(世界が認めていても)


(順不動)

(これは保または大阪府警がその悪事、犯罪を認めたことになるのではないか)

AXN


(世界が認めていても)






世界



「世界中の人がどう思おうとも、この日本では通用しないんや」これが親に言った保の発言である。
「こんなこと誰が聞いても通用せんのと違うか」と言いたくなる。また日本には正義でも通用しないことがあるとでもとでもいうのか。

保は新団地の被害日誌に1000を越える海外のバナーのことを意味して語ったのだと思うが国内でも50件のバナーがあることを知らないらしい。(宣伝)

保の証言から現在に至る奴の非道な数々の行為に対しての僕の本格的な怒りを覚えたのがあまりにも遅すぎた感は否めないが、僕の人柄が奴には通用しなかったのであろう。

結局、保は現状の僕の悪環境を知りつつも己の非を正当化しつつも認めていることになる。それならば親に土下座して謝るとか出来得る限りの賠償をすべきではないのか。それにもかかわらず己の狡猾をもろに表す態度が許せない。



つまりは日本警察は僕が大阪府警から騙されて狂人沙汰にした犯人にもかかわらず僕の訴えを握り潰すというのである。そして現在も同和団地において被害をこうむっているのであり僕がいくらあがいても素知らぬ顔して放置状態なのである。

保が言う握りつぶすということは、大阪府警の意思でそんなに自在になるものなら、どこが裁判なのかといいたくもなる。

こんな状態が平然と行われている事実があるのにもかかわらず日本が大きな顔して世界に平和民主国家であると言えるのかを伺いたい。僕としてはこれでもまだまだ言いたいことが山ほどあるが控えているのである。

この様な悪事は僕に直接関連するものだから言うのであるて関連しないものはタッチしない。


元へ戻るが、保の言いたいのは大阪府警は不正行為であってもそれをもみ消す力があるといいたいのであろう。大阪府警が不正であることは認めているのだが、己の立場ではと逃げているのである。警察は犯罪を取り締まるのが仕事であって、犯罪を犯すべきではない。

ましてや悪事をももみ消すなんてことが警察であっていいものなのだろうか。警察への信頼性などががた落ちになる。

僕の感覚では奴の汚いやりかたには断じて同意はできない。根本的に道義的精神が伴わない。(教えてくださいこの原因)の犯人が警察であったとは笑い話にもならない。

このHPも出したのが被害を受けてからだからもう10年以上になる。一時は告発ものではベストにも入ったが、その犯人に息子が絡んでいたとは言いようのない心痛ものではないか。表現致し難しである。