愛 嬌 (あいきょう)
    あいきょうと読む。尊貴の人を愛し敬うこと。愛敬の転訛。「形貌は端厳にして衆
    に愛敬せらる」と『婆沙論』にある。 容貌は正しく厳かにして皆に愛し敬われるこ
    と。  参考文献 柴山全慶著『禅心茶話』 『大正新修大蔵経 二七』

 私が京都の修行道場にいたとき、師家は七十歳になられる柴山全慶老師であった。老師はご自分の隠寮のまわりの庭に椿をたくさん植えられ、種類も多く集められていた。中国の林和請という人は「一生涯梅花のみを愛し過ごした」といわれたが、林和請のごとくに老師は椿をこよなく愛された。外国に出られても、椿を見ると種を送ってもらえるように交渉したりするほどである。私が隠侍(老師の身の回りの世話をする役)になったとき、老師はいつものように庭をひと回りされて水やりを指示される。またあるときは、椿の移植をともにしたこともある。
 「この西王母は鹿児島より取り寄せたもので、弱いから囲いを作って保護してあるから、庭掃除のときは気をつけてや」
と大変やさしく好好爺そのままのときもある。夏になると百本近くもある椿の水やりは大変で、炎天下二時間近くはかかってしまう。しかしご自分でよく世話をされるので、だいたい一年中花があるくらい良く咲くのである。  ある朝老師が外出された後に、本山より部長さんが来られて、
 「椿をひとつ欲しいんだが」
 といわれた。私は
 「老師は不在ですから、おられるときにお願いします。」
 と申しあげたが
 「一本ぐらい分からないからもらって行くよ」
 と部長さんがいうなり一本切ってもって行ってしまった。夕方いつものように老師は庭を回られたときに、
 「今日どなたか来られたかな、」
 といわれた。私ははっとして、体の血の気が引く思いがした。今朝本山より来られたことを話した。老師はそれ以上話されなかった。しかし朝夕庭を見てられるから、どこの木にどんな花が咲いているのか、全部分かっているのである。隠すことはできないのである。  また、夏の午後は必ず昼寝をされた。一時間ほどで目覚められるのである。ある暑い日に鳥取からの来客があった。今日の来客の予定には入っていないし、ちょうど寝入ったときだったので、私はお断りしてしまった。目覚められてからお伝えすると、
 「なぜ起こさなかったのか、この暑い中をわざわざ来られたのに」と、
 きつく叱かられてしまった。来られた方のことを思えば暑い中を来られたのだから返してはいけない。しかし老師は寝入ったばかりだしと、自分との葛藤が続いた。  老師が外出のときは隠侍としてお供をするが、歩いていると近所の方が気軽に声をかけられる。「やーごきげんよう」ときさくに声を返される。歳は七十を越えても背筋もピーンと伸び、若いときはテニスをしていたという程で、スタイルも良いし、さぞかしもてたことだろうと思います。ですから当時は信者さんも多く、正月になると年始でごあいさつに来られるお客様の多いことでは、隠侍泣かせであった。  『婆沙論』(正しくは阿毘達磨大毘婆沙論)八二に出ている、「形貌は端厳にして、」という言葉がピッタリである。道場の修行僧にたいしたは大変厳しく、その反面、一般の人には大変優しく、お客様を大切にされます。まことに「衆に愛敬せらる」であります。  そんな心境から生まれた詩が「花語らず」でありましょう。

   花は だまって咲き だまって散っていく
   そうして再び枝に帰らない
   けれども その一時一処に この世のすべてを託している
   一輪の花の声であり 一枝の花の真である
   永遠にほろびぬ生命のよろこびが 悔いなくそこに輝いている  (禅心茶話より)

 花を愛した老師らしくすばらしい表現です。お茶人の方々を前にしてお話をされるときは、よく利久居士の言葉を引用される。例えば「花は野の花のように」です。これは老師の言葉を借りれば、「人間の心を入れないで、野に咲いているように無心に活けよということです。少し上手に活けてやろう、こうやってやろう、こうしたら皆が感心するだろう、と、そんなことを通り越せということです。」老師に師事したのはわずかな年限であったが、花を通して花から学んだ人生哲学を実践された柴山全慶老師こそ「愛敬」そのものであります。

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