泳がないイルカ

穏やかな海の一角が、他よりもきらきらと太陽の光を反射して輝いていた。
それを、船壁にへばりついた状態でルフィが眺めている。
腕だけで体を支え、足は宙に浮かして。
そうまでして見ているものに興味を覚え、近付くとゾロは麦わら帽子越しに海を見た。
「…イルカ、か」
「おう!」
多少不自然な角度に首を曲げ、歯を見せて彼は笑う。
グランドライン特有のバケモノじみた大きさではなく、イーストブルーにも当たり前のようにいた、普通サイズの
イルカの群。
その滑らかな背が、さっきから太陽を反射していたのだ。
ゾロから視線を逸らし、ルフィはまたその群を見る。
この船と同じ方向に、彼らは目的を持たずに泳ぎ続けている。
時折、全身を海から出して、飛び跳ねる。
「アレはな、遊んでるんだってさ」
ルフィが言う。
「へえ…?」
「イルカはすごく頭がよくって、遊ぶのが好きなんだ」
「詳しいのか?」
"物を知っている"ルフィが珍しくて…どちらかと言うと彼は"物を感じる"方だったから…、ゾロは問い掛ける。
再び振り返ったルフィは、にいっ、と笑うと。
「…って、エースがいってた」
「なるほど、な」
弟とは似ても似つかないほど人間がきちんと出来ていた彼の兄。
奔放な性格ではあるようだが、理性的で賢い。
そんな兄なら、この、さらに輪を掛けて奔放で、理性も感情も全部ごっちゃの弟に、イルカの話を聞かせたこともあっただろう。
「イルカは話もできるんだってよ。人間がちかづいてくと、一緒に遊ぼうっていうんだってさ」
嬉しそうに足の裏をパンパンと鳴らして、体を揺すって笑う、ルフィ。
こう言う表情はあどけなさ開けっぴろげで、自分とたった二つしか変わらないなんてすっかり忘れてしまう。
その彼が、大きく息を吸い。

「おーい、イルカー!楽しいかぁー!!」

「…ルフィ…」
泳げない、悪魔の実の能力者。
そんな彼を、ゾロは背後から見つめる。
海賊なのに泳げない。
海に生きながら、海に嫌われている彼。
海辺で水遊びをすることすら出来ない…。
「いいなぁ、イルカ」
「…お前も…昔は泳げたのか?」
「んにゃ」
体を揺すり、楽しそうにイルカを眺め…それを羨ましがるルフィ。
…誰からも羨ましがられるはずの、彼が。
だが、あっけらかんと首を振る。
「おれは泳げるようになる前に悪魔の実食ってっからな。泳げたことねーよ」
「そうなのか…」
「ゾロは泳げるからな。イルカと一緒に遊べるぞ」
ししし、と笑い、「あんま似合わないけどな」と付け足す。
確かに、イルカと海で遊ぶのは、ルフィの方が似合うだろう。
自分は、そんな彼らを眺める方だろう。
だけどルフィは泳げない、悪魔の実の能力者。
「…ルフィ」
イルカの泳ぐリズムに合わせて彼の細い体が揺れる。
それは船のリズムであり、波のリズムであり。
彼は、海賊。
「あん?」
「俺もこれから先…泳ぐのはやめとくかな」
「ゾロ?」
不思議そうに振り返る。
翳りのない瞳…そう、きっと…。
「そうだな、自分の身の危険を感じた時と…お前が溺れた時以外は」
「ホンキか?」
「ああ。この先お前が泳げるようになる日はこねーだろうし…どうせ俺は泳げてもイルカと遊ぶのは似あわねーしよ」
「それって…約束すんのか?」
「ああ…"約束"する」
その言葉に、ルフィは嬉しそうに笑った。
ひょい、と船壁から離れる。
「ゾロも泳がない海賊になんのか」
「ああ」
「そっか。…だけどな。おれだけじゃなくて、チョッパーとかロビンとか、他の能力者が溺れた時も助けてやって
くれ」
「…スモーカーとか?」
笑って問い掛ける。
ルフィは、ししし、と彼特有の笑顔で答えた。


船壁にへばりついて、飽きることなくルフィはイルカを眺めている。
だけど彼は泳げない。
悪魔の実の能力者。
恐らく、後悔なんて一つもないだろうけれど。
むしろ…想像でしかないが、能力者になった自分に気付いた時、きっとルフィは喜んだだろう。
…楽しいから、と。
そんな彼は。
「ルフィ」
船室に戻ろうとしていたゾロは、足を止め、声を掛ける。
振り返る彼に、もう一度笑顔を向ける。
「お前が泳げねーように…イルカも地面を歩けねーんだよ」
泳げなくったって、船に乗って、海の上で。
楽しそうに毎日を過ごしている。
「…そーいや、そだな」
そう、イルカとどこも変わらない。
楽しそうに、日々を遊んでいる。
一点の翳りもない、無邪気な生き物の瞳で。
「だから」

だから、羨ましがることは、何もない。

「じゃあ、おれもイルカもおんなじだ」
「ああ」
「それに、ゾロも"約束"したから、おんなじだな!」
「…ああ」
嬉しそうに笑う彼の麦わら越しに、イルカたちが飛び跳ねたのが、見えた。


振り返って。
ゾロが、ルフィに新しい"約束"をした日が彼の誕生日だった偶然に驚くのは、まだ少し先。

図らずも、その"約束"はプレゼントになっていたのだ、と。









May 2003, shiki saikawa


*ステキな文章でしょう。
 BD記念のDLFとされてらしたので、
 ちゃっかりと頂いてまいりました。
 淡々とした情景描写や、彼ららしい短い言葉のやり取りの中に
 細やかな想いやらその時の表情なんかが知らず見えてくるような。
 目の詰んだ、なのに向こうが透いて見える繊細な絹みたいな、
 そうかと思えば、無邪気な不器用さんの温かい手触りも伝わって来るような。
 芸のない私には不思議ででステキなお話を書かれる。
 大好きな作家サマでございます。
 嬉しいプレゼントをありがとうございました、大切に読みますね?

さいかわ四季様のサイト『voyagers' Landing Zone』さんはこちら→**


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