ONE LIQUOR & ONE CANDY


 久しぶりにのんびりとした航海の途中で、ふと食糧が心もとなくなってきているのに、サンジは気付いた。しゃがみ込んで、野菜籠の中を見つめる彼はその両手の中には小ぶりの玉ねぎを、まるで重さを量るかのように持っている。
「…っかしいな」
口元の煙草を舌で上下に動かしながら、その顎に手を添えた。考えられることはただ一つ。自分の乗るこの海賊船の船長様の異様なほどの食欲だった。ふと丸い小さな窓からは件の船長が、お気に入りの船首へと向かおうと歩いている姿が目に付いた。渾身の力を込めてドアを破るほどの勢いで開き、デッキからその船首のある方向へと向かって叫ぶ。
「くぉら!ルフィ!てめえ、またつまみ食いしやがったな!」
「おう!腹減っていたけど、サンジ、キッチンにいなかったからな!」
手を振り笑いながら、その態度には何も悪びれることも無く答えを返すルフィを見て、サンジはその前甲板まで走りこんで蹴ってやろうか、と思ったがとりあえず止めてみた。改めて言っても、殴っても、蹴ってもこの船長には何の効力も発揮できるわけがない。それよりももっと前向きに、今現在残りが殆どないと言ってもいいかと思えるほどのこの食糧の調達に神経を砕くべきだ、と痛むこめかみを思わずその綺麗な手で押さえながら考え込んだ。
「…近くに補給できそうな港の存在なら、あるわよ」
朝から海図と格闘していて、自室にこもりっきりだったはずのナミが、いつのまにかデッキへと出てきて、彼の苦悩する横であまり明るくはない声で返した。
「…気が進まないようですね、ナミさん」
「うん、はっきり言えばね。何しろ新聞に掲載されていたくらいの島、だからね」
「はぁ!?」
「お祭りがあるんですってよ、その島。でも伝統的なお祭りをしているのは一部で」
「…他はドンちゃん騒ぎの予定ってことですか」
「そゆこと。気が進まないのは、そんなに大量な人がいるところだし。…一応、ウチの船長は賞金首だしね…」
相変わらず自分達が海賊団であるっていうことは、大きな棚の一番上段へと上がっているらしい彼女の言葉に、サンジは大げさに頷いて見せた。
「はあ、そうですか…。でも、ですね、食糧は確かに次の島まで持つかどうか」
「うん、色々と損得を考えたけど、一度補給はしたほうが良いかとは思うの」
「お願いします」
「後はトラブらないことを願うだけだわ」
恐らく一番の心配の元の、船首でいつものように前ばかりを見つめている船長と、その後ろの壁に寄りかかりいつものように眠りこけている剣士の姿を呆れたように見つめながら、ナミは呟いた。



 手の中にあるナミから今日の小遣いとして貰ったコインの何枚かをチャラ、と鳴らしてルフィはその人ごみを楽しそうに進んでいく。
 お祭りで賑わっている港へと接岸した途端、まるで跳ぶ、という表現がぴったりな程に勢い良くそのドンちゃん騒ぎの中へと飛び込んでいったルフィだった。通りに出ている店全てに顔をつっこみ、物色することを楽しんでいる。目に入ってくるもの、全てが色々と珍しいものが多く、そしてその雑多な人ごみは彼にどこかわくわくと何かが起きそうな、期待のようなものを呼び起こす。
「な、ゾロ、アレ何だ?」
ふと傍らをみやると、いつも隣を歩いていたはずの彼の姿がない。そういえば、とさっきはぐれてしまったことを思い出した。
「…っかしーなー、ゾロ、どこに行ったのかな?」
隣にいるのが自然なゾロの姿が、今はもうない。しかし、あまり気にしない様子でルフィはその歩く速度を変えようともしなかった。別に今すぐ彼の姿を探し回らなくても、きっとそのうちこの酷い人ごみの中でも、自分はきっとゾロに会える。
 根拠はないけど、それは殆ど確信。
「んん?」
ふと目に付いた路地裏で、小さな子供がいかにもごろつきのような風体の男達に取り囲まれているのが視界の端っこにひっかかった。祭り、というものにつき物のそんな風景ではあるのだが、思わずルフィは1、2歩その歩みを後退させた。
 小さな子供はぎ、と男達を睨みつけて、背後にいる小さな女の子を庇うような体勢でいる。恐らく怖いのだろう。それでもその女の子を守るためにその子供は今、必死なのだ。
 男達は子供の必死な視線を、はなから馬鹿にしたような目つきで見下げていた。
―――― あ。
ルフィはその場面を見て、ふと立ち止まったまま、その子供に視線が釘付けになった。
 必死で何かを守ろうとしているように見えて。そしてそれは自分の近くにいる誰かを連想させて。
 自分達へと歯向かおうとしている子供の態度を見ながら、男の一人が何かを口にしたのが、その動きで聞こえずとも見えた。
 子供を取り囲むそのごろつき達がいっせいに笑い出す。子供の背後の小さな女の子が、その笑い声に怯えたように泣き出しそうになり、子供はその女の子の手をぎゅ、と掴んだ。子どもは再度、顔を上げる。強い目つきのまま。
 ルフィはくるりと方向を変えて、その場面へと向かって一歩を踏み出した。
 今、彼の頭の中には恐らく自分が賞金首であることなど、欠片も残っていないのだ。


 きょろ、とその特徴ある緑色の髪が周囲を見渡した。
 見慣れた麦わら帽子を見つけ出そうとしたのだが、それは徒労に終わった。こちらも同じくいつも隣にいるはずの自分達の船長の姿がない。
「相変わらず、どこへでも行きやがる」
お揃いの方向音痴であることは無意識に認識から外れているらしく、そんな言葉がゾロの口から飛び出す。
慌てて探し出す必要もない。きっといつかルフィを見つける自信はあるのだから。
 それは既に決定されている事であるかのようなそんな感覚。
 そんな事を考えながら、人ごみをすり抜けるように歩いていくと、ふわり、と黒髪が視界の端で踊った。
「ルフィ!」
思わずすり抜けようとした腕を掴んだその先で、短く切った黒髪の少女が弾かれたように振り返った。少し慌てたかのような表情が、見た人の心を痛ませる。
「あ…! 悪い」
見慣れた黒髪のせいで間違えるなどと、自分でも驚きながらその少女を見た。そして、少し驚く。
 顔が似ているわけではない。しかし持つ雰囲気が、自分の大事なその少年をどこか連想させた。
 細い体、あまり装飾のない服、少女らしい初々しさが残るその表情には、まだ女性特有の甘さが感じられない。どこか中性的なイメージを呼び起こす仕種の彼女だった。
「…人違い、ですか?」
びっくりした表情の彼女に、ゾロは頭を下げた。一見、目つきの悪いあまり印象の宜しくない彼が、その少女に向かって頭を下げる様子は周囲の人間には奇異に写ったらしく、二人の周りの人ごみが少し遠巻きにした。ふと少女がゾロの腰のその三振りの刀に視線が動く。ぎゅ、と強い意志を込めた瞳で、自分よりは容易に頭一つ分高いゾロの顔を見つめた。
「すいません、助けて貰えますか!?」
「何?」
「変な人たちにウチの店が襲われているんです! 今、警備の人を探しに来たけど、誰もいなくて…! 助けて下さい!」
ぎゅうと、さっき自分が掴んだその細い腕に、今度は自分の腕が掴まれる。そして走り出した彼女に思わず、一緒についてしまった彼だった。


 自分の両手には1本づつの酒瓶がある。それらを大事そうに掴んで少しその両腕を高く上げながら、ルフィはうきうきした足取りで、また人ごみの中を歩いていた。
 さっき思わず助太刀に入ってしまった子どもの家は直ぐ近くの造り酒屋の子どもだった。別に難なく殴り倒してしまったごろつきなど、ルフィにはどうでも良い事だったが、実はこの街での鼻つまみ者で、無理やりに連れて行かれた子どもの家から、色々と感謝をされてしまい逃げ出すかのように暇を告げると最後にお礼に、と頂いてしまったその店自慢のお酒。
―――― ゾロ、喜ぶかな?
自分は余り、得意ではないアルコールであるが、ゾロの喜んでくれるその笑顔を想像して、ルフィは思わずくしゃりと笑った。
 ぱたぱたと勢い良く歩いていくその先。
 気付くと、港とは全然違うらしい方向へと歩いて来てしまっていて、いつのまにか人ごみもなくなっていた。くる、と周囲を見回すとどこかウラ寂れたような雰囲気の路地へと入り込んでしまっていることに気付く。ところどころには打ち捨てられたような瓦礫の山が散在していて、ルフィはその手に酒を持ったまま、器用に麦わらを被りなおしてしまった。
「あれ?港はどっちだ?」
「教えてやろうか?」
間髪入れずに聞こえてきたその提案に、ルフィは思わずその瓦礫の山の一つを振り向いた。その瓦礫の向こうに十数人の男が立っていた。
「おう!頼む!」
「…じゃあ、とりあえず囚われの身、って奴になってくれるか?3千万ベリーの賞金首さんよぉ?」
「やだね」
呆れたように言葉を返しながら、周到に退路を断つために回りこみ始めていた男達に気付く。
「…やめとけよ、怪我すんの、そっちだぞ?なあ?」
「じゃあ、死体をもらうか」
自分と対峙していた男の台詞に一斉に周囲を取り囲むようにしていた男達が、それぞれに手に獲物を持ち自分に狙いをつけて一斉に動いた。思わず戦闘態勢に入ろうとしたルフィはふと、自分の両腕の違和感に気付く。
「あ、やべ」
「よそ見している場合かぁ!?」
勝ち誇ったように両腕の酒瓶に一瞬気をとられたルフィへそんな叫びが頭上から浴びせられた瞬間、ぎいんと重そうな太刀音が響く。その刃をあわせた刀を、その持ち主が力任せに薙ぎ払うと、力負けした男が2、3人弾き飛ばされた。
「て、ルフィ、お前こんなところで何してるんだ?」
「ゾロこそ、また迷子か」
「うるせえ」
「迷子はいいけど、何で上から降ってくるんだ?」
「お前が見えたからな」
「何なんだ!?てめえっ!!」
「いきなり出てきやがって!」
「邪魔するな、3千万だ!」
呑気に会話を交わす二人に向かって、振り払われたことから立ち直ったらしい男を含んだ全員が一斉に襲い掛かる。
「後で、だな?ルフィ」
笑いながら、ゾロがその腰の刀をもう一振り抜き放った。その仕種にルフィはにやりと笑う。
「そゆことだ」
言いながらルフィはその二本の酒瓶を頭上高く放り投げた。本気で点にしか見えないほどの高さへと、放り投げられたその瓶に呆気に取られて男達はその二人が反撃に移ったことに一瞬気付くのが遅れた。
 一瞬のうちに、二人は反対方向へと走り抜けたかのように見えた。動体視力の良い人間なら、流れるようにその両手の刀を振るうその様と、数限りなく繰り出される拳が見えたことだろう。走り抜けたかのような二人は、同時に走り出したときと同様、ひたりと立ち止まった。
「け、弱えな」
「まったくだー」
ゾロが刀を鞘へと戻し、鍔が軽く音を立てたのと、ルフィが放り投げた酒瓶が再度、彼の両腕の中に戻ったのは同時だった。残った男達は、何が起こったのか判断できず呆然と立ち尽くして、くるりと二人が振り向いた途端、われに返ったかのように慌てて走り去って行った。周囲には累々とした倒された男達の姿があったが、二人には既に周辺の瓦礫と同レベルのものにしか見えていなかった。とりあえず走り去った人間を追うのは諦めて、ゾロはルフィの麦わらの汚れをその大きな掌で叩いてほろう。
「ナミに殺されるから、賞金稼ぎと勝手に戦ったってことは内緒な、ゾロ」
「そうだな、じゃ、そろそろ船へ戻るか」
 ふとまた両腕で大事そうに持っているその瓶に気付く。
「で、何だよ? その大事そうに持っている瓶は?」
「これか?にしし、酒だ」
「酒? 何でお前、そんなもん買ったんだ?」
「買ったんじゃねえよ、貰ったんだ」
「はあ?」
「ゾロにやろうと思ったんだ! オレ、飲めないからな!」
ゾロの目の前に差し出すようにその両腕を伸ばす。自分にあげようと思ったその酒を大事そうに抱えて、反撃が遅れたのかと呆れ半分、嬉しそうにゾロが笑うと、ルフィもししし、と笑った。
「じゃあ、オレもこれやるよ」
どこに隠し持っていたのか、かわいいリボンをつけた小瓶を取り出した。中には色とりどりの綺麗に輝く飴玉。
「うわあ! すっげー美味そう! ゾロ、これどしたんだ?」
「…もらった」
「何だよ、ゾロ、オレと同じかよ」
受け取ろうと伸ばしてきたルフィの腕を掴むと、そのまま体全体で取り込むかのようにその細い体をかき抱いた。拍子に麦わらがぱさりと落ちる。そのまま腕に力を込めてぎゅう、と抱き締めると、腕の中で赤くなったルフィが嬉しそうに笑った。
「まったくいつの間にか、いなくなりやがって。見つけたら何だかケンカ始めてるし」
「いなくなったのは、お前だろー、ついでに飛び込んできたのもお前じゃんか」
そんな事をいいながら胸元に鼻を擦り付けてくるルフィの仕種に、ゾロは顔をルフィの揺れる黒髪の中に埋めた。
「でも何だかさ、照れくさいけど同じなのって嬉しいよな」
「そうだな」
「そういうのって何て言ったっけ?」
「ああ?知らねえぞ」
むうと胸の中で思い出せずに眉を寄せるその少年の表情に、ゾロは笑う。笑い声が頭の上から聞こえてきて、無条件に嬉しくなってしまったルフィはまたゾロの胸へとその顔を擦り付けた。
「おい、くすぐってえぞ? ルフィ」
「ゾロ、ゾロ、口にその飴玉、放り込んでくれ!」
「何?」
「だあってさ、オレ、手、動かせねえぞー、この体勢じゃ」
「…了解」




「どこに行ってたのかしらね?あんたたちは」
いつの間にやら太陽はその水平線へとその姿を隠していて、約束していた帰船時刻をとっくの昔に過ぎ去っていた。周囲は既に夜の濃蒼の闇に閉ざされ始めていて、港であるが故に船の周囲だけは煌々とガス灯が照らしていた。港の辺りは幾分静かではあるが、街のほうは相変わらずの喧騒が続いている様子が見える。
そんな喧騒をものともせずに、腕組みをして呆れたようにいうナミの言葉は静かに真っ直ぐに二人の上へと降り注いだ。
「飴食ってた!」
「酒飲んでた」
「そうなの。 ―――― 二人とも夕食抜き! 少し反省しなさい!」
「えええ!?そんなあ〜!!」
「仕方ねえな、なあ?ルフィ」
「ゾロは酒飲んでれば満足なんだろー?」
ばたんと鼻先で閉まるドアに、何を言っても無駄だと諦めた船長とその剣士は改めて前甲板へと移動する。いつものお気に入りの船首にもたれかかるように「うー」とも「むー」ともつかないうなり声をあげるルフィに、ゾロは小さく笑った。
「ほら、最後の飴玉」
さっきの瓶の中に1個残ったその飴玉を、港のガス灯に照らす。そんな仕種とゾロの言葉にルフィががばりと、その身を起こした。
「そうそう、ゾロ、さっきの言葉、思い出した」
「さっきの言葉?」
「ほら、オレが思い出せなかった奴」
「何だよ?」
「以心伝心」
無邪気に笑いかけるルフィの顔を、照れくさくて真っ直ぐに見れなくなったゾロの手から最後の飴玉がルフィの口元へと放り込まれた。

言葉よりも、空間よりも、何よりも。
近くに感じている。
以心伝心。



  〜Fine〜


そ、ソレは本当に以心伝心と言うものなのでしょうか?
(言葉使わずに心から心へ…じゃないですか?おい)
というツッコミはほうっておいて(笑)
Morlin.さまから頂いた4500hitの御題「以心伝心」でした。
とりあえず、離れていてもやる事も巻き込まれる事も
お揃いのゾロル、でした。
甘くないとゾロルじゃないやい!というかそれ以外書けません(笑)
何だかタイトルも間違えてます…。(汗)

しかし、最初に御題を頂いたときに
浮かんだのが松岡英明(知っている方いらっしゃいます?
SAMIは好きでした、今もたまに聞いてます)の
「以心伝心、言葉より早く、光と闇を抜けて♪」という歌だったところに
SAMIの年代を感じます(笑)


このところあまりに頻繁に出入りをするものだから、
ちょっと立て続けにキリ番を踏んでおりますvv
でもって、例の企画ものにまで引き摺り込んだりして、
えらいややこしい人間と知り合いになってしまいましたね、SAMI様?
(他人事のように言うか? 自分。)
このお話、乱闘シーンはあるわ、さりげなくラブラブだわと、
物凄いサービスがてんこ盛りでしょ?
オマケに、相手とはぐれてもどこか余裕がある二人で、
SAMI様のトコの彼らの魅力が余すところなく発揮されていて、
もうもうMorlin.は、すっかり骨抜きになってしまっているのでした。
こんな素晴らしい作品を、
ホントに本当に、ありがとうございますっ!
またお邪魔してお騒がせすると思いますが、(こらこら)
どうかよろしくお願い致しますですvv


SAMI様のサイト『Erde.』へGO!⇒**


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