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<TITLE>ボランティア</TITLE>
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<FONT SIZE=2 COLOR="#D90BA0"><B>Say　 to　 Myself</B></FONT>
</center>
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<FONT SIZE=5 COLOR="#D90BA0"><B>独　　り　　言</B></FONT>
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</TD></TR></TABLE>
</TD></TR></TABLE>
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<hr>
<br><p>
<b><IMG SRC="pic/ico_berry.gif" ALT="ラズベリー" align="middle">
ボランティア<br><p>
　私の友人に、<br><p>
　「ボランティアって偽善やわ。」<br><p>
　というやつがいます。<br><p>
　私、それを聞いたとき<br><p>
　説得力ある反論ができませんでした。<br><p>
　それ以来、「ボランティアは偽善か。」<br><p>
　という命題について時々考えます。<br><p>
　よく考えてみると、実は私も、<br><p>
　「ボランティアなんて偽善や。」<br><p>
　と思っていた時期が少しだけありました。<br><p>
　高校生の頃。<br><p>
　教育実習生からボランティアの申し入れがありました。<br><p>
　そのころの私はまだ若く、世間知らずだったのでしょう。<br><p>
　「別にボランティアの手なんか借りんでも、<br><p>
　 自分で何でもちゃんとやったる。」という気持ちになり、<br><p>
　ほとんど話も聞きませんでした。<br><p>
　自尊心というかプライドを傷つけられたわけです。<br><p>
　今考えてみると、<br><p>
　望まれていない押しつけのボランティアなら、<br><p>
　それは、「偽善」というより「ただの自己満足」<br><p>
　というほうが的を得ているでしょうか。<br><p>
　では、本当に「ボランティアは偽善」なのでしょうか。<br><p>
　今の私の考えは、「ボランティアは偽善ではない。」です。<br><p>
　ボランティアを「偽善」という私の友人は、その根拠を<br><p>
　「ボランティアの動機を人のために役に立ちたいからというが、<br><p>
　 結局、どこかでボランティアをしている自分を<br><p>
　 評価して欲しいと思っているところがある。」<br><p>
　と思うからといいます。<br><p>
　果たして、本当にそうでしょうか。<br><p>
　その友人の中ではそうなのかもしれません。<br><p>
　でも、私はそうは思いません。<br><p>
　困っている人を見て、「この人のために何かしたい。」<br><p>
　と思うのは、人間が持つ純粋な優しさじゃないでしょうか。<br><p>
　私はそう思います。<br><p>
　例えば、私が必死の形相でスロープをのぼっているとき、<br><p>
　「押しましょか？」ととっさに声をかけてくれる人は、<br><p>
　その時、車椅子を押してあげている自分の姿を考えているでしょうか。<br><p>
　その友人は「いや、どこかで考えてるはずや。」といいますが。<br><p>
　性善説か性悪説か、というのと似ていますね。<br><p>
　ではここで、百歩譲って性悪説を採ったとしましょう。<br><p>
　「ボランティアをしている自分を評価して欲しい。」<br><p>
　と思って誰かがボランティアをするとしましょう。<br><p>
　これをすべて「偽善」としてしまってもいいでしょうか。<br><p>
　ボランティアを「偽善」と呼ぶこの論理、<br><p>
　よく考えてみるとボランティアをする側のものです。<br><p>
　ボランティアをされる側に立って考えるとどうでしょう。<br><p>
　ボランティアをされる側といってもピンとこないでしょうか。<br><p>
　それなら、<br><p>
　自分だけではどうにもならず困っている側、と考えてみてもいい。<br><p>
　困っているときに手を貸してもらえるというのは、<br><p>
　本当にうれしいものです。<br><p>
　手を貸してくれる人が<br><p>
　「人に手を貸している自分を評価して欲しい。」<br><p>
　と考えているようには、きっと感じません。<br><p>
　そんなふうに感じない限り、<br><p>
　「偽善」などと呼ぶ必要はないと思うのです。<br><p>
　それに、困っている側にしてみれば、少なくとも、<br><p>
　「偽善だから。」という理由で何もしてくれないよりは、<br><p>
　たとえ「偽善」でも行動してくれるほうがずっとましです。<br><p>
　その行動によって、困っていたことが解決する限り。<br><p>
　これではだめでしょうか。<br><p>
　まあ、困っている人を見て一瞬躊躇するのは、<br><p>
　「偽善だから。」などと考えているからではなく、<br><p>
　声をかけるのに必要な勇気が、<br><p>
　ちょっとだけ足りないからだと思いますが。<br><p>
　このページを読んで下さったみなさん、<br><p>
　次は、このちょっとだけの勇気を出してみて下さい。



<br><p>
<hr>
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<div align="right">1998年5月17日　<IMG SRC="pic/ico_h.gif" ALT="海の家" align="middle"></div>
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