一條隆也様サイト『HEAVEN'S  DOOR』より
   サボテン 船長と剣豪。何時もとは違う雰囲気で。


窓辺に置かれた小さなサボテンの鉢。
何時から其処に在ったのかは判らないけれど、陽を浴びた碧のサボテンは、キラキラと煌いていた。
綺麗な碧を覆い尽くす様に生える棘は、触ると柔らかく、其れで居て小さな痛みを指先に残して行く。

身を守る為に、砂漠の中で独りで行き抜くサボテンが、自分で選択した武器で在り、生き方で在る。

水色の髪を靡かせる王女は、そう教えてくれた。
其のサボテンは、彼女がウィスキーピークを離れる時に、持ち込んだモノだと教えてくれた。
二鉢、船に乗せたけれど、ヒトツは枯れてしまったとも…潮風が合わなかった様だと小さく笑って。

サボテンの棘は、誰も居ない果て無い砂漠の中。
誰が襲うとも知れぬ、もしかしたら誰も一生傍らに来ないかも知れない、砂漠の真中で行き抜く為の知恵だと。

「でも、綺麗な花が咲くんですよ」
「花?」
「えぇ…そんな痛々しい棘の下に、優しい花が眠ってるんです」

水色の眼で微笑みながら教えてくれた…其の言葉を想い出しながら、俺は、其のサボテンを見詰めたまま、指を伸ばした。
何となく、其の碧色と柔らかい棘が、彼の輪郭に重なって見えたから、俺は込み上げる笑いを堪える事無く、サボテンをそっと撫で続けた。

何時か小さな花を咲かせるサボテン。
誰に気付かれる訳でも無く、窓辺に腰掛けて、海を眺め続けたサボテンは、何時だって黙り込む、誰かさんの様で。
俺は小さく笑って、其の優しい棘を触り続けた。

「何してる?」
「サボテン、撫でてる」
「…其れは、見りゃ判るよ」

何時だって、気が付けば隣で眠ってるゾロは、大きな欠伸を噛み殺して起き上がる。
短く刈った髪をくしゃくしゃしながら欠伸を繰り返す姿は、大きな犬みたいで。
俺はサボテンを撫でる指を、其の侭、ゾロの髪へとスライドさせた…短くて、触るとチクチクして…でも嫌じゃない。

寧ろ大好きな感触に笑う俺に、まだ頭の回転し切って無いゾロは、首を傾げて、数十センチの距離を開けて近付いて来る。
笑いを堪える俺の顔と、サボテンの頭を見比べながら、ゾロは小さく笑って、其の大きな掌で、俺の頭を撫でて呟いた。
…寝起きの声は微妙に掠れてて、其の声が結構好きだったりする。

「何、笑ってるんだ?」
「似てるなって、想ったんだ」
「…サボテンが?」
「うん」

ゾロの髪に触れる指を、サボテンに戻して、其の柔らかい棘に触れる。
髪の感触に似た其れ…やっぱり、サボテンはゾロに似てる気がする…そんな事を云ったら、此の眼の前のゾロは、どんな顔をするだろう。

俺の唐突な言葉に一番慣れてくれてるのはゾロだから。
言葉の足らない俺の空白を、一番的確に、すっぽり埋め尽くしてくれるゾロだから、判ってくれるだろうか。
俺は、窓辺に腰掛けたサボテンの鉢を、大きなゾロの掌に腰掛け直させて、チョコンと収まったサボテンの頭を小さく撫でる。

「…ゾロに似てるって想ったんだ」
「何処か?」
「…色々、色んな処が」

陽に翳すと綺麗に揺れる碧の眼と、其のサボテンの色だとか。
其のチクチクした棘の感触と、短い髪の感触。
指先に伝わる僅かな痛みと、其の温度だとか。
其の棘の意味だとか。
…自分を守る為に身に纏った棘の意味だとか、其の距離感だとか。

独りで窓辺に腰掛けてたサボテンは、ゾロの後姿に似てた。
絶対に踏み込めない一線を引くゾロの背中に。

「…教えないのかよ」

詰まらなそうに溜息を吐き出すゾロに笑って、俺は、サボテンの棘に指を押し当てた。
柔らかい棘が指に刺さって、皮膚に突き刺さって、僅かな痛みと熱と共に、ポツンと緋い血が滲んで来る。
ぼんやり其れを見詰めていると、今度は飽きれた様に溜息を吐き出したゾロの身体が、僅かに傾いだ。
掌のサボテンを、そっと窓に戻して、俺の手を掴んで、俺の指を掴んで、そっと緋色に口付けた。

何処か甘い味のする緋を、何でも無い事の様に舐め取ったゾロに、俺は何も云えなくなって。
其の指先から伝わって来る温度と鼓動に、胸の奥が痛くなって、けれど其の指を振り解く事が出来ないから。
反対に握り返して、笑った。

「…ゾロって、何時もこうだよな」
「ん?」
「前振り無く、イキナリなんだよな」
「そっか」
「そうだ」

サボテンの棘に熱を持った指先で、其の侭ゾロの髪にスライドさせて、其の感触を確かめて小さく笑う。

判ってるのかな、ゾロは。
こんな時、こんな瞬間のゾロの眼は、何時もと違う。
刀を奮ってる時の眼とも、仲間と話してる時の眼とも。
夢を語る時も、現実を見据える時とも全然違う色を浮かべてる。

判ってるのかな…砂漠のサボテンが、久方振りの雨に打たれて笑ってる様に、そんな表情を浮かべてる事。
雨の雫がサボテンを潤す事が出来るのなら、ゾロを潤す事が出来るのは…俺なのかな。
そんな風に、俺が自惚れてしまう事、判ってるのかな。

サボテンの棘は、強固な癖に、俺だけには優しくて甘くて、其の壁を簡単に壊してしまうから。
新しく滲んで来た緋色に顔を顰めて、俺は其の指をゾロの眼の前に差し出して、小さく笑う。
そんな俺に、ゾロは一瞬息を止めて首を傾げて、けれど其の後、零れる様に小さく笑って、俺の指をそっと掴んで離さなかった。

「お前だって、イキナリだぞ」
「そっか?」
「振り回されてるのは、コッチだ」
「…でも、其の所為で怪我するのは俺だけじゃん」
「…そっか」
「火傷もするし、痛いし、苦しいし」
「…そう想ってるの、お前だけだろ」

何処か甘い味のする緋色を舐めたゾロに、俺はそっと眼を閉じた。
胸の奥には、沢山の棘が突き刺さって抜けなくて…けれど何時しか棘だらけになった胸は、
優しい棘の綿毛で埋め尽くされてた。


やさしくて切なくて、
でもどうしてでしょうね、
もどかしさとか抗いだとかの中に、あまり生々しさはない、
時にどこか素っ気ないのが一條様のお書きになるSSの魅力のような気がします。
勿論、熱いものを内包している彼らでしょうに、
字面から伝わってくるのは人肌ギリギリの温みだけ。
それも、故意にそうしてらっしゃるような気がしてなりません。
DLFということで頂戴してきてしまいました。
皆さんも一條様のスタイリッシュな世界を堪能なさって下さいませです。

一條隆也様サイト『HEAVEN'S  DOOR』へ**

back.gif