温度
 

「ほい、ココア」

冷たすぎる風、マフラーをぐるぐる巻きにしても頬を切る程に。
何枚重ね着しても足りない程の寒さ。

「ありがと」

映画の帰り、駅からの道程。
あまりに寒くて、緊急措置で暖を採ることにした。
道端の自動販売機、暖かい飲み物。
奢って、と強請ると簡単に了承してくれた。
云わなくても欲しいものを買ってくれる。
とても嬉しいことだ。
ゾロの手から渡される暖かい缶。
手袋を外した両手で受け取る。
かじかむ指先にじいんとした感触と少し遅れて伝わる熱。
暖かい。

「ゾロは?」

両手で缶を包んで、指先を暖めながらゾロを見る。

「俺は、これ」

屈んで自販機の取出し口から珈琲を出す。
ゾロもいつもと同じ、無糖でブラックの珈琲。
赤くなった長い指先で缶を包む。

「いつも一緒だな、ゾロは」

笑うと、マフラーの間から白い息が溢れる。

「お前だって、一緒だろ。いつもココア、だろ?」

それを云われると言い返せない、だって俺、珈琲飲めないし。
ココアだって美味しいんだから。

「ま、まあな。でも暖かいな、これ」

指先の暖を採る為に、握った指を解けずにいる。
飲みたいのだけれど指を動かすのが億劫で。
そのまま、冷めてしまうまで持って居たいくらい。

「お前、飲まないのか?」

ぷしゅ、と音を立てて缶を開ける。
顎を上げて、飲んでいる。

「・・・だってよ、手、離せない」

缶から指を離した途端に冷えてしまいそうで。
小さな缶を指で包んだまま。

「馬鹿だな・・開けてやるよ」

飲みかけの缶を足元に置いて、片手で自分の指を包むように握り、もう片手で開ける。
手許で缶の開く感触、口から湯気が上がる。

「これで、飲めるだろ」

笑う。
自分の手より冷たいゾロの指。
離さないで欲しいな、と思う。

「ありがとな」

飲もうと手を上げると離れて行くゾロの指先、なんだか惜しい。
でも飲む。
少しだけ温いような気がするけれど、充分暖かい。
口の中に広がる甘味、喉から落ちて行く暖かさ。
内側から暖まる。

「ぷはー」

一気飲みして、声を上げると言葉のカタチのような吐息が冷たい空気に流れる。

「ごちそうさまっ」

中身が無くなって急激に冷えていく缶をゴミ箱へ捨てる。
指先に残る暖かさを残す為に、慌てて手袋をする。
手袋の中、缶の暖かみが体温を少しだけ戻す。

「・・・早いなあ。ちょっと待ってろよ」

ゾロはそう云いながらも慌てることもなく、さっき足元に置いた缶を拾って飲む。

「それ、冷めてねえ?」

この寒さで足元に飲みかけの缶なんて置いたらすぐ冷めそうだ。
自分の為だから、余計に申し訳なくて。
聞いてみる。

「・・ちょっとな。でも、いい」

く、と飲み干す。
晒された喉元が寒々しい。

「はい、終わり、と」

缶を投げて、ゴミ箱に入れようとする。
けれど缶はゴミ箱の縁に当たって、違う方向へ転がって行く。

「へたくそ」

思わず、云ってしまう。

「・・・うるさいな」

苦笑しながら、転がった缶を拾って、今度はゴミ箱まで行って捨ててる。
その一連の動作がなんだか可愛くて笑ってしまう。

「なんだよ?」

じろり、と睨み付ける。
そんな顔されたって怖くないよ。

「ゾロが可愛いなあって」

思ったままの答え、嘘ついたって仕方ないし。

「そうかい、ありがとよ」

拗ねた表情でコートのポケットに両手を入れる。
そういうのも可愛いと思うよ、というのは黙っておいた。
学校では一番強いとか強面とか可愛げがないと後ろ指差されるゾロだけど、近くで見ると案外可愛いトコが
あるんだけどな。
みんな知らないだけで、結構可愛いんだよ。
でも。
そういう姿は他の人に見せたくない。
だってこの人、俺のだから。
身勝手で我が儘な感情、でも本音だから。

「そうだよっ」

拗ねて肩を怒らせて歩き出すゾロの背中目掛けて、体当たり。

「可愛いんだよっ」

肩に額をくっつけて呟く、小さな声で。
そのまま、立ち止まったゾロのコートの肩の硬い生地の感触でぐりぐりと遊ぶ。

「・・・お前の方が可愛いんだけどな」

さっきの自分より更に小さな声で呟いた。

「え?」

聞き返すと、照れたみたいにまた歩き出す。
ゾロの背中は感情が良く見える。
あまり顔に出さない性質だけど、逆に背中が感情を物語っている。
照れてます、って書いてある。
だったら云わなきゃいいのにな。
でも。
嬉しいよ、そういうこと云われると。
云わないけれど。

「歩くの早いよ・・・ゾロの方が足長いんだから」

一人で幸せなこと考えてる間にどんどん広がって行く距離、慌てて走って追い付く。

「・・・・・」

並んで歩いても、何も云わない。

「走ったら俺の方が早いんだぞ・・・判ってるか?」

聞こえない振り、みたいな顔をしてるから近所迷惑なレベルの声で云う。

「わかってるかあ?」

もう一度、だめ押しの大声。
ぴたり、とゾロの歩みが止まる。
俯いた肩が震えてる、笑ってる。

「・・・わかってるか?」

下を向いた顔に向かって、体を斜めにして小さな声でもう一度。
笑いを堪えている。
そんなに面白いことしたつもり、ないんだけどな。

「・・・・お前、面白過ぎ」

そう呟いて、口火を切ったように爆笑する。
ツボに入った様子。
つられて一緒に笑う。
笑った数だけ、白い息がこぼれ落ちる。
ひとしきり笑った後、また一緒に歩き出す。

「ゾロ、面白かったか?」
「ああ」

短い返事。
歩きながら、ゾロの顔を見上げる。
冷たい風を受けてもまっすぐ見据える目、恰好良いなあ。
この人、俺のコト、好きなんだよな。
何度も思う。
こんな格好良い人が俺のコト『すげえ好き』って云うんだよ、それってすごいことだって。幸せだよな、まったく。
時々叫びたくなる。
『この人は俺のだから』って、大声で。
まあ。
しないけどね。

「ルフィ、何だ?顔に何か付いてるか?」

視線に気付いて、こっちを向く。

「付いてねえよ・・・ちょっと思い出してたんだ」
「思い出した?何を?」

不思議そうな顔、寒さで少し鼻の頭赤い。

「ゾロ・・・さっき映画見て泣いてなかったか?」

に、と笑ってやる、今日のとっておきネタ。

「・・・泣いてねえよ。ちょっと感動しただけで。お前みたいに号泣しねえよ」

まあ、泣いたけどさ、俺は。
でも俺は見逃さなかった、ゾロが目頭拭うの。

「泣いてたって・・・見てたよ、俺」

だって俺、映画見ながら何回もゾロの顔、盗み見てたもん。
だから知ってる。

「・・・ちょっとは泣いたかもしれないな・・・」

ふい、と顔を背けて呟く。
嬉しくなって笑う。

「そういうゾロ、すげえ好き」

ムキになってもちゃんと肯定してれて。
すげえ嬉しいから、つい。

「・・・俺も映画見て鼻啜って泣いてるルフィのコト、好きだぜ」
またこっちを向いて笑う。

少し意地悪そうに。
一言多いよ。
でも。
そういってもらえるの、すげえ嬉しい。
手袋をしたまま、ゾロのポケットに手をつっこむ。
ちょっとくっついていたい気持ち。
ポケットの中の手が開いて、手袋の手をぎゅっと握ってくれる。

「家まで離さないでくれよ」

あと少しの距離。
冷たい風、暖かい手と気持ち。

「家に着いても離してやらねえよ」

口許が笑いのカタチに釣り上がる。
ちょっとヤバいことしたかな、俺。
でもいいや。
暖めてもらうのも、悪くないし。

「・・・・」

自分の気持ちが上手く表現出来なくて、黙ったまま息を吐き出して握られた手を狭いポケットの中、握り
返す。
別にいいんだ、別に。
ゾロを煽ってしまって、うっかり翌日まで疲れを残すことになっても。
それはそれで幸せなんだから。
まあいいや、と向かってくる風に瞼を1つ閉じた。



 



ゾロの部屋は寒くて、コートだけ脱いで揃って布団に潜り込む。
頭まで被った毛布の生地の感触が頬に気持ちいい。

「ゾロ、手が暖まるまでやらないぞ」

自分の手を握ったままのゾロの指先は冷たくて、こんなので肌触られた日には辛い。

「じゃあ、暖めてもらおうか」

毛布越しの明かりは暗く、ちかくにあるゾロの顔も少し見にくい。

「おう」

返事をして、自分の体の下にゾロの手を入れる。
これが一番暖まる。

「・・・重いんだけど」

苦笑する、近い顔。
額をくつつけて、笑い返してやる。

「これが一番いいんだぞ。はあって息を当てるより早いって」

丁度自分の脇の下にある指がもぞもぞと動く。
くすぐったい。
逃げるように身を捩っても付いてくる。

「・・・逃げるなよ。暖まらないだろ?」

笑ってる、意地悪な表情。
確信犯め。
服越しでも判る、まだ冷たい指。
観念するか我慢するかちょっと考える。

「暖めてくれるんだろ?」

ますます意地悪な顔。
嫌なヤツだ。

「じゃあもぞもぞと動くの止めて下さい」

こつちの希望も聞いてもらわいと。

「・・・判ったよ、だったらこっちからもお願い」

額をくつつけたままの最至近距離、ゾロが笑う。

「何?」

笑い返してみる。

「キスして、いいか?」

直球だな、おい。
でも自分もしたいなあ、と思ってたので返事の代わりに唇に触れる。
笑みのカタチの唇、ちょっとだけ冷たい。
どうせ、これから暖まるんだからいいか、と瞼を閉じる。
自分の下に敷かれていた指が、動き出す。
まだ暖めてないのだけれど。
いいか。
始めてしまえば何とかなるから。
毛布の中から出ないようにゾロの首に腕を廻す。
パーカーの裾を掴む指、素肌に触れるだろう感覚を覚悟してぎゅっと目を瞑る。
冷たい、と怒るのも確実。
暖めてやる、と笑うのも確実。
でも最終的には汗かいて、毛布が暑いなんて云ってしまうのも確実。
だから。
ゾロにすべて任せてしまおうと、自分の体をシーツに押し付ける腕に素直に従うことにした。







   ◆◆◆




「寒い夜は、こうやってくっついてると暖かいな」

笑う。

「汗かいた後だからだろ?」

また嫌な笑い方、そういう下世話なことは云わない。

「・・・いいんだよ、別に。ゾロもさ、こうやってくっついてると暖かくて嬉しいって思わないのか?」

逆に詰め寄ってやる。

「そりゃあ、嬉しくない訳ねえだろ」

もっと素直に答えてくれればいいのに。

「・・・嬉しいって云えよ」

ちょっと睨んでみる。

「ウレシイ、です」

わざと棒読み、照れ隠し。

「合格!!」

なんか嬉しくてキスを1つ、返した。



 






サイト一万打御礼の学園ゾロル、ラブラブ編。
違う意味で寒いよ、これは。こんなの持ち帰ってくれる
奇特な方、いるのかなあ・・・・・・・・・・(汗)
でも、もし、一人でも持ち帰ってくれたら嬉しいなあ。
こんなモノでしかお礼出来ない自分が悔しい。けれど
お礼の気持ちということで。PRESENT FOR YOUですっ。


それはとある寒い日のことでした。
12月には一番というほどの寒さを観測し、
関東地方では雪まで降るほど寒い日。
大好きな“ゾロル通り”を、
ポケットのホカロンをもみもみと握りつつさまよっていた私。
ふと、見上げた綺麗なサイト様のショーウィンドウに
ヒヨシミミ様が、こんなぬくいSSをDLFしてらっしゃいました。
1万打記念!
こちらからお祝いすべきところだというのに、
何にも言わずに掻っ攫って来てしまった、罪深き私をお許し下さい。

改めまして、嬉〜いです!!
キリ番のみにて連載中の、学生さんパラレルのゾロとルフィvv
寒そうな情景と、冷たい空気とが感じられながらも、
少しずつ温まってゆく二人というのがこれまたじんわり伝わってきて、
冬の寒い晩はこうでなきゃねという、ホカホカなお話に帰着する。
甘くて優しい、ラブラブな二人に、
もうもう、何かよく判らないけど“乾杯っ”です。(笑)
ありがとうございますvv 大事に読みますね?


ヒヨシミミ様のサイト『スカイラヴハリケェン』さんはこちら→
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