カイロ・アレキサンドリア2都周遊;
2005年9月21日〜27日byファイブスタークラブ
(1£エジプトポンド=約20円)

アレキサンドリア 旅行記ランキング 参加中

2005年9月21日(水)

17:40 家を出発。スーツケースにするかキャリーバッグにするか散々迷った挙句、キャリーバッグにした(それでも中身スカスカ)。バスだと途中で乗り換えないといけないので、最寄の東京モノレール・昭和島駅までテクテク15分強歩くことに。本来なら18時過ぎに出ても楽勝だけど、途中公園を横切り、グラウンドの横を通り、高速道路の下を横断し・・・暗くなってから歩くのはちょっと怖い。なので、かなり早いけど出発。
18:16 羽田空港着。家を出る頃はまだ明るかったのに、空港に着く頃には真っ暗。ほんと日が落ちるのは早い。しかし、待ち合わせまでまだ25分もある。

今回の旅の連れ、Nちゃんも早目にやってきた。今回はエミレーツ航空(アラブ首長国連邦の航空会社)利用。なので関空経由。ツアーデスクにはエミレーツの制服着た日本人スチュワーデスさんがいた。荷物は、関空・ドバイをスルーしてアレキサンドリアまで。無事再会しようね。

18:40 カフェテリアでビール&軽食。Nちゃんのダンナさまが、仕事を終えてからお見送りにくる予定。が、空港に着いたという電話をもらってからもなかなか現れない。不思議に思って電話しても、なんだか話がかみあわない・・・彼は第2ターミナルへ行ってしまったのでした。汗かきながら戻ってきてくれた時はもうゲートに入る時間。とにかく間に合ってよかった(^O^)/。

20:40 羽田発。エジプトへ行くのは2度目。そして前回もNちゃんと一緒だった。前回直後くらいから「今度はアレキサンドリアに行きたいね」という点で2人の意見は一致していたのだけれど、なかなか予定が合わなくてやっと今年実現。

21:55 関空着。エミレーツとのコードシェア便だったせいか、かなりの人がドバイ行きに乗り継いでいた。

23:05 関空発。EK317便。31A。予定より10分早く出発。天井にはなんと星空。最初は白い照明で、これは機内の電気が消された後。
エミレーツにはエンタテインメント・チャンネルが500近くある。新作映画から名画、ディズニー、さらに世界中の映画、音楽、ゲーム、なんでも楽しめる。しかも、離陸前から利用できる。『Mr.&Mrs.Smith』の日本語バージョンを選んだら、吹替えで字幕がアラビア語。楽しい!でも、機械の調子が悪くて2度中断したところで気持ちがそがれてパス。

イスラム国の飛行機なれど、ビールもワインもある。ワインはボトルで。シャンパンは有料。最初の機内食は魚をチョイス。前菜はローストビーフで、メインは塩鮭、炒り卵、椎茸の甘露煮等。エミレーツ、機内食がおいしいです。キャセイみたいに機内に臭いが充満することなく、きれいに食べてしまいました。それに、ナイフやフォークが今時金属製。エミレーツのマークがついていてかわいい。思わずバッグに仕舞う(^^;;;

お休みモードに入り、明け方出された朝食はパス、というより全然気づかなかった。Nちゃんは食べた。
着陸寸前にフト気づいた。「ねぇ、ドバイで乗り換える時、また手荷物検査があるじゃない!」あわてて、ナイフ・フォークセットを椅子のポケットへ(^^;;;


2005年9月22日(木)

4:10 ドバイ着。予定より1hも早い。時差は6hだから11h乗っていた。外はまだ真っ暗。30℃。
バスで建物に着くと、中はごった返していて先が見えず、どっちへ進めばいいのかさっぱりわからない。とりあえず「Connecting」という看板前に並んでいたら、しばらくたってからそのカウンターのおじさんが「チケット持っている人はあっち!」と叫ぶ。列はそのまま手荷物検査の方へバラバラと。今度はほとんどの人が手荷物検査に並ぶ。一番右には「Arrival」という表示が出ているけれど、その列の人たちも手荷物検査を受けている。「ドバイって、到着しても荷物検査受けるんだ〜」と驚いていると、いいかげん列もはけた頃、職員がやってきて「乗り継ぎじゃない人はまっすぐ進め」。やっぱりここで降りる人は手荷物検査の必要はなかった。ちゃんと列を仕切ってくれればいいものを、皆えらく無駄な時間を費やしてしまった。

ドバイ空港は広い。GATEが40もある。SHOPは真ん中に集約されていて、ブラブラ見て回る。なつめやしを使ったおいしそうなお菓子がいろいろある。お土産は帰りにここで買うことに決定。おもちゃ屋さんを見ていたら、白いアバヤを被ったバービー風お人形があった。欲しい・・・
カフェで休憩。アメリカンコーヒー4US$。
トランジットの時間は5時間もある。どこで休もうかとウロウロしていたら、フットレストのついた椅子が並んでいるロビー発見。1hくらい寝た。Nちゃんはずっと本を読んでいたらしい。8時になって、GATE番号を確かめようと電光掲示板を見に行ったら、2h前と一緒で8:20のフライトまでしか出ていない。どういうこと〜? インフォメーションセンターで確認する。しかもここでは「32」と言われたのに、「32」まで行くと「30」に変更になっていた。

連絡バスで飛行機に向っていると、さらに新しい建物を建てている。いったいGATEいくつまで建てるつもりなのか?飛行機に着いた時には、空港建物は見えなかった。広すぎ・・・

9:10 ドバイ発。EK931。「定刻出発するため、15分前にGATEをCLOSEします」と表示されていたが、15分前になっても機内はガラガラ。席は非常口のところだったけれど、Nちゃんの座席下に荷物が入れられない。それで離陸前だったけど、スッチーに「後ろに移ってもいい?」と聞くと「Sure」とのお答え。他にもバラバラ好きな席に移る人あり。ところが!その後も乗ってくる人がいて、Nちゃんと私はすいていたのをいいことに並びではなく、縦に窓際席についていたら、そこの席の人が来てしまった。戻らされるか?と思ったら、スッチーは後から来た人に「他の席でもいい?」と聞き、別の席へ案内してしまった。このアバウトさ、いいわぁ。
9:18 結局定刻過ぎに出発(苦笑)。ドアが閉められると、スッチーたちは帽子を脱いだ。

こちらのプログラムの数もすごくて、パンフレットには『早熟』や『オオカミの誘惑』もあったけれど、実際にこの機で見られるのは6つだけだった。しかもTV画面がものすごく小さくて見る気になれず。

10:15 朝食。機内にパンの匂いが立ち込め、食欲刺激される。ポーチドエッグは固ゆでだったけれど、クロワッサンがおいしくて、お代りしたいくらいだった。

飛行機はずっとアラビア半島の砂漠の上を飛んでいく。最初は砂漠がどこまでも続き、空との境目がわからない。家も薄茶色で景色全てが薄茶色。それがだんだん緑の部分が増えていく。
アレキサンドリアが近付くと、畑らしい緑の四角がたくさん見えてきた。もう窓の外を見るだけで眩しく、サングラスをかける。窓越しでも日に焼けそうな気分。

13:03 13分遅れてアレキサンドリア着。とても国際空港とは思えないほど簡素な建物。滑走路だって1本しかないのでは?と思える。ここでもビザはカイロ同様、空港で取得する。カイロでは入国カウンターの手前に銀行の窓口があって、そこでお金払うと収入印紙をくれてそれをパスポートに貼ればOKなんだけど、そんなのない。建物に入るとすぐ、出迎えのガイドがやってきてくれて、彼が既に収入印紙を購入していてくれた。他の人はどこで?どうも、入国審査時に一緒に払っているようだ。25US$。この国の物価と比べるとすっごく高い。

14:00 出発。送迎ガイド・ムハンマド君は日本大使館で日本語勉強中。簡単な会話ならOK。けっこうハンサム(*^^*)
中心部に入ると、運転手さんが何度も外に立つ人やすれ違う運転手に道を聞いている。向かっているのは国立博物館。ガイドなのに国立博物館の場所わからない?まさかね?と耳をすませてみると「マトハフ(博物館)」という言葉が聞こえた。マジ〜?! 後から聞くと、この2人はカイロから出張してきたそうだ。でも、事前に地図調べないか、普通?それに、よく言われるのは「エジプト人はたとえ自分が知らなくても、道を聞かれると答える。故に正しい道を教えてもらえるとは限らない」。教えてくれた人たちが皆正しく教えてくれたかどうかわからないが、なんとか博物館にたどり着いた(苦笑)。

14:50 今日と明日の日本語ガイド・Salwaさん登場。
左から、
●お供物台。古王国時代のもの。実際にお供物を置いた台ではなく、神官たちに本物になるよう祈ってもらう。
●古王国時代の像。男性の肌は茶色、女性の肌は白色で表現していた。2人が被っているのはカツラであり、すなわち裕福であることを示す。女性のカツラからは前髪が覗いている。男女ペアで彫像を作る場合、必ず女性が男性の肩or腰に手を回している。子供も一緒の場合は男の子のみ。子供は裸。
●同じ人の、右から20代、30代、40代。カツラのデザインが違い、アゴのラインもだんだんふっくらしていく。しかも、20代ではカツラの下に前髪が見えていたのに、40代ではなくなってしまった。芸が細かい(笑)。
●ハトシェプスト女王。女性がファラオになることは認められなかった。そのため男性のように肌は茶色で表され、ヒゲもつけている。

10年ほど前にフランス・エジプト合同チームが、アレクサンドリア港内で発掘を行い、クレオパトラが約2000年前に築いた王宮跡を発見した。そこから引き揚げた物の一部が展示されている。
スフィンクスの顔はグレコ・ローマン(古代エジプト末期。ギリシャ文化が大きな影響を与えていた時代)風。右は、鷹の頭をした壷を抱えた神官。

途中で両替屋さんに寄ってもらってから、カイトベイへ向かう。今度はSalwaさんが道案内をしてくれるので順調(笑)。

カイトベイの要塞。ここにはその昔、古代世界の七不思議の1つとされるファロスの灯台があった。この灯台は紀元前3世紀にプトレマイオス2世のよって建立され、高さが120mもあって、56km先からでも見えたとか。9世紀に壊され、モスクとなったが、14世紀の大地震で海中に沈んでしまった。ファロスは英語を始めとして「灯台」の語源となっている。

要塞の中は軍事博物館になっているらしいが、中には入らなかった。海風に当りながら、Salwaさんとおしゃべり。
彼女は大学在学中に結婚し、18歳、14歳の女の子、8歳の男の子のお母さん。29歳で仕事をしたくなり、「ガイドになろう!」と日本語の勉強を始めたとか。今もカイロの日本語学校に週1回通っているそうだ。とても丁寧な日本語を話す。「なぜ、日本語を?」と聞くと、アレキサンドリアには日本語を話すガイドが少ないから需要が多いと思って。じゃあ!私がもっとアラビア語をがんばったら、ここでガイドの仕事ができるかしら?と尋ねてみた。するとアレキのガイドは難しいという答え。カイロなら、ファラオの歴史について勉強すればガイドできる。しかしアレキの場合は、ファラオだけでなく、ローマやギリシャの歴史についても知っていなければならない。Salwaさんは大学で考古学を専攻。博物館での説明、すっごく詳しくてわかりやすかったし、説明してくれたもの以外の展示物について質問しても、全部答えが返ってきた。ということで、ガイドへの転職はあっさり消えた(^^;;; 

17:10 カウヌード・ホテル着。607号室。
ムハンマド君はお湯等、チェックしてから帰っていった。海に面していて、小さいけどベランダもついていて、海風が気持ちいい。部屋はあまり広くない。
一休みした後、海岸に渡ってみる。片道5車線あるのに、どこにも横断歩道はない。たいていの人は車道を突っ切っている。それしか方法ないの?と思ったら、そばに地下通路があった。ホッ。

18:00 まだ早いけど、おなかすいた!ホテルでタクシーを拾ってもらい、salwaさんが勧めてくれた「カドゥーラ・リ・サマク(直訳すると「魚用のお鍋」)」へ。念のためにSalwaさんにアラビア語で書いてもらったけれど、口頭で通じた。
Salwaさんに、お店までのタクシー代は「10£(200円)、15£あげたら喜ばれる」と聞いていた。こちらのタクシーはメーターが動かない。オンボロだとシートベルトもベロベロでただ身体の前に乗せてるだけ。速度計さえ壊れてる(苦笑)。ところが支払い方を失敗してしまった。最初に私が10£払って降りた。すると後から降りたNちゃんが「私も10£取られたよ。Salwaさんが言ったのは『1人10£』だったんじゃない?」。そんな計算はあるまい・・・それともあるのか?

Salwaさんから聞いてなかったけれど、この店は自分で魚と調理法を選ぶ店だった。エビだのイカだのの単語は知らないけど、とりあえず指差せば事足りる。イカの調理法は「カラマリ(フリッター)」で通じた。魚は種類がさっぱりわからないので小さめのを選ぶ。お兄さんが2種類くらい指差すから「どっちがおいしいの?」と聞いて決めた。広東語みたいに声調がないから、正しい単語話してれば通じる。通じるとうれしい!(*^^*) エビは「ゆでる」という単語を知らなかったので、2人で「boil」と主張したら「わかった」と言ったのだけど・・・お兄さんがガバガバ入れようとするので「Stop!」そんなに食べられないってば。エビ3匹ずつって少なすぎた?
写真を撮ったあと、その場でお兄さんに見せてあげたら、喜んでた。

2階にあがる。窓はガラスが入ってない。まずは「ビールある?」と尋ねると、ノンアルコールビールしか置いてなかったので、ミネラルウォーターで我慢する。セットでアエーシ(パン)とタヒーナ(ディップ)、サラダが出てきた。
日暮れ少し前に、フロアの一角でお店の人たちがお祈りを始めた。

カラマリ、おいしかった〜!ビールが欲しかったけど。エビはなぜか焼いて出てきた。しかも「選んだ数より多くない?」(苦笑)。お魚は少し辛目のトマトソースがかかっていた。おいしかったけれど、ただ焼いただけのにライム絞って食べたかった。これだけでも私たちはおなかイッパイなのに、周りのアラブ人の食欲はすごい!女性4人グループ(1人だけ年配で、後は若い)が、すでにテーブルの上はお皿でいっぱいにもかかわらず、更に料理が運ばれてくる。すごい・・・
「お会計を」と言ったら「Why?」と返され、面食らった。「手洗うか?」と洗面所に案内された。2人で90£(1800円)。お会計にチップ上乗せするのを忘れてしまったけれど、何も言われなかった。
お店の人にタクシーを止めてもらおうとしたら、近くにいた馬車のおじさんが寄ってきた。値段を聞くと「30£」。断わったけれど、お店の人がタクシーを止める前に、このおじさんが止めてしまった。お店のお兄さんにチップを1US$(5£)渡したけれど、きっとあのおじさんが半分取るんだろうな。

20:00頃ホテル着。今度は最初から20£払って降りる。が!部屋に戻ってから「某歩き方」を読んでいたら書いてあった。「車を降りて、最後に窓越しに払う」 やっぱりぼられたのね(^^;;;
近くのお店でミネラルウォーターを買う。1.5£(30円)。さっきNちゃんがホテルで買った時は5£(100円)だった。


2005年9月23日(金)

6:53 起床。晴れ。27℃。ムハンマド君が昨日「6:30モーニングコール」と言ったので、その時間にモーニングコールが鳴るのだと思っていたら、鳴らなかった。Nちゃんが起きてくれた。

7:10 朝食。卵料理は下から暖められる容器に入っているにもかかわらず、暖められていない。豚肉を食べない国だから、ハムやベーコンはない。クロワッサンはモッソリしていておいしくなかった。オレンジジュースは粉末だった。

8:10 出発。ムハンマド君とSalwaさんがやってきた。まずはホテルのちょっと先にあったパノラマ見物。予定にはなかったけれど、Salwaさんの発案でちょっと降りて歩く。病院の壁だけど、ズラ〜っとモザイク画が描かれていたり、アレキサンダー大王の像なども飾られている。よくここの前で結婚式の記念写真を撮るそうだ。
一番左は、アレキサンドリアの象徴であるファルス灯台。2番目はクレオパトラのコイン。
車はスークへ入って行ったので、降ろしてくれるのかとワクワクしていたら、通り過ぎただけだった・・・。

8:50 カタコンベ。カメラは入り口で預けさせられる。ムハンマド君はここから別行動。井戸の底へと階段を降りていく。ロバがこの井戸に落ち、それで見つかったそうだ。井戸の地下3Fまで遺体を降ろし、そこから横穴を通って、造り付けになっている棺に納める。だから、棺を盗まれることはなかった。よくできてる〜。
様式は家族墓。ここで骨が見つかったのだが、調べてみると、それは馬の骨だった。オリンピアで勝った愛馬を一緒に埋葬していたらしい。人間用より大きな棺が2つくらいあった。

9:35 ポンペイの柱。小高い丘にそびえていて、隣にはイスラム墓地がある。高さ27m。右の写真に私たちが写っているの、わかります?

この柱、本当は「ディオクレティアヌス帝の柱」。彼がエジプトを飢饉から救ってくれたため、感謝して立てた神殿のもの。当時はこんな柱が400本もあった。しかし、キリスト教に改宗したエジプト人が破壊して、399本の柱を海に捨ててしまい、その跡に協会を建ててしまった。ポンペイとはポンペイウス。シーザーと戦い、エジプトへ逃れてきた。以上、Salwaさんの説明から。なぜ、彼の名前になってしまったのかはSalwaさんに聞き忘れた。

神殿内には図書館もあったらしい(左2つの写真)。でも、定かではない。パピルス文書が納められていたらしい。
左から3番目は「ここにもいるぞ、ラムセス2世」のスフィンクス。
右端は、なんだかわからないと思うけど、スカラベ(ふんころがし)。エジプトで2番目に大きい(1番はルクソールのカルナック神殿にあるもの)そうだ。

神殿内にはいくつも井戸の跡があった。ナイル川の水を、運河を通してここまで運んでいたそうだ。右が運河の入り口。
右端はナイロメーター跡。ナイル川は毎年氾濫を起こした。それは豊かな泥土を運んでくれるため、農業にとって必要なものではあるけれど、同時に家屋が流される危険もあった。そのため、ナイル川の増水の時期や規模を事前に的確に察知する為の観測所をつくった。それがナイロメーター。

10:35 ローマ円形劇場。今でもオペラハウスやコンサート会場として使われている。大学のレクチャールーム?大金持ちのパーティ会場?の説もあり。
隣には、大浴場跡と言われているものもあり。劇場に大浴場?なんだか、健康ランドみたいだ(笑)。

Salwaさんが「果物食べたいですか?」と聞く。「食べたい!」Salwaさんの息子が、今日は熱を出して寝ているそうだ。で、彼女も果物を買いたかったので、先ほどのスークへ戻る。
途中、街角に素焼きの壷がいくつも置かれているのを発見。これは道を歩く人のためのもの。素焼きの壷は気化熱で中に入っている水が冷たくなる。
スークから少し離れた公園横に車が止まった。降りると、Salwaさんが両手に私たちの手をしっかと握り、通りを横切る。スークに入ってもSalwaさんは手を離さず、屋台の果物をチェックしながらズンズン歩いていく。ノンビリ眺める余裕がない(苦笑)。危ないのかなぁ〜。
やっとSalwaさんのお眼鏡に叶った屋台に着く。まずは洋梨を購入。写真を撮ろうとしたら、Salwaさんに「カメラは閉まっておいた方がいい」と言われてしまった。他にマンゴーとザクロを購入。全部半ポンドずつで10£(200円)くらいだったかな。
なつめやしは今が旬らしい。いろんな段階に干されたものが置いてある。かなり生に近いものをSalwaさんが買い、味見させてもらった。果肉がトロッとしてておいしかった。
半ポンドずつでも多いので、2人で1個ずつ取り分けた残りをSalwaさんにプレゼントしようとしたけれど、固辞されてしまう。なので運転手さんに「ムハンマド君と食べて」とプレゼントした。

11:30 昼食。「ATHINEOS」。へジャブを被っているのがSalwaさん。昨夜、勧められたお店に食べに行った、と話したら「赤いご飯を食べました?」アエーシだけでおなかいっぱいになったと言うと「おいしいから、ぜひ食べて」「なんて頼めばいいの?」「アルッズ・ル・アフマル」。まんま「赤いご飯」。それがランチに出てきた。何で赤いのかわからないけれど、おいしかった!付け合せはポテトフライとカラマリ。ビールは20£。
Salwaさんとはアラビア語会話はしなかったけれど、しばしば彼女が日本語で質問し、それにアラビア語で答えさせれらた。「今までも何人かアラビア語話す人いましたが、一番きれいです。よく聞き取れます」と言ってくれた。お世辞でもうれしい(*^^*)

12:45 ホテル着。Salwaさんが「運転手さんは、今日で終りです」と言うので、じゃあ明日は誰が運転するのだろう?と思いつつ、お礼のチップを。Salwaさんにもお礼を。「困ったことがあったら、いつでもいいから電話してください」と名刺を渡して帰っていった。
午後の予定は、念願のアレキサンドリア図書館。開館は3時なので、しばし休憩。

14:50 タクシーでアレキサンドリア図書館へ。5£。今度は降りてから払った(^O^)v
開館まで少しあったので、周りをブラブラしてみる。図書館の外壁には、外側にも内側にも世界各国の文字が描かれていた。Nちゃんと日本語を探してみた。「化」はわかったけど、その左上の「米」と「大」を縦に並べた文字は日本語?
入場料は図書館だけだと10£。地下に写本博物館と考古学博物館があって、それぞれ入場料がいる。3つセットで45£。カメラは持って入っていいけれど、手荷物はチケット売り場の横にある預かり所に預ける。図書館の入り口でもセキュリティチェック。

アレキサンドリア図書館は、紀元前300年頃、プトレマイオス1世が設立した世界最古の図書館。地中海や中東から70万を超える作品を集めた(合法的な手段ばかりではなかったが)。しかし、ローマ軍侵略による火災によって蔵書のほとんどを焼失し、さらに侵略等によって建物自体も崩壊してしまった。小さい時から「図書館大好き」な私は、世界史でこのことを知ってからずっと「アレキサンドリア」という地名は憧れの響きを持っていた。

そして1974年、アレキサンドリア図書館を再建する計画が持ち上がり、ユネスコの協力を得て2002年10月、新しい姿を現した。しかし、蔵書を集める資金がなく、ひたすら寄付に頼ったため、蔵書予定は800万冊なのに、開館当時は20万冊しか集まらなかった。今も本棚はスカスカで、蔵書には、とても新しい図書館とは思えないくらいボロボロな本もあった。

地下3階、地上4階から成り、とてもゆったりしていて、閲覧席は太陽光がタップリ入ってきて気持ちのいい空間だった。でも、たくさんある閲覧席に人の姿はほとんどない。前に香港の国立図書館に行った時はほとんどの机がふさがっていたのとはかなり対照的。地下3階の「アート&マルチメディア室」にだけ、学生らしい男女がいっぱいで、カウンターのお姉さんが応対にたいへんそうだった。

1階ではル・モンド紙の風刺画の展示会をやっていた。
特別展示室や、地下の写本博物館にもとても面白いものがたくさん展示されていた。名前忘れてしまったけれど、映画監督でもあり、コスチュームのデザインもしていた人の作品展示がとてもすばらしかった。あと、ファロス灯台についての様々な図や絵があったような・・・3時間もウロウロしていたら忘れてしまった(^^;;;

18:00 最初はどこかで夕食を済ませてから帰る予定だった。ところが、2人もガイドブックを持って出るのを忘れてしまった。仕方なく一旦ホテルへ戻ることに。散歩して帰るにもちょっと距離がありそうなので、タクシーで戻る。10£。
ホテルの部屋で某歩き方を見ながら、どこで食べようか相談。お魚も飽きたから、お肉食べたいねぇ。2つくらいに絞ったところで決めかねていると、Nちゃんが気づいた。アルコールが出る店にはマークついてるよ。悩んでいた2軒には、片方にはマークがついてない。なんだ、決まりじゃん!(笑)

18:30 タクシーでティッカグリルへ。いつもホテルの人にタクシーをとめてもらっていた。だんだんチップを渡すのを忘れるようになり、今回は止めてくれたおじさんが名残惜しそうにタクシーに張り付いていた。「どうする?」「明日もいたら渡そう」でも翌日、そのおじさんはいなかった。2回くらい止めてもらったのに、ごめんなさい。
カイトベイに近い海際のお店。サラダバーにミックスグリル(チキン、コフタ、シシカバブ)。「赤いご飯」を探すがそれらしいものがない。何だかサッパリわからないけれど、消去法で選んだ「カルタライス」はレーズンやナッツの入った少し甘めの赤いご飯で、おいしかった。後で調べたら「ミックスライス」の意味だった。ビールを2本ずつ飲んで@75£(1500円)。

21:00 タクシーを止め、ホテルの名前を言うが、ドライバーは知らない様子。まっすぐ行ってもらえばいいんだけど、それだといくら取られるかわからない。他のタクシーにしようと離れかけたら、そばにいたお兄さんがカーヌードホテルの場所を知っているみたいで、一生懸命ドライバーに説明し始めた。ドライバー、わかった様子。お兄さんにお礼を言い、値段交渉しないで大丈夫かな?と思いつつ乗り込むと、「15£」と言う。往きは10£で来たもんね。「10!」「15!」「13!」「OK」交渉成立。このドライバー、ものすごくなまった英語でしゃべるしゃべる。しかも時々振り返りながら。Nちゃん、そんな英語でもちゃんと相手してる。降りる時、Nちゃんが「楽しかったから、15£渡そう」。ところが「20」と言い出す。でも15£だけ渡したらアッサリ引っ込んだ。

カイロでのオプショナルツアーについて相談する。私はオプショナルツアーに参加する旅はあまりしたことがない。今回は某歩き方を参考に、食費と交通費で1日2000円くらいで足りるかな?と計算していた。というわけで、US$は1万円分しか持ってきてなくて、もうない。エジプトポンドも残り10£しかない。後は日本円のみ。しかもオプショナルツアー代を円で払ったら、それすら全部なくなる(爆)。カイロに戻ったら、なんとしてもシティバンクが使えるATMを探さねば(トホホ)。


2005年9月24日(土)

7:00 起床。晴れ。27℃。私のお誕生日。
朝食食べてから、部屋でマンゴーを食べる。よく熟していて、冷蔵庫が強いのか、少しシャリシャリになっててすっごくおいしかった。

8:45 今朝もタクシーをホテルのお兄さんに頼むと、そばで客待ちをしていたタクシーを呼んだ。モンタザ宮殿まで20£だと言う。お兄さんに「OK?」と聞くと「OK」。
乗り込むと、ドライバーのアブダッラーが言った。「I'm not Alibaba」。「ぼらない」と言いたいのか?普段はエンジニアをしていて、休日だけタクシードライバーになるそうな。でもいきなり観光ガイドを始めるもんで「やばい・・・」絶対にガイド料取るよね。パノラマが近付くと「写真撮るか?」「もう撮った」
次々現れる海岸に「これは○○海岸」「これは××海岸」と教えてくれる。そして、
「モンタザの後でカイトベイに行かないか?」
「もう行った」
「グレコ・ローマン博物館は?」
「今、やってないよ」
他にもいろいろ言い出すので、
「今日、カイロへ戻るの」
「いつ?この車で送るぞ」
「お昼。列車で帰るの」
「駅まではどうするんだ」
「ガイドがホテルでピックアップしてくれるの」
ようやく、あきらめた(苦笑)。

10:05 モンタザ宮殿着。広い庭の中をどんどん入っていく。ここも全部宮殿の中?う〜む、歩いていたらたいへんかも。
海岸へ続く橋のたもとで車を止め、「ここで待っているから」。断わっても「No Problem」。「No Ploblem」かもしれないが「No Money」ではあるまい・・・
海の水はものすごくきれい。湾になった向い側にモンタザ宮殿が見えた。その反対側の突堤では大勢の人が釣りをしていた。突堤で区切られてできた自然のプールでは、少年が2人飛び込んでは泳いでいた。

海岸では黒い服みたいなのを着て、海に入っている女性発見。昨日のSalwaさんの話を思い出した。彼女はモンタザの近くに住んでいて、海で泳ぐのが好きだと言った。「水着になるんですか?」と驚いて尋ねると、彼女達の水着は、黒で両手両足まで被うのだそうだ。今、泳いでいる彼女もきっとそれを着ているに違いないと、海から出てくれるのを少し待っていたけど、上がってきてくれなかった。 なつめやしが落ちそうに実っていた。たっぷり1時間散歩して戻ると、アブダッラー氏はにこやかに迎えると、今度はモンタザ宮殿に向って走っていく。
モンタザ宮殿は、王家の夏の別荘として使われていた。中は残念ながら一般公開されていない。

帰り道についてすぐ、まだ宮殿の敷地内でタクシーと交渉している東洋人発見。アブダッラー氏曰く「日本人じゃないか?きっと、あのタクシーの運転手は英語が話せなくて、困っているに違いない」。彼らがタクシーと交渉決裂したようなので、アブダッラー氏が手を振る。近付いてきた彼らに「どちらへ行かれるのですか?」と私が聞いてみると、普通話が返ってきた。会話できません。手書きの地図(と言えるものではなかったけど)を見せながら「シタデル」と言う。シタデル?ああ、カイトベイのことね。私たちを途中で降ろせば済むので、アブダッラー氏「OK」。値段を聞いてきたので、アブダッラー氏が「60£」と言うと「高い!」私たちのホテルまでが20£。そこからカイトベイまでは、同じくらいかそれ以上あるから、50£はかかるのでは?彼らはなんと「アシャラ(10)」と連呼する。この単語だけ覚えてきたのか? いくらなんでもカイトベイまで10£はないだろう?アブダッラー氏、手を振って出発してしまう。彼ら、どうしただろうか・・・

10:50 ホテル着。反対車線だけど、地下道の入り口で「ここでいいか?」いいよ。さてお値段は・・・「60£」と言う。往復40£にガイド料20£?親切だったし楽しかったから、60£払ってあげてもいいんだけど、いかんせん2人足しても50£しかない(爆)。「これしかない」と言うと、次の客がつかまりそうだったので、アブダッラー氏もあせって「じゃあ、後1US$」。仕方なくNちゃん渡した。でもつまり55£。ちょっと勝った気分(笑)。

ホテルで残りの果物、洋梨とざくろを食べる。実は私、ざくろというのを食べたのは生まれて初めて。母が買ってきたことはなかったし、自分が店頭で見かけるようになっても、いったいどうやって食べるものなのか見当つかないから買ったことなかった。Nちゃんが割って、食べ方教えてくれた。酸っぱくておいしかったけど、チマチマ食べるの面倒くさ〜い!

12:00 ロビー集合。1人旅らしい女性と、おじさんもいた。聞くと、2人は今日アレキサンドリア空港から日本へ帰るとこのこと。
ムハンマド君登場。果物のお礼だと言って、貝細工の花をくれる。きれいだ。けど!旅の途中でこんなに壊れやすいものもらっても困るんだけど(笑)。ずっと気をつけて持ち歩いたけれど、帰宅してみたら花びらがちょっと欠けていた。
ドライバーは昨日までと同じ人だった。彼もちょっとバツが悪そう(苦笑)。マスル駅に向うものの、またも人に聞きながらウロウロ。博物館に行く時ほどではなかったけれど。

13:00 なんとかマスル駅着(笑)。1人旅の2人に別れを告げ、ムハンマド君と一緒に駅構内へ。でも、ムハンマド君は私たちを列車に乗せた後は彼らに付き添って行く。なので、カイロ駅で出迎えてくれるのは別の人だそうだ。

え〜と、私たち昼食食べてません。でも手持ちのエジプトポンドは、Nちゃんの5£少々だけ。列車に乗り込む前にホームの売店でお水とお菓子買ったけど、値段聞きながら(トホホ)。
列車に乗り込む時も、おじさんが荷物を網棚に上げてくれて、ムハンマド君曰く「ホームに出てますか?」(発車まで、まだ1hある)。「そうすると荷物見てもらうのにチップいりますけど」。中に入っています!

ムハンマド君が帰った後、おじさんが「バクシーシ」とやってきたけれど、ごめんなさい、本当にお金ないの。「No Money」と言うものの、「お前ら、1等車両に乗ってるくせに、金ないわけないだろ!」という感じでにらまれてしまったけれど、本当にないんだもん・・・ごめんなさい(;_;)

14:00 マスル駅出発。けっこう人が乗ってきた。私たちは一番前の席。後ろは目だけ出した黒いヘジャブのお姉さんとダンナ様(?)。エジプトはもっとさばけているのかと思っていたら、結構「目出しヘジャブ」ルックの女性が多くて意外だった。Nちゃんと、いったいどういう女性が「目出しヘジャブ」ルックなんだろう?と考えてみた。既婚で信心深い人ではないか、と結論。わからないけれど(^^;;;
途中でリクライニングシートを倒そうとしたら、思いがけず勢いよく倒れてしまってビックリ!後ろを向いて「Sorry」と言ったら、お姉さん、ヘジャブを脱いでいて、とてもきれいだった。お姉さんの方が「No Problem」と言ってくれて、さらにビスケットを差し入れてくれた。
トイレ、どうしようかな?と思っていたら、先にNちゃんが行った。聞いたみたら「きれいだったよ」。安心して(爆)、私も行った。昔の列車のように、底からは線路が見えていた。

16:20 ラムセス駅着。後ろのお姉さんは、黒いヘジャブ姿に戻っていた。出迎えのガイドさんはすぐわかった。そして、彼もムハンマド。本当にアラブ圏では、石を投げるとムハンマド君に当る。
とにかく、両替に連れていってほしいと頼む。大きなホテルなら可能だけど、アレキのホテルから察するに、これから向うホテルで両替できる可能性は少なそうだから。最初は「明日来るガイドに聞いて」と言われたけれど、「お金、全然ないの」と訴える(苦笑)。
銀行にはATMがあったので、私はそこで200£降ろす。便利だわぁ。

17:15 ピラミッドホテル着。こちらのムハンマド君もちゃんと部屋の装備チェックしてから帰ったけれど、彼が帰ったあとにタオルセットが1組しかないこと、クローゼットにハンガーが全然ないことが判明。彼は何をチェックしたのか?(苦笑)

4階。小さなベランダがついていて、かろうじてピラミッドが見える。バスルームの前にはなぜか天井にグリーンが・・・。部屋はアレキのホテルより少し狭いかな。&ベッドがフカフカしてない。

今晩夕食を食べるお店探しに近くをうろついてみることにする。エレベーターは定員4人くらいの大きさなのに、エレベーターボーイ(2基あって、1基はyoung boy、もう1基はold boy)が椅子と一緒に乗っている。狭っ苦しい。young boyは乗り合わせるたびに「中田のファンだ」と言い、old boyは「4階」と言うと、人の手を握り、指を1本ずつ折って「ワーヒドゥン(1)、イスナイニ(2)、タラータ(3)、アルバア(4)」と教えてくれたので、その後は自分で指折りながら「ハムサ(5)、スィッタ(6)・・・」と10まで数えてあげた(笑)。old boyはニコニコしてた。

ホテルの数件隣に「ティッカ」と「ピザハット」があった。「ティッカ」って、昨夜食べたお店と同じチェーン?でもこちらはかなりファーストフードに近い。ルームサービスにするか?と戻ったところで、水を買い忘れたことに気づき、再び近所探索。よろず屋さんがあったので水を買ったら、1.5£と言ったにもかかわらず、10£出したら3.5£しかおつりをくれない。Nちゃんに「今、5£出したんだっけ?」「10£出した」。レジのお兄ちゃんに「5£」と言って手を出したら、くれた。危ない危ない。
時間をおかずに2度も戻ってきた私たちを見て、入り口の警備の人(空港と同じセキュリティチェックを通る。でも機能しているかどうかは疑問)に、「Welcome too」と言われた(^^;;;
部屋に戻ってルームサービスのメニューを見たけれど、たいしたものないので、やっぱりティッカへ行くことにする。今度も30分とたたないうちにまた出てきた私たちを見て、警備の人は笑いながら「Pleasure meet you」。
19:00 ビールはノンアルコールしか置いてなかったので、試しに飲んでみることにした。まあ飲めるかな、という味。小海老カレーとコフタ&ケバブ。プックラふくらんだパンは、中が空洞。ビールのおつまみにはよかった。小海老カレーは結構おいしかった。水の小さなボトルも頼んで、2人で75£(1500円)。
私たちが食べている間ずっと、窓の外から小学生らしい女の子たちがずっとこちらを見ていた。手を振ってみたけど、いつまでたっても帰らない。とうとう私たちの食事が終わるまでそこにいた。で、外へ出ると少しまとわりついてきたのだけど、にらみつけるような視線でドキッとした。バクシーシをねだるわけでもなく、手で払ったらそのまま帰っていった。なんだったんだろう?

20:00 ホテルに戻ると、元・ムハンマド君がロビーで待っていた。明日のスケジュール確認をし、「部屋に問題はありませんか?」。タオルセットはNちゃんがフロントに電話したらすぐに持ってきてくれたけど、ハンガーはまだ来ない。ムハンマド君にそのことを告げても「ハンガー」が何だかわからないらしい。相当するアラビア語知らないし、一緒に部屋まで来てもらい、クローゼットを指差すと理解してくれ、フロントに電話してくれた。他もチェックして帰っていった。その後すぐ、ルームキーバーがハンガーをいっぱい持ってきてくれた。
部屋は大通りに面していて、窓は全然遮音になっていない。こちらの人はクラクションを鳴らしまくって走る。かなり夜更けまでクラクションが響いていた。


2005年9月25日(日)

7:00 起床。腕時計のアラームをセットしておいたけれど、外の音がうるさくて起きた。アラームの音も外の音に消された(苦笑)。晴れ。26℃。

ベランダから大通りの様子を眺めた。どうもバス停というのはないらしい。皆好きなところに立っていて(それが既に車道の人もいる)、目当てのバスが来ると、さらに飛び出して行って「乗る」という意思表示をして止めるみたい。バスに乗ってみたいけれど、一瞬のうちにバスの番号読み取れるかなぁ?しかもギッシリ乗っている。ドアは開いたままで、ぶら下がるように乗っている。もし乗ることができたら、運転手さんに降りたい場所を伝え、そばに立っていれば大丈夫かな、と思っていたけど、運転手さんのそばまでたどりつくの難しいかも。

7:30 コーヒールーム「ネフェルタリ」で朝食。アレキのコーヒールームよりはきれいだったけれど、パンの種類が少し増えたくらいで、内容は代わり映えなし。

9:00 ロビー集合。午前中はピラミッドとスフィンクス観光。午後は半日のオプショナルツアーでイスラミックエリアを日本語ガイド・ランチ付き(60US$)。今日のガイドはレダ氏。

9:30 ピラミッド地区着。34℃。まずはセキュリティチェック。レダ氏曰く「テロリストはポケットに爆弾入れて来たりしないから、ムダ」。

クフ王のピラミッドを前に、暑いから車の中で、まずはレダ氏からピラミッドについての講釈を受ける。ピラミッドとはギリシャ的な呼び方で、ギリシア人のよく食べる三角形の菓子パン「ピラミス」から来ているらしい(諸説あり)。アラビア語では「ハラム」で「聖なる場所」を意味する。「クフ王復活の場」であり、そのために固い素材で作られた(生きている時の家は、粘土等柔らかい素材で作られる)。レダ氏は「ピラミッドは奴隷によって作られたという説はおかしい」とする理由をいくつかあげて説明してくれたけれど、「国民が農閑期にかりだされて作った」という説の方が一般的だと思うのだが。

1997年に初めて来た時は入場制限なんてなかったのに、今はクフ王のピラミッドは午前150人、午後150人しか入れない。朝8:00の開門と同時に売り切れになるという話を聞いていたので、どうなってるのかな?と思っていたら、「写真撮ったら、カフラー王のピラミッドに入ります」えっ?旅程表をもう一度見直すと、「ピラミッドのどれかに入ります」とあった(苦笑)。私たちは一度入っているからいいけど。

途中、一番よくピラミッドを見渡せるパノラマ地点に寄る。「ラクダに乗りますか?」2人も経験あるので、No Thank You。

カフラー王のピラミッドへ着くと、レダ氏はお金を渡し、「あそこで切符買って、見学してきてください」と、自分は車の中で休憩。自由に動けていいけど、こっちについては何も説明してくれないんだ・・・
カフラー王はクフ王の息子。ギザ地区の3つのピラミッドの中では一番保存状態がよく、てっぺんの化粧岩も残っている。しかも、クフ王のピラミッドは頂上部が10mほど崩壊してしまったので、高さもこっちの方が上。
切符売り場には何の表示もない。前に人が並んでなければ気づかないかも。クフ王のピラミッドに誰でも入れた頃は、恐らくほとんどの観光客に見向きもされていなかったであろうに、今ではあちらに入れなかった人が全部流れてくるからすごい列。幸い、私たちが並んだ時はそうでもなかった。エジプト人のガイドがついてる人は、彼らがうまいこと割り込ませていた。ここでもセキュリティチェック通過。
カメラは禁止。斜めにひたすら降りた後、今度は昇る。クフ王のピラミッドよりは立って歩ける個所が多かったけれど、大半は腰をかがめなくてはいけないくらい低いし、すれ違うのがやっとなくらい狭い。クフ王ほど歩かないうちに玄室到着。あっちは「やっと着いた」というプチ達成感があったけれど、こちらは「これで終り?」という感じ。やはりムチャクチャ蒸し暑い!玄室には棺が一つとおじいさん一人。何をするわけでもないのに「バクシーシ」って言ってる。しかもあげてる人がいる。わからん・・・

ピラミッドの外側は、少し登れるようになっている。眺めていると、お土産売りが近付いてきて「Present」といって、売り物のクフィーヤ(男性が頭に被っている布)とイガール(それを留める黒い輪)をつけようとする。「いらない」と言っても「本当にプレゼント」と言ってしつこいので、させるままにした。その格好で写真撮ってもらおうとピラミッドを少し登ったんだけど・・・Nちゃんに頼んで撮ってもらった写真が右のもの。どこかに私写ってます?いくら私が小さいといっても、一応岩の上から手振ったんですけどね(苦笑 )。日差しがすごく強いので、デジカメのモニター見ていても、小さな人間なんてどこにいるのかさっぱりわからない。私もNちゃんに頼まれて勘で撮った写真いくつかある。写ってたかなぁ・・・

戻ってくると、まだそこにいたお土産売りがやはり言った。「円を少しちょうだい。ドルでもいいから」「だったらいらない」と2人して突っ返したら、あっさり引っ込んだ。エジプトの物売り、大人しい。

いったん車に戻るとカメラを手に再びピラミッドへ。しばし撮影。

10:50 スフィンクス。1997年の時はピラミッドの間を突っ切っるとそのままスフィンクスの前に出たのに、今度は入り口ができていて、そこ経由。スフィンクスの周りにも柵がめぐらされていて、その隙間から必死にお土産を売ろうとしている。
こちらもレダ氏は説明なし。Nちゃんと私はまず、前回修復中だった尻尾を確認しにお尻まで飛んでいった。おお!美しく修復されていた。

スフィンクスの入り口を出たところにある道路の向い側にはケンタッキーがある。「トレビアの泉」で紹介されたらしく、今回旅行へ来る前に2人から「確かめてきてください!」と言われたので、とりあえず証拠写真(笑)。ここでクルッと振り向いた景色は上の左端の写真。でもNちゃん曰く「前回来た時からあるよ」。それにカイロ中いたるところにあります。たいていはここと同じようにピザハットとセット。

これで午前の見学予定は終り。午後からの見学について、「今日はギザ地区、明日はカイロ地区、とした方が効率がいいですよ。今日はこの後、サッカラやメンフィスへ行き、明日カイロ市内を見学するというのはどうですか?」と言い出す。私たちがオプショナルツアーをお願いしたのは今日だけなんですけど〜。サッカラもメンフィスも、前に一度訪れているのでもういい。明日は博物館で過ごしたいから、最初の予定通り、午後はイスラミックエリアを案内してほしい、と断わる。「わかりました」と引っ込んだレダ氏、今度は「カルトゥーシュのお店やパピルスのお店に行きますか?」パピルスも、カルトゥーシュももう持っているからいい、と断わったものの、そうだお土産をどこで買えばいいか・・・「他にお土産物も売ってます?」「売ってます」で、行きました。土産物屋さんへ。
日本語のできるおじいちゃんに近いおじさんが私たちにへばりつく。で、一目惚れしてしまったわけです、チェス盤に。顛末はこちら。最初に言われた金額は64000円でした〜。
40分くらい過ごす予定が、2人であれやこれや見て回って1時間ちょっと居た。

12:35 ナイル川に浮かぶレストラン「アブー・ズィード」。入り口にはなぜかダチョウが2羽。全然動かない。
バイキングで、ツアー客ばかり。オプショナルツアーについている食事なのに、これ〜???カイロ市内のエジプト料理屋さんに連れて行ってくれるのかと思っていたのに。

13:45 イスラミック・エリアに向けて出発。まずはシタデルの中にあるムハンマド・アリ・モスク。

オスマン朝が支配していた時代に、ムハンマド・アリが建てたモスク。いくつもあるドーム型の天井や、鉛筆のように細いミナレット(左の写真で一番左に見える塔。左右対称に2本ある。昔はこの上から礼拝の時刻になると、「ムワッジン」と呼ばれる役目の人が「礼拝の時間だよ〜」と知らせた。モスクの特徴@)はイスタンブールのモスクを真似て作ったもので、エジプトでは他にほとんど見られない。
中庭には水場が(右の写真。モスクの特徴A)。モスクで礼拝を行なう人々は、その前に身体を清める。洗う順番まで決められている。
中にはたくさんのランプ。金曜礼拝の時はこれが全部灯るそうだ。そして天井の装飾がものすごく美しい。ノースリーブ着ていたり、ミニスカートだったりすると、緑の上っ張りを着るよう強制される。私たちはセーフ。

ミンバルが2つもあって、どちらも豪華。ミンバルとは階段状の説教壇。金曜日の集団礼拝の際、導師がこの上に座って説教を行なう。モスクの特徴B。段数は決まっていない。最上階はムハンマド(マホメット)のもの。彼以降の導師は2段目に座って説教をするそうだ。右のミンバルは「触らないで」の看板がついていた。が!アラビア語で書かれていても、観光客にはわからないと思うのだが。

外へ出ると、カイロの町が一望できた。ピラミッドも見える。

シタデルの中には様々な見所があるにもかかわらず、これだけ。時間がないから仕方ないんだけど・・・ シタデルの手前にあるリファーイー・モスクとスルタン・ハサン・モスクへ。チケット代は、どこも観光客は地元民の倍くらいする。

イスラム教にはさまざまな教団があるが、ここはリファーイー教団を創設したリファーイーの墓地の上に建てられたものらしい。
モスクにはなくてはならないミフラーブ。モスク全体が質素だとしても、ミフラーブだけは美しく作られている。これはメッカの方角を示す壁の窪みで、礼拝を行なう人は必ずメッカの方角を向いて行なわなければならない。ホテルでも、部屋のどこかにメッカの方向を示す矢印シールの張ってあるところがある。

ここにはまた、イラン最後のシャー(国王)の棺が安置されている。

リファーイーモスクの隣にあるスルタン・ハサン・モスクへ。こちらのミナレットは高さが90mあって、某歩き方によるとてっぺんまで登らせてもらえるらしい。ビル30階に相当するというから、そんなに登れるわけないけど、レダ氏はそんなこと一言も言わなかった。

モスクに入る時はもちろん靴を脱ぐのだけれど、リファーイーモスクもこちらも、ぬいだ靴を50ピアストル(10円。100ピアストル=1£)で預けることになっている。たかが0.5£ではあるけれど、「自分で(靴を)持って入ってはいけない?」とレダ氏に尋ねたら「別にいいですけど、そうすると彼らの収入がなくなります」って・・・少額とはいえ、旅行中は一番チップにお金を使ったような印象。

中庭に入るとやはり水場があり、手足を清めている人がいた。中庭に向って礼拝堂が四方に開かれている。イスラム教徒の大半を占めるスンナ派には、ハディース(ムハンマド(マホメット)の言行に関する伝承)の解釈の仕方で4つの法学派がある。それでここには、その4学派のマドラサ(学校。「小規模なモスク」という意味もある)がつくられていた。
3つはガランとしていたけれど、1つだけミフラーブやミンバルがあった。一番右の写真は、右から2つ目の写真の正面の壁。たぶん、コーランの章句。

これで「半日イスラミックエリアツアー」はおしまいだそうだ。私たちはムハンマド君の会社の日本人スタッフにこのオプショナルツアーを申し込む時、「『ブルーモスク』(カイロにもあるのです)を見たい」と言ったのに・・・「入れるモスクと、入れないモスクがある」と言われたけれど、某歩き方には「入れない」とは書いてなかった。時間があったら、ハーン・ハリーリ市場へも連れていってもらいたかったけど、レダ氏にはそういうホスピタリティはなさそうだ。Salwaさんなら「じゃあ、帰り道にちょっと寄りましょうか」と言ってくれたと思うのに・・・残念。「ブルーモスクに行きたかった」とつぶやいてみたけど無視されたし(苦笑)、「明日はどうしますか?」と聞かれ、「明日は自分たちだけで博物館へ行きたいので」と答えたら、ムハンマド君の会社の人に「明日も空けといて」と言われてたんだって。私たち、そんなこと一言も言ってないのに。
モスクの前でレダ氏とお別れ。

16:30 ホテル着。ピラミッドの方から帰ってきたのだけど、途中ちょっと賑やかそうだったので、散歩に出た。昨夜と反対方向。シュワルマのサンドイッチ屋さんもあって、良い匂いが漂っていた。シネコンもあった。
再びホテルに戻ると、シャワーを浴びて休憩。

18:45 ロビーでムハンマド君と集合し、ナイル川ディナークルーズへ。
19:30 船出発。船室の真ん中がステージで、それをはさんで左右に3列ずつ。ムハンマド君も一緒のテーブルについた。食事はバイキングだけど、まだ準備中。男性と女性の歌手登場。でも歌ってまもなくお料理の準備ができたため、皆ゾロゾロと列をつくり、歌聞いていた人いたのだろうか?

バイキングというより、配給といった感じ(苦笑)。メインディッシュを一応全部盛ってこれ。歌を聞きながらゆっくり食べていたら、デザートが全部なくなっていた。

食事がすむと、ベリーダンスが始まる前に、船の屋上に上がった。礼拝マットがあって、お祈りしている人がいた。このマットがサッカーコート模様!
町の灯りがとてもきれいだし、風は気持ちいい。船の先端には「アッラーは偉大なり」の文字が掲げられていた。

ベリーダンスが始まった。お姉さんが1〜2曲踊った後は、客席から引っ張り出しては躍らせる。台湾グループのおじさんたちのノリがよくて、楽しそうに踊ったり、突然ダンサーと一緒に写真撮ってもらったりおかしかった。

ベリーダンスが終わった後は、タヌーラという回転ダンス。スーフィー教の回転ダンスとは関係ないらしい。まずは小人のダンサー(男)が出てきてちょっと踊った。すると「おい、どけ!」という感じでメインダンサー登場。
スカートをクルクル回しながら踊るのだけど、スカートが上向きになって傘のようになったり、すごいの!最後はスカートをはずして、手でクルクル回しながら客席の間を回ってあいさつしていく。しかも、相手の国を確かめることなく、それぞれの国の言葉で!私たちのテーブルに来た時も、顔を見るなり「こんばんは」「あなた、かわいい」「私、独身、スケベ」と3連発(笑)。そして「三平で〜す」をやってみせた。大笑い!どこで教えてもらったんだろう?台湾人には普通話で、ドイツ人にはドイツ語で、ホント感心した。
一周した後は、各国の人を指差しては、その国の言葉で4まで数えさせ、いろんなものを回す。まずは目の前に座っていた男の子にフランス語で言わせ、次に私たちを指差したので「いち、に、さん、し!」と叫んだ。それに合わせてお皿回すわ、お塩の瓶を頭に乗せて回るわ・・・最後に小人さんがお水の入ったコップを持ってきた。どうするんだろ?と見ていたら、ナプキンでフタをしてひっくり返し、頭に乗せて回った。すごい〜〜。
彼らがひっこんだ後は、最初のダンサーのお姉さんが衣装変えして、男性2人を従えて出てきたけれど、あんなすごいパフォーマンスを見た後じゃあねぇ・・・

21:30 クルーズ終了。
21:50 ホテル着。


2005年9月26日(月)

7:00 起床。晴れ。33℃。
7:30 朝食。ピタパンがあったので、きゅうりやレタス、ゆで卵をはさんでサンドイッチにして食べたらおいしかった。Nちゃんはいちじくのジャムがお気に入り。

8:30 出発。博物館までバスに乗っていく、という野望はあきらめ、タクシーを留めてもらう。と、ボーイさんだと思って声をかけた人は、ツアーガイドの人で「アラビア語、わかりません」と言われてしまった(^^;;;。でも親切に、ホテルのボーイに頼んでくれた。そしてお母さんが日本人だと言い、「ありがとう」「さようなら」とごあいさつ。

今日のタクシーのドライバーも英語を話す。そして、英語を話すタクシードライバーは皆、ガイドも兼業しているようだ(苦笑)。乗るなり、「博物館の後にピラミッドはどうだ?」「メンフィスへ行かないか?」と声をかけてくる。「今日、日本に帰るの」と言ったら大笑い。でもしばらくすると「博物館は1時間もあれば充分だ。帰りにムハンマド・アリ・モスクへ寄ってはどうだ?」「昨日行ったし、私たちは博物館をゆっくり見たいの」と言い、「Next Timeね」と言ったら、「OK」とそれ以上しつこくは言わなかった。
ノートを出してきた。そこには乗った人の感想が書かれていて、日本語もあり、「2日間ガイドしてもらって、楽しかった」と書いてあった。

博物館が近付くと、帰りもピックアップしてくれると言う。「私たちはゆっくり見たいから、1時でいい?」と言うと「いい」。それはありがたい。片道30£のお約束で乗ったので「往復だと、いくら?」と聞くと「70£」。OK!

9:15 博物館着。既に観光客が大勢いる。でも、ツアーの人たちは全部を見るわけではない。しかもどのツアーも見る展示物は同じ。しばし別の展示物を見ていれば、その後ゆっくり見られるので困らなかった。
ツタンカーメンの黄金のマスクと装身具は、それぞれ特別室ができていて、その中に飾られていた。私たちが入った時はちょうど黄金のマスクの前には誰もいなくて、ゆっくり見ることができた。でも、マスクより装身具の方がずっときれいで好き。
12:00 端から端までゆっくり見ることができた。お土産物やで図録を買いたいけど、2人とも£がもうない・・・敷地内に銀行のマークがあったので行ってみると、ATMではなく両替所だった。Nちゃん、頼む!後は図録買って、お昼食べて、タクシー代払うだけ。いくら両替したらいいんだ?カウンターでおじさんに「5000円だといくら?」「1万円なら?」と計算してもらい、どっちにするか悩む2人(苦笑)。2人で1万円にした。

今回は絶対、コシャリが食べたかった。旅行前にエジプトツアーを企画してくれる会社の掲示板で「おいしいお店ありませんか?」と聞いたら、1軒教えてくれて、それがちょうど博物館から近いお店だった。
エジプトへ来て、初めて自力で道路を横断する。お巡りさんがそこかしこにいるので、目的の通りを教えてもらう。この通りは自動車修理屋さんが多くて、お店の前には大勢の男性がたむろってる。声をかけてくるわけではないけれど、左右から視線を感じつつ歩いていく。途中で「まだかな?」とちょっと不安になったところに女子中学生が通りかかったので「『アブー・ターリク』はどこ?」と聞くと、まだ先を指差し、同じ方向らしく後ろを気にしつつ歩いていく。
「アブー・ターリク」に着いたところで「シュクラン(ありがとう)」と言って別れようとしたら、Nちゃんが「ボールペン、持ってたでしょ?」。何かの時用に4色ボールペンを持ってきていたので、それをプレゼントしたら、目を丸くしていた。

「アブー・ターリク」はコシャリの専門店。LargeとNormalがあるだけ。注文には困らない。1階は狭くて男性ばかりが座っていたけれど、2階は広くてとてもきれい。ここなら一人でも入れそう。
コシャリとは短く切ったパスタやマカロニの上からトマトソースをかけたもの。揚げたまねぎやお豆も入ってる。前に東京のエジプト料理屋で食べたらおいしくて、絶対にエジプトで食べたかった。テーブルには辛いソースとお酢みたいなのも置いてある。ちょっと飽きてきたらこれらをかけて食べる。でも2/3くらい食べたら飽きちゃった(爆)。これで3£(60円)。

13:00 博物館前の日陰に立って、タクシーを待つ。汗がダラダラ流れてくる。そしたら、13:00ピッタリにドライバー・(またも)ムハンマド氏はやってきた。ビックリ。それはうれしかったけれど、彼の車にはクーラーがない(泣)。一刻も早くホテルに着いてほしかった。
途中でムハンマド氏が、今はほとんど市中に出回っていないという5ピアストル札にサイン(右の白丸の中)をしてプレゼントしてくれた。子供銀行みたいでかわいい(笑)。

13:30 ホテル着。時間ピッタリに来てくれたし、気持ちよく乗っていられたから、もう10£チップを足すことにした。渡す時、Nちゃんが最初約束とおりの70£渡したら、それ以上要求しなかったそうだ。なので、もう10£渡したら喜んでくれたって。良い人だ〜。

いそいでシャワーを浴びて、最後の荷物整理。
14:00 チェックアウト。おじいさん、絶対に私たちが持った方がいいと思うのに、一生懸命荷物をエレベーターから降ろしてくれる。そして最後にやっとチップをもらえたのでした(苦笑)。
ムハンマド君、チェックアウトを2時間延長してくれたのはうれしい。が!ピックアップが15:30って、それまでどこで過ごせというのか?ホテルのティールームが営業していたので、お茶する。4.5£。

15:30 ムハンマド君、登場。そこへ、やはりムハンマド君の会社のオプショナルツアーで砂漠に1泊してきたという若い女性2人が帰ってきた。「どうでした?」と聞いたら、自分の足音が響くくらい(砂漠なのに!)静かで、とてもよかったそうだが、おなか壊したって。砂漠でおなか壊したら辛いなぁ・・・
空港へ向う車の中でムハンマド君が「パスポート見ました。一昨日、お誕生日だったんですね。Happy Birthday! 何もプレゼントしなくてすみません」別にいいんだけどね、着いた時だってパスポート見たでしょ?修行足りないぞ(笑)

16:30 空港着。出国審査の手前で「私はここから先は入れませんから」と言って別れたムハンマド君、私たちの番がきたら、いきなり向うから姿を現して「2人一緒で大丈夫ですよ」って・・・ビックリさせないで。
出国カウンターを抜けたら、本当にバイバイ。彼は日本に来たことはまだないけれど、日本人の恋人がいるそうだ。早く日本語上達して、日本ツアーの添乗員になって来られるといいねぇ。
カイロ空港の中のお土産物さんはしょぼい。お土産にできるお菓子は全然ない。エジプトワインがあったけれど、「どっちがおいしいですか?」ってイスラム教徒に聞くなよ、Nちゃん(笑)。

19:15 カイロ発。EK924。38K。満員。
ミールサービスの後、ドリンクサービスがなかなか来ない。ワイン飲みたいよ〜と、ゆっくり食べる私たち。でも周りをみると、皆飲み物ナシでどんどん食べてる。やっとワインをもらって私とNちゃんが真剣に食事を始めた時、周りの人たちはほとんど食事済んでた。


2005年9月27日(火)

24:00 ドバイ着。空港の中は、来た時より人がごった返していて、免税店ですごくいっぱい買ってる。私たちもナツメヤシのお菓子買った。
2:50 ドバイ発。EK316。私はほとんど寝ていたけど、Nちゃんは眠れないようで、ずっとゲームをやってたみたい。
17:00 大阪着。曇り。23℃。さぬきうどんを食べて一息。
21:05 大阪発。
22:20 羽田着。Nちゃんのだんな様が出迎えに来てくれた。