one year



小さな小船の上…。
ゾロの吐息がすぐ近くにある。

「捕まっちまったのはどっちだろうな…」

低い声で囁かれて、俺はゾロから目を反らせ無い。
深い深い碧色の瞳。
ほんとだな…、ゾロ。
捕まっちまったのは俺なのか?それともお前なのか?
「なぁ、ゾロ」
と声に出して名前を呼ぼうとした瞬間
目の前のゾロがぼんやりと歪んで消えていく。



「…ゾロ?」
薄く挿し込む灯かりに俺はゆっくりと目を覚ます。
どうやら夢を見ていたらしい、ほんのちょっとだけ懐かしい夢。
僅かに痛む頭をゆっくりと持ち上げて辺りを見回すと、そこは見なれた男部屋の中。
付けっぱなしのままだったアルコールランプがまだ小さく灯っていて、どうやらそれが俺の目を覚ます引き金になったらしい。
「んん…」
この頭痛の正体を俺は知っている。
「二日酔い」
まさにそれだ。
夕べはちょっと飲み過ぎた。
新しく補給をした夜は宴会になると決まっている。
徐々に少なくなっていく食料で質素になっていた食事のうっぷんをはらすようにと、サンジも補給をした夜だけは無礼講として豪華な料理をふんだんに作ってくれるから、うれしくてつい飲みなれない酒も多目に飲んじまう。
「水…」
喉の渇きに立ち上ろうとして、俺は初めて自分の腰の当たりに何かが巻き付いている事に気が付いた。
「…ゾロ?」
それは隣に寝ているゾロの腕。
うつぶせになって寝ているゾロの左腕が俺の腰の辺りを抱いている。
大騒ぎの宴会の途中で、俺はいつ自分が男部屋に戻ってきたのかさえも覚えていない。
きっと、いつものようにゾロが酔ってヘロヘロになった俺を支えてくれていたんだろう。
ここまで運んでくれたのもゾロに違いない。
そう思うとちょっと可笑しい。
ナミなんかに言わせると

「ゾロは小動物と子供にだけはやさしいもんね」

っていうことらしいけど、ゾロにとって俺は子供じゃないと知っている。
だけど、ゾロは俺に優しい…。
仏頂面して、自分の剣の道以外には興味が無くて、他人から指図されるのが大嫌いなこの碧の髪をした「魔獣」が
俺にだけみせる特別な態度を、ほんの少しの優越感と一緒に俺は抱きしめる。
寝顔を覗くと、ちょっとだけ眉を寄せて難しい顔をしているのがわかる。
どうせまたどっかの誰かと戦ってる夢でも見てんだろうな。
戦ってるお前の横に俺はいるんだろうか。
そういや俺達ここ一番って戦いの時、案外一緒にいない事が多いからお互いちょっとだけ歯がゆい思いもしてるっけ…。
お前は俺が戦った相手の顔ぐらいは知ってるけど、俺はお前が戦った相手の顔もわかんねぇ時があるな。
それがちょっと気に入らないって思うって言ったら
「ガキだな」
って笑われそうだ。
「えーと?」
ちょっと指の力をかりて、ゾロと逢った時からどれぐらいたったか数えてみる。
1.2. 3…
「一年ぐらいになるかな…」
だから、あんな最初の頃の夢を見たんだろうか。
ナミが仲間になったばかりの頃。あの小さな船の上での事。
わけのわからない、不安なような困ったような、それでいてくすぐったいような感覚。
全部ゾロの視線のせいだと気が付いた時にはもうゾロの事が好きだった。
自覚はあんまりなかったけど、きっと最初からゾロが好きだったんだと思う。
だから逃げなかった。
ゾロに初めてキスをされたときにも
びっくりしたけど、イヤじゃ無かった。
唇を離した後、ニヤって笑うゾロの眼が奇麗だなって…。ぼんやり思ったっけ。
今は閉じられているその眼がどうしても見たくなる。
あの時みたいに間近で俺を見て欲しくなる。
「…ゾロ」
ちょっとゾロの頬をつついてみる。
無反応
今度はもう少し強くつついてみる。
「ゾーロ」
他の奴等を起こすとマズいから声はあんまり大きく出せない。
なんだかつついてもゾロは無反応。
「むぅ…」
つつくのをやめて、今度はほっぺをひっぱってみる。
ぐに、と歪んだ口元がおもしれー。
「ゾロ、なぁゾロってば…」
何度目かの呼びかけにピクリとゾロの体が反応する。
そして、方が細かく震えて、眠っているはずのゾロの顔が笑い出した。
ガマンしきれない、といった感じでゾロは片目を開けて俺を見上げると腕を伸ばしてぐいと俺の体を引き寄せる。
「ゾロ、お前実は起きてたんだな」
「悪い。お前の百面相が可笑しくてな」
「ひでぇ」
ぐい、とゾロの手のひらが俺の顔をなぞる。
「ひどいのはどっちだよ。寝てる奴の顔覗き込んでるかと思えば、急に起こそうとしたりして。なんだよ、眠れねぇのか?」
「あ、そうだ。俺喉が渇いて水飲みに行こうとおもったんだっけ。頭もちょっと痛てぇし」
「だからあんまり飲み過ぎんなっつたろ。人の言う事聞かねぇからだ」
ゾロは起きると軽々と俺を抱上げて、マストを登り始める。
「ゾロ?」
「水飲みてぇんだろ」
「うん」
ほらな、こんなとこはやっぱり優しいんだ…。




「少しは治ったか?」
「おう、だいぶ楽んなった」
「甘い酒は飲み過ぎると後がきついって何回も言ってんだろ」
「んー、でもうめぇし」
「そういう問題じゃねぇだろ」
二人で向き合ってこんな風に軽口を言い合うのが楽しい。
あの頃も、こうやって毎晩くだんねーような事話ししたっけな。
「なぁゾロ…」
「ん」
「仲間、増えたよな…」
「ああ、そうだな」
「俺さ、10人ぐらいは欲しいなって思ってたんだ」
「そうか…」
「でもなぁ、今のまんまでもいいかなとか思ったりもすんだな」
「なんで」
「だって今の仲間って最強じゃん」
「最強?」
「おう。世界一の剣士、世界一のコック、世界一の航海士、世界一の狙撃手、世界一の医者、ロビンはコウコガクシャだっけか?
んじゃ、世界一のコウコガクシャ。そんで、俺が海賊王!あ、でも世界一の音楽家が足りねぇか」
それはちょっとな、って言ったらゾロが笑った。
「なぁ、ゾロ…」
「んー?」
「遠くまで来たよな、俺達…」
「そうだな」
「もっともっと遠くまで行けるよな…」
「ああ…、そうだな」
これから先、また一年たった頃、俺達はどのへんを航海してるんだろう。
どんなもんを見て、どんな冒険をしてるんだろうな…。
俺は少しは変ってるだろうか…。
仲間は増えてんだろうか…。

「色々変ってくのっておもしれぇよな」
「お前はなんだって面白いんだろ」
「まぁな」
ポスンとゾロによりかかると、ゾロの腕が当然のように俺の体にまわされる。
向かい合って、ゾロの胸へ抱き付く形で納まって俺はゾロの顔を見上げた。
「けどな、変んねぇほうがいいモンもあるよな」
「たとえば?」
「…ゾロとか」
って、答えたとたんにゾロが大笑いする。
「なんだよ、そんなに大笑いする事ねぇだろ」
「悪りぃ…」
ゾロはそう答えながら、俺を抱きしめる腕に力を込める。
「そうだな…。剣に関しちゃ今のまんまじゃいられねぇけど…。お前に対しては一生変るつもりもねぇし、変りようもねぇなぁ」
その言葉に、俺はゾロの胸へ顔を押し付ける。
ザラついた傷痕が袈裟懸けに走るゾロの胸。
自分だけが唯一こうしてゾロに触れられる特権意識は悪くない。
俺はずるい。
ゾロが、「変わらない」と答えてくれる事を期待して答えた。
めぐるましく動いていく時間の中で、本当に俺達は変わらずにいられるだろうか…。
先の長い時間の途中。この先、本当に俺達は今のままでいられるだろうか。
だから聞きたい。
たとえ本当は分からなくても、今、ゾロがどう思っているのかを。
俺のそんなずるいトコをちゃんと解ってくれているゾロが
俺は…、好きだ。
ゾロの吐息が耳元をくすぐって、触れている肌がお互いに熱を帯びてくると、聞こえる鼓動が次第に早まる。
「ルフィ…」
いつもよりトーンを落とした甘くて優しい声が俺の名前を呼ぶ。
俺だけが聞けるゾロの声。
俺だけのゾロになる瞬間。
そっと顔を上げて、俺は自分の方からゾロへ唇を重ねて軽く唇を食んでから一度離す。
ゾロの口から名残惜しげにため息が漏れた。
「なぁ、ゾロ」
「あぁ」


「捕まっちまったのは、どっちだろうな…」


一瞬、ちょっとだけ驚いた顔をしてみせてからゾロの眼が優しく笑う。
「そんなもん、決まってんだろ…」
呟いて、今度はゾロの方から俺にキスをする。

長いキスの後、俺達は同時に小さく笑う。
そうしてまた長いキスを繰り返す。
捕えたものを離さないように…。





2002.12.01


1周年ということで、DLFです。
いえ、その、貰ってくださる方がいらっしゃるとも思えないんですが(汗)
1周年なので、1年たった頃をイメージしてます。
以前書いた「視線」とちょっと続き物。
ワンピの世界ではルフィが海へ出てからだいたいどれぐらいの月日がたっている
んでしょうかね?
なんだかんだと1年ぐらいは過ぎているんじゃないかと…(連載はそれ以上だけれどもね〜)
1年たった二人の心境はあまり変わるようなものでもないと思うのですが
ちょっとだけ確かめてみたいと思う事もあるんじゃないでしょうか?
女々しくじゃなく、ちょっとだけね。


*なかなかキリ番を踏めないYASUMISI様の作品を、
 こんな形でいただけようとは。
 もうもうこの機を逃してなるかと、GETしてまいりましたvv
 YASUMISI様の作品は、繊細な描写が秀逸で、
 いつもいつも溜息ついて拝見させて頂いてます。
 ツーカーだったり、でももどかしかったり。
 そんなゾロルが拝見できる、楽しみなサイト様ですvv
 ありがとうございます、大切に読みますね?


YASUMISI様のサイト『Very Berry』さんはコチラ→***


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