体格に、悪魔の実"モクモク"の能力を持ち合わせる男。どこか気が荒く、行儀の悪い乱暴無頼な言動が多いせいか、守るべき市民たちからさえ、海賊以上に恐れられてもいる男。

 あの麦ワラの一味を追うぞと大佐が言い出したのは、自分が此処"ローグタウン"へ着任して以来、ただの一人として海賊たちをグランドラインへ向かわせなかったプライドがあるからかと思っていた。
『あんな猪口才なだけの小僧が"海賊王"になるなぞと、分不相応な寝言を言ってやがるのが気にいらねえ。』
 けれど、実は薄々予感していた大佐であったのかも。どこかで、今時の海賊たちとは違う男であると。大佐がしばし口にする名は、誇り高き海賊王ゴールド=ロジャー。彼ほどの器のある男でもない限り、海賊としての力量を認めはしないし、認めたら認めたでやはり全力をもって叩くのだろうから、随分と屈折している人でもある。それとも、奥深いとはこういうことを言うのだろうか。


         ◇


『ロロノア=ゾロか。海賊狩りだと聞いていたが、海賊に寝返っていたとはな。』
 さして興味も無さそうに大佐はそうと言い、どこか面倒そうに報告書を机の上へと放り投げた。
『逮捕のご許可を。』
『許可も何もあるまいさ。海賊なんだろう? だったら検挙して来れば良い。』
 いちいち四角く構えてお伺いを立てる割に、何かと抜けまくりの惚けた女だが、剣の腕と正義への姿勢は買っている。
"正義、か。"
 悪虐の限りを尽くす海賊から弱き者を守るために、我らの背負った正義の二文字…というのが、海軍の謳い文句ではある。配置こそ世界中の四つの海域の中では一番穏やかとされる"イーストブルー"ではあれど、グランドラインへの入り口にして、あの偉大なる海賊王ゴールド=ロジャーの散った街"ローグタウン"を任された身。精鋭揃いの本部直属からの派遣なのはこれまでも同様ながら、前任者までの支部長たちはことごとく海賊たちの専横を許して来た。否、制止し切れず突破され続けて来た、あって無きが如しの関門であったものが、このうっそりと恐持てのする大佐の赴任によって、がらりと様相を転じて久しい。それは彼の実力あってのことながら、それと同時に海賊の質が落ちたせいでもある。かつて、あのゴールド=ロジャーのみならず、侠気
おとこぎあふれる大海賊たちの活躍で"大海賊時代"の到来に大いに沸いた海も、今はただのごろつきたちの闊歩する単なる無法地帯と化している。強い者には媚び諂へつらい、弱い者からは容赦なく搾取する。それを為すのが海賊たちだけではないから問題で、中にはそんな連中と結託している海兵たちも少なくはなく、
"ま、それが現実ってもんだろうがな。"
 腕力や戦闘経歴をさして持たないながら、利口な奴なればこその処世術とか何とか。よくは判らんし判りたいとも思わんが、時に正義を曲げさえする"理屈"は一番苦手で、

   『だから現場勤めが長いのよ、判る?』

 同期のヒナがいつも呆れるが、性分だから仕方がない。どこかに何かが燻ったまま、自分はこの、どこか偽りの匂いがぷんぷんする"平和"とやらの番人として一生を終えるのだろうかと、やや腐り気味にそんな風にさえ思っていたのだが。

   『…馬鹿には違いねぇな。だから、ウチの船長
キャプテンやってんだ。』

 呆れ半分に淡々と、だが、どこか誇らしげに。挑むような眸をして、奴はそう言った。あの"麦ワラ"を指して、だ。自分と似たような"馬鹿"が実は結構いるのは知ってたが、まさかあの"麦ワラ"の小僧もそうだったとはと虚を突かれた。しかも"天然"だ。馬鹿なことと判って、拗ねたように斜
はすに構えもって貫く"馬鹿"じゃあない。真っ向から信念をもって貫き通す"馬鹿"だ。………馬鹿、馬鹿と煩いが、阿呆よりはマシなんだから勘弁しろ。あの、海賊狩りで名の知れたロロノア=ゾロが、器を認めて見込んでいるからこそ、不本意な"船長命令"を唯々諾々と呑んでしまうほどに。そして、あのクロコダイルをとうとう叩きのめしたほどに、凄まじい信念馬鹿。
"そういう意味じゃあ、確かに只者ではなかった訳だ。"
 そして、小気味の良い、だが癪でもある"強い彼ら"だということを確認したと同時、自分には快感でさえあった奴らの小癪さに、戸惑いやら…それこそ"不本意"を覚えたらしい奴もいて。

   『私には選べる"正義"がありませんでした。』

 清廉潔白にして、融通が利かないほど一途で真っ直ぐ。…判っているか? 向いてるようで一番危ねぇんだ、そういう気性はよ。下手に権力のある、そのくせ底が知れねぇ、得体の知れねぇ"組織"なんてぇ化け物にはな。呑まれちまわねぇだけの、肝っ玉の太さを鍛え上げとかねぇと、えらいことになる。そんな風に危ぶんでたところへのこの騒動だ。
『"この海"じゃあ、駆け上がらなきゃ死ぬしかねぇ事を、奴らは知ってるんだ。』
 現場で相対した賊どもに格の違いと自分の非力さを思い知らされた。そして、絶対な筈の"正道"や"正義"さえ、此処では…強い者にのみ主張する資格を与えられるところの、身勝手で利己的な理想や野望と、せいぜい同等な代物としてしか扱われないのだと思い知ったことだろう。貫きたければ、聞く耳を持たせたければ、相手を凌駕するしかない。それがこの修羅の海での暗黙の掟。何しろ…彼女が信奉していた"正義の味方"海軍上層部でさえ、体面とやらのために真相を握り潰すことを躊躇なく選ぶくらいだ。


         ◇


「組織だから、なんでしょうか。」
 たしぎは憂鬱そうな顔でそうと呟いた。海軍や政府の上層部の"判断"によって、自分たちの手柄にすり替えられた"クロコダイル討伐"。それへの昇格と表彰という召換がかかっていたらしいが、スモーカー大佐が"謹んでご辞退した"と聞いている。自分もそんなものを甘んじて受けるつもりなぞなく、ただ、気になることが増えたような。
「真実が誰か弱い者に手痛いならば、それを隠蔽してあげるのは構わないと私も思っています。けれど、今回のは。本当は何が起こったのかという真相を、政府や海軍という組織が今後も順調に機能し続けるためにと、それだけを狙って隠したとしか思えない。」
 アラバスタの国民たちや王宮の人々が、クロコダイルの仕掛けた罠の上でまんまと踊らされたことへ、後世の人々から失笑を買うかもしれないのは気の毒で、それで隠蔽しようという動きだとは、どう譲っても思えない。現場にいたから尚のこと、あの騒動を鎮めたのも、絶大な力を持つ黒幕を文字通り叩きのめしたのも彼らの手柄である筈なのに、そんな彼らを逮捕しろとは何事かと、これにはさすがに多大なる矛盾を感じた彼女であるらしい。
「組織が大きければ大きいほど、個人の意志なんてもんは易々と飲み込まれるんだよ。」
 葉巻の煙を自分でも煙たそうに吐き出しながら。大佐殿はそんな風に言葉を返した。あれから何日かが経つ穏やかな昼下がり。そこに留まっていても得られるものはもうないからと、足早に…まるで"麦ワラ海賊団"討伐用の艦隊がやって来たのとすれ違うように、アラバスタの海域から離れた彼らである。表向きには、
『鎮圧に立ち働いた海兵たちの疲弊激しく、とてもではないが参戦かなわず』
と、軍曹が気を利かせた連絡を艦隊長まで届けておいてくれたらしい。すっかり臍を曲げてしまった大佐が処罰を受けるのは彼の勝手だが、その配下にも影響の出ること。よった、この手筈へは曹長殿が頭を下げつつ許可を出したのだが、まま、それはそれとして、だ。
「あれほどデカい組織にあって、所謂"正義"なんてお綺麗なもんはな、真っ先に形骸化されちまうもんなんだ。」
 別に理想や哲学を語るのではなく、そのくらいは知っておけということだろう。どこか面倒臭そうな顔をしながら、だが、彼にしては珍しくも煙たがらずに、話相手になってくれている。
「考えてもみろ。毎日毎回全く同じケースのことしか起こらねえ世界じゃあるまい。それに、海軍だ政府だを動かしてんのも、時には魔が差す"人間"なんだぜ? そんなもんのやらかすことが"絶対"である筈がねぇ。」
「…はい。」
 たしぎにしてみれば、今回のことでそれは立証されたようなもの。まるで自分の恥を上げつらわれたかのように、顔をさえあげられず、肩を落として頷くしかなくて。
「得体の知れない大きな塊りの一部。そんなもんになりたいか? おい。」
 ちょっとばかり意地悪そうに訊かれて、寒気でもしたのか、ぶるぶるっと肩から大きく首を横に振ってみせる彼女であり、
「ま。要はそういうことなんだ。手柄だ昇格だ誉れだと先々ばっかり見てるとな、気がつかねぇうちに頭から組織に呑まれちまう。」
 全体主義という化け物ほど怖いものはない。平等や互助の精神から発した筈の団体組織が、一部の上層部の好き勝手に制御されてたなんてのはよくある話で。自分たちの立場を保つため、その巨大な力を恣意的に使い始めたら? 成程、正義の定義だってどう書き換えられることやら、判ったものではない。
「とは言ってもな。後ろばっか見てるようじゃ、やりたいことへの力ってもんをいつまで経っても得られねぇ。」
 直接接して相手をする人々の痛みにしか目が配れないようでは、彼らを助けてやれるほどのドラスティックな力を行使出来る地位はいつまで経っても得られないに違いない。
「…難しいのですね。」
 どっちもどっちで、何だか不器用な自分には荷が重いかもと、肩を落とす曹長殿だが、ふと、
「スモーカーさんはどうなんですか?」
 訊いてみた。
「何がだ。」
「ですから、大佐はどこを向いてらっしゃるんですか?」
 上層部へさえ平然と咬みつく狂犬との評価もあるほどの彼だが、依然として海軍の人間だということは、彼自身が腐した組織に、それでも何らかの光明もなくはないと認めているからではないのか?
「………う〜ん。」
 唐突な質問へ、少々困ったように葉巻の端を噛みしめると、巌のような体をデッキチェアの上でぐんと伸ばして、
「そうさな、あっちかな。」
 彼が立てた親指で指さしたのは……………頭上である。
「………空、ですか?」
「まあ、好きに解釈しろや。何にもないとこ。上。制約がなくて好き勝手出来るとこってな。」
 少しばかり首を傾けるようにして。示された頭上の、抜けるような青空を見上げた曹長殿を眺めやりつつ、オイルライターの重々しい着火音を響かせて、新しい葉巻に火を点ける。そして、
「色んな意味で"良い薬"にはなったのかも知れねぇが、事後の余韻にぼーっとしていられるほど、甘い世界じゃねぇんだぜ、たしぎよ。」
 いつもの低い声がそうと告げ、
「…あ、はいっ!」
 ぽかんと、口まで薄く開いて真上を見上げていた曹長殿が、慌てて姿勢を正した。
「まずは…何をすれば良いんでしょうか?」
「……………。」
 これである。ふうとため息を一つつき、
「まずはあの"麦ワラ"どもの行方の探索だっ。アラバスタでの用が済んだなら、ログポースの指す次の島へとそのまま向かうことだろうがな。」
「次の………、あっ!」
 そうだ次は…と、一応事前に浚った資料を思い出す。
「海兵たち全員、並びに装備の疲弊・消耗確認と、資材の補填。やることは山とあるぜ。」
「は、はは、はいっ!」
 ばたばたっと駆け出して、お約束のようにデッキの真ん中、何もないところでステンと転んで。
「あ、メガネは…あれ?」
「…おいおい。」
 いつになったら頼りがいのある片腕になってくれるのやら。声は出さねど、苦笑が絶えない大佐殿だったりするのである。



       
★☆★



「あのあの、スモーカーさん。」
「なんだ。」
「もう一つだけ訊いても良いですか?」
「…なんだ、一体。」
「あの麦ワラの少年。それほどの男なのでしょうか。あのクロコダイルを直接その拳で倒したのは知っていますが、それだってロロノアを始めとする腕の立つ仲間あってのことでしょう?」
「そうだろうな。」
「本当に、この新しい手配書の額面通りと見なしても良いのでしょうか。」
「…つまり、お前としては。これもまた、政府の悪辣な手回しだと言いたいんだな。」
「あの…えっと。」
「実のところ、1億ベリーは買いかぶり過ぎ。ただ、是が非でも抹殺したいとする本部の意向から、こんな馬鹿げた金額を振られたのではないかと。そう思った。」
「………違うのでしょうか?」
「まあ、そこまで失望することもないと思うぜ。一応は、元8000万ベリーのクロコダイルを素手で叩きのめした奴なんだし、仲間の助けがあってにじり寄れたってのだって、本人に人心掌握の要素がなけりゃあ出来ねぇことだ。」
「カリスマ性ですか?」
「そんな小難しいことは良く知らねぇが。あの、誰にも御せそうにない三刀流の海賊狩り崩れが、奴を害す者には容赦なく殺気向けやがるほど見込んでるんだから、半端な奴じゃあないんだろうよ。」

  「殺気って……………そんなこと、あったんですか?」

  「…………………………。」







   ――― さて、ここで問題です。
(笑)



   〜Fine〜 02.6.24.


   *カウンター32000HIT リクエスト
      かずとサマ『スモーカー大佐やたしぎ曹長から見たゾロル』


   *…すみましぇ〜〜〜ん。(泣)
    何だか、どの辺が"ゾロル"にかかっているのだか
    全然判らないお話になってしまいました。
    大佐さんも曹長さんも今回初めてタッチさせていただけて、
    何となくの肌合いでしか把握してはいなかった彼らを、
    思いっきりいじって掘り下げるという、
    こういう機会を下さった かずとサマには大感謝なのですが、
    いかんせん、肝心な作品の方が…。
    どうも済みませんです、これが目一杯みたいです。(大反省/涙)


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