BUG & BOM !  バカにつける薬と恋のPit-a-Pat Peep-Show 19

 

 

 

 

 

 

 

 「では俺はまことに蜜虫殿と婚儀を行ったことにするのだな?」

 「そうでなければ八重殿も清子殿も、世間も何も謀れません」

 「主上はどうするのだ?俺の結婚であれば主上よりなにかお言葉を賜るかもしれぬ」

 「まあ確実に賜ることになりますね」

 「ではどうするのだ。俺は嘘と蹴鞠はつけぬ男だぞ」

 「…威張らないで下さい」

 

晴明との諸々の話を終え博雅にもこの場に戻ってもらった俊宏は自分のしでかすことの大きさにクラクラしつつ、それでも今決めたことは博雅にも理解してもらわねばならないと必死で語って聞かせている。

が。

自分も思い切りの当事者のくせに、ちょこんと座った博雅の背後で匂いをかいだり掴んだ腕でシェーをさせてみたりととにかく落ち着きなく暴れている晴明に、さすがの俊宏にも我慢の限界がやってきた。

 

 「いいですか、これは主上をも謀る重大事なのですよ。世間に知れれば博雅様の殿上人としての位に傷がつき、陰陽師程度の身であらば良くて流罪、悪くすれば死を持って贖うことにもなりかねません」

 「程度とはきみも言うな。だがたかが男色だぞ。世間的信頼は失われようが、そこまで大袈裟になるものか」

 「晴明…そういったことを大声で言われると…」

 「おーおーよちよち、すまなかったな。俺は男が好きなのではない、お前だから求めたのだ。と、いかにも同人的な台詞で慰める程度には反省したぞ」

 「よく…分からぬ」

頭痛の酷くなる俊宏は、一旦晴明は放っておいてまず博雅に徹底教育を続けることにした。

 「よろしいですか、殿がこちらに長く留まられることを不審に思わせないためにはやはり蜜虫殿との結婚がいい隠蓑となるのです。そのために蜜虫殿は御身を呈しその役をお引き受けくださったのですからね、ありがたくその策を続けることとします」

 「俊宏、お前も俺と晴明のことを助けてくれるのだな」

 「当然です。俊宏はいつまでも博雅様のお味方でございますから」

 「そうか。俊宏は晴明の次に好きだぞ」

そりゃありがとう。博雅の言葉が耳に入った瞬間、形相の変わった晴明を睨み返す。子供の"パパ、だいしゅき!"で呪詛など仕掛けられては堪ったものではない。

 「右大臣様のお声掛りとあらば、口さがなき者たちも軽々しくこの件を口の端に上せることは出来ません。ですから博雅様は、宮中などでどなたかに姫のこと、結婚のことを問われましても、これから言う二通りのお返事しかしてはいけません」

 「二つ?それしか言えぬのか」

 「そうです。まず一つ目ですよ、覚えてください」

 

公達

よお、博雅もついに結婚だって?なんだよお前、てっきりあのなんとかいう陰陽師と出来てるのかと思ったぜ?

博雅

俺は日々、笛が吹ければそれでよいのだがな。家のことを思うとそう我が侭も出来ぬよ。

公達

まーなー、所詮は俺たちも種馬みたいなものだもんなー。で?あっちの方はどうなんだ?

博雅

すまぬが答えられぬよ。俺はその方面の話はとんと好かぬのだ。知っておろう。

以降、"好かぬ"で押し通す

 

 「分かりましたか?」

 「それは誰が尋ねてくるのだ」

 「誰かなんて決まってません。ただ、殿がご結婚なされたという話が広まれば暫くは毎日、どなたかと顔を合わせるたびにこのようなお話になることは間違いありません」

 「うむ…そういえば少し前に満彦が結婚した時もそうであったな。分かった、俺は"好かぬ"と言えばよいのだな」

 「好かぬのは"閨の話"ですよ。蜜虫姫ではありませんよ」

 「それくらい分かっておる。しかしなぜそやつは晴明とのことを知っておるのだ?」

……………

俊宏の頭上を生温い風が吹き抜けていった。

 「それはオプションです。いいですか、会話の中に安倍殿のお名が出てきても、顔色を変えず決して取り乱したりなどしてはなりません。口さがない者どもは、殿と安倍殿を"過ぎた寵愛の代償はなんぞや"と噂しているのですからね」

 「言わせておけ。実害が出れば俺がいかようにも…な」

これまで晴明は大人しくしていた訳ではない。匂いを嗅ぐこととシェーをさせることから発展し、現在はいつの間に用意したのか二人羽織で博雅の口に菓子を運んでやっている。

 「安倍殿にも重々お願いいたしますが、決して博雅様のお名を汚すようなことだけはなさらないで下さい。呪詛騒ぎなど以ての外です」

 「分かっておる」

博雅の鼻の穴に唐菓子が突き刺さる。

 「そして二つ目です。こちらの方が大切ですからね、よく聞いて下さい」

 

主上

博雅朝臣もいよいよ妻を迎えたのですね。益々の発展を望みますよ。

博雅

はい。これまでにも増し、主上の御為に尽力せんためにも我が身を慎み精進して参る覚悟にござりまする。

主上

頼もしい心掛けよ。しかし博雅、聞けば娶った姫は師輔縁の姫ということ。やはり師輔より持ちかけられた話でしたか。

博雅

いえ。故があり、都から離れたところにお預けになられた姫ですが、先ごろ右大臣様のお屋敷にて御遊びの折、目通り叶うことが出来ました。これは右大臣様より堅く口止めを言い渡されてはおりまするが、気の毒に姫は幼き頃より"見鬼"であり、都での暮らしが辛く右大臣様も泣く泣くお手元を離されたそうで。しかし大変健やかに、また都の姫方にはない大らかなところが私の求めるところとでありましたゆえ、是非にとお願い申し上げました。

主上

そうですか。博雅が迎えられる姫のこと、さぞや頼もしい姫なのでしょうね。

博雅

勿体無いお言葉、まこと身に余る幸せにござりまする。

 

 「主上にそのような言葉を頂くのか!それはめでたい」

 「殿、ですからこれはシミュレーションです。ただ一番ポロを出しそうな主上を例としてお使いさせていただいただけのことです!」

 「なんだ、俺は主上に頼られたのかと喜んでしまったではないか」

 「あんな"琵琶法師"に誉められたところで嬉しくないぞ。大体、楽はお前の方が上手ではないか」

 「安倍殿は黙っていてください!殿が混乱するでしょう」

 「分かった分かった。これ蟷螂、筆と硯、料紙をこれへ。"私たち結婚しました・ラブ式神ちゃん付きポストカード"を作るぞ」

硯が届いたら庭に向けて投げ捨ててやる…俊宏の目が本気で光る。

 「とにかく、この会話にて大切なところは"姫の出自"です。あくまで右大臣様の縁であり、血筋に遜色はないこと。あちらが殿との婚儀を望まれたことであり、両家の間では実にめでたく進んだ話であること。右大臣邸に戻られるはずであったものの姫は"見鬼"であり屋敷を怖がられる。また我が家にお迎えする訳にもいかず困り果て陰陽師、安倍晴明殿にご相談したところ、快くこちらのお屋敷に姫をお預かりいただくこととなったこと」

俊宏はふうっと息を吐き出す。

 「長いですが、これらの理由により姫はこちらのお屋敷にてお住まいになられるということを全ての皆様に納得していただくこととします」

 「…俊宏は…策士であるな」

 「なにを暢気なことを…いいですか、見鬼の部分は主上にお訪ねになられた時だけお話してもよいことですよ。右大臣様の名に傷のつくことですから、主上も宮中において姫のことは口になさらぬようお取り計らいをいただけるはずです」

 「そうか。では俺は主上にだけお教えしてもよいのだな。しかし後の方々にはなんと言えばよい?」

 「故あって、の一言で押し通してください。聞きたいのならご自身が右大臣様の元へ行かれるよう仰せになればよいでしょう」 

「師輔様になにやら尋ねられる者もそうはいまい。うむ、なるほど分かった」

「本当ですね?」

「俺とて子供ではないのだ。それにうまく運ばねば我が身に関わることであろう。俺はどうなろうと構わぬが、晴明に何かあっては困る」

「博雅…」

背後で感動する晴明は、墨を磨る手を止め博雅を見た。その隙に硯を取り上げた俊宏は見事な素早さで庭へと投げ捨てる。

 「なにをする」

 「博雅様が安倍殿の身をここまで案じているというのに、あなたはなにをしているのですかっ!そのような文が都に出回ればこの企みも全て露呈してしまうのですよっ」

 「そうであったな。いやしかし自慢したいではないか、結婚と出産は人生の一大イベントなんだぞ。なあ博雅」

 「そう…なのか?」

ポヤンとした顔で晴明を見る。その表情にムラムラきたのだろう、ずいと博雅に近寄るとその手首を掴み締めた。すぐに俊宏に叩かれたが。

 「いいですか、念のためもう一度言っておきますがこれは人に知られてはならぬ大事なのですからね。私が申し上げたことをしかとお心に留めていただき、いつ何時、どのような言葉でお尋ねになられても"好かぬ"、"右大臣様に伺え"で通されなければなりませんからねっ」

 「分かった。案ずるな俊宏、もしその言葉を忘れた時は、笛を吹いて誤魔化すことにしよう」

 「賢明なご対応です」

そう、博雅には必殺技がある。無口ではないがとにかく口下手な彼は言葉に詰まると笛を吹いて逃げる。それで誰にも疑われないし、最も安全な回避策にもなる。

 

笛、笛と言っているうちに恋しくなったのか、懐から取り出した笛を吹き始めた博雅にうっとり視線をやる晴明の顔をジロリと睨み付けるが気付く様子すらない。ここまで思っていてくれるならそれは確かに安心だが、どうも浮世離れしすぎた二人のことだ、そううまく運ぶとも思えない。

でも。

 

二人が幸せだと思っているならそれが一番いいことだろう。

きっとこの先の人生も、永くともに在り続けるだろうことは俊宏にも分かっている。疑い様もなく見えてさえいる彼らの行く末を、ならば自分は見守っていこう。助け、その道を照らす明かりにもなろう。

手のかかる主を持った宿命と、その主の求めるものとの安らぎを。

自分が守れる幸せを誇りに思って。

思い続けて。

 

 

 「ひろましゃああああ」

 「わっ、なにをする晴明、吹けぬではないかっ」

 「いい加減になさいっ!」

 

 

先は、本当に、ほんっとーーーーーーーーに、永そうである。

 

 
 
 

 
 

 

 

 

 

 

 

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   長かったですねー。

   Pit-a-pat peep-show はこれで終わりです。長い間のご愛読、本当にありがとうございました。

   さて一つの物語で19を数えちゃいました。途中ダレたらどうしようと思ってましたが、
   なんとか勢いだけで乗り切れたようです。…勢いだけなのか…自分で言ってて虚しい。
   でも本当に楽しく続けられたのでよかった!

   そして「終わったー!」と思ってるお嬢さんがたに朗報です。

   次回より"帰ってきたBUG&BOM 憂いのCHAMPION Hop Step Paradise"が始まります。

   お楽しみに!

 

   まだやるのか!という苦情はcutoff! 

   文句があるなら紫宸殿へいらっしゃい。(こられるものならな。…なぜ喧嘩腰?)



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