■ 飛沫 ■

 剣豪と船長と船医。
 Morlin.様へ、サイト一周年記念。

風の凪いだ真夏の海程、最悪なモノは無い。
船はピクリとも動かず、頬を撫でる風も無い。
夏の陽射しは、容赦無く降り注ぎ、海の真中では木陰も無く、陽を遮るモノは無い。
ほんの数分、甲板に居るだけで、肌がジリジリと焼け付いて行く。

身体中の水分が全部、蒸発し切って、喉の奥が渇いて貼り付いて気持ちが悪い。
額や首筋を、温い汗が伝い落ち、幾ら掌で拭っても、汗が止まる事は無い。
気持ち良く渇いた白いタオルが、あっと云う間にグシャグシャになってしまう。

…夏は、こんなにも暑かっただろうか。
流石はグランドライン、しかも夏島の夏…と云った処か。
何処迄も広い海の上、世界で一番暑いだろう夏島の真夏日に、溜息が零れる。

経験した事も無い強烈な暑さに、人間離れした海賊達も、次々と音を上げ始め。
勢い良く蒼海に飛び込んだのは、北国生まれのサンジと、元々体力の無いウソップ。
何処で揃えていたのか、水着に着替えると、ドボンと海へと身を乗り出した。

水飛沫と歓声を上げて、水と戯れる二人に、ナミとビビは最初は笑っていたが。
首筋を伝う汗の熱気と、煌く水飛沫を天秤にかけて…どうやら後者を選んだ様だ。
此れ又、何処で仕入れていたのか、色違いの水着に着替えて、海へと飛び込む。

『あぁ…まるで人魚の様だ』

とは、眼をハート型にしたサンジの台詞だが。
確かに鮮やかな色の水着を纏い、蒼海と戯れる女性群は、確かに涼しげで。
一瞬でも、陽の暑さを忘れる事が出来そうだった。

蒼海に子供の様にはしゃぐ声が響いていたが、船の上は、奇妙な静けさに包まれていた。
むっとする暑さの中でも、顔色ひとつ変える事無く昼寝をしていたゾロは、首を傾げる。
陽の当る場所で昼寝をしていた所為か、シャツは汗でベトベト、肌はこんがりと焼けていた。
脱いだシャツを絞ると、汗がポタポタと落ち、甲板に黒い染点を刻んで行く。

船の手摺から身を乗り出すと、サンジとウソップ、ナミとビビが泳いでいるのが見えた。
連日の暑さに疲労困憊していた筈なのに、何処に泳ぐ気力が残っていたのか。
ゾロはもう一度首を傾げながらも、梯子代りのロープを垂らし、辺りを見回す。

そう云えば、悪魔の実の所為で海に嫌われてしまったルフィとチョッパーは何処へ行ったのか。
海に入る事の出来ない二人は、サンジ達と一緒に、水で遊ぶ事も出来ない。
此の茹だる様な暑さに、きっと毛皮に覆われたチョッパーは、眼を回しているだろうに。
そしてルフィは、毎日元気に甲板を走り回っていたが、連日の熱帯夜の所為で幾分寝不足気味だ。

影の少ない船の上、逃げ込む場所は限られている。
ゾロは、キッチンから良く冷えた酒瓶を一本持ち出し、蜜柑畑を覗き込む。
僅かに涼しげな影の中に、小さく丸まっている二人の姿が見え、ゾロは小さく笑ってしまう。

鮮やかに煌く蜜柑の樹の影に座り込み、ルフィとチョッパーは羨ましそうに海を見詰めていた。
リスの様に、口いっぱいに氷を頬張り、ガリガリ噛み砕きながらも、唇を尖らせている。
いかにも拗ねてます…と云った風な表情に、ゾロは苦笑を浮かべ、冷たい酒を一口飲み、葉を揺らす。

「何してんだ、こんな処で」

ゾロが二人の上に影が落ちる様に身を屈めると、更に口を尖らせた二人は、新しい氷をガリガリ鳴らす。
口に入れた氷も、瞬く間に溶けてしまうのだろう…ヘの字に唇を曲げて、二人は溜息を吐き出す。
ほとんど溶けてしまったバケツの中の氷水を、ルフィはチョッパーの頭に、かけてやりながら。
暑さには平気そうな顔をするゾロの、足を思い切り、裸足で蹴飛ばした。

「……………暑い」
「仕方ねぇだろ、夏なんだから」
「良いじゃん、ゾロは泳げるんだからさ」

膝を抱えて、上目使いに睨み付けて来るルフィに、ゾロは大きな溜息を吐き出す。
話す元気も無いのか、眼をクルクル回しているチョッパーに影が落ちる様に身体を屈めると。
ルフィの上に、陽が差し込み、更にルフィは口を尖らせ、ゾロの足を蹴飛ばし捲くる。

「痛ぇって」
「ゾロ、何とかしろ」
「は?」
「船長命令!」

都合の良い時だけ『船長命令』を出すルフィに、ゾロは呆れ返った様に肩を竦める。
ゾロが、自分の云う事には逆らえない事を知っていて、とんでもない『命令』をするのだ。

確かに…此の侭では年少二人組は、あっと云う間にダウンしてしまうだろう。
特に、チョッパーに倒れられたりでもしたら、此の船はとんでもない事になる。
小さくても一人前の船医の存在は、此の船の上では大きなウエイトを占めているのだから。
そして、其れ以上に船長に拗ねられてしまうと、後で機嫌を治して貰うのが難しくなる。
一度拗ねると、異常に長いのだ…ルフィは。

「ゾロ?」
「判ったよ…何とかすりゃ良いんだろ」

伝う汗に顔を顰めながら、其れでもゾロは頷いて、二人の頭をワシャワシャと撫でて。
海で泳ぐウソップの名前を大声で呼んだ。


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後日。
ウソップ特製の小さなプールの中、パシャパシャと水を弾く二人が居た。
勿論水を汲み上げるのも、もしもの為に監視するのも、ゾロの役目。

サンジ達が蒼海で気侭に泳ぎ、ルフィとチョッパーがプールで遊んでいる間も。
ゾロはひとり、炎天下の中、汗を滴らせていたりする。





 *一條様からサイト開設1周年のお祝いに頂いてしまいましたvv
  新刊の原稿でお忙しいのに、本当にありがとうございますです。
  なんだか、いつもいつも
  Morlin.の我儘を聞いていただいているばかりな気がします。
  でもねでもね、一條様のお書きになるお話って、
  その風景画、なんと言うのか、こう、
  淡々としているのに、
  淡々としているから?
  読み手の心象にとても入って来やすいというのか。
  さばさばとしていて心地良いんですよね。
  それでいて、キャラの心の内面となると、細やかで鮮烈。
  羨ましい限りです。
  大切に読みますね? ありがとうございましたvv

一條隆也様サイト『HEAVEN'S  DOOR』へ**

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