Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ
夕涼み (『花火』改題。初出『海月透過率』様サイト Novelsコーナー)
補給のために寄港を予定していたとある港町だったが、あれこれあって到着が夜になった。もともと正規の港へ停泊するつもりではなかったが、それでも陽が落ちてしまうと係留出来そうなところを探しにくい。町の入り江を目前にするところまで迫ったゴーイングメリー号のキャビンにて、岩礁が少ないのを幸いに裏手の浜にでも着けようかしらと海図を見ていたナミが、 「? あら?」 どこかで雷が鳴っているような…重い鉄扉をレールの上で転がすような音が響いて来たのに気がついた。そんな気圧じゃないんだけどと小首を傾げていたが、今度は"パラパラパタタパララ…"という軽快な、銃でも撃っているような音までして、 「…っ、一体何事よっ!」 慌てて甲板に飛び出したナミの、見開いた瞳に鮮やかに映ったのは、 「…花火だわ。」 此処からはまだ距離がある港の方で、祭りか何かが催されているのだろう。艶やかに華やかに、大輪の閃光花が次々と夜空へ開いては消えてゆく。息を呑んで、見とれる、情景。 「うわっ、凄っげぇなぁ〜っ。」 ナミの慌ただしい足音につられて外へ出て来た他の面々も、思わぬ見物に歓声を上げてはしゃいだ。 「フーシャ村でも夏には祭りがあって花火も上げてたぞ。」 と言ったのはルフィで、それを聞いてウソップが、 「俺がいた村でも毎年カーニバルがあってな。夜中のクライマックスには、昼間みたいな明るさになるほど、何千発もの花火を打ち上げたもんさ。」 誰も突っ込まなかったが…そこまで大規模だったというのはウソだろう。夕食の後片付けの途中だったらしく、上着のない腕まくり姿のサンジも、 「バラティエでもパーティーなんかで貸し切りんなると打ち上げてたなぁ。こちとら厨房で仕事の真っ最中だから、のんびり見物って訳にはいかなかったがよ。」 どこか懐かしそうにそんな話を披露する。毎年毎年、例年の風物詩として眺めて来た者たちもいれば、 「…なんか、久し振りに見たって気がするわ。」 ぽつりと呟いたのがナミで、 「ああ。毎年どっかで見てはいた筈なんだがな。」 こういうものにはあまり関心がないかと思いきや、じっと目線を外せずにいるゾロがそれへと応じている。 "…あ。" "そうか、そうだった。" この二人は、ここ数年をたった独りで過ごして来た者たちだ。一人は命を懸けて村を救うため、白刃の下を掻いくぐっている最中で、もう一人は今は亡き親友との約束を果たすため、大剣豪を探しての、あてどない旅の途中。そんな修羅場の只中に居たのでは、成程、花火どころではなかったことだろう。 「…ナミさん、何かカクテルでも作りましょうか?」 出来るだけさりげなくと装ったサンジだったが、気を遣ったらしいというのはやはり伝わってしまい、ナミが小さく苦笑する。 「そうね。船も急いで着けることはないんだし、いただくわ。」 そっと差し出された手のひらへ白い手を載せて、誘(いざな)われるまま上甲板へと足を運ぶ。 「花火か…。」 一体何を思いついたのか、ウソップは何事かぶつぶつと口の中で呟きながら明かりのついた船室へ戻って行き、 "ありゃあ、何か…花火もどきなもんを作るつもりだな。" 小さめの卓上ランプを上甲板のテーブルに据え、しばらくお待ちを…と厨房へとって返したサンジが、そんな彼とすれ違い、何とも言えない、しょっぱそうな顔になっていた。一方、 「…なあ、ゾロ。」 「んー?」 返って来た生返事に"おやっ?"と相手の顔を返り見やれば…彼には珍しく"隙だらけ"といった体ていで遠い空を眺めている。ルフィにしてみれば、こんな横顔は初めて見る代物。ついつい悪戯っ気が出て、顔の前で手のひらをパタパタと振ってみる。さすがにそうまでされると我に返ってしまうというもので、 「…こら。」 「あはははは…、悪りぃ悪りぃ。」 別に用があった訳ではなく、再び二人して花火に見入る。赤、青、緑、黄色に橙。くす玉のように、土星の輪のように、ぱっと丸く大きく広がるものもあれば、シャワーのようにしな垂れて、光の雨が降りそそぐものもある。きらきらと舞い散る光が途中で色を変えたり、しゅるしゅると尾を引いて火の玉が迷走するものがあったり、色々な趣向のものが取り揃えられており、しかもこんな風に船上から静かに見物出来ようとは。これは本当に良いタイミングに来合わせたものである。 "………。" 瞬きさえ忘れて何かに見入ってしまうなぞ、ゾロには久々の体験だった。大概は戦いや立ち合いの最中にあってそれどころじゃなかったせいもあったが、そうでなくとも…旅の空に一人で見ていた時は"ああ、花火か"と確認する程度でさしたる感慨もなかったと思う。誰かと見るというだけで、こんなにも見とれてしまうから不思議だ。警戒が要らないからか? 違う。そんな安直で短絡的なもんじゃない。一つことにのめり込み、いわゆる"視野狭窄"に陥っていたからだろうか? それだけでもあるまい。 「きっれいだよなぁ。」 素直にはしゃぐ笑顔を傍らに感じながら、誰かと"一緒に"堪能出来るのが嬉しいからだ。共感するということ。心打たれた感動を受け入れ合うということ。誰かと判り合うということ。それを実感する時、人は人として嬉しくなる。 「…そうだな。きれいだ。」 低い声で呟いて、今の自分を予想もしなかった去年までの自分に、ついつい想いを馳せるゾロだった。 この今、たった今も、どこかで寂しそうに夜空の閃光を見上げている者がいるかも知れない。家族や家臣たちに囲まれて幸せだった頃を懐かしむことも無く、偽りの名で誰かを演じてる、独りぼっちのお姫様が、彼らとの出会いを待っているのかも…。 〜Fine〜 (01.7.19. 7.20.改定) *たったこれだけとはいえ、ビビちゃんを出したのは初めてです。 まだ、もうちょっと、 性格や個性を把握出来てないかなぁというところ。 本当は、チョッパーだって書きたいんですが…いやいやまだまだです。 |