sweetening   kiss


 琥珀色の液体が入ったそのコップを明るい光に透かしてみた。そんな仕種を見ながら、サンジは胸元から取り出したタバコを咥えると、そのままその先へち、と音をさせたマッチを近づける。
「やめとけ、ルフィ」
「んべえ」
 制止するサンジの言葉に気持ち良いほどに舌を大きくだして「あかんべ」をしてみせると、後は彼の制止など無視する態度を表すかのように手首でくるくるとそのコップを回してみた。
「一応、オレは止めたからな」
 てめぇの過保護者に斬られるのはゴメンだ、なんて言っているサンジの横で、ルフィの瞳には真っ直ぐに掲げたそのコップを見つめる。中に入った氷に光が乱反射して、奇麗な光が見える。何だかその光に誘われるかのように、手の中のそれを口に運んだ。諦めたようにため息をつきながら、サンジはルフィがそのコップの中身を嚥下するのを見つめていた。くるりと背後のシンクへと振り向くと、無言のまま一つコップを取り出した。
 ……甘くない。
 何だか凄く辛いような、苦いような、冷えているはずなのに、その液体が走り抜けていった喉の奥に焼けるような痛みがちりちりと走る。
「うええぇ〜」
「だから、言っただろうが」
「だってよ〜〜」
「だってもクソもあるか、飲めねぇヤツが無理して飲むことはねぇんだ」
 さっきとは違う意味で舌をだして、うぇうぇ言っているルフィの手からサンジはラム酒の入ったそのコップを取り上げた。代わりに水の入ったコップを、その手の中に押し付ける。よりによって、補給をしばらくしていなかったせいで、甘い果実酒の類が一切なくなっているこの時期にチャレンジしたいと騒ぐこともないだろうが、とサンジは心の中で毒づいた。
「甘くない〜」
「そんなに飲みたかったなら、今度の補給の時に甘い酒を仕入れてやる、て何度も言っていただろ?」
「だって飲んでみたかったんだもんよ〜」
サンジがコップを口にし、その飲みなれた味にうん、と頷くと、その仕種さえもどこかルフィには大人びて、自分が理解できない酒の味を楽しんでいるように見えた。
「ほれ」
「?」
「お前にはこっちがお似合いだからコレやるよ。それ持って、見張り台にいるヤツにコレを届けて来い」
 今自分が飲めずにいた酒の瓶にキュと蓋をし、そのまま目の前に突き出された。それと一緒に食糧棚から出してきた小さな紙袋を渡される。
「何でオレが行くんだよ?」
「飲めないくせに、この食糧が切れそうな時に酒を欲しがったバツってヤツだな。さっさと行ってこい」


 毛布に包まって、水平線の彼方へと視線を泳がせながら、キッチンのドアが開く音と、聞きなれた小さな足音が近づいてくることに気付いていた。ぱし、と言う音にその音の出所へと視線を返すと、小さな掌が見張り台のへりを掴み、みょん、と奇妙な音をたてて彼の姿が現れ、その足音の主が見張り台の中に無事に納まる。
「差し入れ」
「お、わりぃな」
 ぺたんと隣に座り込むルフィにゾロは声を掛ける。差し出した瓶を受け取り、そのまま瓶の口を咥えたゾロは、訝しげなルフィの表情に気付いた。
「何だよ? ルフィ」
「ゾロ、良くそんなマズイもの、飲めるな」
「あぁ?」
「辛くて苦くて痛かったぞ」
「飲んだのか?」
「飲みたいって言ったらコレしかないぞ、ってサンジに言われた」
 あんのクソコックと心の中で盛大に罵倒を繰り返しても、彼が無理やり飲ませた訳ではない事は今のルフィの台詞から容易に想像がつく。自分が手にしているその瓶の銘柄に、ゾロの眉間の皺が思わず寄った。最近は補給もしていない。在庫は少ないはずだから、確かに強請られた場合にはこれしか出すことが出来ないだろうとは理解した。しかし、よりによって、と思ってしまうことは止められなかった。
「…サンジが悪いんじゃないぞ」
「分かってる」
 一瞬でのゾロの表情の変化に、ルフィが慌てて言った。彼が他の人間を庇うことさえも腹が立つ程の重症だという自覚は充分すぎるほどに持っている。ゾロがふう、と息を吐きながら改めてメインマストへと寄りかかると、ルフィはさっきサンジから貰った紙袋の中身をひと粒取り出して口の中に放り入れた。
「何だ?」
「チョコ。貰った」
「そうか、美味いか?」
「おお! めっちゃくちゃ甘くて美味いぞ」
 中にクリームが入っているんだ、などと言いながらむぐむぐとそのチョコを味わっているらしく、口を動かしつづけるルフィのその様子に、ゾロは小さく笑みを零す。くすくすというその忍び笑いのような声に気付き、ルフィは隣を見た。目の前にある、その男らしい端正な顔。
「で? 何で、あんなに苦手なのに酒なんて飲んでみたいんだ?」
 その大好きなゾロの顔が、まっすぐに自分を見つめてきていて、ルフィは少し視線を外した。何でそんなコトを聞く時に、そんなに優しい表情をするんだろう? まるで子どもが駄々をこねているのを、いとおしく見つめてくるような、そんな視線で、表情で。そんな時ばかり。
「だあってさあ…」
 少し口答えをするような口調で、ルフィは少し言いよどむ。放り出しているその両足のつま先を、わきわきと動かしてみて、やがてその動作も止める。かくんと垂れた首の下で、小さなゾロにしか聞こえないような声で呟きだす。
「何だよ?」
「…オレも、ゾロと一緒に酒、飲んでみたかったんだ」
 チョッパー以外は当然のことながら、誰もが強弱はあるにしろ、酒を嗜むことは出来る。好みも有るし、自分の適量を知っているので本人達は楽しい酒、というものであった。しかしそんな時も、弱い果実酒の類か、軽いシャンパン程度しかルフィは飲ませてもらえないし、飲めない。サンジ達の言い分といえば、そんな弱い酒でさえふらふらになるルフィに、ゾロが飲むような強い酒を飲ませるわけにはいかない、だった。
「楽しいかな〜って、思ったから」
「そりゃ、楽しいだろうが、別にムリする必要ないだろう?」
「ムリとかじゃなくて…」
 大好きな相手の好きなものを理解したい。他の仲間たちのことも当然だけど、ゾロの場合はその気持ちの強さが全然違う。多分、彼の中で大きな範囲を占めているもの。「刀」や「酒」「約束」。言葉にするとそんな羅列にしかならないけど、それさえも言葉に出来なくて、そしてこの自分のことを大事にしてくれるらしい彼は、自分と同じくらいに言葉にしないと理解してくれない人間だった。
 言い淀んだまま、また口の中にぽいとチョコを一つ放り入れる。まるで沈黙を紛らわすかのように。もごもごと口を動かすルフィの様子を見て、ゾロは笑いながら肩を抱き寄せた。
「むぎゃ?」
 急に抱きすくめられ、大きなその掌が細いルフィの顎を捉えて、重ねられる慣れた感触のその少し薄い唇。咄嗟のことで目を閉じる隙さえも無かった。影になったゾロの背後から眩しいくらいの月の光が見えたのは、ただの一瞬。ふわりと何かが押し付けられた。こくん、と口腔の中へと押し付けられる液体と、それを押し出してくる舌にルフィは驚いて、その双眸を余計に見開いた。くうう、とそのままゾロの舌の動きで口の中へ押し込まれた液体が、ごくり、と音をたててルフィの喉をすり抜けて行った。まるで口の中のその酒の残り香を味わうかのように、ゾロの舌がゆっくりと中で動く。やっと唇が離れていった途端、小さな笑いがゾロの口の端に浮かんでいるのが、少し角度の変わった月光で見えた。
「何でそうお前はムードの無い声を出すんだ?」
「…ゾロっ!?」
「はいはい」
「今、何したんだっ!?」
「口移しで酒を飲んで貰いました」
「だああっ!!! このエロ剣士っ! オレが言っていたのは、そんなことじゃなくてっ!!!」
 ぱたぱたと真っ赤になりながら、少し自分から体を放したゾロの肩を両手で殴りつけて、ルフィはぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
「でもチョコ、食べてたなら甘かっただろ?」
 ルフィのその両手の拳を軽く受け止めて、ゾロは笑った。ぱた、とその仕種を止めて思い出すかのように視線を巡らせると、その両手をぶつけた体勢のままルフィはにやり、と笑った。
「そうだな」
「そのうち飲めるようになればいいし、別に焦る必要もないだろ。飲めなければ飲めないで、それはそれで別に構わないんだし」
「ふううん」
「…何だよ? その顔は」
「それって、サンジとかナミとかにこうして貰っても、飲めるようになるのかな?」
「…それはダメだ」
「何でだよう」
「ダメと言ったら、ダメだっての!」
「へへ」
 仏頂面になってしまったゾロの顔を見て、今度はルフィが嬉しそうに笑う。大好きだけど、大好きだからこそ何を考えているのか分からない、分からないから知りたい。それでも、今の自分の台詞に、怒りながらも独占欲を見せてくれたりするのが嬉しい。
「ゾロ、オレ、もう寝る。見張り頑張れよ」
「おう」
 改めて毛布に包まり始めたゾロへと軽く手を振って、ルフィは見張り台から降りようとその縁へと手を掛けた。ふ、と思いついたように仕種を止めて振り返ると、ゾロの膝の上へとどさっと腰を下ろす。悪戯を思いついたように、その黒い瞳が揺れる前髪の下から覗いてきて、ゾロは一瞬それに見とれた。
「る…?」
 ぎゅう、と毛布の上からゾロの大きなその体を抱き締めるようにして身動きが出来ないようにすると、ルフィは自分からさっきされたのと同じ仕種で唇を重ねた。ぎゅ、としたゾロのその唇へと含んだものを押しつけると、ゾロの口の中へとそれは溶けながらころん、と押し込まれた。…特徴ある、甘いカカオの匂い。
「ルフィっ!?」
「仕返しだっ!!!」
 がばっと立ち上がったゾロの腕から、笑いながらルフィはするりと逃げ出すかのようにさっさと見張り台から飛び降りていった。すとん、と何事もなかったかのように甲板へと着陸した音が聞こえて、ゾロは後を追うのを止めた。自分が降りて行ったからといって、何をどうすることも出来ない。

  ―――― またヤラレたな。

 縁に肘をついて、男部屋へと続く甲板の蓋を開けて、中へと滑り込んでいったルフィを眺めながらゾロはそんなことを思う。少し優位に立てたかと思うと、いきなり思いもしなかった行動で自分をまた惹きつけて止まない彼の姿が、余りにも大事なものに思えてきて、そんな自分に苦笑した。


  大好きだから、言葉でも何でも分かり合いたい。
  言葉でも、腕でも、肩でも、胸でも、唇でも、何もかもの全てで。


 口の中に残っていたその苦手なはずの甘いチョコに軽く歯を当てると、口の中で割ってこくん、と飲みくだした。苦手な甘いものを含んでも、口が笑みの形を作ってしまうのは止められずにいた。そして今まさにハンモックの中で同じように、くすぐったそうに笑うルフィも小さな笑いを止める事が出来ずにいる。それぞれが同じように同じことを思いながら、笑っていたりするのだった。



   〜Fine〜


Morlin.さまの6500hitリク御題「ゾロルで口移し」でした。
タイトルは「甘くするキス」なんです…。そのままでしょうか?
実は前に一度、口移しネタを書かせて頂いたコトがありまして。
それよりは若干大人なゾロルをイメージさせて頂きました。
なのに、どうしてこんなに甘くないの…? あんたたち…(泣)?
でもでもほら、飲み屋に行くとおつまみにチョコ(それもキスチョコ・笑)
出てきますよねっ!!! あと、ポッキーとかとかっ!!!
まあSAMIは飲んでいる時には甘いもの食べませんけど。

ふと気付きましたが。
…何だか先日のサンナミ話とかぶって…いませんか?(だああっ!!!)


*ちょっとした出来心から、
 SAMI様に『口移し』などという壊れたリクをしてしまったんですが、
 いやいや、おステキでございますvv
 バレンタインに合わせて、それはそれは甘い仕上がりにしていただきまして、
 またまたコロリと撃沈されてしまったMorlin.だったのでございましたvv
 SAMI様、本当にありがとうございましたvv
 この調子で、ロロノアさんチの方へのご参加もどうかよろしく〜♪(こらこら)


SAMI様のサイト『Erde.』へGO!⇒**


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