■ 空腹 ■

 
眼の前で気持ち良さそうに揺れる、碧の髪にふと思う。
…何で、こんな事思うのかな…そんなにお腹は減ってないと思うのに。

確かに今日は、サンジに見付かって、つまみ食い計画が全部失敗してしまって。
空腹の虫が合唱してるけど…でも我慢出来ない程じゃない…なのに、何で。

眼の前で揺れる碧色の髪が、美味そうに見えるんだろう。
味なんか、全然無さそうなのに、喉の奥がコクン…と小さく鳴るのは、何でだろう。

キャベツにもレタスにも、少し苦手なピーマンにも似ていない。
触わると指先がチクチクする、どちらかと云えば、サボテンの棘の様な感触の髪。

食べたって、絶対に美味しくない、不味いに決まってる。
サンジがどんなに上手に料理したって、絶対に食べれるモノじゃない…大体。

それは、食べる為のモノじゃないし、こんな風に考える事自体が、おかしいのに。
だけど、何でか今日は、その髪が美味そうに見えて仕方ない。

「腹、減り過ぎてんのかな、俺」
「…何、さっきからブツブツ云ってんだ?」
「起きてたのか?」

クシャクシャと髪を掻き回していた指を掴まれ、寝惚け眼が眩しそうに見上げて来る。
大型犬の欠伸を繰り返し、何度か瞬きを繰り返して、ようやく焦点を合わせる。

「起きてたのかじゃねぇだろ。それだけブツブツ云ってたら、気になるって」
「ウソ。しゃべってたか、俺?」
「…自覚ねぇのかよ…ったく」

掴まれた指はそのままに、ビックリして眼を見開くと、ゾロは困った様に口元を綻ばせた。
碧色の短い髪を、グシャグシャと勢い良く掻き回すのは、居心地の悪い時のゾロの癖。

穴が開きそうな程に覗き込んでるから、もしかして照れてんのかな?
ペタンと甲板に座り込んで、ゾロの顔を見上げると、逃げる様に視線が逸らされた。

…あぁ、やっぱ照れてんだ…可愛いよなぁ…。
普段は何処迄云っても無表情な仏頂面で、戦っている時は正に野獣と云った感じだけど。
不意に覗く素の表情は自棄に幼くて、可愛いなぁ…なんて、似合わない言葉が浮んで来る。

「で? 何なんだよ、さっきから」
「ん?」
「人の顔、覗き込んで、何笑ってたんだ?」

指を離して溜息を吐き出しながら、ゾロは小さく呟いた。
逃げて行った指の温度が寂しいなぁ…追い駆けて、ぎゅっと握り返して、しししっと笑う。

ゴツゴツとした大きな手の感触を確かめながら、さっき考えていた事をもう一度思い返す。
あんな事を言ったら、どんな顔するんだろう…怒るかなぁ…それとも、照れまくる?

反対の手を伸ばして、ゾロが良く俺にそうする様に、何度も何度も短い髪を梳きながら。
…空腹の虫の合唱を聞きながら、笑ってしまう…何だろう、やっぱオカシイのかな、俺。

「あのさぁ」


碧の髪に笑いながら、想像も出来ない味を想像しながら、そっと身を乗り出して、碧色を食んでみた。  
 


*相変わらずに精力的な勢いで更新なさいます一條様の、
 船長BD企画SSを頂戴してまいりましたvv
 のんびりとした、日向ぼっこの空気と、
 愛しい想いが関与しての奇妙な欲求(?)と。
 平和そうな風がそのまま感じられそうなお話、
 とても嬉しい作品を、どうもありがとうございます。
 大事に読みますね?


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