5月5日 すべてが 君へ 君の上へと  

〜ルフィ誕生祭SS 6
 

「ルフィなあ、病気なんだぞ?」
「何っ?! あの健康の塊のようなヤツが?」
そんな言葉を口にした途端、そのころころと愛らしい姿をした船医が呆れたような視線を投げた。
「うん、原因も多分処方箋もしっかりしている病気」
「だったら、すぐ治療して…」
「オレは直せない病気なんだもん。くやしいよ、この船の船医なのに」

「あなたは考えたこと、あるのかしら?」
「ああ?」
目の前では奇麗に切り揃えられた黒髪を持つ考古学者が難しい顔をして、ダイニングで酒を飲む彼へと言葉を切り出した。
「言葉の持つ大切さを」
「何だと?」
「想いが通じるという事と、言葉の持つ大切さは違うってことを、あなたは考えたことがあって?」

「まあな、色んな考え方があると思うけどな」
「何がだよ」
砲台の掃除をしているこの船の狙撃手が、その後ろでいつものトレーニングを始めた彼へと言葉をかける。
「オレはお前らはそのままで良いと思うけどな」
「どういう意味だよ」
「でもま、たまには周囲にも目を向けた方がいいかもな、っていう話」

「…クソマリモ」
「ゴアイサツだな、ああ? おい」
いつものように酒瓶を棚から抜いた途端、何の前触れもなくそんな言葉を背より投げ付けられ、片方の眉があがる。
「何であんな状態にしておくんだ?」
「あんな状態?」
「クソゴムが、んなに落ち込むのはお前のせい以外に考えられねえ、責任とって何とかしろ」

「まったく、何でそんなに不器用なのよ」
「何だと?」
午後の日差しは随分と強くて、飲んだ酒はさっさと汗となり蒸発していくから、日陰で寝ようとしていたら、目の前にたった、その奇麗な足の持ち主にそんな言葉を浴びせられる。
「足りなくても、多すぎても、あいつはアイツなのよ」
「何の事だよ?」
「ダイヤの硬度を持っていても、輝度は傷つけられれば曇るのよ。宝石と同じだわ」

 ゾロは、そんな言葉を最後に投げつけて行ったナミの後姿を呆然と見送った。何だ、今の謎かけのような台詞は。午後の昼寝に入るために、頭の後ろで組んでいた腕が解けた。今日は朝から謎かけばかりだ。そんなに多いとは思えない、この船の乗員全員にまるで咎められるかのように、非難されているかのように、色んな言葉を投げ付けられた。
 思い当たる理由は一つしかなかった。それは、この船の船長の話。ここ2、3日全然構ってやれてない。それどころか、食事時以外は避けられてさえいるような始末だったから。実は彼らの言葉が何を指して、自分を非難めいたことを言われているのか、全然見当さえついていない。
「とりあえず…探すか」
恐らく自分にまつわる何かを皆に話してまわっているのだろう。あの船長は、この船では太陽のような存在で、その1点が曇ると、あっという間に船全体へと雲がたれ込めてしまう。そんな存在だから。そして、自分もそんな太陽を眩しく見上げる存在のうちの一つにしか過ぎない自覚は有りすぎる以上にあるのだった。

 ルフィはいつもの場所で前を向いて座っていた。船は方角としては南へと舳先を向けているのか、彼の右側がオレンジ色で染められている。どこか甘く煮詰めた金柑を思わせるその色は、それでも周囲を明るく照らし出していて、まるでそんな色の水の中を歩いているような錯覚を覚えた。もうそろそろ、その姿を水平線へと隠してしまいそうな太陽の光を追うように、ゾロは空を仰ぎ見る。見事に周囲と同じような色で染め上げられていた。船は、今日はこの場所へと停泊するつもりなのか、主帆は既にマストの上部へと巻き上げられた。視線を空から、目の前に広がる海へと戻す。目の前の海を眺める、その背中へと。ぎしぎしと、甲板の板を踏み歩く自分の足音には気付いているはずなのに、彼は真っ直ぐに前を見詰めたまま、身じろぎもしない。
「なあ、ルフィ」
「何だ?」
打てば響くような言葉が返ってきて、逆に自分が近づいてきている事には気付いていたことが、ありありと分かる。ゾロはそこでどんな言葉を掛けようか、どんな話をしに来たのか、何も考えてなかった事に気付いた。自分に何も言ってくれない彼に、非難の言葉を言おうとした訳ではない。言葉を探すうちに、何だか妙な間合いの沈黙となり、声を出しづらくなった。そんな雰囲気を先に破ったのは、前を見詰めたまま振り返りもしない、麦わらの持ち主。
「…ゾロ? 用事じゃないのか?」
その声はどこか、微かに聞こえた。いつもの強い、通る声ではなく、どこか儚げな声に聞こえたのは、他の船員達にあんな事を言われ続けたせいだろうか、とゾロはその薄い背中を見詰めながら思った。
「用事か。それはそうだったが、やめた」
その言葉には何も返事は無かった。ゾロはその背を見詰めながら、言葉を続ける。
「お前が何か言いたければ言えば良いし、行動で示したければ、そうすれば良い。何もしたくなければ、別にそれはそれで、オレは構わねえぜ。そんな事ぐらいで、お前の船に乗ってられる訳もねえなあ」
腕組みをして、何となく太陽の在る方向とは反対側を向いて、そんな事を口にした。何をどう言おうが、どんな風に行動しようが、それは彼だ。自分はそんな彼についていくから、自分は気にしない。むしろそうでなければいけない。そういえば、そんな事を考えていた。だから、そんな言葉がするりと口から飛び出てきた。そして、その言葉を聞いたルフィは、初めてゾロを振り返った。そのまま、船首から小さな掛け声と共に、その頭の麦わらを押さえながら降りる。
 周りを染め上げている太陽の手の影は、少し俯いたままの彼の表情の上へと落ちていて、ゾロからは窺い知れない。ぺたぺたと、草履の音だけが耳へと届く。前に立ち、そのままその右の拳を振り上げた。どす、と言う音と共に、ルフィの拳は振り上げられ、力いっぱい落とされた。ゾロの胸板の上へと。
「…っ」
「なあ、ゾロ、オレ色々と考えてたんだけどよ」
「…何だよ」
容赦の無いその拳に唸り声をあげるのも、悔しい。ましてや、痛みを堪えている表情を出すのも悔しくて、ゾロは難しい表情を作ったまま、顔面をひくひくとさせてしまった。麦わらを被ったまま、目の前で俯いているルフィに見えない事は分かりきってはいたのだが、それでも見せたりしたら悔しいと思う気持ちはあった。
「ゾロはオレを大事にしている。むしろ、しすぎている。お前、オレを最優先に考えたりしてねえか」
「ああ?」
少々語尾が上がり気味だったのは、止める事は出来なかった。何を言い出すのだろうか。
「でも、オレがゾロに望むのは。仲間として、……ウソップの言葉を借りるなら、相棒として、自分の夢を掴むために、オレの隣で走っていくゾロなんだ。守ってもらいてぇ訳じゃねぇ」
もう一度同じ場所へと拳を振り上げ、そして勢い良く落とした。それでも先刻よりは、幾分力を和らげている。それが良いことなのか、悪い事なのか、ゾロにはからっきし見当も着かずにいたが。
「オレの周りでオレの敵を排除する方へ動いていく。それじゃ、ダメなんだ。オレは強いけど、甘ったれた子供っぽい部分もたくさん存在する。それに気付いた瞬間に、オレはお前に……頼りきってしまうかもしれない。もしかしたら、その居心地の良さに全てを委ねてしまうかもしれない」
行き場の無いまま、胸へと落とされたままのその拳を掴んだ。ゴムの性質のせいか、男の腕というよりは柔らかで、少年のそれの感触に近い。そして、その体質は彼の資質にも関係をしてくるのだろうか。真っ直ぐに伸びる木々の枝のように見えて、そして子供のように純粋すぎて残酷な一面を持つ彼。その言葉。
「オレがオレじゃなくなってしまったら」

「そしたら。お前に腹を切って詫びなければ、ならないかもしれない。オレがお前の夢の妨げになるんだったら」

「アホ」
ゾロの言葉にルフィは思わず顔をあげた。口調の厳しさからは想像も出来ない笑顔が、顔をあげたルフィの視線を出迎える。
「お前がお前じゃなくなるっていうのは、どういう意味だ。誰がお前に、自分の夢の妨げになるって言った?」
「ゾロ?」
「お前を。オレが前ばかり見てつっきって走り抜けて行ってしまうお前の周りを見るからって、お前が弱くなる訳がねえ。勿論オレもだ、お前が自分で選んだオレを、仲間達を、それから自分自身を過小評価すんな」
「オレは弱くなる、なんて言ってねえっ」
「おう、じゃあ、言い方変えるぞ。別に子供っぽい部分があるからって、誰もお前を非難したりしねえぞ」
「…」
「子供っぽい部分、結構じゃねえか。そんな部分もあって、敵に向かって躊躇なく駆け出していく部分、オレ達の……仲間の夢を大切にする部分、全部が溶け合って、初めてオレ達の船の船長の姿になるんだ」
「とけあって、オレ?」
似たような言葉を聞いたような気がした。真っ直ぐな清廉な光の降ってくる船室で。色鮮やかな風の走る緑の中で。
「好きなものは好き。嫌いなものはキライ。それで充分だ。別にオレ達は正義を掲げる海軍なんかじゃねえ。好きなことを好きなようにやっている海賊なんだからよ」
ゾロは掴んだ腕をそのまま下ろす。抵抗は何も無かった。ただ、ルフィはゾロを見詰めている。その瞳が揺らめくことなく、射抜くように見えたが、飲み込まれないように、ゾロはただ見詰め返す。
「それに、無理に言葉にする必要はねえが、まあ、気付かない場合もあるし、安心のために言葉が必要なこともある。あいつらにはたまには必要にもなるだろ。船長としての言葉がな。それはそれで、その時に考えりゃいいじゃねえか」
柔らかな日差しの差し込むキッチンで。まあるい陽だまりの中の、暖かな温もりの中で。
「ただオレにはそれは必要ない。……オレは、お前の直ぐ近くに在ることが、その事自体で今よりもさらに強くなれると。……上へ駆け上っていけると、正直思うんだからな」
真っ暗な闇の中、仄かに浮かぶランプの灯の中で。確かに聞いた。その言葉を。
「…そか」
「ああ、そうだ」
一瞬、ゾロの言葉に飲まれたかのように、その目を大きく見開いて。そして、彼はいつもの笑顔でにっかりと笑った。そのまま、ゾロが掴んだままの腕を、何度も何度もさっきと同じ場所へと振り下ろす。ばしばしばしっと情け容赦ない音が、さすがにゾロの眉をひそめさせた。
「いい加減にしろ、ルフィ。いてえだろうが」
「そうか? でも、何だかオレ嬉しいんだ。だから黙って耐えろ」
「サドかよ」
「何でだよ」
言いながらも、ばしばしと叩く手は止めようとはしない。そのうちに「く〜〜〜〜っ」という、声を上げながら、足も踏み鳴らす。まあ、いいか、とゾロは勢いに任せて叩きまくるルフィを、痛みに眉を顰めながらも呆れた表情で見つめた。
「ゾロっ」
「?」
「でも、ただひたすら守るっていうのは、やめろよな。一緒に走れ! 時々だけでいいからな、そんな走らずに回りを見るっていうのは」
「無茶言うな」
「だってよ」
「何だよ」
「…オレだって、お前が夢を叶えるその道を、お前の剣以外の邪魔になるもん、なくしてやるからな!」
「お互い様ってやつか」
「おう、お互い様ってやつだな!」
「…じゃあ、やっぱり一緒に駆け上るか? 世界の頂点って言う場所に」
「ああ!」
その笑顔は、いつもの彼の自信たっぷりで、でも世界に起きる何もかもを好奇心の形をその手にして歩いていけそうな、そんな誰もが思う。満面の笑顔だった。

 いつもよりも夕食のおかずが多い。おまけに内容もどことなく豪華な上に、ルフィの好物ばかりだ、という事に気付いたのは、ナミだけだった。サンジは食前酒として、いつもなら棚の一番下の部分にあり、ゾロが身体を捻らなければ手が届かない部分にある酒を恭しくテーブルの上へとあげた。
「…あら? とうとうそのお酒封切るの?」
「今日は特別な日ですから」
「何だ? 今日って何だ?」
わくわくと瞳を輝かせているチョッパーへと、サンジは酒の銘柄を見せながらにやり、と笑う。その様子を見ながら、隣に座っていたウソップがにっかりと笑い、サンジが恐らく言わないだろう台詞を受け取った。
「今日はルフィの誕生日だからな」
「本人は忘れているみたいだけどね」
「あのクソマリモもです」
サンジが手際よくたくさんの料理を並べていくのを、ウソップとチョッパーは楽しそうに見つめていた。ナミはその様子を一瞥すると、丸窓の外。遠く船首を眺める。そして誰にも気付かれないように、小さくにこりと笑いを零した。
「あら? 今日船長さんの誕生日なの?」
目の前で展開される船員達の会話に、ロビンは読んでいた本からふと、視線を上げて驚いたように声をかけた。
「そうよ」
「じゃあ、記念日ね、本当に」
「何でだ? ロビン。誕生日て確かに特別だけど。記念日とは違うぞ?」
その可愛らしい舌足らずな口調で不思議そうに疑問を口にするチョッパーへと、ロビンはふふふ、と笑った表情を見せた。
「特別な記念日よ。だって、彼がいなかったら、この船のこの空間や、時間や、こんな想いを浮かべる事は決してなかったはずだもの」

ただ、ひたすら君らしく在ってくれれば。
ただ、ひたすら君らしく笑っていてくれれば。
ただ、ひたすら君らしく戦っていてくれれば。
何もかもが、それで君の望むべき方向へ。
望むべき未来へ。

全てが 君へ。君の上へと。





    
end


*SAMI様のところの『船長誕生祝い第1弾』
 6話仕立てのお話だったのですが、
 こうやって1つだけを取り出させて頂いても十分に成り立つ、
 こんな充実した作品をDLFにして下さる、男前な方でございます。
 ありがとうございましたvv
 大事に読ませていただきますね?


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