「並走す」

 実は全然視界にも入っていないんじゃないだろうかと疑いもしたんだ。
 とても強固な野望を抱いてしかもそれに手抜きを許さずに生きるゾロに、少しだけ悲しかったのは本当。たぶん、ゾロにはそれしか見えていない。それしか映ってはいないから。自分の興味の無い事には視線さえも動かさず、他者の羨望の眼差しでさえも完璧に無視できるゾロだから俺はきっと言ったんだ。



「俺が夢の途中で死んでもお前は決して振り返らないよな」
「何だよそれは」
 何処か不機嫌そうに眉を潜めてゾロは尋ねてきた。でもその表情は殊更何時もと変わりがあるわけでは無かったからゾロの素の表情だったと思う。
「振り返らずに突き進んでゆくのがゾロって感じだ」
 そう呟いて俺は少しだけ笑った。隣に並んで座っているゾロ。ちらりと視線を向けて勿論逸らす事などしない。
 だって、本心からそう思っているから。
「俺がお前が死んでも悲しまないとか言うのかよ?」
「ああ。お前はきっと悲しまない」
 ゾロの言葉を遮り断言する。
 瞬きほどの一瞬、もしかしたらゾロは悲しむかも知れない。だがそれは本当に一瞬で直ぐに振り切るように手にした刀を振るって、きっとそれで終わり。それ以上、心に残る事は無いはずだ。
 だって俺はゾロをずっと見てきたから。
 だから、良く解る。
「だって俺もお前も、もうすでに唯一の答を弾き出しているから」
 海に出た瞬間に。
 自分の全てを賭ける事を選んだ瞬間に。
 それだけが全てだと、誓ったはずだ。
 誰に? それはきっと自分自身に。だからそれを違えるという事は自分自身を貶めて自分を信じられなくなる事と同義。
 それは決してあってはならない事だ。
 もしもそれが訪れる未来なら、きっと待ち受けるのは―――――――死、のみ。
「ゾロはとても潔い」
 ぽつりと零れ出た言葉は全然意識さえもしていなくて唇から転がり落ちたそれに思わず瞳を見開いた。

 俺はそんな事はきっと無理。

 きっと。

 届かないと解っていてなお。

 この腕を伸ばすに決まっているんだ。

 解っていて全てを抱え込んでしまってきっと歩き出せなくなってしまう。

 だから羨ましいと思ったんだ。

 そこまで潔くなれはしない。

 もう失くしたく無い。

 あの痛い消失の予感を二度と感じたくは無い。

 だから。
「俺の方がきっと先に死ぬよ、ゾロより」
 先に行くけれど置いて行かれるのは此方の方。
 思わず吐き出した息に、その余りの大きさに身体が何故か震えた。
「それは俺が許さない、ルフィ」
 不意に力強い言葉が耳へと聞こえてきてその言葉の真意を読み取ろうと頭を働かせる。でも何も見えてこない、それはゾロ相手だと何時もの事。
「そんな事を言うお前も、俺は許さない」
 強い眼差しがじっと睨みを聞かせてくる。それを逸らす事無く受け止めて更に負けまいと踏ん張るとゾロは唇の端を微かに持ち上げてそして笑った。

「ホラ」
「?」

 いきなり言われた言葉に意味が解らなくて首を傾げた。言葉と共に持ち上げられ目の前の指し示された腕、そして指先。
 固くがしりとして節が目立つ指。
 それが。


―――――――――――――――震えている?


「情けねぇ。お前がおかしな事を言いやがるから」
 ちっとゾロは舌打ちをして吐き捨てるようにそう言った。
「お前は本当に相変わらずびっくり箱だよな。こっちが思ってもいなかった事突然言い出して、そしてペースを乱しちまう」
 微かにカタカタと震えるゾロの指先。
 何で? その言葉は唇に乗せる事は何故か出来なかった。
「言葉だけで俺を乱すなんて、本当にお前ぐらいのもんだ」
 そして深々と息を吐いた。その言葉と態度とは裏腹にゾロはとても穏やかに彼にしては珍しく表情を緩めている。
「忘れるなよ、ルフィ。お前も俺に一度消失の予感を与えたんだ」
 死刑台の上で。
 激しい攻防の際に。
 クロコダイルとの戦闘で。
「ゾロ」
 そっとその大切な名前を唇に乗せた。
 置いていかれる瞬間を迎えたくなくて。
 本当の消失に囚われたくなくて。
 思わず線を、ルフィは引いた。
 だから、零れ出た言葉。


「俺が夢の途中で死んでもお前は決して振り返らないよな」


 そうだったらきっと自分は悲しくはならないだろうから。
 浅ましい思いつき。子供の児戯に等しい愚かな言葉、そして行為。
「お前が俺をどう思っているかは知らないが、でも」
 瞳を逸らす事無くゾロは言葉を紡ぐ。
 そして俺は。
 ゾロの動く唇を唯じっと見つめていた。



「勝手に先に死ぬのは、俺が許さない」



 瞼を閉じてそのゾロにもらった言葉を反芻して懐深くに抱き寄せた。
「だったら、俺も」
 かちりと視線が確かに交じり合った。

「俺も、許さない」







 この感情は「恋」なんて軽く甘い言葉には似つかわしく無い。








淡々と、されど激しい。
誓いのような、挑発のような。
日頃は語り合ったりしなかろう、いたって行動派の二人が、
相手にこんなまで傾倒しているんだなぁと、
言外に目いっぱい語ってるやり取りだと思えるのは私だけでしょうか?
バレンタイン企画の“ゾロル”Ver.だそうで、
DLFとされてらしたので、頂いてきてしまいましたvv
情景の中に感情の震えや息遣いのようなものまで描写できてしまえる、
それはそれは繊細なお話と、こういう鮮烈なものと、
どっちも書ける空知様って、羨ましい限りでございますvv
大切に読みますね? ありがたい企画、感謝いたします。

空知さわみ様サイト『透明硝子工房』さんはこちら***


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