「微かな一瞬、確かな一番」

 

 幼い頃の夢を見た。
 それは遠い昔の懐かしい記憶の欠片。





「なぁ、ナミ。一番って何だ?」
 穏やかな午後。
 何時ものように特等席に座るルフィが不意に背後のナミを振り返り至極真面目な表情をして言ったのが始り。それにきょとんと一瞬瞳を見開き首を傾げたナミはゆったりと腕を組む。
「何よ、それ。何のなぞなぞ?」
 心底解らないと言った表情のナミにルフィは馬鹿にされたとばかりに唇を突き出す。
「違う。自分にとっての一番!」
 少々声を張り上げ気味のルフィに何時もの特等席の見える場所で昼寝をしていたゾロも眼を覚ました。ちらりと其方へ視線を向ける。納得して考えを出そうとしたナミの脳裏に次に何故そんな事を突然? と浮かんだ。
「なんで突然そんな話よ?」
 眉を潜めナミは眼の前のルフィへと問う。ルフィは軽く瞳を伏せてから軽く跳ね特等席から甲板へと降り立った。
 風は海の香りを孕む。
「夢を見たんだ。懐かしい夢だ。エースが小さい頃言ったんだ。――俺の一番は俺が俺らしくいる事だって。その時、確かお前は何だ? とか聞かれから言ったらエースに鼻で笑われた。さすがガキだなってさ。それ思い出した」
 その時の情景が浮かんだのかルフィは微かにその表情を顰めた。
「その時あんたは何て言ったの?」
 するりとナミの唇から零れ出たその問いにルフィは「ああ」と頷きながら何処か懐かしげに微笑んだ。
「海賊王」
「――ぷっ。さすがだわ、船長。ああアンタだなって気がするわ」
 思わずナミは笑う。恐らく幼い頃からのこの少年の夢。そして、全て。それはとても大きくてとてもルフィを形成するのに大きな比率を占める。でもそれでもそれだけじゃ悲しすぎる事をナミは自分が女だから解る、それを知っていた。
 たぶん。あのルフィの兄も違う事を言いたかったのだろう。
 一度だけ出合ったルフィと同じ色彩と雰囲気を纏いながらも、それでもルフィとは確かに違う空気と世界を形成していた男の顔を思い浮かべた。
「なぁ、ゾロは? ゾロの一番は?」
 ナミの斜め背後へと視線を向けてルフィは寝転がりながらもこの会話を聞いていただろう事を疑いようも無いゾロへと言葉を放る。それにゾロは面倒そうに眉をしかめながらも暫し考えている様子。その手が無意識に腰に佩いた刀へと伸びてふんわりと優しく触れる。
「俺は、勿論これだな。そして世界一の剣豪になる野望」
 にやりとゾロは不敵に笑う。それにルフィも独特の笑顔を向ける。それを見ながらナミは軽く溜息を吐き出した。
「ナミは?」
「お金に決まってるじゃない」
「でもそれは手段の方法の間だろ? だったら違うと思うぞ」
「アンタ、相変わらず知らなさそうでいて本質突くのって、ホント嫌なヤツ」
 心底嫌そうにその美貌をナミは歪めてみせた。それに不思議そうに瞳を見開きながらもルフィは笑う。その表情に直ぐに降参とばかりにナミは肩を竦めて吐息を吐き出した。
「まだ探している途中かも知れないわ」
「そんなのも有りなのか?」
 驚きの顔を声で尋ねてくるルフィにナミは今度は呆れて溜息を付く。
「当たり前じゃない。まだまだ人生、先が長いのよ。何が待ってるか解らないじゃない。確かに、現状での一番っていうのは色々有るかも知れないけど」
「色々?」
 首を左右にルフィはぐるんと捻る。
「それはあんた達の言う夢かも知れないし、場所かも知れないし、私のような物質的な物かも知れないし、人かも知れない。それは本当に人それぞれよ。でも、聞かれて直ぐに答えられるのはとても言いことだと思うわ。だって今は紛れも無くそれが自分にとって大切なものだって事を認識しているんだから」
 一瞬の沈黙の後にルフィは軽く手を打ち鳴らし「なるほど」と笑った。それを見て本当に理解したのかしら? と疑わしくナミは思ったが特に口に出しては何も言いはしなかった。
「一番ってのにも沢山の一番があるんだな」
「そうよ」
「だってさ、ゾロ」
 そうルフィが再び話を振るとゾロは興味が無さそうな表情で軽く頷いた。その二人を交互に見比べてナミは少しだけ意地悪い笑みを唇に浮かべてみせた。
「って事で、そういう夢とか以外にも大切な事が他にもあるんじゃない? ってそういう話よ、ゾロ? ルフィ? ね?」
 にっこりと微笑みその話の展開に着いて行けない男二人は複雑そうなそれでいて少しだけ嫌そうな表情を浮かべながら去ってゆくナミの後ろ姿を見送った。
「何だったんだ、今の。ゾロは解るか?」
「解ってたまるかっ」
 ゾロは舌打ちをする。あの妙に何かを匂わすような言い様はまるで言いたい事は他にあるんだとばかりの含み。そのナミの魂胆が少しだけ透けて見えるためにゾロは嫌そうに更に眉を顰める。
「まぁ、良いか。うん」
 ルフィは呟きながら笑う。
 その笑顔を見ながらゾロは内心で肩を竦めた。
 たぶん、あの女が言いたかったのはこの事なんだろう。
 一番。
 大切な人。それは誰にも譲れない人物で、誰にも何もどうにもして欲しく無い人物。沢山の拘りを抱いてしまっている人物。
 それを揶揄していたのだろう、あの笑みは。
 やっぱり敵に回したくない、そうゾロはナミを思い浮かべ心の中でしみじみと結論付けた。
 ルフィはゾロの横で甲板に寝転がり、何事かを楽しそうに話し笑う。
 ぐるんと転がり、ゾロの隣に並び少しまた離れる。
 今日あった事、思いついたこと、昨日あった事、そしてこれからの事を楽しそうに語る。
 きらと輝く瞳はゾロの瞳を捕らえ、離さない。
 その楽しい時間。




 それは、
 ―――――満ち足りた瞬間。



 ああ、そうか。ゾロは唐突に思った。
 今の自分にとって、一番。
 それは紛れも無く――――――――。




「あ」
 不意にルフィは声を上げた。
 それにゾロは驚き軽く身体を引いた。
「ゾロ! 俺、今見つけたぞ、一番」
 呟きゾロの瞳を真っ直ぐに見つめ、そしてルフィは屈託無く微笑んだ。






「今、この瞬間だ」






 その一言にゾロは驚き軽く瞳を見開き、そして次に思わず破顔した。
 言いたい事、思った事は全く同じだったから。




 二人が二人、楽しく話している瞬間。
 同じ空気を共有しているこの瞬間。
 今、此処に二人で居る空間、雰囲気、その瞬間。

 それが何より、とても――――――――――一番だという事。






 貴方にとっての一番とは何ですか?







 *『room uguisu』空知さわみ様より。
  9000hitを踏んだご褒美に頂きました。
  “ゾロとルフィぞれぞれの「一番」”などという、抽象的なおねだりに、
  こんな素敵なお話で応えてくださいましたですvv
  本当にありがとうございます! 嬉しいですvv
  空知様のお話は、情景がさぁーっと浮かぶ細やかなものとか、
  切ないまでの心理描写に、ドキドキしてしまうものだとか。
  がさつなMorlin.が“無いものねだり”から憧れてやまない、
  センシティブなものが目白押しなんですようvv
  大切に読ませていただきますね?
  ありがとうございましたvv


『room uguisu』さまへGO!***


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