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9・18 2004.9.18
  「9・11」といえば記憶に新しい同時多発テロのことだが、 そうではなく「9・18」である。
  9月18日になにが起きたのか・・・多くの日本人はピンと来ないと思うが、 言い換えれば分かるだろう、それは「満州事変」。厳密に言えば、満州事変の 発端となった「柳条湖事件」のことである。
  1931年9月18日22時頃、現在の中国東北、遼寧省瀋陽 (当時「奉天」と呼ばれた都市)の柳条湖で、 南満州鉄道の線路が日本の関東軍の謀略により爆破された。 爆破したのは中国軍のしわざと偽り、それを口実に中国に対する侵略攻撃を開始した。 その爆破事件のことを「柳条湖事件」という。
九・一八歴史博物館   その爆破事件のあった場所には、現在その事件に関する博物館が建っている。 「九・一八歴史博物館」(中国においてこの事件は「九・一八事変」と呼ばれている。) 写真にある正面の「九・一八歴史博物館」の文字の下に写っている人影は私。
  夏休みに瀋陽ひとり旅をした際、この博物館にも足を運んだ。瀋陽というと、 子連れ脱北家族が瀋陽の日本国総領事館に駆け込み、 中国の公安に引っ張り出されたりした事件で、日本でもちょっとお馴染みになった都市だ。 あれからもうすぐ2年になるだろうか。
  この博物館は、その日本国総領事館から北へ7kmほどのところにある。 瀋陽の街の郊外にあり、かなり広い敷地がある。見学するのに長い時間を要した。
  博物館に入ると、外の天気が快晴だったせいか、館内の照明の暗さに戸惑ってしまった。 博物館のプロローグ的な挨拶文が書かれたオブジェがぼんやり光っているだけで、 それを見たあとどちらに進めばいいのか真っ暗でわからないのである。 中国語、英語、日本語で書かれた挨拶文を読んでいると、徐々にその暗さにも慣れてきた。
  館内には多くの写真や凝った模型がたくさんあり見応えのある内容だった。生首やら犬に喰われている 中国人の写真などもあり、日本人の私としては忸怩たる思いで気持ちは縮みっぱなしである。 そして薄暗い館内を歩いていると、何度も模型の人形にハッとさせられる。 必要以上に暗い照明なので、模型なのか本物なのか判断に時間がかかる。 居眠りしている学芸員だったりもする・・・。
  ついでに言わせてもらえば、 学芸員は仕事してない奴が多い。ひどいのは静寂の館内で大声出して携帯電話で話している のである。私の拙い中国語ヒアリング能力で聴いてみると、どうやら夕食をどうするかという 話をしている。館内の雰囲気ぶち壊しの大声の会話だが、 1931年当時とくらべてみれば、平和な夕食が日常になっていることにいくらか救われるので、 それも良しとしよう。時々、博物館の横を走り過ぎていく列車の音も平和な今を感じさせてくれる。
  館内展示の最後には、石原都知事らの靖国神社参拝のことが触れられていた。 この靖国神社参拝の問題も両国とも進歩がなくてイライラするが、 この問題だけではなく両国の間には解決すべき問題が山のようにある。 いまだに落ち着かない日中関係だが、お互いの問題や誤解をひとつひとつ解いていくしかない。 しかし個々のレベルでは、私が実際に中国の若い世代の人と話すと、 まったくそんな軋轢は感じない、 歴史や政治を越えたもっと進んだステージでの交流はできているとも思える。
  問題なのは軋轢が起きてしまった時、その歴史はまた軋轢を助長する要因となることだ。 そのためにも双方の努力はすべきである。
  ところで、江沢民が中国共産党のトップから降りた今、 抗日感情は少しは和らぐのだろうか・・・。聞くところによると、 この「九・一八歴史博物館」は、江沢民が抗日教育のために建てた数多くの博物館のひとつらしい。   


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