白波の行く先


ルフィは、感情が直に表情に出る奴だ。
空腹、満腹、退屈、冒険、楽しみ、感謝……すべて、屈託のない表情へと変わっていく。
それは、ルフィが本心しか持っていないことを示すのではと思う。
偽りも、疑いも、ポーカーフェイスも、裏切りも……ルフィは持っていない。
ただ真っ直ぐに生きて、真っ直ぐに進んで、
誰かへの恩を誇ることも、自分のしたことへ対する名声も、求めてはいない。
それに謙虚を感じるのは自分だけだろうか……?


「雪だ……!」
目を皿のようにした上で、両手につかんだの雪を大事そうに握ったり開いたりしているのはルフィだ。
「そうね、雪ね。」
それとは対照的なさらっとした声はナミ。
「何だ、ナミ。感動が少ねーな。年か?」
――― ごんっ!!
「……ってぇ……。」
「痛くないでしょ、あんたは。」
「いや、音が……。」
「音?あんたに音で痛みを感じるほどの神経があった?」
「ねぇな。」
「じゃあ言うな。」
「おし、きた!」
ナミの、はぁ、とつかれたため息は、白くなって表面にあらわれる。
それゆえ、普段は他人のため息には気づかない(のか気づかないふりをしているのかはわからないが)ルフィにもナミのあきれが伝わっていた。
「何だよ、ナミ。つまんねぇか?」
いや、どうやらあきれ≠ェ伝わっていたわけではないらしい。
おそらく、ルフィの中ではため息=退屈、みたいな感じなのだろう。
他の仲間達がルフィの言動にあきれて(もしくは言葉もなくて)ため息をつくことは日常茶飯事であるが、そういえばルフィがため息をつくのは、空腹か暇な時だけではないだろうか。
「つまんないってねぇ……ところでルフィ、その雪どうしたのよ?」
ナミが指したのは、甲板の隅に積んである、雪だるまが一つ作れるかくらいの雪の小さな山である。
「もらった。」
「誰に。」
「ドラム島。」
「それはそうね。」
会話になってないわ、とナミは思った。
昨日、ドラムを出た直後にビビが、
「ナミさん、これから心労たまりそうになったら、私で良ければ話を聞かせて。」
といっていたのも、理解できるというものである。
だが、それだけではないことは、ナミ自身がよく知っていた。

ドラム島を出航したのは、昨夜のことだった。
昨日会ったばかりとは思えないほど、この船になじんでいるチョッパーは、今はウソップ工場の助手に行っているようだ。
本当に一体いつの間に積んだのか……ルフィ専用の即席遊び場、もとい甲板にある雪だけが、ドラム島での名残を示していた。
(まだ冬島海域ではあるけれど、明日になれば、また偉大なる航路特有のでたらめな海域に入るだろうし、そうなったら雪なんてすぐに溶けちゃうんじゃないかしら……。)
そう心配してルフィに声をかけたナミなのだが、案の定、彼にそんな杞憂が通じるはずもなく、上記のようなやりとりで終わってしまったのだった。
明日の昼頃が心配されるナミではある。
だが、伝わるか伝わらないかの情報よりは、まず進路を確認しているナミである。
さすが航海士だ。


「なぁサンジ!雪合戦しねぇか!」
「おいルフィ!雪持ってキッチンに入ってくんな!」
「何でだ?雪も食おうぜ!」
「食えるか!」
「けちー……なぁ、雪合戦しようぜ。」
「俺はあのクソぴょん軍団の時にいやってほど雪を堪能したんだ。もういい。」
「堪能?」
「あー、わかんないのはわかったから外出てろ。」
「たんのう?たのもう?」

会話とは言えない二人の声ははっきりと聞こえていた。
いつもならつっこみを入れるところが2、3箇所はあったが、
二人からは見える位置にいなかったことと、会話の内容にひっかかるところがあったせいか、ナミは終止黙って聞いていた。
だが、キッチンから「頼もう???」と言いながら出てきたルフィが上に上がってきたものだから、そのまま直面する形となってしまった。

「ん?どうしたんだ、ナミ。進路平気か?」
「……何か、あんたにだけは言われたくないわね。」
「何だよ、それ?」
ルフィは首をかしげる。
ナミはため息をついてから、甲板の手すりに腰掛けて、ルフィに向き合う形を作る。
位置関係を改めたように思われて、ルフィは再び首をかしげる。
「ねぇ……ルフィ、5000メートルもあるドラムロック、素手で登ってくれたんだって?」
さらっとした口調はいつもと変わらない。
だが、くれた≠ニいう言葉にすべてが集約されているように感じる。
「ドラムロック?……ああ、素敵山か。」
「素敵山?」
不思議山じゃなくて?とナミは思った。
以前、リヴァースマウンテンを指してルフィが言った言葉である。
語呂が似ているものだから、ついつい思い出してしまった。
「ああ、あんなに雪がいっぱいあるなんて素敵だ!」
「そう、わかったわ。あんた雪が好きなのは。」
「そうか。」

5000メートル……航海士でありながら測量士であるナミである。
距離や方向感覚は他人より優れている。
だが、そんなナミではなくても、
「標高5000メートルの絶壁の崖」
と聞けば、その凄まじさがわかるだろう。

ナミには不思議に思えてならなかった。
自分と、サンジを助けるために、その崖を素手で登ったのはわかっている。
ラパーンの雪崩、ワポルの追跡によって、それしか道がなかったのもわかっている。
城に行くこと、それが目的だったのだから、当たり前といってしまえばそれまでだということもわかっている。
でも、それでも……。

「痛くなかったの?手。」
直角山に素の指をつっかけながら、
「ああ、痛かったな。口。」
何時間もの道程を、
「口?」
たった一人で、二人も抱えて登った。
「大変だったんじゃないの……一人で私たち二人抱えて。」
ルフィは、きょとん、とした顔をした。
どうしてだ?と言わんばかりだった。
「大変じゃねーぞ? 白熊も手伝ってくれたし、サンジもナミもいたからな。」
「いたって……足手まといだっただけじゃない。」
「いや、そんなことはないね。一人だったら俺は登れなかった!」
一人だったら、登る必要なんてなかったじゃない……。
そんなことは、言えなかった。
(真っ直ぐで、仲間想いで、でも本人はそんなつもりがない……。)
ナミは、あの日まで、そしてあの日以来流したことのないものを感じた。
目を閉じることでどうにか抑える。

不思議に思えてならない。
どうして、そんなにすごいことをやり遂げたのに、当たり前だって言えるのか。
賞賛も、名声も、海賊王を目指すのにルフィにはいらないのだろうか、と。


「ルフィ、一つだけあんたに言っておかなくちゃ。」
ルフィからは何か考え込んでいたように見えたナミが、突然すっと立ち上がって言った。
「何だ?この前の借金なら俺は認めてねーぞ?」
「あれはもう契約済みよ。私は、あんたにきっちり10万ベリー¢ンしてるの。」
「何ぃ!嫌だ!」
「まぁ、今はそのことはいいから……ちょっと聞いて。」
「ん?」
ナミは2、3歩前に出て、さっきから立ち尽くしたままだったルフィの横を通り過ぎようとした。
そのすれ違う瞬間に、
「助けてくれてありがとう=v
表情を見せないようにして言って、ナミはそのまま甲板を降りていった。
言いたかったけどなかなか言えなかった言葉だった。
何に対してなのかは自分でもよくわからない。
アーロンのこと、ケスチアのこと、今までのこと全部……。
全部を今には集約できないけれど。
それでも、言えてよかった……とナミは思うのだった。

案の定、残されたのは何のことだかわからないルフィ。
わからないのだが……。
「……ああ、どういたしまして=I」
振り返って、あの笑顔でそう叫ぶのだった。
ナミも、ルフィに背を向けたままで微笑んでいた。
「意味、わかってないんだろうけど、まぁ良いか。」
と。


ねぇ、ルフィ?
あなた、自分がどれだけすごいことをやり遂げてしまう奴か、
あなたの真っ直ぐさが今までどれだけの人を救ってきたか、わかっていないでしょ?
ゾロも、ウソップも、サンジくんも、私も。
そして、ビビも。
あんたにずい分救われてるはずよ。
でも、あんたはそんなの当たり前って思っているんでしょ。
どんな名声も称号も求めてはいないんでしょ?
それらを何一つ欲しないあなたが、
なぜ、富∞名声∞財宝≠キべてを手に入れた海賊王を目指すのか。
その、根底にある志を私は知らないけれど。
富とか、名声とか、財宝とか、賞賛とか、称号とか。
そんなものが欲しくて志しているんじゃないのはわかってる。
だから、真っ直ぐなあなたに謙虚を感じるの。


――― その後のこと。
「ルフィ、海賊のことを何て呼んでいたか、知ってる?」
「海の男!」
「女は。」
「海の女!」
「そのままね。」
「ぐっ……じゃあ何て言ってたんだ?」
「白波≠諱B」
とても昔の話みたいだけど……。とナミは付け加えた。

ルフィは白い波のようだ。
まっさらで、大きな世界をも真っ直ぐに突き進んでいく。
周りにもその信念を伝えていきながら。

「あんたにぴったりじゃないかなと思ったのよ。」
「そうか?俺よりナミじゃないか。」
「何、シラナミだから?」
「おう!なぁ、ナミ、次仲間にする奴決めたぞ!」
「は?」
「シラっていう音楽家だ!!」
「あほ!!」


これからも……。
あなたは、誰かを救いながら大きなことをやり遂げて、
でもあなたはそうとは思わずに、何も求めずに、
ただ真っ直ぐに進んでいくのよね。
多分、この先にあるのは、今までで最大の難関であるクロコダイル。
でも、本当にあなたが目指すのは信念の行く先、海賊王。
すべての難関も、あなたにとっては冒険かもしれない。
私達も、それぞれの信念を持って、一緒に進んでいく。
そうでしょ……船長。


  〜Fine〜



Morlinさんへ
この話を書いたきっけかは、二つあります。
一つは、ルフィがドラムロックを登る場面がすごく印象的で、
「ルフィはすごいことをいっぱいして、たくさんの人を救ってきたのに、それを誇ったりしないな。」と強く感じたことです。
それをナミの視点で書けたらなと思ったんです。ナミは、アーロンの一件から、すごくルフィを信頼していると思うんです。本当は、それも書きたかったんですが、長くなりそうなので、テーマを一つにしました。
もう一つの理由は、Morlinさんのドラム島のゾロとルフィの小説を読んで、すごいなぁ……と感銘を受けたことです。勝手に書いて贈る……というのは、とてもあつかましいかと思うのですが、日頃の感謝を込めて贈らせていただきました。ご迷惑でしたら、本当に申し訳ありません。
タイトルは、この前古典の授業で「海賊は昔白波≠ニ呼んでいた。」というのを習ったことからきています。
Morlinさん、読んでくださって本当にありがとうございました。


2001年12月15日 スカイ


*何と言いましょうか…。
 物凄い光栄なプレゼントを頂いてしまいました。
 ありがとうございます。
 拙作を褒めてくださったのも嬉しいです。
 風邪で体の節々が軋んでいたのが吹っ飛んでしまったくらいです。
 (こらこら、言うに事欠いて、どういうものを引っ張ってくるかな、自分。)
 スカイ様は、まだ現役の学生さんでありながら、
 それはそれは気のつく優しい方で、
 まるで『フルーツ・バスケット』の透嬢のような方。
 (最近やっと、時々アニメを見てますvv)
 この作品のように、それはピュアなものをこつこつと書かれていらっしゃいます。
 私のような弾けた人間が仲良くして頂いているのは勿体ないほどで、
 こちらこそこれからもよろしくお願い致します。


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