色んなことがあったけど、今日もお陽様は陰らない。
そうそう毎日、笑ってばかりじゃいられない。
怒ったことも泣いたこともあったのに、
今日もお陽様は、そりゃあお元気。
そうでいてくれなきゃ困るけど。
そうでいてくれるから"お陽様"なんだけれど。
あんまりにも あっけらかんとしているものだから、
呆れちゃうわねと、ついつい苦笑が洩れてしまうの。
「不思議な子よねぇ。」
読んでいた本のキリがちょうど良かったのか、ずっと無心な顔になって没頭していた自分の世界から戻って来た彼女は、漆黒の髪を揺らしながら顔を上げると、紫がかった瞳をかすかに瞬かせて明るい甲板を撫でるような眼差しにて見回した。今日も天気は良く、風も波もお元気で航海は順調。年若きクルーたちも負けじとお元気で、上甲板では麦ワラ帽子の船長さんとゴーグルを頭に装着した狙撃手さんとが、船端に並んで腰掛けて釣りに勤しんでいる。キッチンキャビンからはお料理の下ごしらえだろう芳しい香りが朝から途切れず、時折 火加減や味付けを訊くトナカイドクターの舌っ足らずな声が聞こえてくる。後甲板の方では剣豪さんが日課のトレーニングに余念がなく、がちゃんがちゃんと鉄の重りが当たる音が小気味いいリズムを刻んでいる。主甲板にデッキチェアを出しての読書に耽っていたロビンの声に、キッチンから冷たい飲み物を運んで来たみかん色の髪の少女が小首を傾げて見せた。不思議な子。そんなのこの船にはいっぱい乗ってる。最年長のロビンからすれば全員が"子供呼ばわり"になろうし、彼女自身もそうなのだから"悪魔の実の能力者"だってことくらい、特に不思議でもなかろうし。とんでもない野望なら全員が持っていて、どんな修羅場にも動じないお馬鹿や冒険好きには事欠かない。よって、
『不思議な子』
というだけで、今更誰か一人を限定するのは難しいという…考えようによっては結構困った船でもある。(苦笑) パラソルのスタンドの支柱にくっついている小さなテーブルへ、両手に1つずつ持って来たスマートなグラスを置いて、どうぞと片方を相手へ押しやれば、謎めいた眼差しのお姉様は"ありがと"と小さく会釈をし、
「何となく思い出しちゃったの。」
ナミの怪訝そうな表情を読み取って、さっきの唐突な一言の後段を続けた。
「仲間のこと、とっても大切にしているのにね。時々、それへと矛盾したことをする船長さんでしょう?」
ああ、成程。ウチで一番の不思議小僧のことですか。レモンと蜂蜜を炭酸で割って、香りづけにリキュールを垂らし、今日はキーウィの輪切りをトッピングしたサワードリンク。フェミニストなシェフ殿が女性の美容のためにと考案してくれたビタミンいっぱいのスカッシュを手に取ると、パステルカラーのストローの先を咥わえたナミさん、くすすと楽しそうに小さく笑って見せた。
「あいつ、馬鹿だからね〜。」
自分の中にあるものにまで統一性がないのよね。すっぱり言い切って肩をすくめる航海士さんへ、その斟酌のなさというお元気さへこそ愛おしむように眸を細めた考古学者さんである。彼女が彼に関わったその最初、あの破天荒な船長さんは、途撤もなく無謀なことへ平然と突っ込んで来ようとしていた。こんな頭数の小さな一団で、既にしっかりと組織立っていた犯罪集団へ挑みかかることがいかに無謀か。ウィスキーピークまで出向いてわざわざ忠告してあげたのにね、何の気後れも見せなかった。そして、その前に横たわっていた艱難をきっちりと乗り越えてから、アラバスタまでやって来て。幾重にも複雑に錯綜させてあった状況を ものともせずににじり寄り、あの難物クロコダイルを素手で叩き伏せたのだ。いやらしいまでに周到で、それだけ誰も信じてはいなかった食えない男に、倒せたところで彼自身には何の利も得もないのに…執拗に食いついては傷つき、死地に転がり込みかかってはそれでも諦めずに追い詰めて。
『死なせたくねェから"仲間"だろうが!!』
たった一人の力では到底無理なことだった筈の希望。たった一人の男の私欲のために潰されようとしていた母国を救いたいと、ただそれだけのために奔走していたビビ王女に、仲間だというだけで加担し、ぼろぼろになってでも敵であるクロコダイルに食いついてそれを倒した。そうまで壮絶に守った約束。それを見て、ああ、この子には"仲間"が宝なのねと理解しかけてた。ところが、他のクルーたちの話を聞くと、どうも単純に把握してはいけない部分があるみたいねと気がついた。殊に、
――― あいつの喧嘩だ、手出しすんじゃねぇ。
他のクルーたちそれぞれの目的は、海賊という立場にそうそうかぶってはいないことだったけれど、唯一、強さを求める方向性がにている剣士さんが、時折そんなことを口にした。手ごたえ歯ごたえのある一団の、頭目との戦いだけは、自分はおろか誰にも手出しさせないで見届けている。逆の場合もあった。剣士さんが売られた喧嘩をきっちりと買い受けた時など、船長さんは楽しそうに笑って見ている。雑魚が邪魔に入ろうとすればそれを阻止する。それを見ていて、あら?と感じたものがあった。
――― この子、独りぼっちが寂しい訳ではないんだわ。
勿論、仲間といれば楽しいから、だから人懐っこいのではあろうけれど。決して仲間に依存はしていない。徒党の頭数に頼りたい訳ではない。自分に対してでもそうだし相手へも。それがそいつの役割なら、そいつの夢に関わることなら、黙ってやりたいようにさせている。ここ一番ではむしろ馴れ合わない、そんなところがある。
"あの剣士さんと黙ってても通じ合うのはそのせいなのかしら。"
言葉が足りない同士だってところは似ているかもね。ナミが意を得たりと笑って身を乗り出して来た。
何にも聞かないくせに、何もかも判っているような。
何にも知らないくせに、何もかも任せてしまえるような。
相変わらずに不思議な子。
人の言うこと聞かない馬鹿なのにね。
ほら、あの時だって そう。
いくら運が良いらしい あたしたちだって限度ってものがある。
空中高く大気圏すれすれじゃないかってほどの高みから
真っ逆さまに落ちたら…無事に済む筈がないじゃない。
命あっての物種でしょうが、早く逃げなきゃって連れ戻しに行ったのにね。
あいつ、何でムキになってたと思う?
無慈悲で残酷なエネルに腹を立ててたのもあるけれど、
それはどうやらルフィには"二番目"だったらしくって。
嘘つきじゃないって知らせたいからだって。
モンブランさんのご先祖様、ノーランドっていう人は、
嘘なんかついてなかったよ、黄金の鐘は此処にあるよって。
それを知らせたいから、だから鐘をエネルに奪われる訳にはいかないって。
物凄く遠いとこ、物凄く始まりのとこ。
あたしなんか思い出すのに一瞬かかって、それから息を引いちゃったわよ。
そんな遥か彼方のお話をいきなり突きつけられて、
でも…それどころじゃないって言えやしなかった。
アハ、あたしも馬鹿なのかしらねぇ。
どんな馬鹿げたことだって、懸命になってて諦めないのなら立派な野望。誰が笑っても罵っても挫けないのなら、その見上げた性根を買ってやるぜと信じてくれる。一緒にデカいことやろうぜと、どっちの成就が先だろなと、笑って言って見届けてくれる。何が一番大切なのか。実は一番判ってる。それを押し通せるところが、あいつの強さの根本じゃないのかな。本人は特にカッコつけてる訳でもなければいい子ぶってる訳でもない。何たって"海賊"なんだし、もっと細かいところを言えば…人のものでも勝手に持って来ちゃったり飲み食いしたりすることがある辺り、泥棒行為を何とも思ってなかったりする訳だしね。行儀だって悪いし、何より頭だって悪いし。でも、不思議よね。そんなあいつに言い返せない自分がいるの。口では"馬鹿だわね"って言えはしても、そんなあの子を"馬鹿だ"って嘲笑する奴がいたら、あいつが放っておけって言ったって、あたし口惜しくなって放っておけないと思う。
――― そういう性格ってキャプテンに向いているのかしらね?
苦笑したナミへ、ロビンは少しほど眉を上げて見せ"さあどうかしら"と曖昧に笑ったが、
でも、彼がいないと始まらない。
彼がいなけりゃ、この船の面子の偏り具合は、
きっときちんと嵌まらず、機能しない。
我儘で難解なパズルと下手くそなパズラー。
こんな組み合わせなのにね。
何故だか、だから上手くいく。
「お〜〜〜い、ナミ、ロビン。ゾロ知らねぇか?」
そのパズラーさんから突然の大きな声が放られて。何よ、大声でいきなりっと航海士さんがやっぱり大声で返せば、
「デカいの釣り上げたんだよ。でもサンジは今、手が放せないんだと。」
だから、ゾロにサシミにしてもらおうかなって。そんな無体を言い出して、
「俺の刀は包丁なんかじゃねぇっ!」
「何だと、包丁を愚弄するんか、貴様っ!」
いくら何でも素人のゾロに切り身にさせて堪るかと思ったのだろう。チョッパーに鍋を任せてキッチンから出て来たサンジが、後方からの剣士さん本人のお声にまで反応し、あらら、これは一触即発な事態かも?
――― ホント、仲が良いやら悪いやら。
思わず顔を見合わせて、女性陣がくすすと笑った。我儘なパズル。執り成す気持ちなんてさらさらなかろう、不器用で下手くそなパズラー。なのに上手く行ってるんだから不思議な一団で。今日も今日とて、順風満帆な航海は続いているようである。
〜Fine〜 04.4.26.〜5.12.
*別館に掛かりっきりになってて放り出してました、すいません。
しかも、その間に本誌では"ロビンちゃん、ピィ〜ンチ"だそうで。
ホンマに間の悪いお話のUPとなってしまいました。(とほほ。)
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