月光譚 8

 


目の前に並んだそれを食べる余裕なんてなかった。俺は隣の兄さんを必死に見つめて、会話の糸口を掴もうとしているばかりでその場の状況さえ見えてはいなかったんだから。

列席する全ての人間の冷たい視線が全身に注がれる。あれが四号、と囁く声も、相手が隠していないのだからダイレクトに耳に入る。

そうだよ。俺が四号だよ。怒鳴ろうと思ったのも一度や二度じゃない。だけどその度、末席の方で顔を顰める松倉さんと目が合ってそれだけは止めておくよう自分に言い聞かせた。

未確認生命体第四号は、警察とは無関係であることにしたいのは今も変わらぬ事実だろう。だけどここまで事件が拡大化され、世論の全てが注目する今とても『無関係』という主張を受け入れる者はいないだろう。四号は人間の味方として、無害な協力者でなければならない。刃向かいや抵抗は、そのまま『四号』の人間としての生命を脅かし、ひいてはそれを養護する特捜本部、一条さんや杉田さん、桜井さんをも危険に曝すだけのことだ。

そして今は、もっと危険な人物を向こうに回している。それが紛れもない自分の兄だという事実が情けなくも恐ろしい。

こんなことをしてる場合じゃない。

奥歯を噛み締め拳を握る。こんなところには一秒だっていたくない、早くあの人のところに行って、きちんと話がしたいんだ。

嘘を吐かれたと思ってる。裏切られたと、思ってる。そうじゃないのに、何一つ情報のない彼の導き出す答えは決して責められるものじゃなくて。だから一刻も早く彼の元に立ち返り、これまでの経緯を話さなければならない。

こんな風に、中途半端に報せるつもりはなかった。全ての見通しが付いたらその時、自分の口から心配ないと話せるはずのものだった。それが…

空々しい話で食事会も終わりに近付いた頃、一同を見渡した兄が口を開いた。

   『弟は、今後一切、貴兄等の傀儡とはならないことを承知おき頂きたい』

瞠目した松倉さんは、堅く唇を引き結んだ。

 

 

話になんてならなかった。

自己紹介の時、その人が一条さんの上司だと初めて知った。警官らしく鋭い目をしていたけれど、挨拶すると途端に弛んだ口元がとても優しくてまるで一条さんのように見える。

きみの働きは全ての警官を代表し敬意を表する。ありがとう。

その言葉は本当に嬉しかった。礼を言われるためにしていることではないけれど、自分が間違ったことをしているわけではないと言ってもらえたようで素直に有り難かった。

けれど他の連中は興味丸出しの目で俺を見て、揚げ句に偽物だろうと囁く者さえあった。

疑われるのはどうでもいい。だけどこんな人たちをも守る対象としている一条さんたち警察官の立場を思うとやりきれなかった。

「弟は幼い頃に家を離れておりましたが、この程漸く戻ることとなり正式に高徳院を継ぐことも決まりました」

「にいさ、」

言いかけた俺の膝を軽く叩く。ゆったりと微笑んでまた顔を戻してしまった。

「経営や外交の全てがまだまだ未熟な弟ですが、私共々精進して参りますので、今後もどうぞよろしくお願いいたします」

「しかし第四号が、あの高徳院の嫡男とは。皮肉なものですな」

「なにが皮肉です?長官」

タヌキだ。太ったおなかを叩いたら、ポンポンいい音が鳴りそうなタヌキ。長官だって、じゃあこの人偉いんだ。投げやりに考えながら、うんざりと肩を落とす。

「四号と言えば今は未確認事件のために警察と市民にはなくてはならぬ存在…せっかく名家に戻ったというのに、それでは家の者も落ち着くまいよ」

「ええ。ですから弟は二度と未確認などと言う非常識なもののいる場に向かわせることは致しません」

「しかしですな」

今度のは狐だ。政治家とか、社会的高位の人間は狐かタヌキでないと勤まらないのかな?じゃあ俺なんかダメじゃん。タイプ別に言うなら犬だよ。きっと。

「未確認生命体第四号…つまり弟さんの働きがあってこそ事件はこの程度で食い止められているのです。お恥ずかしいことながら、我々警察組織の最新の設備を誇ってもあの狂気の集団にうち勝つにはまだ改善の余地がいくらもある」

「単に無能が揃っているのでは?あ、いやあなたのことを言ったわけではありませんよ」

「奴らの破壊力は貴君もご存じのはずだ」

「重々承知しているが…ねぇ」

「そうですね。この事件はいずれ内閣に対する責任問題さえ示唆しかねない国家の大事ですからな。今以上の努力を約束こそすれ、仲間内の失態を慰め合っているようでは」

「失礼だが、それではギリギリの予算と限りある時間を有効に使うため。もっと優秀な人材を育成する必要もおありなのではないですかな?」

「ほう、予算さえあれば解決できると。そう仰るのですか」

………バカみたい。

いい大人が目くじら立てて、『小遣いアップ』って叫んでるみたいでみっともない。

「雄介」

「はい?」

「これが日本を支える人間たちだ。醜いだろう」

「そうですね。兄さんも仲間ですか?」

「いずれお前も仲間になる」

冗談じゃない。

楽しげに笑う兄を横目で睨む。何を考えているのか常々分からないと思ってきたけど、今日ほど分からない日もないだろう。どうして俺を連れてきたのか、なんのために紹介するのか。金、金、金の『日本を支える』皆さんは、脂ぎった欲望に火が点いたように熱弁を奮わせあっている。

「黙ってばかりだが松倉くん、現場指揮官としてきみはどう思うね。この四号君を持ってしても解決しない未曾有の自体をどう収束させるつもりなのか」

「我々は日夜、市民の安全を第一に任務を遂行いたしております。その為に彼、五代くんの力は必須であり、また我々の協力なくしてその力は最大限には活かされぬものと理解いたしております」

「では今後もこの馬鹿騒ぎを続けるというのか」

「ほう、先生には解決策があると仰る」

「横槍を入れるんじゃないよ、私は松倉くんと話しているのだ」

わっと全員が一度に話し始める。あれだ、国会中継なんかでよく見る光景。自己主張ばかりで人の意見を聞かないなら、民主主義なんて言葉ばかりなんじゃないのかな?

ああ、切れた女の子と政治家ほど強いものはないって本当だ。

「まあ皆さん、そう熱くならずに」

兄さんが軽く右手を挙げ微笑む。効果的な、人を食った笑い方。…好きじゃない。

「私も一国民として、この非常事態には胸を痛めております。被害者の中には私共の企業に従事するものも含まれておりますから」

心にもなさそうなことを平気で言う。この人は、俺が考えていた以上に怖い人。

「ですから事件は一刻も早く解決していただきたい。…雄介なしで」

「高徳院さん、それはまた後日と言うことで」

「結構ですよ。しかし私どもの考えとしては、大切な当主を危険な目に曝すわけにはいかない。ご承知のことと思いますが、ここにいる雄介は高徳院の正当な血を引く唯一の人間ですから」

俺を見る目。似てない兄弟。この人は、兄なんかじゃない。でも。

再びざわめきだした席を立つよう言われ、ここにいるよりはましだと指示に従う。視界の隅で松倉さんが心配そうな顔をしているのが見えたので、それには笑ってサムズアップをしてみせた。大丈夫。皆さんの足は引っ張らない。今更投げ出したりしない。

今、一番にしなければいけないこと。

どうしてみんな、そんな簡単なことに気付かないのだろう。

磨き上げた料亭の廊下を歩きながら、浮かぶ表情はあの驚愕に目を見開いた一条さんの顔だけだった。

 

 

 

トイレに行きたい。

そんな簡単な嘘に引っ掛かるとは思えないので、あの食えない兄さんが今日は解放してくれることにしたのだろう。裏庭のBTCSに飛び乗って取り敢えず警視庁の前まで行った。

呼び出したら…まずいよね。さっきの一件で俺の顔を見てる人は多かった。そんなのと出会したらまた騒ぎになる気がするし…

時間は午後十一時。未確認出現の報が入っていない数日を思うと、もしかしたら…

思い直しアクセルをふかすと、交通量の少ない夜の道を飛ばす。いつ、奴らが出てくるか分からない街では心から楽しむこともできない。そんなのって間違いだ。

俺に出来ることをする。

俺が出来ることを選ぶ。

彼と共に闘う。

それは流されているのではなく、自分で決めた道なんだから。

誰にも口出しなんて、させない。

 

 

 

一条さんの私有車は案の定駐車場にあった。

その隣にバイクを停めて、一秒でも早くと走り出す。青のクウガに変身して、ジャンプで彼の暮らすフロアに行きたいほどに。

教えてもらったオートロックの暗証番号でエントランスを抜け、目の前のエレベーターに飛び乗る。焦らされてるような気がするほどのスローペースで箱が上昇し出すと、今度は足踏みをしてそれを急かす。軽やかな音と共に開いた扉をすり抜けて、右手一番奥の部屋を目指す。

焦げ茶色のスチールドアは、きっと俺に開けられるのを待っている。

インターフォンを鳴らすと間髪入れずその扉は開いた。一条さんが、泣きそうな顔で立っている。ネクタイを弛めた制服姿のまま、可哀想な俺の愛しい人はここに踞っていたのかも知れない。

抱き締めたら、すぐにそれより何倍も強い力で抱き締められた。背後でドアの閉まる音が聞こえた。

「ごめんね」

「…待たせ過ぎだ」

「ごめんなさい」

「あと一分遅かったら俺が行こうと思ってた。…もうずっと前から、そう思ってここに…」

「ごめん」

後少し、あとすこし。

俺を信じてくれようとした、その気持ちが痛いほどに伝わってくる。

キスして、そう言ったらすぐ、噛み付くようなキスをされた。奪われた呼吸にそのまま死んでしまうような、激しく、そして痛いキス。

もしかしたらこの部屋には兄の仕掛けた盗聴マイクがまだあるのかも知れない。だけどもういい。知りたいなら、勝手にすればいい。

俺はこの人が好きだ。情けなくて脆弱で、卑怯で哀れで悲しい人。結局足元に絡む何一つも断ち切れず、ここで、俺が来ることだけを信じて。待って。

「俺…どこにも行かないよ」

「行かせない」

「一条さんが好きです」

「俺のものだ」

「ここだけが俺の場所だって…思ってもいいでしょ?」

「誰にも、何にも渡さない!」

本心を。

抱き潰すほどに強く。背中に回すその腕の力がそのまま俺を思う心だと信じる。やっとぶつけてくれたあなたの全てを、今度こそ俺も受け止めるから。逃げないから。

闘う勇気をくれた、そのあなたにあげられる唯一の思いを。

聖なる宝物のように高く掲げて、あなたの贄となることさえ厭わない。

恋にはなれない、この思いでも。

 

 

 

彼の匂いのするベッドに埋もれる。首筋や、そっと脱がされたシャツに隠されていた体に確認するようなキスを余すところなく繰り返し、そして俺の目を見つめる。

決して性急にはならずに。

見下ろす端正な顔を両掌で包み、そっと引き寄せ瞼の上のホクロに口付ける。さらりと落ちかかる髪が彼が誰かを教えてくるから、もっと、もっと大切なものとして敬愛のキスをその額に捧げ全ての征服の前に自らを捧げる。

嘘を言う、互いの唇を清めるように口付けて。その熱い舌先に翻弄される。絡めるそれが真実しか残さぬよう、二度と相手を裏切らぬよう。

「…抱きたい」

首筋に遊ばせる指で俺の性感を探り出そうとしてるくせに、今更そんなことを言うの?

「あなたになら、俺を、任せたいから」

欲望がないと言えば嘘になるけど、決心を伝えるにはあなたの全てを受け入れることで応えたい。それはごく当たり前のことだし、きっとそうなることが定めだった。

胸元に下りた指が丁寧に体のラインをなぞる。クウガになることで強化されたはずの体も変身前ならいっそ貧弱で恥じ入るような頼りなさだ。けれど彼に愛される自分はきっとなにより清らかで、彼の愛情を受けるに相応しい存在だと信じてる。

吐き出す吐息に微笑む。俺が感じていることが嬉しいと、綺麗な彼が笑ってくれる。それがなにより幸せで、もっともっと、彼のためにも感じたいから。抑制は全て外し、今夜は野生の自分を解放したい。

親指が、右胸を探り意地悪に彷徨う。だから頬を撫でる左手に擦り寄り、甘えた声で鳴いてみた。彼の官能を刺激する声に満足する。

寄せられた唇が大切なものに触れるキスをして、それから口中に含まれた。痺れるような感覚が走り、始末の悪い腰が跳ねる。

それは、まるで生まれたての赤ん坊が母親の乳を一心不乱に吸うように。

にわか母性に目覚めてしまえば、彼を思う気持ちはもっと、もっとと深くなる。可愛い人。サラサラの髪を抱き寄せて、まるで子供をあやすようそっと撫で続ける指は、どうしてこんな滑らかに動くのか自分でもとても不思議な軌跡を描いて。

醜悪なはずの同性同士のセックスを、こんなにも尊いものとして感じる自分はおかしいのかもしれない。けれどこの救いようのない『闘うためだけ』になりつつある体でも、彼が触れている間はきっと地上で尤も気高いものだと言い切れるから。

それは、嘘で築いた山の頂にある二人だからと知ってもいるけど。

甘えて伸び上がる彼に囁く。意味のない言葉でも頷く彼に微笑んで。その度交わすキスがゆっくり、けれど確実に深くなっていくのを互いに感じる。待ちわびる。

脇腹をなぞるように下りていく指がウエストで留まる。目を合わせて、頷くと再度動き始めるそれは最早躊躇いもなく俺の真実を掴んだ。

見つめられたままで、それは確かに羞恥を感じさせるものだけど逸らすことも又出来なかった。ゆるゆると動かす指が、忙しない呼吸をすぐに連れてきてしまったから。

キスして。息だけで囁くと与えてくれる。抱き締めて。視線で訴えると逞しい腕が肩を引き寄せてくれる。そうして少しずつ確かな手応えを彼に与えながら、自らも開放を願いその身に縋る。

きつく。きつく寄せた眉間に火花が散る。彼によってもたらされたそれを全身で感じると、それを余すところなく視界に収めようとする彼が意地悪く笑う。

乱れた呼吸を落ち着けながら、ひどいと呟くとどうやらそれが聞こえたらしい。柔らかく抱き締められ、耳元に甘いキスが繰り返される。

「俺、女の子になったみたい」

「それはないな」

また、笑う。確かに女の子なら『ない』だろうけど。

「…意地悪だ」

「優しくしてるよ」

「うそ」

「してる」

もう一度、言いかけた口をキスで塞いで『好きな子には意地悪したいものだ』と囁く。

バカなんだから。甘えて、その胸にしがみつくと益々笑った。自分でも赤面するような行動だったから恥ずかしくて顔が上げられない。どうしよう、なんで俺、こんなに…

「雄介」

「…ちゃっかり名前で呼ぶし」

「嫌か?」

「………薫さん」

「雄介」

かおる、さん。

闘うことを選んだからこそ逢えた人。

だから今を悔やんだりはしない。しないけれど。

溢れた涙を止められなくて、埋めた胸を濡らしてしまう。大きく逸れた自分の道を、元に戻すことの難しさを知っているから堪えられない。

この人を愛しました。それはいけないことですか?

守りたいと思いました。それは愚かなことですか。

間違えたはずはないのに、外から加えられる圧倒的な力の前に屈する。守りたいはずの彼を追い詰める。兄の本気は十分に分かっていて、見えていないものもまだまだ隠されていることにも気付いてる。俺に何が出来るの?側にいていいはずのない彼を、このままに守ることなんて出来るの?

制服を着た一条さん。初めて見るその姿は惚れ惚れするほど凛々しかった。けれど飾り立てたその美しさより最前線で共に闘う彼の方が、もっとずっと気高く美しく見えるから。その彼の『場所』を奪うことなんて出来ない。

「守りたいよ…あなたを」

「守られてるさ。恥ずかしいくらい、きみには庇われている」

「そんなこと、」

「彼…五代の、兄さんは…俺のことをよくは思っていないようだ」

「それは…ええ、そうです。一条さんとはもう会うなって…」

「子供じゃあるまいし」

「あの人にとっては子供だそうです。俺を、跡取りだからって閉じ込めたいらしくて」

「それで、会うなら俺を首にさせるとでも言われたか?」

「…なんで知ってるんです?」

「五代は本当に子供扱いされてるな。しかもそれを鵜呑みにして、泣く泣く会わないことでも決めたか」

「だからっなんで知ってるんですか」

ぎゅっと。更に抱え込まれる胸はあたたかい。

「他人のことを第一に考えようとするお前のことだ。分からないはずないだろう」

「じゃあ…それなら何が一番正しいのかも…分かりますよね」

「ああ」

肯定されると、俺が悲しい。だってそれは『会わない方がいい』ということに他ならないから。

「でもな、俺から言わせてもらえば五代は少し俺を見くびりすぎてる」

「そんなこと、」

「ある。俺は自分の力でここまで来たんだ、この先のことも自分の力で作っていくよ。俺は未確認を倒す。組織の上にのし上がって、今の体質を変えてみせる。それから、五代と一緒にいる」

「……贅沢」

「ささやかな望みだろ。尤も最後の一つは、冒険に行きたいときみが言い出せば一時中断しなけりゃならないものだけどな」

笑っているのが、胸からの振動で伝わってくる。それが心地よくて、なんだか…

「俺…必死になって隠してたし、一条さんに迷惑掛けちゃいけないって思ってたのに」

「取り越し苦労だな。自分のことは自分で何とかする。相手が卑怯な手を使うなら、こっちだってそれ相応の対策を練るさ」

「いくらキャリアでも、あの家に対抗する手段なんてありますか?」

「ある。簡単な方法がな」

「なに?」

一条さんは、また笑った。楽しそうに。

「五代、ロミオとジュリエットって知ってるか?」

「……………なんか…一条さんって…」

「若しくは小さな恋のメロディーか卒業だけど…逃げても死んでも仕方ないから、そうなったらきみを人質にとって脅してやろう」

「それ、根本的な解決には一つもなってない気がする」

「いいんだよ。もう二度と離さないから、不利なのは絶対的に向こうだ」

「…そんなこと…」

警視庁の警部補。立場は決して低くはないけど、かといって自由に動くにはまだまだ制限の多い人。ただでさえ俺のためにした服務規程違反は数多く、これからだって世論や職場の矢面に立たされることを余儀なくされているというのに。

俺がしっかりしなきゃ。出来ることの全てをしなきゃ。彼のために、そして自分のために。

最善を選び勝利を掴み、そしてその果てに共にいられる時間を手に入れる、図々しいほど高い望みのために。

最後の瞬間、泣くのは自分だけでいい。その覚悟の上に願う望みを、胸に刻んで。

「ねえ一条さん、俺はあなたの為になることがしたいよ」

「そうか」

「………あの、なにしてるんです?」

「俺のためになることをしたいんだろ?」

のし掛かってくる体に、本気で呆れて二の句が次げない。

「いい子にしてたら、俺を全部、きみにやるから」

「ものすごく抵抗したくて、限りなく大人しくしてたいです」

欲しいよ。決まってる。だってずっと好きだったから。俺はこの人を愛してるから。

まだ、話さなければいけないことは沢山ある。ここにくるまでの経緯を話しておかなければならない。あの家との関わり、兄の考え、これからのこと。

だけど秘密はもう持ちたくない。全てを話して縋りたい。慰めて欲しい。

それが、出来ればどれほど…

「自分の身は自分で守る。五代に庇われるほど俺は弱くはないよ」

「うん…分かってます」

嘘。やっぱり嘘を吐く俺の口。嘘を言わせる、俺の体を流れる血。瞼で微笑む母さんを、だから少し、恨んでみる。どうしてあなたはあの家に生まれた女だった?こんな運命を子供に与え、自分はさっさと愛する人の元に逝くなんて。そんなの少し、狡いんじゃない?

全部を手に入れたいけど、それがダメなら大切なものから順に守ろう。

「……んっ」

全身を這い始めた彼の指に、再び熱を煽られ始める。繰り返す営みはきっとその先へ辿り着こうとするだろう。体内を探る指も不快感など微塵もないから、二人目指したところへ行ける。

そこは、静かな大地。

どこまでも続く白夜の世界。

眠らず、語らず、互いの目を見て。そして抱き締める温もりを感じて、それだけが全てで。

「あっ、」

震える体の中に彼が進んでくる。約束の地を目指し静かに、けれど、速やかに。

求めている。彼を。互いを。今を。これからを。

先の見えない道を嘆いたところで、立ち止まっているわけにはいかない。だから並んで歩いていこう。常に手を取り導いていくのが、自分の役目だと思っているから。それが正しい選択だから。

もし、二つの道が迫ってくるなら、あなたを正しい道へと逃がす。笑って背を押し、後から行くと。綺麗で悲しい、嘘を吐く。

俺があなたにする最初で最後の裏切りは、いつか訪れる平穏な日常に紛れて消えて。

だって、忘れないで。

俺の抱えるものは兄とあの家だけじゃない。腹の中で疼く石も、道に塞がる障害だから。

「…ゆ…す、け」

愛しく揺れる彼の背中を抱き締める。

この人に出逢えた運命は人生最大の喜びで、この人と迎える終末にあるものはなにも恐れる必要のない全てのことの『結末』だろう。

だから迷わない。もう、迷ったりしない。すべきことは見付かったから、もう二度と間違えない。振り返らない。

彼を守る。

大切な人を守る。

この時を。

守りきることが、自らの誇り。あなたへの。

 

 

想いの、証し。