営業トーク

 
 見習い店員としての第一日目、売り場に立ったルフィは「買いそうなお客はいないかなー」と店内を見回した。
 『迷っているお客さまには積極的に声をかけろ』という教えの通り、声をかける相手を探して元気よく歩く。やる気は満々だ。なにしろ、頭が痛くなるほど勉強させられた接客マニュアルを実地で試す日がやってきたのだ。
 記念すべき第一号のお客を探してウロウロと歩くルフィの目に、大きなテレビの前に佇む男が見えた。背の高い男が、テレビを見つめたままじいっと固まっている。
 ――うおー。テレビの前だ!迷ってんのかな!
 ルフィの担当の、テレビ売り場の前だった。
 これはチャンス!いよいよ店員でびゅう!
 「何かお探しですか?」
 うきうきと声をかけたルフィを、相手の男はちょっと眉間にしわを寄せて見下ろした。
 ――う。ちょっと警戒されたかな……?
 売る気を前に出したらお客は逃げる、と煩く言われたのを思い出して、少しだけ声を落とした。
 「えー……テレビをお探しですか」(ちょっと棒読み)
 「……ああ……まあ。テレビを買おうと思ったんだが」
 ――おお!やっぱりお客だ!
 「どんな物をお探しですか!」
 また少し勢い込んだルフィに、相手の男はもそもそと答える。
 派手な緑の頭のわりには落ち着いた声だった。
 「いや……今使っているのが映りが悪くなって……その代わりと思ったんだが……こう色々あると何がなんだか」
 そう言ってまた眉を寄せてテレビを眺める横顔を見ながら、ルフィは「なんだ、こいつはこういう顔なんじゃん」と思う。ビビって損した。これならイケるかも。
 「これなんか今の新製品ですよ」
 男の前の、大きなプラズマテレビを指差した。
 「――他のとどう違うんだ?」
 「――う」
 もっともな質問に、ルフィは思わず口をつぐんだ。お客に声を掛けるので頭がいっぱいになって、プラズマテレビの説明はどこかに零れてしまったらしい。
 頭を振ってみても何も出てこなくて、ルフィは焦った。
 「ええと……映りがキレイデス」
 「へえ」
 ――わあ。納得してるよ。
 緑頭が真面目に聞いてくれるので、調子に乗ってルフィは色々と説明をした。
 かなりいい加減だったけれど、身振り手振りで説明するルフィの話を楽しそうに聞いてくれるので、ますます嬉しくなって一生懸命に話し続けた。
 「……と、いうわけでオカイドクなんです」
 少し息を切らして、ルフィは話を締めくくった。これだけ話したら買ってくれるかな、と思う。
 初めてのお客だし、買ってくれるといいな。
 「……うーん。でも100万は高いしな」
 「ひゃくまん……100万?」
 今まで自分が勧めていたものの値段を改めて見て、心臓が飛び上がった。
 ――うあ。ホントに100万だ……
 「ひ……100万は高い……けど」
 「高いな」
 「でも買って絶対損はないから!」
 高い、けど。細かい説明とかは忘れちゃったけど、確かにいい商品だと思ったから勧めたんだし。
 こういう時は何て言うんだっけ。信用して下さいとか、損はないとか……
 ルフィは、叩き込まれたはずのマニュアルを頭の中で懸命に反芻した。
 100万はやはり高いと思う。いままで学生だったルフィのバイト代一年分よりずっと多い。だから買ってくれなくても仕方ないとは思うけれど、でも初めてのお客だし「やっぱ売るんならコイツがいいな」と思う。
 よく話を聞いてくれて嬉しかった気持ちと、いい物で喜んでもらいたい気持ちと、でもやはり高いんだろうなという気持ちでルフィは何となく泣きたくなってくる。
 「……俺を信用して買ってクダサイ」
 「ふうん?」
 緑頭の男は、どうするかな、という様子を見せて腕を組んだ。
 迷ってるなら買って欲しい。
 今までないくらい、頭を絞って言葉を探した。
 そういえば、こういう時は「押せ」と言われていた気がする。
 「俺に100万払うと思って――」
 もう一押し、と勢い込んだ。
 「俺を買ってくれ!」
 これで、言うべき事はみんな言った筈だと思う。いつの間にか丁寧語もどこかへいってしまったけど、それももうどうでもいいやと思う。これで買ってくれなかったら仕方ない。
 そんな風に息を切らして見上げた先で、男が、にいっと笑った。
 「よし、買おう」
 「うわ!ホントか?!」
 ぱっと顔を輝かせて聞き返したルフィに、男が「ホントだ」と頷いた。
 ――うわあ。初めてテレビを売っちゃった。しかもこんなに高いヤツ。
 嬉しくなって思わず万歳をしたら笑われた。コイツに信用されたんだなと思うと、ルフィはとても嬉しくなった。
 気が変わらないうちに会計を済ましてもらおうと、男の腕を取ってレジに引っ張っていく。
 男は大人しく引っ張られながら、少し笑うと口を開いた。
 「ただし」
 「うん。ただし?」
 うきうきと聞き返した。5年間保障とか、持ち帰り割引とか、なんかそういうのあったかな。あったらなんでもつけてやろう。
 「お前つきで」
 「……ふあ?」
 目を真ん丸くして立ち止まったルフィの顔を見て、男が更に笑った。
 「お前に100万払うんだから、ついてて当然だろう?」
 「…………ええーと……?」
 ――そういうことになるのか?
 「100万は高い。でも、損はないと言っただろう。お前は」
 確かに「俺を買ってくれ」とは言ったけど、それはテレビを買って欲しかったわけで、でもそういう話になるんだろうか。
 いつの間にか近寄った顔に瞳を覗きこむようにされて、動悸が早くなった。
 綺麗な色の目だな、とぼんやり思う。そういえば、笑った時は優しい色だった。だから、お客第一号はコイツがいいなと思ったんだっけと、そんな事がクルクルと頭の中を回る。
 混乱した頭に、更に畳み掛けられる。
 「だから、俺に買われろよ」
 耳元で言われた言葉にぼうっとなって、ルフィは思わず首を縦に振った。

 そうしてその日、見習い店員ルフィとプラズマテレビ一台100万円が、店の売上として計上された。
 夏休みに入ってすぐの、暑い夏の日の話だった。
 
 
 
 
 
 
 END          2002.7.22

 ◆ 夏休み企画 ◆
 ええええと・・・なに考えているんでしょうね(苦笑)
 暑い時には何にも考えないものを!というバカ話です。
 こんなんでもいいよーという方がいらっしゃいましたら、どうぞお持ち帰りください。
 暑中見舞い代わりです。(ならないかな・・・・涙)
 裏タイトル「ドナドナ」

 ちなみに店長は、役立たずに給料を払わなくてもいいので遠慮なく売りました(酷い


 *DLFとのお言葉にさっそく飛びついて頂戴してきてしまいましたvv
  しかし、何だか凄く無謀な配置にした店長さんだなぁ。
  でも、高価な商品をしっかり売ったには違いないのか、う〜ん。
  妙にどっしり落ち着いたお客様のゾロがいい味出してます。
  あああ、幸せだ〜vv
  トリコさま、ありがとうございましたvv

トリコ様のサイト『Sundays CHILD』へGO! ⇒


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