相 続
     そうぞく 一般には、引き続き起こること(広辞苑)
     禅語では、「只能く相続するを主中の主と名く」と『宝鏡三昧』に出るように、
     師より弟子に法脈を継ぐことをいう。

 世間一般では相続というと、死亡した親族が包括的に承継すること(広辞苑)でありまして、例えば争いごとが起きるのは、親が亡くなった後、遺産の相続、財産の相続のときです。スムースに承継されればよいが、これがもとで親子兄弟がバラバラになりかねないのであります。争いのすえに財産を相続しても「相続」と言えるのであろうか、疑問であります。しかしこれらの相続は一般社会での相続です。形あるものの承継であります。仏教語としての「相続」はつづくこと、相つぐこと、連続する個人存在、常に変化する連続的個体(『佛教語大辞典』)であります。形あるもののほかに、心の相続が含まれております。
 インドの世親(バスバンドウ320−400)があらわした『唯識二十論』という本がありますが、その唐訳に「心相続の不断にして、能く後世に往くに依りて」と出ています。心の流れは断絶することなく、後世にまでもつづいて往くという意味であります。世親は『倶舎論』を著した人で有名ですが、唯識説を大成した人でもあります。数年前この本の講義を中村元先生から拝聴しましたが、難しくてよく分からなかったと言うことが残っております。しかしここでも心の相続を強調しております。 『宝鏡三昧』というお経の中に「只能く相続するを、主中の主と名く」と出ています。これは前にも述べたように、師匠より弟子に伝わる法脈を継ぐことが相続であります。
 東福寺管長の更幽軒・福島慶道老大師より始めて墨跡をいただいたのは「露堂々」と大書された一幅でありました。早速表装して掲げてみますと、力強く黒々と書かれている字がより強烈に目に入ってきます。はねた所のかすれ具合を見て、先師寒松軒・柴山全慶老大師の字を思い出しました。寒松軒の字と更幽軒のそれと大変よく似ているのであります。更幽軒老師が寒松軒老師に師待されておられたときは、もう晩年の頃でありましたが、字は大変力強く書かれているときでした。法はもとより、書体まで承継されているように思われるのは、長年にわたり身の回りのお世話をされていると、こうも相続できるものかと感心させられてしまいます。
 二月の節分会を迎えるときまって家内の実家より電話が入ります。郷の義母の優しい声で、「今日は節分だから水を交換しておくように」であります。
 実家のある滋賀県大津市ではこの日に家の鬼門においてある水(一升瓶に詰められている)を交換するのが習わしであります。この日に水を交換すると、一年間は中の水は腐ることがなく、また「火の用心」の心掛けでもあります。大津でいつ頃から行っているのか分かりませんが、家内が子供の頃から既に行っていたという、それをこちらでも行っているのです。電話が入ると思い出したように、子供達にも手伝わせて、本堂だ、庭だ、三階だ、二階はと面白がって一升瓶を運び、水を交換するのです。こういう風習も今は消火器があるではないか、といってしまえばそれまでですが、日頃から「火の用心」を心掛ける節目になるのではないかと思います。こういう風習は、親から子へ、子から孫へと受け継ぐべきことではないでしょうか。 また、娘がお茶を習い出した関係で、着物について良く母親と話をしています。  「今度の初釜に何を着ていこうか」  「これでは地味かしら」  「こちらの方がはんなりとしてええのとちがうやろか」  と微笑ましい光景であります。二人して呉服屋へ出掛けることもあります。そして母親は娘に色々とアドバイスをするのです。娘が選ぶ着物と母親とは趣が異なるのですが、やはり母親の方が着物に対する経験が長いので、母親の意見に従うのです。家内も娘時代に祖母に連れられ、京都の呉服屋をめぐって色々とアドバイスを受けていました。それがあるので今度は娘に言えるのですと家内はいいます。親から子へ、子から孫へと伝えるもの、これも相続であります。  以上のように今では正月の行事も正月らしさが薄れて来ていますが、正月の風習も伝えて行くべきでしょうし、また、家庭内の習慣をも承継して行くことが「相続」ではないかと思います。

Copyright(C) 2003 Sanritsusyoukai all rights reserved.