希う(ちかう・こいねがう)


昼下がり。
前甲板で親友の形見となった刀、和道一文字の手入れをしていて、ふとゾロは想いを馳せた。

       ◇

 ―― おれの信念の証。

おれの宝。
この刀に誓った、おれの野望。
小さい頃から、大剣豪を目指していた。
亡き親友と誓い合った、はるかなる道。

世界最強剣士の座にある男――"鷹の目"
ジュラキュール・ミホークという名の男。
闘いを挑んで、みごとなまでな惨敗。
あまりにも遠き場所にあるのだと気づかされた、果てしない野望。

おれがいままで培ってきたものは、いったいなんだったのか。
あれほどまでに誓ったものも、崩れ去りそうで。
おれの二本の刀は、おれの敗北と共に折れた。
だが、おれの信念――誓いの証である刀は、折れちゃいない。
おれの信念は、折れなかった。
いまも共にある。

なあ、くいな。おれはいま、とんでもねえ男と一緒にいる。
このおれに、あいつ、海賊の仲間になってくれなんて言いやがった。
もちろん、最初は断ってやったさ。
おれの信念に後悔するようなことはしないと決めていたからな。
けど、事の成り行きでなっちまったよ、海賊に。
笑っちまうよな、名乗った覚えがないとはいえ、海賊狩りとして有名だったこのおれが、海賊だぜ。
大剣豪になるため、闘いを挑むまえに、死ぬわけにはいかなかったからな。
おまえと約束し、けれどおまえは逝ってしまって、
おまえの野望もおれの野望も、おまえの刀に誓って、おれは、大剣豪を目指していたから。
その刀を取られて、おれは仕方なく、大人しく磔にされていたそこに、そいつはやって来た。
おまけに刀を取り戻したあいつから返して欲しけりゃ仲間になれ、だとよ。そりゃ強迫だろ。
とんでもねえ奴だろ。
何者だときいたら、海賊王になる男だ、なんて言いやがる。
あいつもおれと同じように、他人からみれば、無謀と思える野望を胸に抱いていた。
おれが、いままで大剣豪になると決死の想いでいたのに、そいつときたら、
海賊王の仲間なら"それくらい"なってもらわなきゃ困る、なんてぬかしやがった。
そういう奴なんだよ。
くいな。もしおまえがあいつにそう言われたら、どう思ったろうな。
おれはなんだかぞくぞくしたね。
気が高ぶるっていうのか ―― どうしようもなく興奮するんだよ。
いい気分だった、あいつと戦うのは。こいつの仲間になるのも、悪くねえと思えた。
だから誘いにのった。
生き抜くためでもあったがな。あいつは面白そうな奴だった。
いままで考えたこともなかったが、
おれの野望も、命も、そいつに添わせて闘って生きてみるのも、悪くなさそうだった。
不思議な感覚だった。
そんなあいつでも、偉大な男だと仰ぐ奴がいるみてえだ。
そいつのようになりたいと思ってるらしい。
だがおれには、あいつこそが、小気味いいくらい偉大な男にみえた。
ガキなところもある奴だったが、なにか野性的な匂いのする奴で、
それでいてあいつは、可能性が一でも残ってる限り、どこまでだって這い上がろうとする奴でな。
あいつが信頼した目でおれだけに笑いかけてくる。これがまた心地いい。
おれはあいつについて行こうと思う。
そしておれはそいつと共に、最強の座を手に入れてみせる。
"海賊王"と"大剣豪"。どうだ。なんかいいだろ。

ルフィ……、
おれが敗けたとき、なぜおまえに誓ったかわかるか。
あまりにも遠い道のり。
もし、おまえと出会わなかったら、
独り海岸に打ちあげられたような絶望のなか、
おれの信念も折れていたかもしれない。
けど、おまえと出会ったから ――。

おれはな、海賊であるおまえ仲間になったのではなく、おまえの仲間になったから海賊なんだよ。
おまえに出会うまで、おれはあの男に闘いを挑み、勝つことがすべてだった。
だがおまえと出会い、おれの目標は、いつのまにか、
海賊王になるおまえの仲間として、そばに在ることになっていた。
海賊王になるおまえの仲間になるからには、
大剣豪になることは、ただの過程になっていた。
おまえと共にいること。
それがいまのおれの ―― すべてだ。

大剣豪になるからには、二度の敗北も許されない。
敗けの証の傷も、これ以上は刻ませるものか。
誓って。

おまえに誓っただろう?
だからおまえは、ふりむかずに突き進めばいい。
おまえが不安になるようなことは、すべておれが斬りすてる。
おまえが命をはって守らなくても、おれは歩いてゆける。
おまえが前をゆくのなら、おれは後ろから着いて行く。
だから、おまえは海賊王になれ。

ちゃんと大剣豪になってやるさ。
おまえとの約束だからな。
とことん付き合ってやる。
おまえがおれに飽いてもだ。おまえが誘ったんだ、嫌とは言わせないぜ。


     ◇


ゾロは刀を天にかざした。
切っ先が太陽を突く。
光が降りかかり、刃に光の一線がほとばしった。

―― くいな、いまに見てな。お前のいるところまで、あいつとおれの名が、轟かせてやる。

刀を水平にすると、ふと鏡のように映ったルフィと目が合った。
「!?」
ふり向くと、背後であぐらをかいたルフィがいる。
「ル、ルフィ。お前いつからそこに!?」
こんなに近くにいたのに、まったく気がつけなかった。
「ずっといたんだけどな。珍しくゾロ気づかねえから、いつ気づくかなーって」
にいっ、と笑ってみせる。
「きれいだな、ゾロの刀」
言うとルフィは立ち上がって、ゾロの前までやって来ると、しゃがみ込んだ。
「こっちのもやっぱきれーなんだろうな」
と、黒と赤の鞘におさまった、二本の刀を指す。
「当たり前だ。おれの宝だぜ。問題児もいるがな」
「ん。だな」
ししし、とルフィが笑う。ゾロも挑戦的に笑みを浮かべる。
「なあ、ゾロ」
「なんだ」
「その刀だけはなんか特別っぽいけど、なんでだ?」
ゾロは瞬いた。気づいているとは思わなかったし、ルフィが他人のことで、こういうことを訊ねてくるのは珍しくも思えたし、いまさらな質問にも思えた。

―― そういえば、話したことは一度もなかったか。

ほかの仲間たちは、結局事の成り行きから、それぞれの過去やかかえる問題なんかを、それとなく知ることとなったけれど、自分はルフィに刀を取り戻してもらい、磔から解放してもらっただけ。むしろ、あのときに救われたのは、コビーだっただろう。
「そうだな……」
ゾロは刃に自分の顔を映しこみ、水平に構えると、横目でルフィに笑みをむける。
「おまえが海賊王になったら、教えてやるよ」
「ちぇー。なんだよォ」

 ―― おれは刀こいつに誓ったからな。大剣豪になって、海賊王おまえと共にいる―― とな。

「なんかゾロ幸せそーに笑ってるし。ムカツク。なんなんだよー!」
腕を激しくゆすられ、ゾロの笑みは深くなる。
「よかったなじゃねえか、ルフィ」
「なにがだよ。全然よくねーよ!」
「おまえのことを考えてたんだよ」
「え、あ、お、おれ……?」
「顔赤いぜ? ルフィ」
「あ、赤くなんかなってねえ!」
「っはははは」
ゾロはそう言ってゾロ、ルフィの頭に手をのせる。優しい笑みの浮かんだ顔にルフィは、照れくさいのか悔しいのか、口をとがらせて視線をおよがせる。ゾロはその両頬をはさみこんで、自分の方に向けさせる。
「そうむくれるな」
「む、むくれてねえ……」
「そうか?」
「そうだよ」
ははは、とゾロが笑い、ルフィはますます顔を赤くして、急に立ち上がるとゾロの手から和道一文字を奪い、もう片方の手で鞘も持って行って、船首の上に立った。
驚いてゾロも駆け寄った。
「お、おい。危ねえだろルフィ」
ルフィは刀を持って両腕をあげて、
「海に落としてやる!」
「なっ、何だとォ!?」
船首に立つルフィを引き下ろそうとすると、赤い顔のまま、キッとルフィが威嚇するようにふり向く。思わずゾロは、ルフィに触れそうになった手を宙にとどめて、両手をあげた。
「わ、わかったって」
危ないからさっさと降りろ―― ゾロがみなまで言う前に、一瞬、特に船首が大きく揺れて、ルフィの身体がぐらりと傾き……。
「―― って、ホントに落ちるヤツがあるか!!」
波でゆれた船は、前部分――つまり船首が一番ゆれるのだ。身を乗り出して、ゾロはとっさにルフィの足をつかんだ。安堵から盛大にため息をもらした。
「―― ゾロ、おれちゃんとゾロの刀持ってるぞ。えらいだろ」
持ってなきゃ落とすぞ、この。
「ああ、えらいえらい。ったく、心配させんなよ、このバカ……っ」
ひどく乱雑に扱われたルフィが、甲板へ叩きつけられるように引き上げられた。頭をめり込ませるルフィを、面倒くさそうにゾロが起こさせてやる。ふとゾロは、ルフィの足が目に入った。膝に浅くはしった切り傷。
「ったく……切ってるじゃねえか」
「ん? あ、ほんとだ。でもかすり傷だし。すぐ治るよ」
何度目になるか分からぬため息をつき、ゾロはルフィの両手から、刀と鞘を取り上げて、刃を収めた。
二の腕をつかんで、ルフィの傷を見つめながら言った。
「ルフィ、刃物に弱いくせに、刀を持ち出すな。それから、船首に立つのも危ないからやめろ。こっちの心臓に悪い。だいたいなんで泳げもしないくせにいつもあそこに座るんだか……まったく」
「……ゾロ。お前さっき刀のほう心配してたじゃんか。へへへ、説教じじいみてぇ」
言葉のわりに、いつのまにかルフィが上機嫌に笑っている。ゾロは顔をあげ、ルフィの表情を見て呆れる。
「お前、ちゃんと人の話聞いてんのかよ……」
なにか疲れ果てたゾロはうな垂れ、そこにルフィの覗き込んでくる顔が急に視界に乱入して、ゾロは大袈裟に身をひいた。
「なんだよいきなり。驚くだろ」
「ゾロこそどーなんだよ。おれと刀、どっち心配してんだよ」
「………お前だってさっきまで拗ねてただろうが」
「……拗ねてねえよ」
「ああ、そうだったな。ヤキモチだったか」
「違う!!」
「はっはっはっは!」
ゾロは顔を真っ赤にしているルフィを抱き寄せた。腕の中で暴れるルフィを閉じ込めて、耳元に囁く。

  ―――― お前がいるから、今のおれがあるんだぜ?

「………………そっか」
「ああ」
くつくつと、ゾロは喉もとで笑う。それを聞いたルフィは、抵抗をやめ、ゾロの抱擁に身を委ねた。





「毎日毎日、よく飽きないわねー。あっきれちゃう……」
「ありゃあもう、日課になってやがるな、きっと」
「ほっときゃいいんだよ。一々付き合ってらんねェよ」
「ナミさん!おれだった日課でもオッケーっすか!?」
「ノーに決まってるでしょ」



     ◇


お前と共に在りたい。
叶えてくれるのはお前だけ。
だからおれはお前へと希う。
どうかいつまでも、お前と共に在れるようにと。



−end−


 *浅葉みゆいサマから頂きました。
  真摯な誓いと、
  打って変わって何だかほのぼのとしたルフィとのやりとりと。
  いかに幸せなのか、会話で示してる彼らなのがまた、
  ナミさんの台詞ではありませんが、呆れちゃいますよねvv(うふふんvv)
  とても幸せなお話を、どうもありがとうございました。
  大切にしますね?

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