来い 乞い 恋 ☆BUG&BOM特別番外編☆ 胡懇さま 3000hit Request 「殿、落ち葉焚きをいたしますので、博雅様にお声をおかけいたしましょうか」 「そうだな。栗など焼いて振る舞うてやろう」 安倍家の主人は縁に寝そべった姿のまま、自らの使役する式の中でも最も信頼し重用する蜜虫にそう答えるとゆっくり体を起こした。 季節はもう秋である。 年中無休でなにかしらの花が咲くこの庭も、勢いのある草花はなりを潜め覗く地面には茶色くカサカサと音を立てる枯れ葉が敷き詰められていた。ここが畑であれば何となく放置しておけば肥料にもなるが、中門からこの北の対に歩んでくる上ではただの通行障害にしかならないため彼女らに適当に掃除をするよう言いつけてあったのだ。 本来"放置御免"の晴明の庭だ。いくらでも無法地帯のままでよいが、そこを日参する愛妻のためであれば多少の手くらいはかけてやらねば愛情というものが伝わらない。いや片付けたところであの鈍感が気付くこともないが、少なくとも雨で濡れた枯れ葉を踏んでフィギュアスケーターのごとく滑り込んでくる回数は減るだろう。…既に幾度かやってる辺りが彼らしい。 と、このような経緯もあり落ち葉を集めていた式たちの手により、庭の一角に集められたそれらは結構な山を築いていた。一度に火を付ければ屋敷自体が薫製になりそうだが、濡れぬようにしておけば幾度かの焚き火が楽しめる。博雅は焼き栗が大好きなので、酒の肴に振る舞ってやるには丁度良い。晴明は早速階の上を這っていた鈴虫に彼への言伝を呪にしてかけると、自らは大盤所へと消えていった。 「栗のほこほことした甘みはたまらぬな」 「そうか。どれ、俺も一つ」 「剥いてやろう」 ぱちっ 「晴明、あーん」 「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」 口を開いたのではない。悶えたのだ。 晴明と博雅は、焚き火の前に並んで腰を下ろしている。細い煙を上げ、うちに大粒の栗を抱えたそれは二人のため賢明に"甘い焼き栗"を作り出していた。秋は食欲の秋であり、そして人恋しくなる時期でもある。夫婦は仲良く寄り添いながら、互いの口の中に焼き上がったばかりの栗を食べさせあうという睦まじさを惜しげもなく披露していた。 背後に控えた蜜虫は出てもいない涙を袂で拭い、母のような心持ちでうんうん頷いている。 最近の博雅はいままでにも増して愛らしくなった。これは偏に晴明の甘やかしによる幼児退行と言えなくもないが、この際かわいければなんでもいいので晴明と一緒になって喜んでおこう。やれやれ良かった、一安心だ。 とにかく周囲がなにをどう言おうと、博雅が幸せであれば晴明はその百倍は幸せなのだ。おしどり夫婦と呼ぶことになんの衒いもないのだから、周囲の者も完全麻痺して毒されきったと諦めるより他ないだろう。 ま、そんな常識は元より"安部家"のみなさんには皆無なのだが。 「おいちいなぁ、ひろましゃ」 「晴明も焼き栗が好きだな。俺はゆでたものも嫌いではないが、やはり焚き火の中で爆ぜる音を聞くとこの香ばしさが口の中に広がり"栗は焼いてこそ"と思わずにはいられなくなるのだよ」 「そうだな、歯ごたえも良いしな」 むもむも、と口を動かす博雅に賛同しながら彼のために栗を剥いてやる。すると博雅の手元では渋皮を剥く手が止まり、にっこりと微笑んでくるのだ。その笑顔にとろけそうになりながらだらしなく開いた口に彼の指が剥きあがった栗を押し込んでくる。戯れに指先を舐めてやると、くすぐったそうに首を竦めそれから焚き火の中より新たな栗をほじり出し始める。見つけたと言ってまた笑う。 書いているだけで胸焼けしそうなこの状態は、夕暮れを迎えるまで続けられていたのだから俊宏辺りが見たら貧血を起こし長期休暇の一つも申請したことだろう。 夕暮れの空が赤く染まる。 寝床へと帰る鳥の群が、黒い影となり横切っていった。 さんざんに栗を食べた腹に今度は酒を流し込みながら、二人は並んで月見をしている。 「秋だなぁ」 「博雅は春が好きだが、秋も殊の外好いておるな」 「そうだな。夏も冬も勿論良さはあるが、春と秋には風情がある。旨いものも豊富にある。だが春の焚き火は趣がない、だからこうして焼き栗を楽しめる秋こそが、俺の一番好きな季節なのかもしれぬな」 「良いことを言うではないか」 「そうか」 照れたように目を伏せる博雅の目元はほんのり赤く染まっている。照れか酒か判別は付かぬが、その色香に思わず生唾を飲んでしまうのだから晴明もまだまだ青い。…博雅限定で。 「秋になると、内裏でもことあるごとに歌を詠むものが増えるのはやはりこうした趣の所為なのであろうな」 「みな人恋しいのだ。独り寝をすることに耐えられず、とにかく誰かに恋心を語りたくなるのであろうよ」 「そうだなぁ。だが俺は夏過ぎた頃の、まだ熱の残る体を冷えた褥に横にするのも良いものだと思うておるぞ」 「…俺は博雅の横になった褥に同衾するのがよいと思うがな」 「うん?なにか申したか」 「いや…」 おやおや、旦那様はまだ正式な旦那様ではないようですね。お気の毒。 「こうなると俺のような粗忽者でも、歌の一つも読まねばならぬような気がしてくるな」 「歌か。俺も得手と言うほどではないが…」 ちらり、脇を見る。 二人の間に控え、酌をしている蜜虫は晴明の視線に気付くと微かに首を傾げた。ご用の向きは、そう尋ねているのであろうが晴明はなにか用があって彼女を見た訳ではない。それに見たのは彼女の顔ではなく、彼女という存在そのものを眺めたのだ。 蜜虫。またの名を"恋する吟遊詩人"。 名付け親は晴明であり、本人はそう呼ばれていることなど知らないが彼女が時折漏らす言葉の数々はハッと引きつけられる恋を歌っていたりするのだ。彼は女心と言うよりは恋そのものの本質を見据えたその言葉たちを聞くたびに、己の心のメモ帳に書き付けるとあたかも自分の作り上げたもののように時に呟き、時に宣言するかのよう高らかに叫んだりするのだから腹黒いことこの上ない。 尤も博雅に関して言えば、彼にどれほど美しい言葉を並べ立てたところで無駄である。桜も梅も、都で評判の美姫であっても、"きれいだな"の一言で終わりなのだ。しかし本来、ものを喩えると言うことはそれこそが適していると言えるだろう。食べて好ましい味付けだと思ったら"おいしい"と一言で言えば伝わるのに、"このつるりとした喉ごし、それでいて絡み付いてくるような甘さは、そう、まるで春野を渡る清々しい風のよう!"だのと回りくどく元の味を忘れるような勿体ぶった感想を言われると興醒めしてしまうだけだという、あれに近いものがある。 だから博雅がこの庭を見て"よい"と言えばそれは良いものだし、晴明が新調した、結局いつもの白い狩衣を披露したときに"よい"というのも本当に良いものなのだ。 本質を見極めていれば、本来言葉は簡略化され、いっそ精錬で耳障りのいいものになるということであろうか。…すまんな、いつもくどい文章ばかりで。ちっ さて、そんな博雅を十分理解していても現在晴明は彼に恋すること真っ盛り!なのだから、やはり甘い言葉でその心をくすぐってやりたいという野望に燃えている。少しでも自分をよく見せたいという心の現れだが、これこそが恋愛の醍醐味なのでこの場合正しいのは晴明だろう。"のれんに腕押し"を承知の上で、彼は心のメモに記されたとっておきの口説き文句などを披露することに決定した。 「しかし博雅、秋というのはまたとりわけ素晴らしい季節であることよの」 「そうだなぁ」 「秋。…枯れ葉落つる秋。灼熱の太陽を越え、高き空から降る柔い陽光の下、きみの足下に積もる枯れ葉は私の思いなのでしょうか」 「…なんだそれは」 「いや、それはつまり、か、枯れ葉とは俺の心のようだということをだな、」 「晴明の心は枯れ葉なのか?なんだかぺらぺらと火の回りがよさそうな」 「べ、ぺらぺら…」 うーむ、降り積もるのであれば雪の方が良かったか。これは昨年の冬の言葉であったが、勝手にアレンジして秋にしたのがまずかったのかもしれない。 確かに枯れ葉では寂しいイメージが強い。失敗失敗と内心で舌を出しながら晴明は新たな脳内メモを捲る。 「見よ、博雅。秋の月の気高きこと。あの月の光が研ぎ澄まされた太刀に注ぎ、その照り返す鮮烈な白き輝きを見たことがあるか」 「は?…うーむ、よく分からぬが見たことはあるような、ないような…」 なんちゃって武士の博雅に、月の美しい晩に太刀を磨く甲斐性などあるはずがない。そんな時は思う存分、沸き上がる涙とともに笛を吹き鳴らすのがオチなのだ。 「その光の優美さ、儚さ…そして強さ。もしそれらが姿を持つとするならば、間違いなくそれは博雅、お前の姿をしていることであろうよ」 「俺は月の光か。どちらかと言えばそれはお前の方ではないか?大体いつもは"博雅は俺の太陽"とか申しておるではないか、男が発言を翻すのは良いことではないぞ」 コテンパンです。 しかも。 「それにお前、怖いではないか。太刀の光がみな俺の姿になってみろ。都中に俺の生霊(いきすだま)が出たと騒がれてしまうではないか」 まっっっっっ………………………ったく、通じていません。 お前は俺を怨霊にしたいのか。プンプン怒り出した博雅は蜜虫の酌も待たず自ら瓶子を傾け、怒りにまかせガブガブ飲み始めてしまった。これはもう博雅の情緒がないということなのだが、本人に一切の自覚がない以上晴明の失言と言うことで片が付けられてしまう。気の毒だがそろそろ気付かないと傷口が広がるぞ!…と言ってやりたいが晴明の頭の中では"負けないもんね!"と新たなメモが捲られている。 「ひ、博雅よ」 でも声は裏返ってますね。 「あの虫たちの声が聞こえるか」 「うん?聞こえるもなにも、ほれ、そこに鈴虫が這うているせいで耳が痛くなるほどに聞こえているぞ」 "あの虫の音の一つ一つに命が宿っておるのだ。儚くも尊い、生命というものの本質を表しているようだな" ときて、 "お前の吹く笛の音も、また、人の命を謳歌するかのごとく俺の胸には響くのよ" と繋がるはずだった。 しかし博雅は自分の耳に両手の指を突っ込んで"あー、頭の中に鈴虫がいるような気がする"とぼやいているのだから口に出せようはずもない。 早くも半分屍状態と化してきた晴明の背後では、フォローの限界を超えたと見切った蜜虫が静かにフェードアウトしていく。照明が落ちるのではなく自らが消えていけるのだから式って便利。 なぜだ。なーぜーじゃー、ひーろーまーさー。 思わず元方になりかける晴明だが、このシリーズは原作寄りなのであまり固定観念を植え付ける発言はしないでくださいと、今更突っ込まれたりもして益々追いつめられていく。こういう頭のいい人をいじめるのは楽しいですね、って博雅は虐めてるつもりなど毛頭ないが。 最早完敗に手が届きかけている晴明はそれでも果敢に次の言葉を探していた。ここまで来たらなんとしても博雅をウットリ酔わせてどうにかしてやらぬことには腹の虫が治まらないのだ。この朴念仁がビリビリ痺れるようなことを言うまでは諦めないぞ!と固く拳を握ったところで、なにやら熱い視線を感じ視線を巡らす。 博雅が、晴明を見ている。 「晴明…晴明の体が、白く光っておる」 「…は?」 「月の光だ。お前の狩衣が月の輝きを浴び自らが月のように光を放っておる」 「はあ」 「きれいだな」 「きれい、か」 「うむ。晴明はきれいだ。俺が知るものの中で、月の光を受けここまできれいに輝くものは池に映る月とお前以外にはありえぬぞ」 嬉しそうに笑いながら、指先を耳から放し彼の方に身を寄せる。 「池に映る月が美しいのは、それは月自らであるからさして珍しいものではない。だがその光を受けこうまで輝けるものはこの地上にお前以外ないような気がする。俺には、そう思える」 「ぴっぴろまちゃ?」 すい、と伸ばされた指が晴明のこめかみの辺りに当てられる。解れ、烏帽子からこぼれた後れ毛を整えるとそのままそっと肩にもたれてきた。なんだおい、どうしたことだ?いいムードになっちゃったじゃないか、あり得ないぞチクショウ! 「晴明は、まこときれいな漢だ。俺は白という色はさほど好むものではなかったが、こうしてお前を見ていると感じることの出来るどの色よりも、気高く美しいもののように思えてくる。それはお前がきれいだからだ。とてもきれいな、寂しい魂を隠しておるからだ」 「俺は…きれいなどではないぞ」 「いや、きれいだ。晴明はとてもきれいで、俺は晴明が…お前が、きれいなまま俺の側にいてくれるから…」 口調がおぼつかなくなってくる。 凭れた重みが増し、博雅の体が晴明の胸元に崩れてくる。 抱え込むと、彼はまるで子供のように嬉しげな顔ですり寄ってきた。目は睡魔に解け、なんのことはない、酒に酔って眠りにつくところなのだということが分かる。 「俺がきれいに…見えるなら…それは、きれいなお前がはじく光を…俺も浴びているからに……すぎん……」 月の光が美しいのは、それは透明だからです。 白く、青く、儚げに。 日の光とは違う、人の心を直接照らすことの出来るものだから。 だから月は、夜にあってあれほど美しく見るものすべてを惹き付けるのです。 「晴明は…………俺にとっての、月だ………」 ことり、と。 胸に倒れた頭から烏帽子が転げ落ちる。眠りについた彼を起こさぬよう、そっと抱き寄せ口付けた。気付かれぬよう、それは微かに彼の唇に合わせられた淡く、儚いものだったけれど。 「なんだ…お前の方がよほど詩人ではないか…」 やはり俺には繊細な心の動きなど表せぬのだな。一人ごちながら、それでも彼の目元は笑っていた。優しく、誰にも見せたことのない…もしかすると、未だ博雅ですら知らぬ穏やかな眼差しで彼を見詰める。そして、月を。 見上げた月は青く輝き、二人の上に降り注いでいる。飾り立てる言葉など必要のない、真っ直ぐに地上を照らす澄んだ光。すべてを映す。 草の葉に止まった虫に、どうかいまは鳴いてくれるなと願いながら愛しい彼の体をより深く抱きしめる。子供のようにあどけない顔が微かに笑んで、緩く握った指先が丸められる。生まれたばかりの赤子のように、無垢で安らかな魂の持ち主。彼を讃える言葉などいくつもあるが、そのどれもが根本からを表しきることなど出来ないと知っている。 言葉ではない。彼の存在をそんなもので示すことなどできない。ではなにをもって伝えるのか。それはすなわち彼自身だ。博雅は博雅をもって表す。この清い心、澄んだ魂をもって表し、伝えることが出来るのだ。 目が覚めたら、その心を映す瞳で見詰めてほしい。真実を語る唇で名を呼んでほしい。天上の調べとともに、余すことなく降り注いでほしい。彼のすべてで。そのすべてを包んでほしい。 「お前にはかなわぬよ」 そっと囁くと彼は今一度月を見上げた。 冷たい輝きではなく、彼を照らす柔らかなその軌跡を目で追い、微笑む。 俺が月だと申すなら、いつまでも、いつまでも永久に輝き続けてやろう。眠るお前を導くように、闇の奥底に引き込まれぬように。 月に乞う。 恋に乞う。 きみに、乞う。 言葉などいらぬ、か。 呟きは彼の中に広がり、そして夜の闇に解けていった。 秋の夜の、清かに降り注ぐ月光の元で。 *☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆* 胡懇さんのリクエスト、それはもう大変でした。 |
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