ほたる


「何だか、思ってたより、随分と賑やかなところね。」
ナミの言葉に一様に納得するクル−達。
実はこの島に着く前にウソップから、この島についての話を聞いていたのである。
その話によれば、なんでもこの島には、今のシ−ズン、何万、何十万という数の蛍が集い
この世の物とは思えぬほどの、それはそれは美しい光のハ−モニ−を奏でる小川がある、と言うもの。
蛍の数は、話半分としても、おそらく集まると言う部分に関しては間違いは無いだろうと思っていた。
なぜなら、チョッパーもその話を聞いたことがあると言うからだ。
別にウソップの話をまるで信用していなかった訳ではないのだが、
チョッパーも知っていると言う事になればそれはかなり信憑性が増した訳で。
しかし、蛍が集まるような所といえば、やはり、静かで長閑で水が綺麗で、要するにもっと田舎町を誰もが想像していたので
あまりにも賑やかなこの島からは少しばかり蛍の集う島としてはイメージが重ならなかったのである。

「あっ、あれ。」
チョッパ−が指差す看板には『蛍祭り』なる文字が。やはりこの島はウソップの言っていた蛍の集う島で間違いないようだ。
看板によるとその蛍の集う小川は、ここから20分歩いて林を抜けたところにあるらしい。
蛍シーズン真っ只中らしく、近隣の島々からも美しい光のハ−モニ−を求め人々が集まり、島にとっては稼ぎ時とあって
この島全体が異様な賑やかさを帯びていたのである。わけの分からない蛍グッズや蛍クッキ−などなど
この島以外では到底手に入らないような物ばかりを店先に並べた露店が、ずらりと軒を並べている。
例によってこのわけの分からない物に異様に魅力を感じるているルフィ。目の輝き方が尋常でない。
時間的にもそろそろ、その小川に向かって良いのだが、怪しげな蛍グッズを手にしては『かっこいい〜』と、はしゃぎまくり
あげくのはてには『蛍って食えたのか?』などと言う始末。ゾロ以外の者は付き合いきれませんと、小川へ向かってしまった。

「・・・ったく。」
本当は呆れ顔でもしたいのだろうか。実際には、はしゃいでいるルフィがまた愛しくてたまらないといった表情で、
ゾロを基点にあちこちの露店を覗いているルフィを優しい眼差しで追いかけている。が、

「ルフィ!そろそろ行くぞ!」
それもそのはず、いつの間にか辺りは暗くなっていたのだ。人数も少なく殆どの人が小川へ向かったと思われる。

「何処へ行くんだ?」
本気で聞いているのだから手に負えない。

「蛍のいる小川だよっ!」
「あぁ。そうだったな。忘れてた。」
ルフィならこんなものだろう。思い出してくれただけでも御の字である。

歩く事20分。目の前に立ちはだかるは・・・ただの林。
本人達もなんとなく気付いているのだろうか。一旦、足を止めている。
もう少し明るい時間ならまだしも、すっかり夜の帳がおりたこの状態で林を二人きりで歩かせて大丈夫なのだろうか?
・・・全く気付いてはいないようだ。

「おぉぉぉ!なんか、冒険の匂いがするな!」
「ばぁか。こりゃあ、ただの林だ。ここを抜ければすぐに蛍のいる小川だよ。」
「なんだぁ。つまんねぇの。」
‘冒険の匂い’あながち間違いではなさそうだが・・・。しかし何を楽しみにここへ来ているのだろうか?

・・・20分後。

「なあ。ゾロ。ここ本当にただの林か?なんだか密林のジャングルみてぇだな。」
「っんなわけねぇだろ!もう小川も近い筈だ。その証拠に、ほら、お前の麦わら見てみろ。」
「ん?」
ルフィはなんだ?なんだ?といった顔で麦わらをはずし、手に持ったそれに顔を近付ける。
そこには淡いオレンジ色の光を交互に放つ二匹の蛍。

「うおぉぉ!蛍だ!ゾロ、ゾロ!見てみろ。綺麗だな。」
「あぁ。」
たった二匹の蛍にこれだけの喜びようである。小川に集う蛍を見たらどうなってしまうのだろう。
想像すると、是が非でもそれを見せてやりたいと思っていたゾロだった。
ちなみにこの二人。すでに迷子状態である事にまだ気付いていないようで。

さらに20分後。

「ゾロォ。オレもう疲れた。なんだか眠たくなってきたぞ。」
「そりゃそうだろうな。ここに来る前にあれだけはしゃいでたんだから、眠たくもなるだろうな。でも・・・」
『ドタッ』
「ん?なんだ?」
「スゥ−スゥ−。」
「おい!いきなり寝るんじゃねぇよ!おい!起きろ!ルフィ、ルフィ!・・・駄目だこりゃ。」
ゾロの「でも、もう少しで着くだろうから」の言葉を聞く前にルフィは深い眠りについてしまった。


辺りには蛍が飛んでいた。沢山ではなく、ちら、ちらと淡いオレンジ色の光が一本の線になり、その線が消える頃
今度はこちらでまた一本、という程度の数。

「綺麗なもんだな。」
沢山の蛍が奏でる美しい光のハ−モ二−をルフィに見せられないは残念そうだが、
数は少ないものの一匹一匹の放つオレンジ色の光は自分を主張するかのように一生懸命で可憐で
美しい光のハ−モニ−はここでも充分堪能できそうだ。
小川へ行く事をあきらめここで蛍見物と決めたゾロはルフィの隣にドカッと座り
ルフィが寝た拍子に飛ばされてしまった麦わらを掴んだ。
あの時からいるのか、それとも新たに羽を休めたものなのか甘い水の匂いを嗅げないでいるような二匹の蛍。

「お前達も迷子か?」
一応、自分達の置かれている状況に気付いているようである。


時折飛び交う蛍の淡いオレンジ色の光でルフィの顔が微かに照らされる。
実際には蛍のその程度の光で表情まで窺い知る事など出来るわけもないのだが、今、自分といる事を幸せに
思って欲しいという願いからか、ゾロには幸せそうに眠るルフィの寝顔が見えるような気がした。
そんなルフィの寝顔を見ながら、手にした麦わらがシャンクスへの思いが詰まっているルフィの宝物である事を確認する。
シャンクスとの再会、そしてこの麦わらをシャンクスに返す事、それはルフィにとって夢であり誓いである。
『オレの宝に触るな』そこまで言わせる、麦わらの本来の持ち主、シャンクス。
シャンクスに再会した時、お前はどんな顔をするのだろう。
そしてシャンクスは麦わらを届けたお前をどんな顔で・・・どんな思いで迎えるのだろう。

蛍の淡い光の所為か、少しセンチメンタルな気分でそんな事を考えていたゾロだった。


どのくらいの時間を過ごしていたのだろう。いつまでもここにいるわけにもいかず
そろそろ帰ったほうが良さそうだと思いルフィを起こす。
が、一向に起きる気配なし。仕方がないので抱きかかえて帰ろうとした。

「う−ん。いくらなんでもこれじゃあなぁ。」
まるで王子様とお姫様のようになってしまった(ゾロにはそう見えるらしい)自分達の姿が誰も見ていないとはいえ、
少し恥ずかしいようである。
色々考えた結果ゾロは、ルフィを背負った。

「まっ、これなら良いかな。」
ようやく歩き出したゾロ。以外にもあっさりと林を抜ける事に成功。と言うよりは、蛍見物帰りの人の声に導かれ
意図も簡単に林を抜けてしまったのである。そこまではまあ良かったのだが・・・
予想以上の人数が歩いていた。この人波に紛れて帰ることが出来れば良いのだがそうも行きそうにない。
抱きかかえれば王子様とお姫様かもしれないが、背負っていればそれはそれで異様な光景で
場違いな麦わらをかぶった、いくら華奢だと言っても決して体が小さいわけでもない男を背負い、尚且つ、
それを背負うのが髪は緑色、三本の刀を腰に提げ、がっしりとした体格の
いかにも危なそうな男ときているのだから、目立って当たり前である。
そもそも蛍見物なんてロマンチックな物を男二人で観に行くことになってしまった事自体おかしいわけで。
知らず知らずのうちに、ゾロの歩く道が一本出来上がってしまっているくらいだ。
人垣からは聞きたくもない噂話が聞こえてきてゾロは薄っすらと顔を赤らめている。

「・・・参ったなぁ。」
どう考えたところでこの状況を打破することなど出来る訳もなく急ぎ足で船に向かう。


船からは一足早く戻っていたナミとウソップの興奮した声が聞こえてきた。
それはそれは美しい光のハ−モニ−とやらを堪能できたのであろう。

「あいつ等、もう戻ってんのか。それより、俺たちが帰っていない事には気付いてるのか?」
ドカドカとわざと足音を立ててとキッチンに入る。自分達を置き去りにしていった事への抗議をしているつもりらしい。
全員でそろって行けばこんな辱めを受けることもなかったのにと思っているのだろう。
しかし、お門違いもいいところ。勝手に遅れて勝手に迷子になったのだから。
キッチンに入るとナミとウソップが口をポカ−ンと開けてこちらを見ている。次の瞬間には笑いをこらえる顔。

「なんだ。」
少々切れ気味のゾロ。散々辱めを受け、帰ってくればこんな顔をされるのだからかわそうなことで。

「あんた達、帰ってこれたの?」
と、ナミ。大方、全員がそう思っていたのだろう。一応帰っていないことは気付いていたらしい。

「当たり前だろうが!」
「あっ、そぉう。てっきり迷子になって今頃あの林を駈けずり回っていると思ってたのに。」
「なっ、あの程度の林で迷子になるわけねぇだろうが!」
その慌てぶりが、迷子であったことを肯定していることに気付くわけもなく・・・

「ふ−ん。で、蛍、見れた?」
「あ、あぁ。まあな。」
「凄い数だったわね。」
「そ、そうだな。」
ゾロの返事に一々顔をにやけさせるナミ。

「なんだ。何か可笑しいか?」
「いいえ。別に。ところで・・・いつまでおぶっているつもり?それ。」
ナミに言われルフィを背負っていたこと思い出す。
ついでに思い出さなくても良い帰り道での事まで思いだしてしまい、顔を赤らめている。

「今、降ろそうと思ってたところだ。俺も、もう寝るぞ。疲れた。」
そう言ってキッチンを出る。扉を閉めたとたん中から話し声が聞こえてくるがあえて聞かないようにその場から立ち去る。
男部屋に行くのがな億劫なのか甲板に向かう。
ルフィを降ろしその隣に横になる。空にはまん丸な月。

ぼんやりと月を眺めながら、林の中で出会った蛍の事と、そこで自分が考えていた事を思い出していた。

蛍の放つオレンジ色の淡い光は恋する相手をを求める光。ルフィの麦わらで羽を休めていた二匹の蛍は
恋に落ちたのだろうか。おそらく数えきれないほどいたであろう蛍の中で、あの林に迷い込んでしまった数匹の中の二匹。
そして偶然にも同じ麦わらで羽を休め恐ろしい程低い確率で出会ったのは神様によって決められていた運命なのかもしれない。
ルフィがシャンクスに出会った事も自分がルフィに出会った事も全て神様によって決められていたのか。
シャンクスとの再会は神様によって決められているのか。
その時笑ってシャンクスの元にルフィを送り出せるのか。その時ルフィの中に自分の存在はあるのか。

ルフィの顔に視線を向けると青白い月の光を受けて今度ははっきりと表情が確認できる。
幸せそうな寝顔。寝言でゾロな名前を呼んだりしている。
まだ見ぬシャンクスの事や、神様だのそんな事を考えるのが馬鹿らしく思えてくる。
神様によって決められた、運命の上での航海、海賊なんて、つまらない話だ。ルフィならきっとこう言うだろう。
『自分達の進むべき道、やるべき事は自分達で決める。神様なんかに勝手に決めさせてたまるか。』

「そうだよな。ルフィ。」
ゾロは幸せそうな顔で眠るルフィをいつまでも、いつまでも見ていた。

   〜 end 〜


その頃、ナミとウソップ。

「ちょっと、あのゾロの様子!見た?あれは間違いなくあの林で迷子になっていたわね。」
「そうだな。間違いないな。でもよ、何だってルフィをおぶってたんだぁ?罰ゲ−ムか?
 別にあいつらなら迷った林で夜を明かしたところでなんの問題もなっかただろうによ。」
「ルフィの体に触りたかっただけじゃないのぉ。顔なんか赤くして、馬鹿ねぇ。あれで人ごみの中、帰ってきたのよ。
 一応賞金首なんだし、あんまり目立つ行動は止めてもらいたいわね。きっと蛍も見れてないわよ。」
「げっ、マジかよぉ。勿体ねぇな。せっかくこの島にきたって言うのにあの光のハ−モ二−を見てないのかよ。」
「うん。多分ね。でも・・・何かあった顔ね。」
「何かって・・何だ?」
「さあね。それは神様だけが知っている事よ。」
「神様・・か?」
「そうよ。さぁてと、私も寝るとしますか。素敵なものと面白いもの両方見れたし、良い夢見れそうだわ。」
「それも、そうだな。」
「じゃね、おやすみ。ウソップ。」
「おお。おやすみ。」

   
・・・良い夢見れますように・・・


  *キリ番リクエスト
   『街中などで、ルフィをおんぶすることになるゾロ。』


  *いやぁ〜ん、どうしましょうっ!
    初めて頂いた作品が、こんなおステキなのって、
    何だか、物凄く恵まれてる私。
    大好きなカエル様のサイトで、
    789番のカウンターを踏んだこの幸運。
    カエル様のところの作品は、
    繊細で細やかで、本当に心癒されるものばかりで、
    どのお話も大好きです。
    またいつかキリ番頂戴したいです♪


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