月下星群 〜孤高の昴

          其の五  星降夜


 夜空を翔かける流れ星に向かって3度願い事を唱えれば、それはきっと叶う。そんな言い伝えをよく聞くが、それと真っ向から反対のものとして、流れ星は誰かがその命を潰ついえた報せだというのもある。

「………。」
 今夜はやけに流れ星が多い。甲板に片膝立てて座ったそのまま、後ろざまに引っ繰り返りはしないかと思うほど、喉を全部さらして、天空を見上げている。そんな彼を見つけて、ゾロはその大きな肩を落とすと小さく吐息をついた。
「ルフィ。」
 またしても夜中にハンモックから姿を消していた船長で。気配の変化に妙に敏感なため、すぐにそれと気づいてしまう剣豪は、放っておいても良いようなものだが、ついつい気になって探しに出向いてしまう。何と言ったって“悪魔の実の呪い”がかかっている男だ。ちょこっと足元がふらついて落ちたというだけで、海に殺されてしまう身なのだ。自分が知らないところで、それもそんな馬鹿な理由から、勝手に命を落とされては堪らない。こちらのかけた声に気づくと、
「なんだ、ゾロか。」
 麦わら帽子もかぶっている、いつもの顔がにっかと笑う。そんな顔を、夜陰を見通せる眸がちゃんと認めて苦笑をし、
「なんだはないだろう。…何してんだ、こんな遅くに。」
 問うと、
「星、見てた。」
「星?」
 言われて見上げれば満天の星が明るい。夜目が利く彼らには眩しいくらいだ。
「昼にナミが言ってたろ? ここ何日か、流れ星が沢山見られるって。」
「…ああ。」
「ホントに沢山降ってんだ。凄いぜ〜。」
「で? 何か願い事でもしたのか?」
 昼間、ナミが話していたのは、良くある“願い事”の言い伝えで、サンジやウソップが冗談めかして他愛のない願いを披露し、ちょっとした笑いを誘っていたのだ。それを引き合いに出したらしいゾロの問いかけに、
「願い事か。」
 再び仰向いていた顔を戻し、ルフィはしばし黙り込む。
“………?”
 ちょっと様子がおかしいなと、ゾロは不審を覚えた。つまらないことを思いついたそのまま言うか、そんなものはないと言い切るか。そのくらいが関の山だろうと思っていたからで、
「なんだ。らしくねぇな。考え込んじまうとはよ。」
 茶化すつもりはなかったが、それでも…あまり深刻ぶりはせずに流そうとしたところが、
「誰も死ななきゃ良いな…ってのは無理かな。」
 ルフィはそんなことを言い出した。
“…ルフィ?”
 妙に殊勝で、そういえば雰囲気もどこかいつもとは違う。腹に力が入っていないような、どこか頼りないような、覇気の足りない彼である。
「どうしたんだ? やけに殊勝じゃねえか。」
「うん…。」
 俯くと、そこはやはり夜陰の中、顔が帽子の陰に呑まれて見えなくなった。何となく重い口を、それでも根気よく待つと、
「だってよ、この先…好きんなった奴を、もしかして楯にしたり見殺しにしたりする場合だって出てくるかも知れねぇ。」
「…お前が、か?」
「ああ。俺が、だ。」
 意外なことを言う。そう思ったということが顔にモロに出たのだろう。ルフィは、だが、顔を上げると、いつもと変わらない笑い方をして、
「まさか、自分からそんなことをしようとは思わねぇさ。」
 そうだよな、と、ゾロも思わず安堵し、納得する。話の順番、例えば…と言ってみたにすぎないのだろう。だが、
「けど、例えばお前はいつだって間に飛び込んで来るじゃないか。刀を持った相手だっていうだけで。世界一の剣豪目指して、俺には手出し出来ない、誇りをかけた勝負だってする。そうなったら見届けるのが俺の役目だって判ってる。けど、それでもしかしてお前が殺されたら?」
 真っ直ぐにこちらを見上げて来る顔が、いつの間にか真顔になっていた。
“ルフィ?”
「信じてねぇわけじゃない。お前は強いし、いつか絶対世界一の剣豪にだってなる。あの鷹の目の野郎を倒してな。それを俺のせいで諦めなきゃならなくなったら、腹を切って詫びるって約束も覚えてる。でも、俺を庇ったせいでお前が死んじまったら、それはお前の方が約束を破ったことにならねぇか? 俺なんかのために世界一になり損ねるんだからな。」
「………。」
 理屈は一応通っているようではあるが、何だかどこかに矛盾があるような。それでなくても…らしくもなく"物の理屈"なんてものを繰り出したものだから、ゾロは少々面食らっている。
「人が死ぬのは嫌いだ。それが好きな奴なら尚更だ。」
 目許を眇めながらも口を挟まぬゾロに構わず、ルフィは言葉を紡ぎ続けた。
「俺は確かに何も出来ない奴だから、助けてもらわなくちゃ海の上では生きてけない。けど、何もしないでふんぞり返ってるような、海軍の大将みたいな海賊王になる気はない。」
 それは判る。変な言い方になるが、頼りにならないのと頼りないのとは違うというのを常々身を持って体現している彼であり、日常茶飯では何かと危なっかしいが、戦闘がらみの駆け引きの場では、これほど頼りになる男もいないだろうと、ゾロやサンジに感じさせるだけの器量を持っている。この先、新しい仲間や…もしかして部下なんてものが出来たとしても、決して他人の勝利や栄誉を我が物にしたり横取りしたりはしなかろうし、そもそも戦闘を他人任せにはしないだろう。
「でも、仲間んなった相手の気持ちは? どう思ってどう動くかはそっちの勝手で、自分の野望がちゃんとあるゾロまでが、庇おうと飛び出してくる。」
「それは…。」
 厳密にいえば"庇おうとして"ではない…と、やっと口を挟みかけたゾロだったが、ルフィの声はそれを拒んだ。
「昔、シャンクスが庇ってくれたような、非力だから見かねて…ってのじゃあないのは判ってる。」
 いつにない淡々とした語調が、妙にこちらの気勢を押し留める。
「海賊王になるために仲間を見つけるって事は、大好きな奴をただ身内に引き入れるって事とは微妙に違う。好きな奴らばっかり危ない目に遭わせることなんだって意識しとかないと、覚悟しないとって、そういうことなんだぞって、今頃気がついたんだ。」
 仲間がいることの素晴らしさを、とっても大切な宝物のように誇りにしているルフィ。それは、その"仲間"の側にいるゾロにも判る。目が合うと、ついつい笑みが零れてしまうほど嬉しいのだろうと判る。これまでだって、宝のためより、名を上げるためより、仲間のために、命を懸けて戦ってきた彼だ。
「俺んこと一番判ってて、大好きな奴ばっかで。だから、いつまでも一緒にいたいし、もっと判ってほしいし、俺本人にも判んねぇことは一緒に考えてほしいし…。」
 どう言えば良いんだろうかと、子供がむずがるように言いつのる。
「ルフィ。」
「大切にしたいんだ、俺だって。大切にされてるのと同じくらいに。けど、それじゃあそいつの覚悟を馬鹿にすることになるんだ。海賊王になるのを付き合ってやるって言った覚悟を。そいで、お前が命懸けた勝負をすることになったら、また黙って見てなきゃいけないんだ。死んじゃ嫌だとも言えない。制
めることも出来ない。俺、どうしたら良い? ゾロもサンジも、ナミもウソップも大好きだのに…。」
 立ててた膝がしらに顔を伏せ、首を横に振って…まるで駄々をこねてでもいるかのように困って見せる。そんな様子が余りに痛々しく思えて、
「ルフィ…。」
 もう良いから、と、傍らに屈んで、袖に包まれていない彼の肩に手をやったゾロは、だが、

  “ん…?”

 何となく全てを察した。触れた肌が妙に熱い。それに、ほのかに芳香がする。それも…自分が結構好きな匂いだ。
“…こいつは。”
 苦笑を浮かべて、吐息を一つ。よくよく見やれば背中の陰に小さなビンがある。飲めない酒を飲んで、酔っ払っていたらしい。大方、カラフルな色でもついていて、ジュースか何かと勘違いしたのだろう。こづいてやろうかと宙で拳を作ったが、結局はやめた。
“………。”
 途中からなんだか怪しくなったものの、口から出まかせのデタラメではなかろう。むしろ、本人さえ意識してはいなかった本心とやらも覗いてた筈だ。
“こいつにも怖いものがあったってことか。”
 素面
しらふの時に聞いたって無駄だ。本人は全然意識してはいなかろう。野望のために、あるいは誇りのために命を懸けるというのがどういうことか、彼なりの覚悟だってちゃんとしている。他人の上にそれを見届けるだけの腹もすわっている。ただ…十七歳なのだ、まだ。あの、ゾロとミホークとの一騎打ちでは、内心で途轍もなく怖い想いをした彼なのだ。彼曰くの“大切にしたい仲間”が、死んでしまうかもしれないと。それこそ本人でさえ判らなかったろう、気づいていなかったろう不安。それがアルコールによって“自我”という箍たがが外れた途端、一気に頭をもたげて来てしまったのだろう。
“………。”
 帽子の下から寝息が聞こえる。ゾロは小さく笑って、未来の海賊王に再びの誓いを立てた。
「俺は二度と負けねぇよ。お前より先に、勝手に死んだりもしねぇ。」


  ―― だから、お前は何も恐れるな。


 瞬いた星がまた一つ、夜空に尾を引いて翔けてゆく。今の誓いを見届けたよという合図のように…。



        〜Fine〜   01.7.8.〜7.10.(11.19.加筆)

  
  *なんか『生成りの月光』とは全く逆なことを言ってますね。
   まあこれもアルコールのせいだということで。
   ちなみに筆者は禁酒してもう10年近くになります。
   とっくに一生分飲んじゃったからねぇ。
  (あ、ものすごくオバさんだって念を押しちゃったかな?)


  *そして、しし座流星群を見逃した悔しさから、
   これを思い出して、急いで修正加筆、UPする私。
   子供みたいでしょ?
こらこら
   日付けからお判りかとも思いますが、
   随分と古い作品なので、ビビ皇女やチョッパーは出て来てません。
   グランドラインにさえまだ入っていないのかもしれません。

  


back.gif