春明譚をお読みになる前に



この物語は、限りなく「夢枕陰陽師」に似せた「完全オリジナル作品」です。


大きな嘘を吐くには小さな真実をちりばめる。すると見破られにくい「嘘」として長持ちするものです。だからこの作品の中には数限りない嘘が張り巡らされていますので、どうぞそのトラップに足を取られぬよう注意しながらお進み下さい。

とは言え、解説もなしにいきなり物語を突き付けられても困惑されてしまうことでしょう。

そこで下記の通り、簡単な背景及び設定などを追記させて戴きますので、先に進む前にちらりと目を通してみてください。本編をより楽しんで戴けることと思います。

物語が進むに連れ、嘘は増えるばかりです…

     ※新規追加事項は赤字で記載

対象 史実 本作品では…
源博雅の生年 西暦918年(または922年) 晴明誕生より五年後の926年
従って父克明親王の没年も931年に改ざん
源博雅の幼名 不詳 父克明親王の幼名「将順」を拝借し「博将(ひろまさ)」に設定
源博雅の身分 克明親王第一子の諸王 いつの時点で臣下に下ったのか分からないので、物語の初めは「親王」として扱っています。よしみ様のご厚意で追記させて戴きました。
安倍晴明の幼名 不詳(童子が有力らしい) 安倍童子
安倍晴明の逸話 賀茂家への弟子入り経過は不詳 父益材に厄介払いをされている
晴明の悪食は伝承として存在している
安倍晴明の名付け 不詳 ご覧の通り
藤原忠平 時平の弟/右大臣 博雅の後見人として設定
賀茂忠行のパトロン
賀茂保憲 賀茂忠行の息子 年齢から細かい設定まで全てオリジナル
藤原時平末娘 博将の母親/克明更衣 克明の死期の詳細(存命中も時平の娘であること以外不明点多)
醍醐天皇 西暦930年46歳
9/22譲位、9/29崩御
崩御年数を西暦935年に訂正