Valentine give me chocolate!

                BUG&BOM番外編

 

 

 

 

 

博雅がその話を聞いたのは、いつもの通り退屈な宿直の晩のことだった。

 「ばん…あれんたい?」

 「博雅殿はどのような耳をしておるのだ、"バレンタイン"と言うたのよ」

浮き名を流すことこそ男の甲斐性!と嘯いて憚らない知巳少将が、呆れた顔で返す。

因みに"バンアレン帯"というのは、赤道上空を中心に、地球をドーナツ状にとりまく、高エネルギーの粒子が多量に存在している領域のことを言うのだが、地球が丸いことすら分かっていないこの時代にそんな物理学用語を口に出来たのだから博雅の方が賢いと言っていいだろう。多分。

禁中の警護とは名ばかりの、ただの情報交換の場と化している宿直の夜は若い公達にとって必要不可欠のものだ。誰がどの姫に言い寄っているのか、またどの程度の脈があるのか、そういう生臭い話をヒソヒソするのが貴族の仕事と言ってしまってもいいような彼等の暮らし。博雅にとってはなにが楽しいのかさっぱり分からないまでも、やはり仲間外れは寂しいので仕方なくその輪の中にいるに過ぎない。

尤も、興の乗った時には夜が明けたことすら気付かずピープー笛を吹いている彼なので、周囲の者も話に加わろうがいなくなろうがどうでもいい。宮中での博雅は、見目よく愛らしい置物という認識が実に強いのだ。

"博雅は誰にも愛されて、いつでもその操を狙われてなきゃイヤ!"というお嬢さん、期待を裏切って申し訳ないが、ここにいる彼は純粋培養されすぎの箱入り息子なので、色気というものからはほど遠いボクちゃんだということで了承していただきたい。

とにかく、そんな博雅が珍しく興味を持って自分たちの話に加わってきたので、知巳は体をずらすと輪の中に入れてやる。

 「バレンタインというのは、姫より意中の公達あてに贈り物をいただける日のことを言うのよ」

 「ほう、それは素晴らしい日であるな」

 「そうよ。博雅殿も覚えはないか」

向かいに座す薫少将が、からかうような表情で言う。囲むその他のものどもも意味ありげに笑い、口々に囃し立てた。

 「博雅様は恐れ多くも皇孫であらせられるからなぁ、姫方も放っておけぬことであろうよ」

 「そうよ、我らが悶えるほどに"よい話"の一つでもあるのではないか」

下品な笑いを耳にしても、博雅は丸い目をくりくりと見開き皆の話を聞いているだけだ。

 「頂き物が出来るのは、それは姫の元に通っておるからではないのか」

 「なんの、そこがバレンタインの醍醐味よ」

博雅の疑問に今度も知巳が答える。

 「よいか、姫というものは、我らより文や付け届けを繰り返しその熱意を持ってお答えしていただくものだろう。名家の姫君ともなればそのお顔を拝見することはおろか、お声さえも聞かせていただくことは出来ぬ。それ故、対面の時を迎えるその時こそ燃え上がるというものだがな」

 「実感がこもっておるよ」

横からのからかいを知巳が片手で払う。
先日彼は三月もかけて口説き落とした女と対面した折り、そのあまりの容貌に辟易したというのは有名な話だ。ほぼ暗闇の中での逢瀬が終わり、白々と明けた薄明かりの中で見たその女の顔は……彼女の名誉のために明言は避けよう。

とにかく、貴族の恋愛事は華やかではあるが、それと同じほどの失敗談も含まれているのだ。

 「姫方は日々、屋敷深く暮らしておられるがそればかりではない。発展家の姫であれば、伝を頼りに自ら文などを寄越すこともある」

 「ほほう、姫より文をいただくとは、それはすごいことだなぁ」

 「感心しておる場合か。博雅殿とて…いや、なんでもない」

ほへぇ、と感心することしきりの博雅に諦めの溜息を吐くと続ける。

 「姫より文をいただけることなどごく希であるし、そのような噂が立てばその後の婚儀に差し支えが出もしよう。ところがこのバレンタインという日だけは別なのだ。どの姫も平等に、意中の男の元へその思いを伝えることが許されておるのよ」

 「なんと」

 「思わぬ姫より頂き物をした日などは、その喜びは男にとってなによりのもの。まあ、中には返答に困ることもあるが、とにかく頂き物の数が多ければそれだけ自らが男として認められておるという証になる」

 「なるほど」

すっかり感心している博雅だが、知巳の話に触発された周囲の者どもはまた口々に"今年は五つほどいただけるはずだ"だの、"主には負けぬ"だのの、他愛ない男達のプライドを賭けた熱い討論会へと突入していった。

 「意中の公達に…ふむ」

温かい思考の持ち主博雅は、その話をまた実に都合よく曲解し、一人ふむふむと頷きその場を後にした。

 

博雅さーん、まだ職務中ですよー。

 

一応呼び止めてみましたが、聞こえていないようです。ま、なにを考えているかなどと言うことは、皆様にもよくお分かりのことと思いますが。

それでは一旦スタジオへお返ししまーす。

 

 

 

 

はい、スタジオです。

 

 

嘘です。言わずと知れた安倍晴明先生宅です。

 

今日もここ、エキサイティング陰陽師の館は、とても"都の正義のため"に働くものの住まう場所とは思えぬ気を発しながらでーんと構えていた。

 「殿、今年は幾つの貢ぎ物が参りますでしょうか」

 「ふん、誰からなにが届こうと、博雅より届かなければバレンタインなど無意味だ」

 「その通りではございますが…そうは仰られましても届くものは致し方ございません。今年も東の対に押し込めておいてよろしいのでしょうか」

 「全て集まったところで、お前達で分けるがよい」

まるで会社宛に届く中元や歳暮のような扱いだが、毎年バレンタインの度に繰り返される晴明あてのプレゼント分配は、式達にとっては賞与のようなものである。中には文だけを寄越す気の利かない女もいたが、相手が晴明だという段階で、みなこぞって"不思議アイテム"をかき集め少しでも気を引こうと必死になる。そういった品物には本当に神通力の備わるものもあったりして、式のお役立ち品として重宝されているのだが、肝心の晴明にはたとえどのようなものであっても本当に恋しい博雅から届いたものでなければ意味などないのだ。

そう、博雅がくれるものなら、たとえそれが馬の糞であっても嬉しかったりするいっそ純情とも言える恋心で毎年この日を密かに待ちわびていたりもしたのだ。

博雅と出会って既にいく年月が過ぎたことだろう。

期待するのも愚かしいと、さすがの晴明ですら骨身に染みるほど"梨の礫"を繰り返された結果、バレンタインが近付いてくると決まって不機嫌になる晴明だった。

 

 「殿は今年もご不興でらっしゃるのですね」

 「常葉、声が高い」

しー、と口元に指をあてつつ、蜜虫が常葉の手を引き下がっていく。確かにしかと耳に届いていた晴明は、悔し紛れに思い切りベロを出してやったが誰も見るものはなく、それはそれで虚しくなるだけという寂しい状況となってしまった。

 「ふん。…ふん、元より博雅になど期待したりせぬわ」

強がりでしかないけれど、本当に期待するにはそれなりの根拠が必要であり、相手が"バレンタインの存在"すら知らぬ博雅であれば思うことだけで無駄な努力と分かっている。

宮中にありながら、あそこまで世間知らずなのは最早犯罪だと晴明は思う。彼に、色恋に聡くなられても困るし耳年増になられても困る。しかし禁中の警護をするにはそれなりの知識が必要であり、権力争いの中にかなりなウェイトを占める結婚による姻戚関係などの動向には十分配慮しなければならなかったりするのだ。

出世などというものからはかけ離れた、晴明とは違う意味での無欲ぶりが博雅という人間を形作っているとは言え、こう言う時には本当に心配になったりもする。この先…というか、彼ももう三十路にタッチしている身、いい加減階位の一つも上がらなければ、寵愛…というか、溺愛している今上成明も清涼殿の柱の影で濡れた袂を絞るしかないというものだ。

些か脱線したが、とにかく晴明は不機嫌だった。

今年もまた博雅は、運び込まれる貢ぎ物達を横目に"おお、今日は賑やかだな"などと見当違いなことを言い、手酌で酒を飲みほろ酔い加減で帰っていくのだ。イヤになるほど目に見えている。

 「あー腹立たしい。こうなったらとことんまで飲んでやる」

悔し紛れにポンと手を打つと、下がっていた蜜虫が恐る恐る顔を出した。

 「おそばに」

 「酒の支度だ」

 「殿、また朝露さえも残る刻にございますが…」

 「俺が支度せよと言うのだ、早うせい」

 「かしこまりました」

ご立腹全開!と顔に書いてあるような晴明には、さすがの蜜虫も逆らえない。慌てて手を付き台盤所へ下がろうとすると、感じた気配にふと視線を上げる。

 「殿、戻り橋に…」

 「博雅?」

 

ああー、おるかな、せいめいぃぃぃ

 

 「なにを慌てておるのだ、あれは」

 「随分と取り乱されていらっしゃるようでございますわ。殿、お迎えは」

 「よい、俺が参ろう」

現金。キャッシュ。対博雅限定の明朗会計ぶりを発揮して、晴明はあっと言う間に庭に降り立つと門に向けて走っていった。因みにカボチャパンツになっているのは言うまでもない。

バーンと門を開け放ったところで仁王立ちになると、鼻息も荒く首を伸ばし愛しい博雅の姿を探す。亀を間近に見たことのある方なら、この時の晴明の状態がよく分かっていただけると思うのだが…とにかく"気持ち悪い"ということが分かっていただければ結構だ。

にゅっ、と突き出した首で大路を見やると、向こうの方に博雅の姿を確認する。

 「ひろましゃぁあぁぁぁぁぁ!」

 「む?むむ?晴明かっ」

カボチャにこそなってはいないが、冠がひん曲がっているところを見ると確かに慌てているのだろう。しかもあの様子では内裏からここまで走ってきたものらしいと推察される。

先ほどまでの不機嫌さなど微塵も感じさせぬはしゃぎぶりで、キャッキャと飛び跳ねつつ博雅の到着を待つ。程なく走り寄った博雅も、目の前でピョンピョンとジャンプする晴明に釣られ暫し一緒に弾んでしまう。こういうところを目撃されるから、博雅にまで変わり者という有り難くないレッテルが貼られてしまうのだ。…尤もそれは彼に悪い虫を近付けない為の策略だという噂もある。

 「どうしたのだ博雅、お前は夕べ宿直役ではなかったか?」

 「ああ、だが興味深い話を聞いてな、これは晴明に伝えねばならぬと急ぎ参ったのよ」

 「宿直で聞き及ぶような話にお前が興味を持つのか?」

不思議に思い首を傾げるが、慌てて駆け付けたことを思い出した博雅に手を引かれ屋敷の中に入っていく。

 

いつもの濡れ縁には酒の支度が整い、蜜虫も三つ指ついて待っていた。

 「おお蜜虫殿、いつもすまんな。が、すまんついでにちと下がっておってくれるか」

 「かしこまりました」

酌をするつもりの蜜虫だったが、邪魔をする訳にもいかず仕方なしに席を外す。その姿を見送った博雅は、酒の支度を全て押しやると晴明の隣ににじり寄る。

 「晴明、俺は初めて聞いた話だが、お前はきっと知っておったろうよ」

 「なにをだ」

若干たじろぎつつ晴明が尋ねると、再びぐい、と近付いた博雅は晴明の耳元に唇をよせ囁く。

 「ばんあれんたいのことよ」

 「…ば?」

 「いや間違いだ、バレンタインだ」

 「ばばば、バレンタインとは、なぜ博雅がそのようなものに興味を持つのだっ」

昨夜の宿直役のメンバーを即刻洗い出さねば。晴明の眉は釣り上がり、彼の脳内ブラックリストがものすごい勢いで捲られていく。

しかし晴明も気の毒だろう。博雅がバレンタインを知れば、もしかして万が一自分に贈り物をしてくれるかも知れないのに、という淡い夢さえ見ないのだ。…本当にこの人、色んな意味で哀れだなぁ。

 「晴明はバレンタインを知っておるか?」

 「し、知ってはおるが、あ、あれは姫より男どもになにがしかが与えられる日であってだな、」

 「俺では駄目か」

 「は?」

 「俺が送ってはならぬのか」

 「…………待て博雅」

 「そうか、バレンタインとは姫に限られたことであったのか…」

しょんぼりと肩を落とした博雅に、予想外の展開過ぎて言葉に詰まる晴明。

 「俺はな、これまでに、晴明から色々な頂き物などをしておるから、これを機になにか贈り物をしようと勇んで参ったのだよ」

 「俺に…贈り物…」

目が点になり、遠くを見るような目つきになり、やがて何者か術者の影を探す鋭いものとなり、ついには疑いの眼で博雅を睨む。

 「お主…まこと博雅なのか」

「俺が俺でなければ誰だというのだ。晴明ではあるまいし、俺に式を作り出すことなど出来ぬ」

「それはそうだが…しかし誠の博雅であれば、俺にバレンタインの貢ぎ物など…」

そこまで言って漸く気付く。

 「博雅、お前は分かっていないようだ」

 「なにがだ」

 「バレンタインの本来の意味を、だ」

 「知っておるぞ。いや、聞き及んだのはつい最前のことだが、知巳少将に聞いたこと故間違いはない」

 「知巳か、されば違えようもなく"バレンタイン"のことであろうが…」

とにかく女好きとして名を馳せる知巳であれば、いかな博雅といえど納得させるほどの熱弁でその意味を教えたことだろう。だがそれならば更に疑問が残る。

首を傾げつつ、晴明は目の前でじっと自分を見詰める博雅を見下ろすように眺めた。

 「博雅よ、バレンタインとはなにか、俺に教えてはくれぬか」

 「なに、知っておるのではなかったのか」

 「いや、俺が知るバレンタインと博雅が知るバレンタインでは、どうやら違いがあるようなのだ」

「なるほど、知巳の言うところのバレンタインは宮中のことであるのかも知れぬ。陰陽師や都の民などでは、それぞれ作法が違うていてもおかしくはない。ふむ、ならば俺の聞き及んだバレンタインについて話してやろう」

幾分得意気にふんぞり返った博雅は、遠ざけて置いた瓶子と土器を引き寄せ手酌で酒を注ぐと一息で煽った。唇を濡らしたのか、単に思い出したのか、博雅のことだからその意味は分からない。

 「よいか晴明、バレンタインというのはだな、懸想する相手に文や贈り物をして、自らの気持ちを伝えることの許された日なのだよ」

 「気持ち、とは」

 「それは常に屋敷深くお暮らしになる姫が、この許された日に限りご自身からお近づきになりたい旨を伝えることが出来るという素晴らしい行事なのだ」

 「お近づきというのはなんだ、回りくどい言い方をせず申してみよ」

 「う、うむ、だからな、常であれば姫は待つ身であろう。どこぞの殿方にお声を掛けたくとも、そのような淫らがましいことをなされてはお家に傷もつこう。だがこの日であらば、それらは咎められることもなく、ご自身のお気持ちを伝えることが出来るのだ」

 「なんだそれは、つまり姫より"カッモォォン"と言うことが許される日ということか」

 「かっ、かっもぉぉぉん?」

投げキスをして見せた晴明だが、その仕草は博雅には伝わらないらしい。それどころか真似てみたりするものだから、意味のない行為であっても"チュッ"と仕返された晴明の眉間をズドーンと撃ち抜き、彼のヒットポイントを減らすこととなった。ま、減らされた方がいいけどね、この人の場合。

 「晴明の言うことはよく分からぬが、奥ゆかしい姫方には実に頼もしい一日なのであろう」

 「まあ…そうかも知れぬな」

額を抑えつつ、晴明は自分の土器にも酒を注ぐとやはり一息に煽った。

 「それでな、俺は考えたのだ。晴明は俺に、いつでも何くれとなく世話を焼いたり面白そうな品を届けてくれたりするだろう?だが俺は、その頂き物に対し十分な礼をしていない。だからバレンタインという日にお前の求めるものの一つも贈り、これまでの感謝を伝えたいのだ」

 「……………義理チョコか……」

撃ち抜かれた同じ場所に、今度は矢が突き刺さる。

 「いらぬ…」

 「うん?」

 「俺は返礼欲しさに、お前になにやらを贈っていた訳ではないのだ。気遣いは無用よ」

 「しかし、」

 「止めてくれ。義理チョコなどというものは、毎年東の対に運び込まれる数々の貢ぎ物より嬉しくもなんともないものよ」

 「東の対?…貢ぎ物?」

きょとん、と博雅の目が晴明を見る。そして、忽ち潤んでくる。

 「なな、なんだ博雅」

 「晴明は…やはり姫より…バレンタインにはあまたの姫より頂き物をしておったのか…」

 「よっ要求しておる訳ではない。変わり者の姫が座興代わりに招こうとしておるだけの話よ」

 「しかし届いているのだな…やはりお前は…バレンタインに…」

うえー、と泣き出した博雅にオロオロとする晴明は、物陰から"殿、ファイト!"と気合いを込めた視線を送る蜜虫に気付き思わず気が抜ける。そこから握り拳を見せられたところで、なんら事態に影響を及ぼすことはないだろう。

 「ああこら博雅、泣くな」

 「だっ、だって、お前っは、ひっく、ばれっ、ばっ、ばんあれんたいにっ、ひゃっく、」

 「バレンタインだ」

 「ばっ、バレンタインに、ひっ、姫より、頂き物をっ」

 「だから欲しくて集まるものではない。毎年ジャ○ーズ事務所ほども集まるが、処分の仕方も似たようなものだ。欲しがる式達にみな分配している」

 「今年も、沢山届くのか?」

 「ふーむ、自ら口にするのは恥ずかしいが、多分届くであろうな」

 「やっぱり頂いているのではないかぁ」

ひーん

新たな涙に暮れる博雅に、ふと晴明が気付く。

遅いから、あんた。

 「博雅…お前はよもや、妬いておるのか」

 「泣いてはおるが、なにも焼いてなどおらぬ」

 「いやその焼くではなくな」

 

バレンタインは姫から殿方に気持ちを伝えるため貢ぎ物をする日である。

つまり、意中の者に気持ちを伝える日だ。

けれどまあ、義理で贈る場合もあったりするので、取り敢えず好意を伝える為に適当に何かを贈っておくという意味も含む。

博雅は、普段の礼も兼ねて、晴明に何かを贈ろうと考えた。

彼は確かに晴明に好意を寄せていたので、姫ではないが構わぬだろうと思ったのだろう。

しかし晴明は、博雅の知らぬところで毎年貢ぎ物を受け取っている。

今年も沢山届くという。

ひどい。

裏切られた。

浮気だこんなの。

バカ。

バカバカ。

せーちゃんのバカ!

 

 「ひ、博雅…お前まこと、バレンタインに妬いておるのか」

 「もういい。もうばんあれんたいの話など聞きたくない」

 「だからバレンタインだと、いや、そのことはよい。お前は自分の言っていることが分かっておるのか」

 「晴明のバカ」

 「…と、言っておったのか」

なにやら呟いてはいたが、本当にそう言っていたらしい。

 「ああ、もう泣くな。よいか博雅、俺は毎年バレンタインの日になると、憂鬱な気持ちでおったのよ」

 「なぜだ?都中の女より貢がれて、いい気分を満喫しておったのではないのか」

ぷんっ

 「博雅以外の者より贈られた品など、たとえそれが陰陽師に取りどれほど貴重なものであっても喜ばしくなど思うものか」

 「だが頂いているのだろう」

 「バレンタインに贈られた物を返したとあっては、その日のみ許された姫方の勇気をも踏みにじることとなる。たとえ俺あてのような、本命かどうかも分からぬようなものであっても、返す訳にはいかぬことくらいお前にも分かろうが」

 「それは…そうかも知れぬ…」

 「勝手に届けられるのだ、処分は俺の好きにしている。我が家では毎年、式達が大抽選会を催し適当に分配しておる」

 「それでは姫の気持ちが、」

 「受け取ってもよいのか」

 「それはイヤだぁ」

伸ばした指で晴明の狩衣の胸元を掴む。

ここだ!とばかり博雅の背を抱き寄せた晴明は、おーよちよち、とあやすように揺すってやった。

 「博雅は、俺になにをくれるつもりなのだ」

 「それを聞きに来たのだ。せっかくの贈り物であるからな、晴明が欲しがる物を用意しようと思うて」

 「俺が…欲しがるもの…」

鼻息が荒くなる。

 「晴明がいまだ持ち得ぬ物で、俺が手に入れられる物であればなんなりと申せ」

 「俺がまだ手に入れていないもの…博雅が支度出来るもの…」

 

 

ぽわんぽわんぽわん ぽわわわぁぁぁぁん

 

 

はい、なにを考えたかは皆さん分かりましたね?

ん?

もうとっくに夫婦だろうって?

 

ふ…

 

 

ふっふっふっ…

 

 

新シリーズが待ってるんですよ?

そんな美味しいこと、いまここで言う訳ないじゃないですか。

 

 

 

 「ひろ、ひろましゃ」

 「俺は晴明の喜ぶものが贈りたい。教えてくれ」

 「ひろましゃあぁぁぁぁ」

思わず涙と鼻の垂れる晴明は、いまこそ万感の思いを込め"積年の恨み"、いやいや"積年の願い"を口にする。

 「俺は、お前が…博雅が、ほしい」

 「………なに?」

 「博雅が欲しい」

 「それは駄目だ」

 

はい、終了。

 

 「いっいま俺の欲しいものをくれると言うたではないかっ」

 「言った。だが既に手に入れた物を贈るのでは意味がない」

 「は?」

 「晴明はもう、俺を手にしているだろう」

この通り。

ぎゅむ、と博雅が晴明に抱きつく。

 「この博雅、いつでも晴明のものぞ」

かわいく、ほんっとーに可愛く首を傾げて。

 

 「だから、俺以外に欲しいものを言うてくれ」

 

 

 

 

お気の毒………さま?

 

それとも喜んだ方がいい?

 

 

 

 「殿…ファイト!」

 「蜜虫、既に殿は燃えかすになっていらっしゃるようですわ」

常葉の溜息とともに、京の都に粉雪が舞う。

空は青く澄んでいるのに、チラチラと舞うその雪を眺め常葉は東の対を片付けに向かう。

今年も、きっとアホほど貢ぎ物が届くのだわ。蜜虫のため、超強力な植物用肥料が届くとよいのだけれど。

仲間思いの彼女の呟きは、静かな安倍家の庭へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

やっぱり"お気の毒さま"…かな?

 

 

novel