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<TITLE>初めての原稿</TITLE>
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<FONT SIZE=2 COLOR="#D90BA0"><B>Say　 to　 Myself</B></FONT>
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<FONT SIZE=5 COLOR="#D90BA0"><B>独　　り　　言</B></FONT>
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</TD></TR></TABLE>
</TD></TR></TABLE>
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<b><IMG SRC="pic/ico_berry.gif" ALT="ラズベリー" align="middle">
初めての原稿<br><p>
　日本障害者雇用促進協会の<br><p>
　「働く広場」という広報誌に<br><p>
　原稿が載りました。<br><p>
　初めての原稿です。<br><p>
　といっても、内容は<br><p>
　ここで公開している独り言の要約です。<br><p>
　せっかくですので、公開したいと思います。<br><p>

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　　−−働くということ−−<br><p>
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　よく晴れた真夏の暑い日でした。高校一年生でした。ラグビーの練習中、グラウンドで仰向けに倒れました。青い空が広がっていました。頚のけがでした。私の人生はそこから始まりました。<br>
　生死の境目から戻ってきた私を待っていたのは、苦痛の連続でした。絶対安静、高熱、痛み、二度の手術、眠れない長い夜。家族、友人、そして病院のスタッフの皆さんに支えられて乗り越えることが出来ました。その頃は、歩けなくなるなんて、夢にも思っていませんでした。誰も、何も言いませんでした。<br>
<br><p>
　動かない足や指に焦りを感じながら、薄々気付きはじめました。その事実を聞かされたときには、リハビリが始まっていました。「やっぱり。」という気持ちで自然に受け入れたのだと思います。人間というのは不思議なものです。どんなに厳しい現実に直面しても、結局その現実の中で生きていこうとするのです。入院している人はほとんど全員が車椅子に乗っていたという病院の環境も影響したのでしょう。まわりの人たちといると、何とかなる気がしました。ここでも家族、友人、そして病院のスタッフの皆さんに支えられて、無事退院することが出来ました。車椅子に乗って。一年二ヶ月と三週間の入院生活でした。こうして今の私があるのは、入院中にお世話になった全ての人のおかげと、心から感謝しています。<br>
<br><p>
　しばらくの自宅療養を経て、高校に復学しました。二年遅れの一年生でした。自動車の免許を取り、マイカー通学をしていました。車椅子に乗って、学生として社会と関わりはじめました。<br>
　大学受験の準備をはじめた頃からです。働くということについて考えはじめたのは。車椅子に乗っているというハンデをカバーするには、資格を取って手に職をつけるのが一番、というのはごく自然の発想でした。なりたい、と思ったのが公認会計士でした。コンサルティングという仕事に憧れていました。<br>
　大学に合格し、一年間気ままな学生生活を送った頃から、いよいよ資格取得に向けて受験勉強をはじめました。車椅子に乗って専門学校へ通うのは大変なので、通信講座での勉強でした。通信講座には受験仲間がいません。これは、本当に大変でした。自分との孤独な戦いでした。その中で、自分をより見つめるようになりました。自分が置かれている現実について深く考えてこなかったことに気付いたのが、この頃でした。「こんな体で何をこんなに頑張っているのか。でも、ここで頑張らなければ、車椅子で仕事なんて見つからないのでは…。社会と関わる接点がこのままなくなるのでは…。」葛藤が続きました。
　大学を卒業した年、公認会計士第二次試験に合格し、会計士補となりました。受験勉強をはじめて三年二ヶ月。今年駄目なら諦めよう、と思っていました。<br>
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　就職は、私の人生の中で大きな転機となりました。今度は責任ある社会人として社会と関わりはじめました。<br>
　そもそも会計士というのは、機動力を必要とする職業。車椅子に乗っての就職活動は、思うようには進みませんでした。はじめは、車椅子に乗っていても会計士補として働けるフィールドが何かあるはず、と思っていました。しかし、日が経つに連れて、やはり、車椅子に乗っていては、この資格を活かした就職は厳しいのでは、と思うようになりました。今勤めている会社、そしてこの仕事と出会ったのは、そんな時でした。病院の会計に関わるコンサルティングの仕事でした。<br>
　この体で車椅子に乗って働くということは、想像以上に大変でした。就職して一年経った今でも大変です。毎日一生懸命で、毎日くたくたです。自分の置かれている現実を受け入れて前向きに頑張っているのか、いまだに現実を受け止められないがために、何でもできるはず、と無理をしているのか、自分でもよく分かりません。ただ、動機が何であれ、働きたいという気持ちに変わりはありません。そして、働きたいという気持ちを満たすことができていることに、心からしあわせを感じます。<br>
　来年は、いよいよ公認会計士第三次試験です。これに合格してはじめて公認会計士です。この秋から、再び受験勉強です。仕事も含めて、やることはまだまだあります。<br>
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　働きたいという気持ちを持っているのは、障害者とて同じです。しかし、車椅子に乗っているがゆえに、また、何か障害を持っているがゆえに、働きたくても働けない人たちがいます。仕事を通して社会と関わっていきたい、と思っているのにです。就職がなかなか決まらない頃の私は、そんな一人でした。そんな思いを表現するために今の私にできること。それは、車椅子に乗っていても充分働ける、頑張れば何とかなる、という事実を証明することだけです。<br>
　「福祉」とは、みんながしあわせなことです。私が働いているということを知った人が、一方で、私にだってできるはず、と思い、また一方で、働く機会を提供できるのでは、と思って下されば、「福祉」な世の中に少し近づけるのではないか。思い上がりかもしれないそんな思いを込めて本稿を結びます。
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 border="0" ALT="独り言 会計士補編（その一）へ戻る"></A>
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<div align="right">1999年11月1日　<IMG SRC="pic/ico_h.gif" ALT="海の家" align="middle"></div>
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