月下星群 
〜孤高の昴

             月の欠片 (かけら) 〜カレイドスコープ
 


 ――男ってのはどうしてああなのかしら。
   つまんないことに大騒ぎするくせに、大事なことは何にも言わない。
   もんの凄い大怪我を黙ってた馬鹿もいるし、
   他人の悪事の濡れ衣を着せられるようなとんでもない誤解を受けても
   “面倒だから”と
   弁解しないで受けて立つ…もとえ、受け流す、信じられない奴もいる。
   下らないことで喧嘩腰になったり右往左往したりするくせに、
   何も言わずに判り合ってたり、信じ合ってたり。そして、

   ………何も言わなくても判ってくれる。大切なことを、大事なところを。



            ◇


 麗らかな陽射し、うらうらと たゆとう心。

「………。」
 どこぞの仏像の半眼よろしく、何か言いたげに目を細めたまま、だが、今のところは黙々とピンセットを動かしているナミである。ピンセットの先には消毒薬を染ませた綿花。船端で擦りむいたという大きな傷口の治療中で、怪我をした本人は“放っておけば治る”と言って聞かなかったのを“拳骨麻酔”で黙らせての治療中。よって、不平やお小言を言っても詮無いからと、黙って作業中…もとえ、治療中、という訳だ。
“…ったく、もうっ。”
 ナミも小さな怪我なら“舐めときゃ治る”と思うクチで、元来はそれほど神経質な方ではない。そんな彼女が当事者を殴り倒してでも治療の必要を感じる怪我をものともしないのだから、
“これだから、男ってのはっ!”
 膝への包帯を巻き終えると、脱げたものを預かっていた麦ワラ帽子を、椅子に座ったまま気持ちよく人事不省になっている持ち主の頭にぽふっと載せてやる。天下太平といった感のある寝顔は、ついさっきまで殺気を孕んだ刃の群れを紙一重で掻いくぐっていた身の興奮を少しも感じさせない穏やかなそれだ。そう…そんな危険なことへワクワクや興奮を感じるのだ、この船の男どもは。薬箱を片付けながら、ふと、肩越しにキッチンの外である背後へと声を放る。
「そっちはぁ〜?」
「ああ、大丈夫だ。怪我人はないぞ。」
 修理用の備材を肩に、扉のそばを通りかかったウソップが応じて、ナミもやっと“やれやれ”と息をつく。

《…俺、弱い者いじめは嫌いなんだ。》

 コトの起こりはルフィのこの一言。たまたま航路がかち合って、荒くれたちが数十人程は乗っていそうな海賊船とすれ違った。
〈何だなんだ? ガキの遊びか?〉
〈海賊ごっこかよ、豪勢だなぁ。〉
 向こうの船上が男たちの下卑た笑いでドッと沸いた。完全に舐めてかかっていて、けれどもまあ、喧嘩腰ではないのが助かるなと、ナミ辺りは思っていた。どう見ても…向こうの方が小物だった。こちらの戦歴を、いやさ、この船が掲げる“麦ワラ帽子をかぶったブラックジャック”を知らないのがいい証拠だ。当然、そんな輩が怖いのではなく、ただただ“面倒は避けたい”という気持ちから、黙ってやり過ごそうと構えていた。
〈相手してやろうか? 坊主たち。〉
 下品極まりない挑発の声が届くほど間近に寄せて来た相手だったが、三刀流の剣豪は昼寝の姿勢を崩さなかったし、休憩中のコック殿も黙って煙草をくゆらせているばかり。ちょこっと気弱な狙撃手は、間のいいことに船底の点検にと船内に入っていて、虚勢半分の妙な意気がりでコトをややこしくする恐れはなかった…筈だったのだが、

〈困ったなぁ。俺、弱い者いじめは嫌いなんだ。〉

 選りにも選って船長が、そんなとんでもない一言を、それも良〜く通る声で言い放ったものだから。しかも、その上、

  〈〈………どあっはははははっ!〉〉

 それにかぶせるように、剣豪とコック氏の二人がほぼ同時にそ〜れは大声で盛大に吹き出してくれたものだから。
〈なんだ〜、こいつら。〉
 場の様相はたちまち険悪なものに塗り変わり、
〈ガキだから情けかけて見逃してやろうと思えば。〉
〈かまうこたねぇ、やっちまえっ!〉
 手に手に蛮刀を構えた賊どもが、意気を揚げてこちらへなだれ込まんとする展開を招いてしまい、
〈おっ! やるか?〉
 見るからにワクワクと身構えるルフィと、自分たちで火を煽っておきながら“やれやれ”という面倒臭そうな風情で船端までお出迎えに出て来た、剣豪ロロノア=ゾロ&戦うコックのサンジという計3人が、海賊ご一同様をひとひねりにかかったという次第。無論、あっさりと鳬(けり)はつき、
〈どーしてあんたはそうやって事態をややこしくすんのよっ!〉
〈いーじゃん、俺たち強いんだし。〉
〈そうじゃなくって、これのどこが“ピース・メイン”なのよっ!〉
〈堅いこと言いっこなし。〉
〈んもう。…あっ、こら。そこ、怪我してない?〉
〈へーき、へーき。〉
〈平気じゃないでしょっ! お待ちったらっ! …くぉらっ!!〉
 ………で、殴り倒したワケやね。



            ◇



 自分以外の面子が全員男だというのが、時折理解不能な状況をナミにもたらす。隠し事が出来ないタイプで、内も外も見たそのまんまなウソップはともかく
こらこら、後の3人は世間が言うほど“単純”でもないらしい。。とにかく勝手気ままで、他人に干渉しない…というより殆ど関心がないという方が正しいような面々だと思っていたが、あれで結構、気配り目配りはしている様子。いや、そういうのではなく、思わぬくらい深いところでの理解を持ち合わせているとでも言うのだろうか。寄ると触ると喧嘩腰の物言いになりがちなゾロとサンジでさえ、相手の信条やらポリシーやらをちゃんと把握し合っている節がある。
特にルフィは底が知れない。ゾロやサンジが一対一で敵と立ち会う時は、なるだけ手出しをしないようにしていた。どんなに不利でも相手が卑怯でもだ。仲間の気持ちを尊重しての“気配り”というよりは、むしろ本人の“気構え”というものに近い。それが所謂“侠気
(おとこぎ)”というものなのだろうか? 人を頼るのではなく、信じた自分をこそ信じるのが本当の“信頼”だ。自分の判断に自信があり、たとえ真実とに“誤差”があっても自分の許容の内で均すことが可能な技量がなければ出来ない“信頼”。同じだけの信頼を背負うことが可能な者にだけ語ることが出来る“信頼”。だというのに、ルフィが得意としているのは、見たまま感じたままから自分の勘とか眼力だとかで判断して決めている“信頼”という気がしてならない。そんな彼からかけられた期待に、これまでは皆して応えてくれたから良いようなものの、
“大体、あたしごときの口車に丸め込まれてる程度の人間の甘さで“信頼”ですって…?”
 危なっかしいこと、この上もない。ナミとしてはそれが心配でしようがない。心配してしまう自分の甘さは、勿論…しめ繩を張った棚に揚げた上で鍵をかけてある。
こらこら



            ◇



 <当たり前だっっ!!>

あの時。
絶望の淵にもんどり打って落ちながら、狂おしい想いで最後の希望にすがったあの時。
彼の唯一の宝物である麦ワラ帽子と一緒に、色んな言葉や覚悟を受け取った。
“お前を泣かすような奴を許せるもんか。必ず何とかするからな。だから…戻って来るまで預かってろ。”
端的に言えばそんなところだが、そんな単純なものでは済まない、深みのある温かさや激しさ、強さを秘めた何かを受け取った。


 ルフィには、具体的に説明されずとも“なんとなく”で人の想いを察してしまえるようなところがある。初対面の人々しかり、仲間たちしかり。ウソップやナミの場合と違い、何にも語らないゾロやサンジの“事情”や“生い立ち”などは今のところは誰も知らないままであり、そして、実はルフィも具体的な何やかやは聞いてないし聞こうという気もないらしく、それはナミが抱えていた事情を“興味ねぇ”と聞かなかったことからも窺える。それぞれにそれぞれなりの事情があって、そこから発している独特な気概への理解や把握を、どこの何から生じた意地や矜持なのか、てんで聞きほじろうとしないくせにさりげなく酌み取って心得ている。全てを語られずとも“なんとなく”でほとんど察してしまえる男だから、日頃の察しの悪さをこういう形で補うとは、何とも妙な格好でバランスが取れている人物である。
 これは、だが、他の面子にも多かれ少なかれ言えること。口が悪かったり斜に構えてたり、それぞれが孤高であり超然としているかに思える面々だが、根本的には人とかかわるのが嫌いではない、ざっかけない面々ばかりであるようだ。何よりも、根本的なところで人を信じようとする。愛情や信頼というものに触れて育った者でなければ持ち合わせることはないのが、そんな“情”だ。
〈ナミ、誕生日だろ? 今日。〉
〈え? あ、ええ。〉
 そういや何かの折に教えたっけ。ゾロは見事なゾロ目の11月11日だとか、ルフィは東洋の国の暦の“子供の日”だとか、ウソップは…嘘をついてもいい日と同じだとか、そんな話をした覚えがある。(サンジの3月2日と、ナミの7月3日は…単に名前から宛てたな、尾田センセー。)
〈楽しみにしてろよ。サンジが…っ、いてっ!〉
〈くぉらっ! 今言っちまったら、お楽しみじゃあなくなるだろが。〉
 フライパンで殴らんと効かない相手というのも困ったもんだ。当の本人よりも、目撃してしまった罪のない人が怖い想いをするのだからして。まあ…この場合、ナミはとうに慣れていたから、ビックリの度合いもほどほどではあったのだが。通りすがったサンジがルフィを小突いて?からナミににっこり微笑んだ。
〈いやホント、楽しみにしてて下さいね。〉
〈ありがと、サンジくん♪〉
 いつも通りのやりとりをして、鼻歌混じりにキッチンへ去ってゆくサンジだったが、
〈誕生日か…。〉
 ナミはどこか浮かない風情でため息を一つついた。それを見とがめたルフィが、
〈ん? どしたんだ?〉
 フライパンでしたたか殴られたとは思えないけろっとした顔で訊く。
〈…うん。〉
 それへと仄かに感慨深げな顔になるナミで、
〈確かにあたしの誕生日は今日だけど、ホントは違うんだもの。〉
 義理の姉になるノジコと一緒に養母に引き取られたその日が誕生日になった。だから、もう少し…少なくとも数カ月は前のいつかが本当の誕生日の筈なのだ。小さい頃はこういう理屈もよく分からなかったから気にはしなかったが、ちょっぴり苦いことまで考えてしまう年頃になった。誕生日や実の親。優しくて立派だった養い親がいたのだと胸を張れる自分だのに、今現在の自分にはさほど関係ないという理屈だって重々判ってもいるのに、時折胸に暗く突き刺さる棘として意識してしまう。そんな彼女へ、
〈けど、祝ってもらってたんだろう?〉
〈え? ええ、勿論よ。村中の人たちがあたしのためにお祝いをしてくれたわ。〉
 まるで男の人みたいにざっかけなくて気の強い養母は、けれど見かけによらずお料理が上手で、誕生日には毎年腕に寄りをかけた料理を、出来る限りの沢山、頑張って作ってくれた。村の人たちも“ああもうそんなに大きくなったかい”と、娘や孫、家族のように喜んでくれたものだ。少しばかり自慢げな顔で応じると、
〈そうか、良かったな。けど、俺たちだって負けちゃあいないぜ。〉
〈あ、ありがとね。〉
 思いっきり全開の笑顔が返って来て、少々たじろぐ。相変わらず調子が狂うが、すぐ後にくすくす笑いが滲んで来てしまうから、本当に不思議な少年である。



            ◇



「じゃあ、お前は何でついて来たんだ?」
「え?」
 今日の騒ぎの発端もそうだが、ルフィのことがよく判らない時があるのよねと話題を振ったところ、ウソップがそんな風に訊き返して来た。本人はまだ人事不省であるらしく、だが、たった今、サンジが昼食の準備にとキッチンへ入ったから、匂いに誘われてすぐにも目を覚ますに違いない。それはさておき、
「まさか、あんまり強いルフィだから“お見それしました”って観念してついて来た訳じゃないんだろ?」
「それは…。」
 言われてみれば、こっちだってルフィの事をあまり知らない。それでも、こんな危険な航海について来たのは何故なのか?
「あたしはあたしの夢を叶えたくて…。」
 自分の目で見た“世界”を地図に起こす。まだ誰も作り上げてはいない、グランドライン込みの世界地図を書き上げること。
「俺だってそうだ。あんないい加減な奴、別に頼っちゃいないがよ、なんか…なんかこう、一緒にいると夢が叶うような気がしたんだ。勿論、あいつに叶えてもらうんじゃなくって、な。」
 打たれ弱いどころか、打つぞ〜という相手のポーズを見る前に逃げ出していたようなウソップが、この航海に加わってからは…これでも彼なりに日々強くなっている。馬鹿にされても傷だらけになっても、敵に喰らいついて奮戦している。そんな二人の会話に、
「…昔、師範代に言われたことがあるぜ。」
 丁度すぐそばの船端に凭れていて、彼らの会話を聞くとはなく拾っていたらしいゾロが、ふと、口を挟んだ。普段は割と寡黙な彼にしては珍しいことで、話題がルフィに関係することだったから、何か思うところが頭をもたげたのかも知れない。
「何を?」
 ナミが促すと、
「将来への願望とか展望とか、希望や野望を“夢”っていうだろ? いつかきっと叶えたい、実現させたいって思ってるもんなのに、寝て見る幻みたいなものと同んなじ呼び方なのはどうしてだか判るかって。」
 言われて…ナミとウソップは顔を見合わせた。そういえばそうだが、これまで考えてみたことがなかった。
「なんでなんだ?」
「夢って言葉にはそもそも“幻”とか“儚いもの”って意味しかないんだ。現実ではないものって意味しかない。叶うとその時点で“夢”は夢でなくなる。現実になる。だから、叶うまでの間の仮の呼称として“現実でないもの”って呼び方をするんだと。」
「…ふ〜ん。」
 それは確かに正しい理屈だわねと納得するナミへ、ゾロは…こっちは持論だろう言葉を続けた。
「確かに“夢”は現実じゃないが、逆に言やぁ、諦めない限り“現実”と地続きなんだ。あいつの“海賊王”みたいにな。」

 誰にも理解されない馬鹿げた夢を、単なる願望や胸の裡に秘めた青写真に終わらせない。
 現実から地続きの、必ず手が届く未来だと信じる力を与えてくれる存在。
 …だから、ついて来た。
 それぞれの高みへ駆け登る、自分を、相手を、認め合うために。

「…ま、ガキの寝言みたいなことだからって考えようもあるがな。」
「おいおい、ゾロ。」
 自分で展開したお説が、今になって小恥ずかしくなったのだろう。そんな風な言いようをして腰を上げ、寝場所を変える彼であり、ちらっと海を見やった横顔に金のピアスがちかりと光った。
“…今頃照れたって遅いって。”
 口許だけで小さく微笑う。そんなナミの耳に、
「くぉらっ! ルフィっ!」
 サンジの怒号が聞こえた。つまみ食いでもやらかしたか、サンジの大声に追われてキッチンから飛び出して来たのは、やっと意識が戻ったらしい、未来の“海賊王”だ。ナミはくすくすと笑い、心の中で呟いた。

“…ホンット、なんで良い男ほど救いようのない大馬鹿ばっかりなのかしらね。”


     〜Fine〜  01.8.12.

       カウンター789番 キリ番リクエスト
                               オカメさま 『ルフィの不思議さ』



  *身内には理屈の使い回しな部分がありありと判るオチというか終盤ですが、
   これが筆者の考え方なんだから一緒になってもそこは仕方がない。
   実は別のお話の中で丁度これをグリグリしていたものだから、
   リクエストいただいたタイミングに、ちょっとビックリ致しました。
   789番ゲッター オカメさま、
   何だか、堅いお話になってしまってゴメンナサイ。
   (もしかしなくても、もっと日常的なお話の方が良かったですかしらね?)
   このような出来ですが、よろしかったらお持ち下さい。


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