2006 シンタロー誕生日記念

 

 

頭から被っている布団の上から、ぽんぽん、と叩かれる感触がする。

 「シンちゃん、怒らないで。機嫌を直して顔を見せてよ」

誰が。

どのツラ下げてそんなことが出来るというのだ。

 

シンタローの寝室に入ってきたマジックは、真っ直ぐ彼のいるベッドまでやってくると圧迫しないように気を付けながら腰をかけ、両手を回して彼の体を抱き締めた。

布団にくるまっているから、欲しいようには抱き締めてもらえないもどかしさに苛立つ。けれどそんなことを言えるはずもないシンタローは無視するように沈黙し、身動きをしないよう体を固くしていた。

自分が悪い。彼が悪い。自分は悪くない。彼も悪くない。

誰もが悪いし、誰も悪くない。分かってる。

 「ねえ、機嫌を直して。パパ、まだちゃんとおめでとうって言えてないんだよ?今年は言わせてくれないの?」

言いたきゃ勝手に言えばいい。口に出そうと思って、でも出来なくて。

 「シンタローが生まれた日だよ。私にとっては一番大切な日だ。なにより大事な一日を棒に振ってしまったことは確かにショックだし、本音を言えばグンちゃんもキンちゃんも、ちょっとばかり恨んでるけど…でもあの子たちだってシンちゃんのためを思ってしたことだし、私の日頃の行いの所為だからね。叱れないでしょ」

それも分かってる。言われなくても分かってる。

 「毎年シンちゃんになにをあげようかって考えて、でも思いつくものはどれも本物じゃなくて、仕方なく本人に尋ねても答えてくれないし、結局なにもいいものが浮かばなくて。品物じゃない限り、上げられるのは私自身しかないからね。それに…」

金で買えるもので心底欲しいと願ったものなんてひとつもない。

彼から受け取りたいのは、捧げて欲しいのは。

 「お前が、本当に求めているのは私だってことくらい」

 

ちゃんと、分かっているんだよ。

 

屈んで、いつの間にか捲られた布団の隙間から直接囁きが注がれる。耳に湿った空気。それだけで背筋に灼けた鞭を振り下ろされたような心地になる。

いつだって逆らう力を奪うマジックの声。熱。腕の強さ。ほしかった。

 「ばか…言うな」

 「違うの?違わないよね。お前は私のことを愛しているよ。私だけを欲しがってる」

言葉とともに、くるまっていた布団を剥がれ徐々に暴かれてしまう。体も、心も、奪われてしまう。怖くて、嬉しくて、恥ずかしくて、切なくて。

 「ほら、抵抗出来ない。お前はいつだってそうだよ。私のことが好きで、私を束縛したくて、そのくせプライドが邪魔して素直になれない。言いたいことが言えなくて、苛ついて八つ当たりして好きじゃないって、嫌いだって言いながら泣きそうな目で見詰めてくる。私が悪いと責めてくる」

 「そ、なこ、と…な、い」

 「ほらまたそうやって否定する。でもご覧、お前の体、動かないよ。私に抱かれて大人しくしているよ。もっと強くと思っているの?早く、と思ってるの?」

 「ちがうっ」

 「違うの?本当に?じゃあ私が納得して、離れてしまったらどうする?二度と触れなくなったらお前、そのまま私を忘れるの?忘れられる?熱も、恋も、愛も、捨てられると言うの?」

 「、っ」

蒼い目が。

薄暗い部屋の中で、彼の目だけが、光っている。

 「おれ、はっ」

 「うん」

 「俺はっ」

 「うん」

 「お、れはっ」

射竦める瞳の力。彼の目は確かに特殊な能力を秘めているが、シンタローを捕らえて離さないのはその所為ではない。

彼が秘石眼の持ち主であろうがなかろうが関係はない。

マジックがマジックであること。

自分が、自分であること。

 「俺はっ」

声も、体も、心も震えて止まらない。

こんなの自分じゃない。正気じゃない。

堪えられない。

 「――ごめんね。意地悪言ったね。でも泣かないで。全部私が悪いんだよ。お前はなにひとつ悪くない。なにからなにまでシンタローは間違ってない。これまでも、これからも、困らせるのは私でお前はいつでも正しいから。そう信じていいんだから」

 「ばか、やろっ」

抱き締めて。

 

 

好きなのは事実。

愛しているのも事実。

でもそんな言葉を軽々しく言えるほど思いは軽いものではない。

気持ちは、軽いものではない。

気付いたときには手遅れで、シンタローにとってマジックは唯一絶対の支配者でありそれは父としてもそうだし、愛するものとしてもそうだった。血縁だとか、家族同様だとか、そんなことは今更なんの基準にもならない。それで揺らぐ思いじゃない。

言えないから、伝えられないから。

心の中に降り積もる、憎しみすら含んだ愛で許容量は既に超えているのだ。だから新しいものを受け入れる隙間はないし欲しいとも思わない。なにもかもが彼で満ちている。彼だけで出来ている。二つの体であることが、もどかしいと思うほどには愛してる。

言えないけれど。

言葉に出来ないけれど。

それはプライドとか自制心とか、そんなものがかけている歯止めではなく切なさが。

あまりに強すぎて、強くなりすぎて凝り固まってしまった心の重みで。

愛の重みで。

身動きも出来ないほど。

 

 「お前が生まれて、私の元に来てくれて本当に嬉しいよ。悲しい過去は消せないけれど、そんなことどうでもいいんだ。なにがあっても離さないし、どうなろうと離れないよ。シンちゃんはこの話になると決まって誤魔化そうとするけど、私がお前より先に逝くのは変えられない。それだけは逃れられない。でも、でもね、だからこそ傍にいたいよ。いつでも触れていたいよ。抱き締めて欲しいし、愛して欲しい。時間は前に進むだけだから、二人で進んでいきたい。進むしかないなら片時だって離れずに、お前と歩いていきたいんだよ」

よくもまあ、と。

いつものように憎まれ口を利いてやりたい。歯の浮く台詞を並べ立て、お前は恥ずかしくないのかと。情けなくないのかと。

けれど抱き締められた腕の中は温かく、抵抗するには今日の自分は弱すぎた。

たった一日ひとりでいただけでこんなになるなんて信じられないけれど、それが自分なのだと改めて思い知らされた。認めるもんかと歯を食いしばっても虚しいだけで、いまだけだからと目を閉じた。

いまだけだ、こんなの。

らしくない自分は今日だけだ。

誕生日だから。

なにももらえない、奪われるだけの誕生日だから、だったらこの弱い自分も持っていけばいい。浚って、どこか遠くに追いやってくれればいい。

今日だけ。

いまだけ。

 

今夜だけ。

 

 

 

伏せていた顔を、顎にかけた指が押し上げる。

拗ねて甘えた表情になっている自覚はあったが、今更取り繕うことも馬鹿らしくてそのままじっと見詰めていた。

苦笑して、可愛いねと囁いたマジックはとんでもないバカだが、自分だって大概どうしようもないと思う。思うけれど止められない。

もういいや。なんでもいいどうでもいい。今日の俺は俺じゃない。忘れる。忘れてやる。

こんな誕生日、自分史上から抹殺してやる。

今日一日はなかったことにしてやるーっ!

 

 

 

心の中で力の限り叫ばれた台詞が成就したかどうかは…

 

 

気の毒なので、言わないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ