花も嵐も踏み越えて

 

真昼の甲板には誰もいない。
いつもより広く見えるデッキの片隅で、ゾロは船端に背を預けて目を瞑る。


誰もいないのは、ゾロ一人を残して他の連中は島に上陸したからだ。
ーーー 今日は荷物持ちを免除してあげる、あんた誕生日だから。 ーーー
ナミが勿体ぶってそういうのを、ゾロはありがたく受けることにした。
たまにはそれも悪くない。
いつもは馬みてぇに荷物を山と担がされるもんな。
ことのついでにナミに交渉して、留守番役のルーティンワーク(帆の繕いやら、破損箇所の修復など)も免除を申し出た。
ーーー だって、俺は今日誕生日だぜ。ーーー
その言葉には、いつもは容赦なく人遣いの荒い航海士もむげに却下は出来かねたようだ。
そんなわけで今現在ゾロには何もするべきことはなかった。
黙って思いを巡らせる以外は。

 

・・・一つ前の誕生日と、今日という日を比べれば、そのあまりの違いに我ながら目を見張る思いがする。
一時ちょっとしたチームを組んだことがあるとはいえ、あくまでも一匹狼なタイプだと、周りも自分も信じて疑わなかったのに。
今は、やたら騒がしい連中とすったもんだしながらの海賊道中ときている。
ゾロは瞑っていた目をあけると、船首の羊のフィギュアを見遣った。


全ては「あの時」に始まったのだ。
磔場に括りつけられていた自分に、ニッカリと笑いかけた黒い瞳と目があったあの時。


いつもは無愛想に引き結ばれた薄い唇から、小さく息がもれる。
そういえば、久々にゆっくりと一人きりなのに、何故だかあまり眠くない。
アイツの騒がしい声をBGMに眠るのに馴れ過ぎて、かえって静かだと眠れなくなってしまったのかも知れねえなぁ。
そんな風にぼんやり考えていたから。


 

『ゾロ・・なぁ、ゾロってば。』
呼ぶ声は、自分の頭の中だけで聞こえているものだとばかり思ったのだ。
大体、アイツは買出し中のハズだし。
目の前で、サンジがこれ見よがしに薄い肩に腕を廻して連れ去っていったのを思い出して、ゾロの眉がぎゅうとひそめられる。
だが。
「ゾロ! いるんだろ?」
少し強い声で再び呼ばれて、ゾロはやっとそれが生身の声だと気付いた。
「・・・!・・・。」
慌てて船端から身をのりだすと、赤いカタマリが目に飛び込んで来た。
桟橋に立ったルフィが、こころもち唇を尖らせてこちらを見上げている。
「寝てたんか? 何べんも呼んだんだぞ。」
その腕には、不釣り合いに大きな赤い花束が抱えられていた。
「ル・・。」
「梯子、降ろしてくれよ。」
「・・なんで。」
予想外の出現に慌ててしまった自分にちょっとハラが立って、ゾロはぶっきらぼうに言い返す。
「梯子なんて面倒だろ。ゴムゴムであがって来い。」
「だめだ。花びらが落ちちまうもん。」
いいながら、ルフィは花束を軽く揺すってみせる。それだけで赤い欠片がハラハラと草履の足元に散った。
「だから。はやく梯子。」
「・・・おう。」
あたふたと降ろした縄梯子を、ルフィは常日頃に似合わぬ慎重さで昇ってくる。
「これ、持って。そっと、な。」
待ち受けていたゾロに花束が押し付けられた。
花はルフィのベストと揃いの色だ。
ゾロはいわれた通り、赤い花束を丁寧に抱えた。
「ふうん・・ゾロ。」
甲板に降り立ったルフィは、一歩下がってしげしげとゾロを見る。
そうして黒い瞳を悪戯っぽく光らせた。
「んだよ。」
「意外と似合うなー、花束。」
「・・阿呆。」
・・・そりゃ、こっちのセリフだ。この花はお前の色じゃねぇか。
「買い出しはどうした。」
「んん。サンジに帰れっていわれた。邪魔ばっかするからってさ〜〜。」
「・・・へぇ、そうかい。」
その言い方が、拗ねたように聞こえるのは気のせいだろうか。
ルフィが屈託なくサンジに馴ついている風なのが、こうして時々ゾロの気分を重くさせる。
「静かだなー。天気いいし。」
そんなゾロの気持ちも知らぬげに、ルフィは空を見上げて伸びをした。
そうして反転した背中に、小さな紙切れが貼り付いている事にゾロは気付く。
「おい、なんだそれ。」
「ああ?」
「なんか背中にくっついてる。」
いいながら剥ぎ取った紙切れに目を落したとたん、ゾロの顔色が変わった。
それには簡潔にこう書かれていた。


 

ーーー 誕生日特別限定貸出。大事に扱うこと。ーーー


 

意外にも几帳面なその筆跡が誰のものかは明らかだ。
その上、御丁寧に渦巻き模様の落書きまで添えられている。
「・・あのヤロ・・。」
ゾロは苦い顔をして紙切れをクシャリと握り潰した。
妙なところで勘のいいクソコックが、『お見通し』なのはなんとなく察しがついてはいた。
しかし、こうもあからさまに揶揄されるとは・・。
貸出だとぅ? 何様だよ、おめえは。
歯ぎしりをするゾロに向かって、ルフィが腕を伸ばした。
「なにそれなんて書いてあるんだ?」
「なんでもねえ。」
「見せろ。」
「見なくていい。」
揉み合う2人の間に、先程のように赤い花びらが落ちる。
「あ。バカゾロ。花が・・。」
ルフィが足元の欠片に気を取られた隙に、ゾロは物騒な紙切れを海に投げ捨てた。
「気ィつけろって。・・大事な花なんだぞ、それ。」
恨めしそうにいうルフィは、すでに紙切れのことなどどうでもいい様子だ。
ゾロは密かにホッとすると、改めて花束を抱え直す。
「にしてもすごいな、これ。」
そういってやると、ルフィはたちまちパァァと顔を輝かせた。
「へへ。だろ?」
「んでも、こんなん挿せる花瓶あったか?この船に。」
「いいんだ。花瓶はいらねぇ。」
答える口調は妙にきっぱりとしている。
「んじゃ、どうするんだ。ずっと持ってんのかよ。」
「もうちょっとだけ。」
そういってゾロに花束を抱えさせたまま、ルフィは甲板の向こう側から空いている樽を一つ転がしてくると、ゾロの前に置いた。
「・・・?・・なんの仕掛けだ?」
首をかしげるゾロにかまわず、樽の上に登る。
「いいよ、ゾロ。その花かして。」
「おう。」
伸ばされた腕に、ゾロはいわれるままに花束を差し出した。
「これって、おれの島の誕生日祝いなんだけどさ。」
言い終わらないうちに、花びらがハラハラとゾロの廻りを舞いはじめる。
「・・・あ・・・・。」
ルフィが花束を揺らして、背後から花吹雪を注いでいるのだ。


 

「誕生日おめでとう、ゾロ。」
そして一緒に、ルフィの声が降って来た。
「花が降って来る間に願いごとをすると・・・。」
その声は、思いがけず真摯で生真面目だ。
「必ず叶うんだ。」


 

舞い散る花びらは、小さめでぼってりと肉厚で。
花の精油で艶やかに光る表面は、黒なずんで見える程深い紅をしている。
ボタボタと落ちては、手にも顔にも所嫌わず降り掛かる、それはまるで・・・。
血。
のようだ、とゾロは思わずにはいられない。
例えば次の誕生日を迎えるまでのたったの一年間ですら。
自分とルフィのどちらかが、この花吹雪のような血を流さないという保証はどこにもないのだ。
ゾロは花吹雪の中で息を詰めて立ち尽くした。

 

最後の赤い欠片が足元に着地した。
ゾロはゆっくりと振り返ると、樽の上に立ったルフィの腰の辺りに腕をまわす。
「上手くできたか? 願いごと。」
「・・ああ。ありがとうな。」
心から応える気持ちがつたわったのか、ルフィは嬉しそうにニコリと微笑んでゾロを見下ろした。
「それって大剣豪、だろ。」
尋ねられて、ゾロは首を横に振る。
「そんなん。わざわざ願わなくても叶えて見せるさ。」
「へえ?・・じゃあ何?」
ルフィは花束の残骸を手から離し、俯いてゾロの短い髪に指を差し込んだ。
目だけを上げてルフィを見つめると、少し黙ってからゾロは口を開く。


「・・・・次の誕生日も、花を降らせて欲しい。」
「・・・ゾロ。」
緑の髪をゆるやかに探っていた指が一瞬止まる。
「次も、その次も、ずっと。」
「・・・・・。」
頭からはずしたルフィの両手に指を絡めて引くと、細い体が樽の上からゾロの胸の中にすっぽりと納まった。


「どこにも行かないでくれ。ルフィ。」


低く言って、目の前の赤い唇に唇を重ねる。
長いキスが終わると、ルフィはゾロの腕のなかで小さく息をついた。
「・・・ゾロ内緒にしとけよー、そういうのは。なんかハズかしい・・」
「だって、お前が聞いたんじゃねぇか。」
「あ。そっか。そだな。」
ルフィは首を竦めると、小さな花のような笑いを浮かべる。
抱きかかえた体を赤い花びらの上にそうっと横たえて、ゾロは上から黒い瞳を覗き込んだ。
「・・・叶うんだよな?」
「ん・・・。」
うっとりと目を細めると、ルフィは腕を伸ばして降りて来るゾロの肩を押さえる。
「ゾロ、まだ花いっぱいくっついてる。」
「ああ?」
身じろぎするゾロのあちこちから、赤い花びらがヒラヒラとルフィの上に降った。
上気した丸い頬に落ちたひとひらを、ゾロはフゥッと息を吹いて払う。
「うくくくくすぐってぇ。」
「じっとしてろって。」
「あああだってさ・・。ひゃひゃひゃ。」


そうしてそれからしばらくの間、、ゾロとルフィは全身誕生日の赤い花びらまみれになったのだ。


 

*******


 

 

「なかなか・・・取れねェな、これ。」
あぐらをかいたルフィの薄い背中から、ゾロは花びらを一つ一つ丹念に引き剥がす。
剥がした後には、ゾロのつけた印がいくつも消えずに残っているのだが、それはルフィには言わずにおいた。


「ああ、そだ、なぁ?ゾロ。」
「んん?」
染まった背中にみとれながら、ゾロはいいかげんな生返事を返す。
「おれ、サンジとはなんでもねぇから。」
「・・ああ・・・あ?・・・何・・なんつった?今!!」
さらりと言われて、一瞬の間を置いてゾロの頭はいきなりシャンとする。
急に力のこもった指先に、ルフィは肩ごしに振り返ってしししっと笑って見せた。
「って。ちゃんと言えってさ、サンジが。」
「う・・っ。」
「今日ゾロとこーゆーことになったら。」
「〜〜〜〜〜〜〜。」
へへへ、とイヤな顔をして嘲うサンジの顔が浮かんで、ゾロは絶句する。
あの。おせっかいの、エエかっこしぃの、・・・・クソコック野郎が。
なんだよ?それは。
『オレから誕生日プレゼント』とかゆーんじゃねぇだろうな。


「大体とれたな? おっしゃ。」
浮かない顔をするゾロの前で、ルフィは勢い良くピョンと立ち上がった。
それからそこらに落ちていたベストをチャッチャと身につける。
「掃除、しようぜ。花このままじゃナミに怒られる。」
「・・・ああ・・。」
言われてゾロも膝についた花びらを払う。
んんん、と伸びをすると、船着き場の端っこに、てんでに大きな荷物を抱えた仲間達の姿 が見えた。
「やべ。帰ってきたぞ。」
「うぉっ? あ、ホントだ。」


 

おおおい、と仲間に手を振るルフィの背中をチラと見て。
それからゾロは俯いて花びらを帚で集めはじめた。
・・・・悪くない誕生日だった。
というか、いままでで最高かも。
その夢の時間もお終いだ。
これからはまた、騒々しくて物騒で、そうして面白可笑しい破天荒な毎日が続くだろう。


 

でも、ルフィさえ側にいてくれるなら。
きっとどこまででもいける。


 

ー−ー 花〜も〜〜、嵐も〜〜、踏みこ〜え〜て〜〜♪ ーーー


ふいに浮かんだ古い歌を低く口ずさみながら、ゾロはせっせと帚を動かし続けた。


 

 

 

END


■ 誕生日の定番ネタ『プレゼントはわ・た・し』のモリ風味、ゾロル版小咄でお送りしてみました。誕生日ですから、素直に甘く(あくまでモリ比)をモットーに。コレがアタクシの精一杯よぅ。受け取ってくれ、ゾロ吉!! とかいって、しかとサンジにオイシイところを振ってあったり・・。だめじゃ〜〜ん(へらへら)。
あ、そいからゾロ吉、くれぐれも人前では唄わないよーに! 頼むから。


 *それはそれは萌えなお話を書かれるモリ様のところからも、
  こそこそと頂戴してきてしまいましたvv
  お花の名前が出て来ないのは、
  ゾロもルフィも知らないから、なのでしょうね。
  祝福の花がゾロには血の色のように思えた…という下りは、
  さすが、剣の道に生きる男である片鱗という感じで、
  甘い話ばかり書いてないで、見習わねばとも思いました。
  ありがとうございましたvv


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