月下星群 〜孤高の昴

    其の十二“奴らのセオリー”
 

 

          




 はい、こんにちは。元気してる? いつものサンジくんじゃなくてビックリ? 良いじゃない、たまには あたしの話相手にもなってよね。え? 連中はどうしてるんだって? お陰様で相変わらずよ。頼りになるやら ならないやら。付き合いの長いあなたなら知ってるでしょ? 奴らには"ここ一番"という時に目を覚ます"真剣モード"っていうのがあってね。所謂"修羅場"っていうのかな、こいつは手ごたえ歯ごたえがあるぞって輩が相手の時だけ、いつもは てんで頼りにならないお馬鹿たちが、どうしてだか世界一頼もしく見える。こんな顔も出来るんだ…って、身内のこっちまでがその落差に驚いちゃうほど、男臭い余裕の笑みを頬に滲ませて。尋常じゃないレベルの拳骨だの太刀筋だの、蹴撃技だのを披露して、相手を完膚なきまでに叩きのめしてしまう。そういえば、こいつら賞金首だったんだわって、あらためて思い出す………のはそんな時だけってのは、如何なものかしらね。
 だってサ、日頃のお暢気モードがどういうスイッチでそんな顔になるのか、どういうレベルが基準なのかは良く判らないんですもの。クロコダイルだのエネルだのっていう、冗談抜きに"なんで関わっちゃたのよう////////"っていうような大物が相手の、全員がかりで打って出るよな大騒動は、まま、例外として。そこそこ結構手ごわい相手に、だからこその本気の顔が目を覚ました結果として、そんな余裕の態度を見せて あっさりあしらうかと思ったら。…姑息な小者に油断しまくって、馬鹿みたいに解りやすいフェイクに、嘘みたいにあっさり引っ掛かってる時もあるし。(嘆息=3) だから、喧嘩の結果がそうそういつもいつも、こっちの勝ちばかりとは限らないのよね。………え? なによ、ルフィ。俺たちは一度として負けたことなんかないぞですって? 失敬だ、ですって? じゃあ何? こないだ襲撃かけて来た相手の頭目が、いきなり"心臓発作の芝居"をしたのにまんまと騙されて、医者だ薬だっておたおた駆け回ってる隙に船倉のお宝をごっそり持ってかれかけたのは、どう説明してくれるのかしら? ロビンが気づいて"ハナハナ"で奪還してくれてなきゃ、今頃あたしたち干乾しになってたのよ? こら、聞いてんのっ?





            ◇



 という訳で、相変わらずの航海を続けている彼らであるらしく、このグランドラインという魔の航路で、こんな頭数の、しかも航海経験もかなりがところ足りないに違いない若造たちがよくもまあ生き延びてるこったと。向こう見ずにも程があると呆れられたり、付け込まれたりはいつもの話。天候や海流といった自然現象や海王類との遭遇だけならいざ知らず、海賊や海軍に急襲を受けるのも日常茶飯事みたいなもので。なんで"ごきげんよう"って通してくれないのかしらね、たまにはそんな気の利いた奴がいたって良いじゃない、少なくともこっちから喧嘩売ったためしって少ないはずよと。結構豪気かも知れないことを、ナミがぶうたれ半分に言ってみたところ、
「過激なご挨拶がしたくなるのは、生きてることを確かめたいからなのかもね。」
 ロビンが楽しそうにクスクスと笑いながら、そんな風に応じてくれた。もっとも、
「そっか。きっと退屈だろうからなぁ。」
 まるで陸で見る遠い山々の稜線のような、水平線近くに連なる雲の群れ以外には、誰も滅多に通りかからないだろう。何せグランドラインだから、あんまり船も通りがからないんだろうしよ。そんな風にお気楽な一言を付け足した船長さんは、ふるふると拳を震わせていた航海士さんにあっさり殴り倒されていたが。
(笑)

  「退屈しのぎに蛮刀振りかざして突入されて、喜んでんじゃないわよっ!」

 相手だってこんなところで"生き延びている"輩なのだから、半端な手合いじゃない筈で。だから油断はするなって言ってあるのに、戦闘の途中で苦手な海に はまること数え切れずなルフィだし、稀に美人が混ざってると鼻の下延ばしてしまって"戦力外"へ変身しちゃうサンジだったりもするから、自称"非戦闘員"としては まったくもって気が気じゃない。そういうトンマなことをやらかすかと思えば、相対しただけで生きた心地がしなかったような残忍で手ごわい相手を、自信に満ちた笑顔のまんま、それはあっさりと平らげたりもする。今やって見せたように自分の非力な
(んん?)拳さえ避けられないよなルフィが、それは不敵ににんまりと笑って見せて、たった一撃で頭目の大男を空の彼方に吹っ飛ばすのがあんまり癪だから、
「どうして普段からそうでいないのかしらね。」
 無事だったのに勝ったのに、無性に腹立たしくなる時もあるナミさんであるらしく。憤懣やる方ないとばかり、鼻息荒く怒りつつ、キャビンの方へと入っていった細い背中を見送って、

  「普段からあんなテンションでいられては、それこそ大変でしょうに。」

 桁外れな真摯さや殺伐とも縁
ゆかりが深いから、ああまでのお暢気さでやっと均衡が保てているのにねと、ロビンが眸を細めて くすりと小さく微笑った。






            ◇



 空と海と潮風と。ただそれだけが視野いっぱい感覚いっぱいを埋め尽くしてるだけな、他には何にもない大海原は、さっきのルフィの言いようじゃないけれど、あんまり続くと退屈で。だからと言ってこういう暇つぶしが好きなのは、ウチでも戦闘班の連中だけなんだのにね。
「ひぃえぇぇえぇっっっ!」
 甲板の板張りをドカドカばたばた、下手くそな太鼓の乱打みたくデタラメに蹴立てて駆け回る足音が入り乱れ、
「死ねやっ!」
「うらぁっ!」
 縁起でもない雄叫びと、陽を受けてギラリと不気味に光る蛮刀の群れ。豪腕の持ち主なくせして、それはそれは気の小さいトナカイ船医と、ホントにホントに切羽詰まらないと勇気を振り絞ってはくれない…そういう意味では"真打ち"な狙撃手が、尻に帆掛けてという勢いにて慌てて飛び込んで来たのが、女性陣が午後のお茶にと寛いでいた、キッチンダイニング 兼 操舵室 兼 作戦立案室であり。がっちゃんと錠が下ろされて"非戦闘員"の避難は完了。そんなお船の小さな甲板のあちこちを隈無く探し回りつつ、無作法にも意気揚々と乗り込んで来た下賎な輩どもの前に敢然と立ちはだかって、

  「ったく、行儀の悪い奴らだねぇ。」

 自分のお城でもあるキッチンキャビン前のデッキ。長く伸ばした金の髪の陰、伏し目がちになって薄い肉付きの口唇へと咥えた紙巻き煙草に火を点けて。余裕の一服をつけてから、
「予約もなしの飛び込み客には、大した料理は出せねぇぜ。」
 日頃は伸びやかな声を低く転がして、にやりと笑うクールな美丈夫が一人。殺到した荒くれ共の只中にシュッと立つ真っ黒なスーツ姿が、真昼の陽光へと逆らう影みたいになかなかの印象を見せているスタイリッシュな青年であり。何だこいつ、こんな修羅場で何を寝言なんか言ってやがる、口だけ達者な阿呆か? 怪訝そうな顔になった下衆どもが、それでも多勢に勢いを得てか気を取り直し、
「カッコつけてんじゃねぇよ、このキザ野郎がっ。」
 数に任せて飛び掛かった次の瞬間、

  「ぐがっ!」「げふっ。」「ぎゃあっっ!」

 あっさりと。下の主甲板や船端の向こうの海へ、大きな図体の野郎なくせして…そ〜れは軽々と吹っ飛ばされているのが十数人ほど。
「…え?」
 一体何が起こったのやら、後に残るは…キザ野郎との罵声を吹っかけられた青年のみで。白い指先には、フィルターを噛み潰してもいない紙巻きが依然として挟まれており。さらりとした金の髪の一条だって乱さぬまま、涼しげな顔で煙草をくゆらせている彼が、手も使わずにどうやって仲間たちを叩きのめしたのか。奇跡の真相に気づいた頃には、
「あぎゃあっ!」
 自分もまた海へと蹴落とされているのがオチだったりする恐ろしさ。一方では、

  「かったるいな、ったくよ。」

 こういうの何て言うんだっけ、ダブルヘッダーだったかな。日に二度目の襲撃を鬱陶しそうに ぼやきつつ、
「昼寝くらいゆっくりさせてほしいもんだぜ。」
 短く刈られた淡緑色の髪を大きな手でがしがしと掻き回すと、大きな欠伸を空へと放ってから。ようよう戦闘態勢に入る、何とも暢気そうな青年がいる。上背のある偉丈夫なのでバランス的に相殺されてか、幅のある肩や雄々しい胸板の屈強さがあまり目立たない。鋼を呑んだかのように強かそうな背条が広い背中を引き締めており、無造作に降ろされた両の腕の、だが二の腕の太さはどうだろう。刀を提げるサッシュ代わりの腹巻きから、そこへと装備した3本刀の内、しゃりんと引き抜いたは…まず2本。
「へっ、どうしたよ。」
「そんなに和刀ばっかコレクションしてて、重くはねぇのか?」
 彼が"2本しか"手にしてはいないことへは何とも思わなかったらしい辺り、もしかして"誰"を相手にしているのかが判ってはいないのかも知れず、嘲笑うような罵声を上げた連中だったが、

  「………っ。」「ひえっ?」「お…っ。」

 その罵声が消え切らないうち、突然、すぐ至近で沸き立って通り過ぎた鋭い疾風に撒かれ、風圧にどんと胸板を押されて背後へ一斉にたたらを踏む。しかも、
「な…っ!」
 腕が手が、勝手に力を失い、握っていた筈の刀剣をガタガタと足元へと取り落としているではないか。自分の身に何が起こったのか、気がつく間も与えない一瞬の剣撃。手の甲に、上腕の半ばに、いつの間にやら深手を負わされていて、
「とっとと帰ぇんな。急いで手当てすりゃあ、何とか間に合う。」
 そのまま利き手を変えることんなっても良いんなら好きにしな、と。大きな片手1つで2本の刀の柄をまとめ持ち、しゃりんと腰に残した鞘へと収めている彼に、
「こ、こいつっ。海賊狩りのロロノア=ゾロだっ!」
 誰ぞがやっと思い出し、
「なにぃっ?!」
 まだ無事な手合いたちが"恐れ"という反射からザッと一歩ずつ身を引いたせいで、彼を取り巻く輪が一回りほど大きく広がった。豪にして鋭。烈にして静。切れ上がった双眸に、良く見れば繊細な作りの鼻梁がついと通った、挑発の香を孕んだ鋭角的な容貌が。妖しいまでの切れ味で尖り、なのに…何が悦にいってだろうか、不敵に笑う口許には、悠然とした余裕の力みが何とも太々しい。

  「…じゃあ。じゃあ、こいつらはっ!」

 頭上にはためく"海賊旗
ジョリィ・ロジャー"には、赤い帯つきの麦ワラ帽子をかぶったドクロが笑っていて…。

  「麦ワラっ!」「ルフィ海賊団かっ?!」

 やっとのこと、相手の正体と器に気づいて焦り始めた辺り、ある意味で…この連中もまた、立派に暢気な輩たちなのかも知れない。そんな反応へ"おやおや"と頬に苦笑を浮かべて、

  「へぇ〜。俺たち、まだ此処いらへは"お初"なのにな。」
  「伝電虫FAXや新聞を馬鹿にしちゃあなんねぇって、
   我が麗しのナミすわんがいつもいつも仰有ってるだろうがよ。」

 ちゃんと聞いてろクソマリモ、何だとこのグル眉毛。結構本気モードの悪態をつき合っての仲間割れをしながらも、相手に掴みかかりに行くでなし。それぞれの持ち場から離れて合流する気配はなさそうで。余裕なのか、それとも油断なのか、依然として"一対多"という対峙の構えを続ける彼らであるらしく。………ということは、

  "…もしかして。""俺たちで…。""やっちまえるかも?"

 こらこら、キミたち。何か良からぬことを企んでないかね。せっかく無事だったのに、命は大切にしなくちゃだよう。
おいおい まま、判らんでもないことか。何しろ相手の攻め手はたったの二人。しかも、いくら腕が立つと言ってもこんな若造だ。もしかしてこれまでは単に運が良かった奴らなのかも。こっちは何たって十人以上ずつで取り巻いてんだぜ? 楽勝だぜ…と。見交わし合った下賎な悪党面たちがにんまりとほくそ笑み合い、手に手に得物(武器)を握り直して、一斉に掴み掛からんとしたものの。


   「ぎぃやあぁぁあぁ………っ!!」×@


  ………………………………………合掌。
(ち〜ん。)
















          




 さてさて、相変わらずの余裕で雑魚たちを片手間で捌いているお兄さんたちと、もう一人。この船の戦闘担当、三大人外魔境の一人にして船長でもあるルフィさんは、一体どこで何をしているのかといえば。

  「もぉ〜〜〜、いい加減に帰れよな。」

 俺ら、甲板の大掃除が終わったとこだったんだぞ? なのに、あ〜あ、また汚しやがってよ。ナミがまた怒んだろうが、怖いんだぞ? ウチの航海士はよ…と。こちらも何だか余裕のお言葉をぶつぶつとぶうたれている黒い髪の少年が、何の武器も持たないままに、素早い身ごなしで敵からの攻撃を右へ左へと躱している。ひょろりと細っこい身体つきに、袖のないシャツに膝丈のズボンだけという極めつけの軽装。どこから見ても立派な"雑用係"で、これがほんの数カ月で懸賞金1億ベリーにまで駆け上がった恐ろしい海賊には到底見えない。その手配書も問題で、ご陽気な少年のお日様みたいな屈託のない笑顔がドバンとアップになっている代物で、あれでは"迷子です、探しています"の告知だぜとは、その筋の評論家の一致した下馬評だとか。お陰様で相当になめられてもいるらしく、今日のようにこちらの旗印の意味を中途半端にしか知らない連中には、まるでラッキーカードのような扱いを受け、我も我もと雑魚が寄って来る。この状況が海軍の思惑通りなのだとしたらば…ちょっと憎そいかも知れない。それはともかく。それが得意とする武器なのか、コシの強い革製の鞭を風を切り裂きつつ振り回し、逃げ回る相手を追い回しているおじさんが相手陣営の首領であり、
「うるせぇよっ!」
 そっちこそ観念して降参しな、痛い目は見たくなかろう、と。羊頭の舳先がある上甲板にての、丁々発止という軽快な鬼ごっこが延々と続いている模様。

  「だぁ〜〜〜っ! 猿か、お前はよっ!」
  「なんだよ、失敬なおっさんだな。俺が猿なら、おっさんは樽だな。」
  「なんだとっ!」
  「コロコロしてて、縦も横も一緒じゃんかよ。」
  「う、ううう、うるさいわっ!/////
  「おお、怒ったぞ。真っ赤になるとダルマだな。」
  「〜〜〜っ! お前が"麦ワラのルフィ"だってこたぁ、もう割れてんだぞ!」
  「別に隠してねぇけどな。」
  「悪魔の実、ゴムゴムの能力者なんだろうが。海に呪われてるんだってな。」
  「ああ、そうだぞ。」
  「………………。」

 もしかしたら。何でそれを知っているんだっ、極秘にして来た弱点なのにぃ〜〜〜、くらいの反応をしてほしかった おじさんであったらしく。なのに、あまりにけろりとした、感慨なさげな返事が返ってくるものだから、

  「この野郎っっ!」

 持ち札が切り札ではなかったことが、却ってお怒りに火を点けたらしい。これを専門用語で"逆ギレ"という。
こらこら 樽おじさんの頭上で大きく振られた鞭が、舞いの振り付けも かくやというほどの優美な弓なりに撓しなって輪を描き、ひゅいっと。一瞬、その姿が見えなくなったほどの加速を帯びて空に溶け、

  「…わっ!」

 鋭く迫って来た疾風の気配に気づいて、咄嗟に躱そうとしたルフィの頬を、
「あ…っ。」
 わずかに掠めた感触が。さすがの反射が働いたお陰様で、一瞬の接触は本当にかすかなものだったのだが、ちりりと熱くて…しかも、

  「あれ?」

 くらり…と。船が大きく傾いたような気が。おととと…と、バランスを崩して横手へ倒れ込みそうになり、辿り着いた船端の柵にがっしと掴まる。
「何だ? 何だ?」
 急に波が高くなったのかな? あれれ、でも樽のおっさんは、じりとも動いてないみたい。体型からしてそんなにバランス感覚がいいとも思えないんだけどなぁ………。





            ◇



 ふと。キッチンキャビンの中で、トナカイドクターがひくりと鼻先を中空に突き立てた。まるで不意に聞こえて来た音へと耳をそばだてるかのような仕草にも似ていて。凛と冴えた表情は、こんなところに引き籠もっていても、立派に今戦っている彼らの一員であるぞと言わんばかりの真摯さに満ちている。
「どどど、どした、チョッパー。」
「匂いがするんだ。狩りウオの毒だ。」
「かりうど?」
「ち〜が〜う〜。」
 とたたんと板張りの床へ地団駄を踏んだ彼をひょいと抱きかかえ、
「狩りウオ、確かアンコウみたいな魚よね?」
 そうと付け足したのは漆黒の髪をした考古学者さんで、
「横に平たい体をした魚で、あまり深くはない砂浜の沖に住んでて。唇から触手をゆらゆらと出して餌みたいに見せている。」
 さすがは知恵者で、彼女もご存知であったらしい。というのが、
「有名な魚なの?」
 怪訝そうなお顔になった航海士嬢に頷いて見せ、
「触手から鋭い針が飛び出して、近寄って来た獲物に突き刺さる。そこからは毒が出て来てね。即効性の毒で、あっと言う間に体が動かなくなるの。」
 どうやら、そこをパクリと食べるという習性になっているらしく、
「水溶性の毒は簡単に抽出出来て、しかも代謝が早いから。昔は暗殺の道具によく使われたそうよ。身動き出来ないようにと使っても、体からすぐに消えるから証拠が残らないでしょう? だから、自殺や事故に見せるような暗殺によく使われたの。」
 ………暗殺用ですか。成程、お詳しい筈ですねぇ。
「ちょっと待って。そんな物騒なものの匂いがしたの?」
「うん。」
 コクコクと真剣に頷くチョッパーに、ナミがドキリと立ち上がる。確かに頼れる戦闘班各位だけれど、そんなものを使って一瞬でも動きを止められたら? ウチの所帯のような"少数精鋭"の欠陥は、一人倒れたらごっそりと防壁がえぐれてしまうということ。…いや、倒れた人はどうでもいいとか、そんな薄情なことは思ってないナミさんでしょうけれど、


  「冗談じゃないわよっ。
   とっとと片付けてもらわないと、
   船の傷み方だって半端じゃ済まないじゃないのっ!」

   ………結構シビアな人なのね。





            ◇



 ナミさんが船の破損の次にその身を案じた男衆たちは、ご安心を、もうほとんどの相手を叩き伏せ終えており。主甲板とデッキ担当だったゾロとサンジが、昏倒している輩たちを片っ端からぽぽいぽいと、乗って来た船になるだけ近い海へ放り捨ててのお片付けに手をつけ始めていたほど。
「そういやルフィはどうしたよ。」
 面倒臭いな自分で帰れやと、鬱陶しげに足蹴りで対処していたサンジが訊いた相手は、
「さてな。」
 こちらさんも面倒臭そうに、服の後ろ首を鷲掴みにしては…古着の整理でもしているかのような強力
ごうりきぶりで、のびた海賊たちをぽいぽいと廃棄中。あまり関心を示さぬ態度を見せているゾロへ、サンジが"おんやぁ?"と意外そうに目を見張る。
「喧嘩でもしたんか?」
「何でだよ。」
「だってよ。」
 食事の支度も仕事になってるサンジと違い、彼ら二人は純粋なる"戦闘要員"であり、暇な時というのがかぶってる者同士、しょっちゅう一緒にいる。それがなくたって…付き合いが長くて相性も良いのか、殊更に仲のいい彼らだし、
「上、いやに静かじゃねぇか。気にならんのか?」
 重ねて問えば、

  「………。」

 無愛想な顔がますます"むう"と不貞腐れたような表情になった。

  "…あ、そうか。"

 そうだそうだと、サンジも遅ればせながら思い出したのが、
『今、俺んこと庇っただろ。ゾロっ。』
 ルフィ船長、何かにつけて暢気で大雑把な人なのに。それからそれから、日頃は随分と甘えん坊なところだってあるっていうのに。事、この件に関してだけは絶対に譲らない頑固者。戦闘時においては、微妙な不文律が存在する二人であるらしく、殊に…船長へと向かう刃や拳という"敵意"を横奪りしようものならば、必ずと言っていいほどに毎回同じフレーズが剣豪目がけて飛んでゆく。彼曰く、
『ゾロんことは俺を庇うためにって仲間にしたんじゃねぇっ!』
 庇われるのがムッとするらしく、そんなお叱りの言葉が必ず飛び出しているのを結構頻繁に聞いており、

  「別に良いじゃんよな。ついつい手が出ちまうもんはよ。」

 オールブルーが目標である自分を含めた他のクルーたちと違い、戦って世界一の戦士の座にのし上がることこそがその最終目標になっている彼ら二人ではあるけれど、数で押して来る雑魚が相手の場合は、別に誰がどう片付けても良いのではないかと思う。この男にしても、自分たちが目指す"高み"の色合いはよくよく心得ていて、
『あいつのケンカだ、手を出すな。』
 相手の価値なりレベルなりをそれなりに認め合った上での、覚悟を決めた男と男の勝負であるなら、他のクルーの加勢さえ引き留めてきっちり見守っている。だが、

  「…あいつの言いようはちょっとばかり違うんだよ。」

 ゾロはぼそりと呟くと、ああ?と首を傾げたサンジに背を向けた。見やった先は上甲板で、あちこちにてうんうんと唸っている半死半生状態の海賊どもの呻き声のおかげでそちらの状況はよく聞こえないのだが、時折見上げる分には…ひょいひょいと余裕なんだか遊んでもらっているのか、我らが船長、軽快に逃げ回っていた模様。
"…ったくよ。"
 ルフィの言いようは、サンジが思い起こしたように"自分を庇うな"ではあるのだが、それは"自分を見くびるな"というのだけが理由ではなく。
『ゾロは自分の野望のためにだけ戦えば良い。剣を交えても身にならない、つまらない雑魚まできっちり全部平らげることはないんだ。そういうのは俺らに任せとけばいい。』
 何だか順番が訝
おかしくねぇか、そりゃあと言い返すと、
『良いんだ。』
 ど〜んという効果音を背負って胸を張ったルフィであり、
『俺は一番間近の特等席で、ゾロの凄げぇ戦いぶりが見たい。だから、詰まんねぇ雑魚を相手に詰まんねぇ怪我とかしちまって、その本番で苦戦とかしちまったらサ、俺まで詰まんねぇんだよ。』
 相変わらずの身勝手なんだか、それとも…彼なりに庇って下さっての言なのか。そうまで言われては、そうそう出しゃばる訳にも行かない。
"…まあ、この件に関してはそうそう言うことばっか聞いてなくても良いんだが。"
 こっちだって想いは同じだ。自分たちの"頭目"である船長さんだというのに、詰まらん相手にやられられては、同じ船に乗ってる"戦闘班"としての立つ瀬がない。よほどの強い相手でない限りこっちに任せてくれてりゃあ良いのによと、日頃から思っている"それ"が、いざ乱闘だ戦闘だという場になると…口より先に手での実践として出てしまうため、説教を喰らってしまうゾロであり。
"今日の相手は本当に大した奴らじゃなさそうだし。"
 珍しくもちゃんと、体が動いてる最中に思い出せたものだから、今日のところは手を出さずにいようと思った彼なのだが、

  「ゾロっ! サンジっ!」

 キッチンキャビンのドアがいきなり開いて、血相変えたチョッパーが飛び出して来て、そんなお呑気なことは言ってられなくなってしまった。





            ◇



「はや〜?」
 船は揺れてなんかいないと気がついたのは、相手がにやにやと勝ち誇ったように笑って手元の鞭を振り、びちんと甲板に叩きつけたから。
「やっと当たったな。」
 手古摺らせやがってまったくよと、ルフィ自慢のすばしっこさを止められた事がそのまま自分の勝利であるかのように、一気に落ち着いてしまった樽おじさんであり、
「さあ、観念しな。大人しくしてりゃあ命までは取らない。生きたまんまで海軍へ引き渡してやるからよ。」
「あ、海賊のクセに仲間を売るんかよ。」
「誰が仲間かっ!」
 まったくだ。相変わらず、とんちんかんな言いようをする船長さんへと、再びの鞭の一閃が振り下ろされようとしたのだが、


  「それも言うなら、海賊のくせに海軍の犬に成り下がるのか、だよな?」


 響きの良いお声が割り込んで、竜巻にも似たつむじ風が唸りを上げて乱入して来たかのような、ひゅうんっという風鳴りの鋭い音がした。銀色の稲妻もたいそう間近に閃いたような気がした次の瞬間には、
「…っ、ひっ!」
 樽おやじの自慢の鞭が…持ち手を残して一寸刻みの細切れ状態になっており、ぼたぼたぼたっとナマコみたいに足元へ散らばって。
「物騒な毒を使ってるそうじゃねぇか、おっさんよ。」
 立っていられず、柵にすがるようになっている船長さんの前に、一枚岩の頑強な壁のように立ちはだかり、その一瞥だけで十分に人が殺せそうなほど鋭く尖らせた眼光と、鬼神のような恐持てたっぷりな形相になった剣豪が。確かまだ十代の青年である筈が…そのまま空から牙や角を生やした呪われた眷属を招いてしまえそうなほどの、正しく悪鬼のような迫力にて。ぎりりと口許を歪めてこちらを冷然と睨み据えており、
「卑怯上等なのが海賊なら、俺らが船長に加勢したって文句はねぇよな?」
 ああん?と凄まれ、しかも…ぬめるような輝きを放つ切っ先をすぐ鼻先へと差し向けられた、禍々しいまでの不吉な存在感に満ちた凶器である和刀の、じゃきっという鍔鳴りの音を間近に聞かされて、

  「ひぃええぇっっ!」

 腰を抜かしたようになって後ろ手を突いた"逆腹ばい"になり、あたふたと船端へにじり寄って自分でお帰りになった樽おじさんであったのは言うまでもない。
"命だけは見逃してもらえてよかったこと。"
 念のためにと"サーチ・アイ"を柵の隅に咲かせて様子を伺っていたロビンが、キッチンキャビンにて ほうと胸を撫で下ろし、小さな船医さんに一応の解毒剤を調合しておいた方が良いと告げている頃、


  「よお。」


 その手に1本だけを抜いて構えていた"和道一文字"を鞘へと収め直して、背後を振り返った剣豪が、我らが船長さんの傍らに寄って屈み込む。
「大丈夫か?」
「うう、へーきら。」
 平気だと言いたいらしいが、舌まで痺れているらしく、
「………。」
「そんな顔したって無駄だかんな。」
 むむうと膨れかかっているところからして、またまた"勝手に庇いやがって"と怒っているらしきルフィだと判ったゾロも、今回ばかりは怯みはしない。
「痺れ毒にやられてたのは事実なんだ。あんな雑魚に取っ捕まるような、情けない船長の船の一員だったなんてな恥はかきたくねぇからな。」
 悔しかったらどんな雑魚が相手でも油断すんなと、まだじわ〜〜〜りと痺れているらしき腕やら肘やら足の爪先やら、つんつんと突々いてやる意地悪な剣豪さんだったりするのである。






            ◇



 あたしは直にはあんまり見たことがないんだけれど、サンジくんが言うには…ルフィがあの台詞でごね出すと、何回かに一回かはゾロの方もお馴染みの言いようで応酬してるらしくって。

  『庇われたくなきゃあ、腕を上げな。』

 まあね、それが一番の正解よね。ああもう危なっかしいって思わせる方が悪い。それで共倒れになったならそれは間違いなく船長の責任。あんなに説得して航海へって連れて来た以上は、冒険を完遂してもらわなきゃね。だからして、その体や命だって自分一人のもんだなんて思ってもらっちゃあ困るってもんだわよ。
『気の強い“彼氏”を持つと苦労するってトコですかね。』
 まったくだわ。
(笑) ………でも、一体どうやって見極めているのかしら。だから、庇う戦いと見守る戦いとの違いよ。だって、詰まんない相手でも、追い詰められてたり時間が掛かってたりしたら手を出してるくせに。ううん、そんな風になる前に、有無をも言わせずって独断で、自分一人で全部を浚ってしまうことだってある。そんな強引なことをやりもするくせに、これはもしかするとやばいかもって言うような、気心のくっきりと立ったような強い奴が相手の時ほど、手放しで見守ってるんですものね。順番が逆じゃないのかしらね、普通は。あ〜あ、野蛮な喧嘩が好きな男どもの考えることなんて、あたしにはさっぱりと判らない。判るようになったら終しまいなのかも知れないから、判りたいとも思わない。ただ一つだけ判っているのは、こうまでお馬鹿な連中だから、あたしくらいしっかりした舵取りがいなくちゃ、きっと にっちもさっちもいかないんだろうなってことかしらね。ああもうっ、また何かごちゃごちゃ揉めてる。仲裁がてら甲板のお掃除に行かなくちゃだわ。じゃあ、またいつか機会があったらお話ししましょうよね?





  〜Fine〜  04.5.1.〜5.2.

  *カウンター 133,000hit リクエスト
    ユイ様 『戦闘中にルフィを庇うゾロ』


  *この人たちの戦闘シーンは久々じゃなかったでしょうか。
   のほほんとしたお話が続いてましたからねぇ。
   喝が入ったような気がしております。
   ユイ様、こんなお話でいかがでしょうか?

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

レスもこちら**


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