人を好きになるということ


羊の顔をした船首。
サンジの作った料理やお菓子。
ナミがたまあに内緒でくれるミカン。
ウソップの発明品。
ビビの教えてくれる異国の話。
カルーに寄りかかった時の羽毛。
チョッパーの毛皮の手触り。
シャンクスからもらった麦わら帽子。
好きなものは一杯あって、どれが最高かなんて絶対に選べない。


選べないけど、ゾロが髪を撫でてくれたり、ぎゅううって抱き締めてくれたり、呆れたように笑ってくれたりする。そんな瞬間も好き。でもその瞬間の『好き』は…何だか他の好きなものとは違うような気がする。
だって、そんな時は。
心臓がばくばくして勝手に走り出していきそうな気がしてしょうがない。
何だか分からないものに、追いかけられているようで、ちょっときゅっと胸が痛んだり。
体の中にいる小さな自分が、手足をばたばたさせて「むきー」とかって叫んでいるようなそんな気がする。
大きな声で叫びたいような、でも小さな声で内緒にしたいような、泣きたいような、笑いたいような、不思議な気持ちが体の中を駆け巡る。
何なんだ?この気持ちって。


「…病気じゃないよな?」
「アホか、お前、病気だと思ったらチョッパーに聞けよ」
何だか一生懸命にフラスコを揺すっているウソップは、隣で同じように薬を調合しているチョッパーを指差す。チョッパーは不思議そうな顔をしながら、とことこと近づいてきてオレの顔を覗き込んだ。
「心臓がばくばく? 別に運動したわけでもなさそうだし…。でも健康そうだけどな」
舌を出してみると、ちょっとそれを見て、くるんとひづめで小さく瞼を上げたりして、そう言った。
「うーん」
「何か他の症状が出たら、もう一回オレのとこに来てくれよ。そうしたら何か原因が分かるかも?」
「そか、ウソップもチョッパーもわかんないか…」


倉庫から甲板に出てくると、良い匂いがした。…あ、もう夕食の時間か!駆け上がってドアを開けようとすると、中から出てこようとしたゾロをぶつかりそうになった。
「ああ?わりぃ、ルフィ。ぶつかったか?」
一瞬、本当に体中がばちん、とゴムの手足が縮む時の様な音がしたかと思った。ん?違う、心臓のどきんって音が体中で聞こえたような気がしたんだ。思わず固まってしまったオレを怪訝そうに見て、ゾロは少し体を傾げた。「どうした?」なんて言いながら、ふわりと長い指がオレの前髪を払う。そんなことされると、自分の体の中の音が指先から伝わって行きそうじゃないか!
「…やだっ!」
思わずその指を払うと、思わずくるりと後ろを振り返って走り出してしまった。どうしてこうなんだろう?きっと今頃ゾロ、変に思ったぞ。でももう振り返れないよ。
どきどきして、し過ぎて止まらない。


や、やだって…? 今、オレ思いっきりルフィに拒絶されたのか?
「あ〜らら?」
「…クソ剣士。お前、ルフィに何かしたのか?」
ナミが楽しそうに笑って、その隣では鍋を両手で持ったサンジが呆れたような顔でこっちを見ていやがる。クソ、一体何だってんだよ?ルフィにあんな風にされたのは初めてだ。
「何もしてねえだろうが」
「へえ?そう?そのわりにはルフィ、必死になって逃げて行ったわよね?」
聞きてえのはこっちだ、魔女が。楽しそうに腕組みなんかしてんじゃねえ。
「もうすぐ夕飯だって気づいてここに来たんだろうがよ、責任持って呼んで来い」
「途方にくれたような顔していると、ルフィ、いつまでも拒否しまくりよ?」
何が分かってそんな事言うんだよ?お前は。分かってるよ、呼んでくればいいんだろ?オレだってあんな表情をされたままじゃ、気になってどうしようもない。

くいなの刀。和道一文字。
雪走。三代鬼徹。
大剣豪になるというその野望。
絶対に口にしたくは無いけれど、
自分一人で闘っていた時とは違う、…仲間達。
命かけるほどに大事なものなら、ある。多分今までとは違う自分の中に存在するそれら。

でもそれらとは格が違う、存在する場所が違う。
ルフィが自分に向ける笑顔とか、懐いてきてくれる様子とか。初めて会った時から変わらずにいてくれる、アイツのオレへと向けてくれる好意。
そんな時は。
大事なものをぎゅっとこの腕に抱き締めたくて。
その存在を感じていたくて。笑っていて欲しくて。自分の事をもっと見ていて欲しくて。
そんなルフィを見ていることが、自分の名を呼んで、慕ってきてくれること自体が。
まるで心臓を一掴みにされたような、気が遠くなるようなそんな不思議な気持ち。
その気持ちの存在も名前も知っている。
でもオレが、このオレがそんな感情を持つこと自体が。…信じられねぇ。


お気に入りの船首にも、見張り台にもいないと思ったら、こんな所にいやがった。みかんの木の後ろ。カルーに抱きついた状態で、そこにいるルフィをやっと見つけた。
「Mr.ブシドー?何かあったんですか? ルフィさん、ここに来てから何も話してくれないんですよ?」
少し心配そうなビビの様子に、ちょっと苦笑が浮かぶのが自分でも分かる。
「わりぃな、どうもオレのせいらしい。さっき逃げられたんだよ」
「ゾロが悪いんじゃないだろ!」
なるほど、カルーの羽毛に顔を埋めていても、こちらの会話には気付いていたか。
顔を上げてルフィが言うと、ビビがちょっと笑って歩き始めた。するとカルーも後を追い始めた。成る程な。ルフィがイヤでも自然と顔を出さなきゃいけなくなる訳か。
「あ、カルー!」
「ルフィ、お前、こっち向けよ」
一瞬、ぴく、とか肩をひくつかせて、振り向いた。…何で顔を上げて、オレの顔を見てくれないんだよ?お前は。


どんな顔をしたら良いのかわからない。さっき、逃げちゃったし。
呆れているのか、怒っているのか分からないけど、顔を上げられない。カルーの柔らかい羽毛の中に顔を埋めていて何か解決するわけじゃないけど。でもやっぱり、何だか恥ずかしくて顔を上げられない。
「こっち向けって」
ゾロの腕が伸びてきて、大好きなその掌で頬を包み込まれる。ふわりとした気持ちになる、けど。一緒にどんな顔をしたら良いのか分からなくて、何だかにへとした表情になってしまった。
「何で逃げるんだよ?」
「だって」
何だか恥かしいし、という言葉は言葉にならなかった。代りにただの小さな息になって、ふわふわと漂ってしまう。うう、とか思って、ふと顔を上げるとゾロが笑いながら黙ってオレが何か話すのを待っていてくれた。―――― いつものように、優しげなオレにばかり見せるようなその笑顔で。
「だって?」
「凄い照れ臭いんだ。気持ちが忙しいんだ。何だか恥かしいようなそんな気持ちがするんだけど。…でも」
「でも?」
「全部、それゾロのせいなのに。―――― でも、ゾロと一緒にいると嬉しいんだ」
「はい、良く出来ました」

何だかいつも話がしたくて、笑顔を見ていたくて、声が聞きたくて。
手を触れていたり、腕を組んでいたり、抱き締めたり、
自分の体のどこかで、体温を感じていたくて。
そして。
表情が、言葉が、全てが自分に向けてくれているその瞬間の愛しさと言ったら。
何にも代えがたいもの。
人を好きになること。
その忙しさといったら、もうどうしようもない程に。

ああ、もう、何だってこんな言葉を言うだけでオレはこんなに恥かしいんだろう?
どうしてゾロってば、こんなに嬉しそうに笑うんだろう?
でも…そんなゾロを見ているとこんなに自分も嬉しいのは。
何故なんだろう?

自分の気持ちを一生懸命に言葉にしようとしてくれた。
その事自体が、本当にいとおしくて。
オレが抱き上げたその腕の中で、照れ臭そうに、嬉しそうに笑うルフィを見ていると。
こっちだって、これ以上は無いほどに嬉しくなる。

「ゾロぉ…。オレ、腹減った」
抱き上げて、ついでに抱き締めてその感触を味わっていると腕の中から名を呼ばれた。
「…そうだ、ラブコックに呼んでこいって言われたんだっけ…」
「メシ、メシー!」



心が動くことに忙しい。気持ちが揺れ動くのが忙しい。
だって。
人を好きになるってことは、暇なんかじゃいられない。
とりあえず、
軽々と自分を持ち上げている腕の持主を、
この自分の腕の中の無邪気に笑う笑顔の持主を、
力一杯抱き締めてみようか。


  *end*



目指せ、乙女ルフィ…だったはず…なのに…。
挫折している上に、途中で自分の文章に砂を吐きそうになりました。
「人を好きになると、泣いたり笑ったりとにかく忙しい」ということが前提なんですが、
単に恥かしくて逃げています。
うちのルフィ。天然にも程があるぞ?そして余裕綽々なゾロがにくそい…。

こ、こんなん出ましたけど…、
Morlinさま、御題クリア、少しはしているでしょうか…?
2222hit(おいおい、いつのだ?)のリク文章。お持ち帰り頂ければ幸いです。
これからも宜しくお願い致します!
さあ、SAMIは余りの恥かしさに逃げる体勢に入ったぞ…。



うう…なんて嬉しいことなのでしょう。
とうとうこの日が来たのですね?
大好きなSAMI様の文章を、それもわざわざ私にと考えて下さったお話を、
自分のサイトへ攫って掲載できる日が。
正に私好みの、
こうまで両想いで甘甘なお話を書いていただけようとは…。
ルフィが可愛い〜!
照れてる剣豪も、なんか可愛い〜!
思えば、細やかで丁寧なご感想のメールを初めて頂いた時から、
もうもう、Morlin.はSAMI様にメロメロだったのだと思います。
颯爽とした様子を描写する凛然と無駄のない切れのいい言い回しや、
臨場感溢れる描写の冴えが何といってもおステキで、
そうかと思えばもどかしい心模様を細やかにさらさらと淀みなく書かれたり。
一杯一杯感心させられて、
今日までお付き合い下さったこと、感謝しない日はありませんでした。
これからもどうかよろしくお願いいたしますね?。
ホントにホントにありがとうございましたっっ!!

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