alphabet

 悪路だ。

 僕は乾いた瓦礫の山を登っていた。
 延々と続く黒い瓦礫は本当に乾燥していて互いに何の引力も持たず、一歩ごとに足元がカラカラ崩れてしまうのだ。踝まで埋まるのはしょっちゅうだし、膝まで瓦礫の中に入ってしまったことも一度や二度ではない。

 白々とつづく周囲の空間に窓が開いていている。比較の対象が何もないものだから、遠いのか近いのかよく分からない。窓の向こうに雨が降っているけれど、音も匂いもしないところを見ると、かなり遠くにあるのかもしれない。

 登っても登ってもすぐに足場が崩れてしまうので、座り込んで一休みすることにした。瓦礫は全部アルファベットの形をしてやたらに尖っており、酷く座り心地が悪い。ともあれ休みながら、手近な文字で何か言葉を作ってみようとする。

 でもどうやら手の届く範囲には、EとかRみたいな便利な字がないらしい。見つかった字をどうにか並べてできた言葉は
 S I G H
 僕は溜息をついた。

 立ち上がるとまた足元が崩れて、半メートルほど下へずり落ちる。仕方がないのでまた登り始める。頂上は見えないしあるのかどうかも分からない。
 ふと目を上げると、窓の外の雨はいつの間にか止んで、夏の濃い青空が見えた。

 アルファベットの山は黒々と続いている。僕は、意味をなさない文字の中に半分沈みながら、ノロノロとただそこを登ってゆく。



 



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